じゅうきゅう。
修正いたしました。29.3.5
必要な紙束を持ってイルグルムは一つの扉を前に足を止める。
その扉の両脇にはぴしりと揺れることなく前を見据える騎士。イルグルムに目をくれる事もなく職務を全うしていた。
「魔術師団長イルグルム・ラージェリオス」
「宰相閣下より報告を受けている」
「入室を許可する」
目を会わせることもなく二人の騎士の横をすり抜け扉を開けた。もしこれが陛下の知らぬ訪問であればこの扉を通られぬように体を滑り込ませ自ら壁となる。
その後に待ち受けるのは問答だ。当然ながら話の筋がこの二人に通っていなければ何人たりとも通すなと言う命は彼らが守らなければならぬ義務。
ここ陛下の執務室前は門番兵の騎士と口論をしても意味はない。中にいる陛下が采配をふらぬ限り会えぬのだから。
どうしてもと言う場合は別室で待機するしかない。それから会えると言う保証はどこにもなく、帰されるのが当たり前だが。
たまにいるのだ。急ぎだからと陛下に会わせてくれと頼み込む馬鹿が。
なぜ直に陛下へ進言が出来るのだと思えるのだろうか。イルグルムは不思議でならない。
普通に考えてまずはそれぞれの幹部に報告するのが筋と言うものだろう。それか有力な力を持つ貴族に声をかけるか。しかし焦りとはその常識をも鈍らせ狂わせる。
過去に陛下にあらぬ助言を捲し立て取り入ろうとしたどこかの侯爵がいた。そのせいもあって陛下への取り次ぎは事前に知らせがなければ一切面会が出来なくなっている。
本当ならイルグルムもここへは入れない立場になるはずだった。もっと別の形で役職を手にいれ城で働くのだろう。
王子でもなく魔術師団長ではなく一人の魔術師として――……
しかし実際はままならないものだ。皮肉にもイルグルムは陛下へ会いに行っている。それも、先触れを出さずとも。
簡単な事だった。魔力で脅かす存在となったイルグルムは誰の手にも終えないからだ。それを逆手に陛下が無理を通したに過ぎない。
いつまでこれが通用するのだろうか……
やっかみを買うのはわかっている事なのでイルグルムは先触れをきちんと出している。
そうでもしないとここを守る騎士がイルグルムの仲間と見なされ騎士仲間たちから一切の交流が絶たれるのだ。
例え王命であっても、形はどうあれイルグルムだけを何も言わず通すのは職務放棄したと見なされ根も葉もない尾びれを取り付けその騎士を蹴落とす。
そして自分達が地位を手に入れ成り代わり、イルグルムを陥れようとする。
幸いにしてすぐドォロイユ総帥が気づいたため何もなかったが――この一件で近衛騎士を含め騎士の見直しをされたのは当然だった。
それでもイルグルムは先触れを出す。誰か一人が特別になると羨ましく思うのは当然だと知っているから。
ふと騎士を見て変わらない顔ぶれに多少の安堵を抱きながらイルグルムが入って来ると同時に陛下と宰相以外の人間がこの部屋から出ていくのを確認してイルグルムが恭しく挨拶を交わす。
先触れを送ることで騎士や女官たちが素早く対応できるようにした配慮。皮肉である。
いつも通りのそれにデュラミス宰相が苦笑いを溢した。
「毎度ながら騎士まで出ていくのは如何なものかと」
「イルグルムが強いのだからよいではないか。職務放棄ではないとわからせたし、何より私も少しくらい息苦しさに解放されたいのだ」
陛下が面倒そうに呟いて反論した。三人で話したいだけに追い出すのはどうかと仮面の下でため息をこぼす。
確かにイルグルムの魔力によって出される被害は誰でも知っている。魔力が少ないと醜態を晒す事になるのは当然で、貴族として避けたいだろう。
諸々の後始末も大変だと分かっているので拒絶されはするがこの対応はイルグルムにとって有り難かった。
ただ、何かあってからでは遅い。いい加減に近衛騎士に職務をきちんとさせた方がいいだろう。
ならばイルグルムがここに来ることを減らせば丸く収まる。
デュラミス宰相もわかってはいるがこうしてイルグルムと密談するにはここが一番適しているので変えられなかった。
なぜならイルグルムの居場所が限られており、国王と宰相である自分達だけの密談はなかなか出来ない。
口達者な臣下たちはいつもイルグルムを化け物と称し『御身を守るため』と遠ざけるのだ。
それに陛下の執務室となれば防犯が十分である。特殊な魔方陣も組んでいるため天井からの盗聴も風窓からの侵入も窓から盗み見る事もできない。もちろん寝室もそうなっている。
そのため両者にとってここでの報告はとてもやり易かった。面倒もないし邪魔される事もない。そして疲れないからだ。
ましてや、今から報告する事は誰にも聞かされたくない――故にいつまでもこの状況に甘んじてしまうのだった。
「アーリ嬢に関してですが、彼女の身元は異世界で間違いないようです」
「『贈られ人』だからな」
「どうやら男に監禁され、身を守るために自殺を計りこちらに来たようです」
「ぬ」
男。監禁。自殺――ザルヴェーガ王の眉がピクリと跳ねる。
隣で聞いていたデュラミス宰相もしかり。だが口を挟むことなくイルグルムの報告を聞く。
アーリは男性に対して免疫はないそうなのでこれからもミシィに任せたいが彼女は女官として一人に支えるのは他に支障が出るため無理である。
ならば養女としてドルオット侯爵家へ行くのだから侍女一人をここに迎え入れアーリに慣れてもらい二人で彼女を任せ――
「待て!そうじゃないだろう!?なんでそうなった?!」
「陛下。落ち着いてください。まだ続きがございますから。ですよね、イルグルム」
仮面の下で驚きながらも頷くイルグルム。
なぜ止められたのか今一つ分からず話を続けた。
「アーリ嬢を二人に任せ、ドルオット侯爵家に移動した際には私は魔術師として彼女を守りたいと思います」
「魔術師としてなのか?他に、ないのか……!?」
「陛下。――彼女を守る、とは?」
「アーリ嬢の魔力検査をいたしました……結果ですが、彼女は魔力を持っています」
こちらが報告書です、と差し出した束をデュラミス宰相が取った。言いたいことが色々とあったが、まずはその報告書を把握する。
全体をさらりと読んでデュラミス宰相は驚愕した。最悪の事態を一瞬でも浮かべてしまい、葛藤が始まる。
あり得ないだろうと思うことはあり得る時に後悔する。だが確率を考えれば極めて低い。
しかし、だ。アーリは異世界人であるために黒曜石のような瞳や艶やかな漆黒の髪は隠せない。そろそろ世に認知させなければならない、と巡らせる。
デュラミス宰相が考え更ける前にその紙束はザルヴェーガ王へと渡った。すぐに目を通し黙ってしまった宰相へ王は何も言えず己も絶句する。
「魔力を……分解?」
「もしくは、相殺か。だからイルグルムの魔力を無力化させたのですね」
「魔力検査が難航しているため正確な答えは分かりません。どちらにしても彼女は魔力、魔術を消します。ですから――これが他の者に知られたりでもしたらアーリ嬢は確実に狙われるでしょう……盾か、私への暗殺としてか」
「あり得るな」
ぬう。と唸るがどうしようもない。アーリはイルグルムに触れただけで今まで溢れ出ていた魔力をなくさせてしまったのだ。
もしアーリが放った魔術でさえも効かなかったら彼女は完全な魔術の盾となりうる。
ただ前に立っていれば魔術が消滅してしまうと分かればそれだけで重宝するだろう。
アーリにさえ当たっていれば魔術は防げるのだから。
そしてイルグルムが言ったようにイルグルムの暗殺も容易いだろう。男女の力の差はあるものの、魔術が効かないと言うそれはイルグルムのデメリットにしかならない。
まだわからない事ばかりだが魔力を分解し無力化とするその力は魔術師にとって天敵だ。
「今話した事は秘匿せよ。この書類もなかった事にする。イルグルムよ、この他に写し出されてアーリ嬢の書類もすべて燃やすように。一切の記録を残すな。何かあった時は私かデュラミス宰相のみに声をかけよ」
「御意」
「それとお前とアーリ嬢との婚約を認める」
「御意……え?」
うっかり聞き返してしまったイルグルムは唐突な事に面を喰らい仮面を押さえ付ける。
別に外れそうになったわけではないのだが素顔を晒さないよう仮面がしっかり付いているかつい手が動いていた。
仮面の下ではポカリと口や目を開けて呆けるイルグルム。理解するまで少し時間が必要であった。
「陛下っ!」
「いや、言っておいた方がいいだろう?」
「イルグルムは知らないんですよ!それをいきなり認めるとか言われても訳が分からないでしょうがっ!」
「しかしだな、こうでもしないとイルグルムはそのままアーリ嬢の騎士になりそうじゃないか?」
「私の妻とラージェリオス公爵夫人が仲介して二人の仲を取り持つ算段だったんですよ!見合いで再会させ驚かせようと計画していたらしいのですっ!」
「……早まったか?」
「もう遅いです」
ぼそぼそと小声で言い合っているが三人しかいないこの部屋で他に物音など立てる者がいないため王と宰相の会話はよく聞こえた。
婚約が決定してしまったイルグルムはそれをただ呆然と聞く。
ボソボソと話す会話はまるで――いや、まるでではなく元から仕組んでいたとはっきり分かる事だった。
イルグルムは『恋愛』や『結婚』、『共同』や『協力』などは無縁だと思っていたのだ。
それがここに来て実は婚約が仕組まれていて、その相手がアーリと言う。
貴族の結婚なのでほぼ政略結婚だ。しかし忘れていた矢先に婚約なのでイルグルムはさらに困惑した。
本当ならどうせ最後には断られると分かっているのですぐに感情を圧し殺して人形のように返事を返すはずだったのに、アーリの名前を聞いて思わず瞠目してしまった。
拒絶じゃない動揺。否定じゃない焦り。ざわめく感情――……
「承り、……ます?」
「……おお!?」
「なんと!」
これは驚きである!とでも言うように二人はイルグルムを見た。
残念な事にイルグルムの素顔はさっぱり分からないが“ 承る ”と言っているのだ。
今まで女性を紹介しても淡々と感情もなく流れに乗って結局は遠ざけ見向きもしない。
しかしイルグルムはアーリの婚約に対して反応を見せている。これがどれだけ特殊な事か。しかも流れに乗った台詞ではなく自ら了承したのだ。これを驚かずしてどう反応しろと言う。
小躍りしそうな揺れる体を押さえながら二人はイルグルムにアーリと話し合うように言う。
追い立てられるかのように背中まで押されれば出ていくしかなく……
笑顔で追い立て王自ら手を振り見送るその光景を見た文官と近衛騎士は怪訝な表情で互いに目を合わせながら首を傾げるのだった。




