にじゅういち。
お久しぶりです。
また連載を頑張りたいと思います。
魔術について少しはわかったであろう。どれに対しても神から教えられる言葉が必要でそれを操るための魔力と理解力がなければ放つ事もできない。
ではアーリはどうなのだろうか?
アーリは別の世界から来た『贈られ人』だ。当然ながら魔術について知らなかった彼女に魔術を話しても意味があるのだろうかと悩む。
しかしイルグルムによる検査で魔力を持つ者として確信が持ててしまった。このまま放置はまずい。
「魔術の説明を詳しくしたいと思ったが、根本的な話は知ってあるみたいだから詳しくは今度にしよう。今はアーリ嬢の身の振り方を考えた方が言いかもしれない」
「私の?」
「ミシィも覚えておいてくれ」
「畏まりました」
二人だけの秘密には到底できない話だ。王と宰相も知り当然ながらイルグルムも知っている。本人が知らないのはさすがに不味いだろう。加えて常に味方でいられるだろうミシィなら知っておいた方が彼女も安心するだろう。
少なすぎる人数に少しばかり目眩を覚えるが今は仕方がない。こればかりは今後、よく見て判断しなければならないのだ。
「アーリは、魔力を持っている」
「え?」
「過去の記録でも保持者は存在します」
それだけでは驚かないわ、とでも言うようにミシィが返した。軽くイルグルムが頷き話を進める。
かの『贈られ人』に魔力があるのは別に問題があるわけではない。アーリには少し問題があったがそれとこれとは今は別である。もっと厄介な問題が存在するのだ。
それは何?とアーリは首を捻る。その動作に少しイルグルムが反応をするが仮面を押さえ付けるだけで留まった。ミシィが目敏く見るが今はその話を繰り広げるべきではない。
「まだ調べはついていないが――おおよその検査は済んだ。アーリ嬢、よく聞いてほしい」
「ずいぶん溜めますね。早く教えてくださいませ。アーリ様の身の振りに私も関わる事なのですから対策を練らなければ」
「ああ。アーリの魔力なんだが、この魔力は他の魔力を分解する力がある」
分解――それは練り上げた魔力を壊すと言う事で、それは誰しも出きる事ではないと言うこと。もし誰かに知られれば今後アーリの命に関わるだろう。イルグルムは真っ直ぐアーリを見つめた。
彼女は何を言われたのか分からない――いや、言われたからこそ受け止められないようで目を見開きイルグルムを瞠目する。
突然の事でなかなか理解しづらいのは仕方がないことだろう。命に関わるなど大事だ。
平和に暮らしていたのにもしかしたら死と隣り合わせになりうると宣言されてどうすればいい。
アーリはしばらくイルグルムを見つめ彼の仮面を、取った。
なぜそんな事をされたのか分からないイルグルムは慌てて彼女の腕を掴む。仮面を取られてもいいが彼女に触れていないと一番近くにいるミシィが倒れてしまうからそうするしかない。
仮面を取ったアーリはひたすらイルグルムを見つめた。正確には青にも緑にも見える瞳を見つめ――まるで見極めるように。
「私、死ぬの?」
「そんな事はさせない」
「では、どういう事?」
「アーリ嬢が持つその魔力は――魔力に頼る私たちから見て脅威なんだ」
「……魔術を消せる、から……?」
「大雑把に言えば。魔術が消させると言うことは魔術師の天敵だ。放たれた魔術が分解されなかった事になる。つまり――分解する魔力を持つアーリ嬢には魔術が効かず、魔術師にとって相入れぬ存在」
「それって……」
「アーリ様っ」
イルグルムが言わんとする事を汲み取ったミシィは口元を押さえ絶句する。
アーリもだんだんと飲み込んできたのだろう。頭を少し伏せ小さく震えた。
それでも――イルグルムは最後まで口にする。実感は早めにした方がいい。そうしないと……見えない敵が襲いかかってくる。
「一番堕ちやすい仮定は実験台にされるか、魔術を無効化できるアーリ嬢を盾にするため手に入れようとする輩がいること――この国は平和が続いているがもしものために捨て駒としてアーリ嬢を使う可能性は極めて高い。特殊主義の収集家だっている」
「っ――わた、し……」
「だから、アーリ嬢はドルイット侯爵の養子へ入り……私と、婚約してほしい」
思わずびくんと肩を跳ね上げさせたのはミシィ、目をこれでもかと見開いてイルグルムを見た。
イルグルムもまたこんなにもさらりと口に出来た事に驚きを隠せずつい目線をアーリから外して少しだけ俯いた。
言われた当人であるアーリはまだイルグルムが言った言葉がうまく飲み込めないのか、仮面を持ったまま俯くイルグルムを見つめて固まっている。
すぐに正気に戻ったのはミシィだ。彼女は『よくやった!!』と心の中で万歳三唱を繰り広げ拍手を送る勢いで姿勢を正す。
気を引き締めなければにやけた表情をしてしまいそうでぎゅっとお腹に力を入れ――ふと、疑問がよぎった。
分解する力を持つアーリがイルグルムの婚約者となれば当然ながらお披露目もする。アーリのエスコートはもちろんイルグルムであろう。
しかしアーリが触れる事でイルグルムの魔力が収まるのであれば魔術は使えない。実際に今イルグルムは肌から魔力を出しているのにも関わらずにそれをアーリは無くしてしまっている。
夜会など貴族にとって人が大勢いる場所は人目が付かない所よりある方が優位になる。
社交界など情報が常に飛び交っている場所だ。貴族の武器は情報である。それをどれだけ手に入れそれをうまく使うか――アーリが触れている時のイルグルムがただの人と分かればそこにどれだけ有意義な情報になろうか……やはり無防備になるだろうイルグルムに不安が残る。
得意の魔術が全く使えないイルグルムと、暗殺に特化した賊が相手でどちらが強いかと問われれば賊だろうし、言葉巧みに旨味をすする狸は貴族の数だけいてイルグルムは見下されている節があるので多勢に無勢と丸められたら終わりだ。
そう考えるとミシィに不安が募っていく。誰にも露見されずに事を運ぶことは極めて難しい。一瞬の隙が終わりを告げるほどに……
加えて言えばイルグルムは未だに忌み子として嫌っている一派から狙われている。これはラージェリオス公爵家から陛下へ教えられた話だ。
ミシィがその事を知っているのは彼女がイルグルムの味方である事を十分に理解され、なおかつ彼の身の回りを密かに整えているから。毒物混入だって未だに続いていてすでにミシィは薬学の知識を網羅するほど。
だからミシィは考えれば考えるほど深くなる不安が拭えない。二人が結ばれる事に喜びを感じているが二人とも狙われる対象であればアーリが一番狙いやすい。そしてイルグルムがアーリに傾倒していると周囲に知られればアーリの負担は大きくイルグルムへの弱点もまた大きくなる。
もしかしたら王が認めた『贈られ人』と言う稀な存在事態がすでに好奇に晒される的となるだろう。それにイルグルムが守ると言う形で傍にいればそれは――……
「大丈夫、ですわよね?」
「ミシィ……?」
「イルグルム。本当に大丈夫ですの?アーリ様を婚約者にすると言うことは、狙われる確率は跳ね上がりますわ。アーリ様を危険にさらしますの?」
「分かっている。けど、アーリを守るためには私の傍にいた方が安全なんだ」
「……どうして?」
説明してほしい。少し落ち着きをみせてアーリはそう言う語りかけるようにイルグルムをしっかりと見つめる。見つめ返したイルグルムはあらゆる可能性を答えた。
「まず最初に考えられる守りが固い場所は王族の傍だ。そこには魔術師筆頭の私と部下が、近衛を筆頭に選び抜かれた衛兵が王族を守る」
けれど――そこには揺るぎない贅沢の代わりに抗えない使命が化せられる。
アーリの場合は未婚の女性で目的が不明の『贈られ人』であるためにいつまでも傍で侍るわけにはいかず、いつか王族の誰かと婚姻を結ばなければ守れない。これは王族と繋ぎを作っておかないと手が出せないからだ。
ただ、その場合アーリの力を表沙汰にしなければならない。黒目黒髪は明らかに『贈られ人』の象徴であるため隠蔽することは不可能。
王命により多少の嘘を交えて公の場にて確かな居場所を確保すればアーリは守られる。
しかしこれがいつまで続くの分からない。アーリを公にした事で確かな地位を得られた。だが情勢が変わるれば戦争の切り札として大臣たちに言い寄られるだろう。あらゆる言葉を使って誘導されるのだ。
「イーグ、それでも最終的には悪い方向へ行くわよ」
「今の状況なら王族の伴侶は確固たる場所だ」
「そんな場所、いらない。面倒そうよ。イーグの傍の方が安心するわ」
「……では、私と婚約でいいのか?」
「他に安全な方法、ないのでしょう?」
首を傾げながら真っ直ぐ見つめるアーリの姿にイルグルムはたじろいだ。
無防備にも見つめる黒曜石はなんの濁りもなくイルグルムを射、絡めとる。
確かに他に安全な方法はない。しかしそれは上位貴族と“婚姻を結んでしまえば”と言う話で、イルグルムの他に公爵はあと一家ある。
そちらの方は現在の王であるザルヴェーガの王妹に当たる夫人がいるのだ。そしてその家にはちょうど男児がいる――まだ四歳の幼児だが。
話をすべて話す前にアーリはいいよね?とでも言うように微笑んだ。イルグルムが否定をしないのでそうだと捉えたのだろう。
そうと決まればくるりと振り返りミシィに微笑みながらアーリは教えを乞う。異世界の常識もまだまだだが婚約者としての勉強もまた知らないことばかりだ。
あまりにも自分の想像と違うアーリの態度にイルグルムは固まり続けた。なぜこんなにもあっさり受け入れられるのだろうか、と。
あんな事があって男が怖くないのだろうか?
少なくとも仮面をつけ姿をローブで覆い隠しているイルグルムは外見が明らかに怪しすぎる。
それでも仮面を取り真っ直ぐな視線で受け入れるアーリ。イルグルムはどことなくホッとした内心に首を傾げた。
「よろしくね、イーグ」
「……ああ、わかった」
くるりくるりと表情を変えて笑うアーリにイルグルムは長年閉じ込めていた感情をほんの少しだけ出した。
ほんの――ほんの少しだけ上がった口角は誰もわからなかっただろう。すぐに慣れ親しんだ仮面がそれを覆い今日の密会は終わった。




