じゅうご。
修正いたしました。28.11.6
枕に顔を埋めてしまい動かなくなったアーリを見つめてイルグルムは肩を落とした。
まさか拒絶されるとは思っていなかったのだ。
だがここで挫けるイルグルムではない。――と言うよりもアーリが言った言葉が気がかりであり握っていた回復液を凝視するしかなかった。
飲んだ事のない液体。効果は抜群。『臭い』んだそうだ。
「これは……臭いのか?」
「……すぐぉふ(すごく)」
「すまない。私は飲んだ事がないんだ」
きゅっと瓶を閉めてどうしようか悩む。
恐る恐る顔をあげたアーリの表情はありありと怯えが見えイルグルムを警戒しているようだ。
そんなイルグルムは仮面の下で苦虫を潰した表情になり手にある回復液を懐にしまった。
魔術が効かないアーリには魔術ではない方法でしか首の痛みを治せない。知らぬとは言えアーリに無理をさせてしまった事にとても後悔する。
これを飲んでもらえば気絶で痛めた首も、採血したさいの切った指先も治るだろうと考えていたのだからなおさらだ。
アーリにとっては自分が飲んだ事もない液体を飲ますなんて信じられないと言う感じでイルグルムへ疑いの目を向ける。
枕をぎゅっと抱き締める腕を力任せに警戒心が薄れる事はない。
親切心がこうも裏返ってしまってはイルグルムもただ謝るしかなく、項垂れる。
「どうして……いーぐは、私にかまう?」
まだ視線は警戒しているがアーリは不思議そうに言った。
イルグルムとしてはそれがどう言う意味で言っているのかが分からず――仮面の顎を撫でる。
アーリが言っているのは医者としてか。先生としてか。……研究としてか?はたまた捕虜だと思われているのだろうか?色々と捉えられ考える。
イルグルムが構うのはなぜかと聞かれてどう答えればいいのかが分からない。
国王もデュラミス宰相も『贈られ人』のアーリはイルグルムのためにやって来たと豪語している。
まだ公にしていないがアーリの会話力がもう少しスムーズになりさえすればイルグルムはお役御免なのだ。
本人はそう思っているがその続きはしっかりとデュラミス宰相が描いているのでなんとも言えない。
まさか養子縁組み先がドルオット侯爵家、つまりデュラミス・ドルオット侯爵家の養子になるとは露知らず。
さらにはドルオット侯爵家の養子に入ったアーリとラージェリオス公爵家のイルグルムが婚約する事など知らない。
本人たちの知らぬ間に事は順調に進んで行き、すでにドルオット家とラージェリオス家は息子と義娘を置き去りに顔合わせさえも済ませている。
そんな事にまったく気づいていないイルグルムはふと思うのだ。
アーリがイルグルムを必要としなくなった時……この関係は終わってしまう。
胸の奥がきゅっと絞まるような切なさが気にした瞬間だけ訪れる。どうしたと言うのだ、と首を傾げるが未だに答えは出ない。
「アーリ嬢はまだこの世界を知らないから――私はまだ君に構うよ」
言い訳のような……自分にいい聞かせるような……それはイルグルムでも判断は出来ない。
ただアーリはイルグルムの言葉を聞いて思案顔だ。何を考えているのかは分からないがイルグルムと同じように顎に指を添えて考える。
「アーリ嬢は嫌か?素顔を隠す私が――嫌か?」
もし嫌なら、私は離れよう……体を覆うマントも、顔を隠す仮面も、不気味な物なのだと知っている。
だがアーリは立ち上がり直ぐ様離れようとするイルグルムのマントを掴んだ。離さないと言わんばかりに握りしめシワを作る。
「違う!そじゃない!」
それは……どう言う意味だ?
離れようとする足を戻してイルグルムはアーリを見つめる。
拒絶されたのではなかったのだろうか。眉尻を下げてしょんぼりとしているアーリを見てさらに困惑する。
「私……違う人。せ、かい……迷惑……それなのに、イーグはかまう。なぜ……?」
「つまり、迷惑をかけているんじゃないかと心配になっているのか?」
数秒ほど止まったが伏せられた頭がコクコクと縦に揺れた。どうやら何時も構っているイルグルムにアーリは迷惑をかけているのではないかと思っているようだ。
「迷惑だなんて思った事はない。いつもアーリ嬢は私に新しいものをくれる」
「?新しい、もの?」
「そうだ。アーリ嬢がもたらす感覚、感情に初めてのものがあって新鮮だ」
まだ少し、分からないと言う風にアーリは首を傾げた。
感覚や感情に新しいものなどあっただろうかと検討違いな事を考えながら。
よくよく考えてイルグルムはこれが納得のいく答えだった。
孤独だった切なさとは全く別の切なさ。彼女だけにモヤモヤとする感情はアーリのみが起こす感情。
マントを握りしめる指を一つ一つ外して握り直す。
なぜだろうか――今は仮面がすごく煩わしいと思え自然と仮面に手を掛けていた。
「……そうか。私はアーリ嬢から目が離せないんだ」
「あの、仮面――え?」
初めての感覚にまだ戸惑いがある。しかしイルグルムにとってその感覚は嫌ではない。
仮面越しの対面。手袋越しの体温。どれももどかしくて一喜一憂するアーリに目が離せない。
「慣れぬ場所に一人こちらに来たアーリ嬢に私は心配なんだ」
「しん、ぱい」
「ああ。最初は言葉も分からなかった。不安だったろう。右も左も分からず不安だろう。私の見ぬところできっと泣いていたのだろう?」
「あ……」
涙は流れていないが親指の腹でイルグルムは目尻を撫でる。途端に顔を赤くしたアーリに気づかない。
アーリに触れてさえいれば溢れる魔力が引き起こす事もないので自然と表情を作れる。
まるで親が子を見るような――その表情に思わず背後にいたミシィがため息をついた。
「嘘でしょ。そこは恋い焦がれるとか、あるでしょう?親切って……どこの保護者よ」
「っ、なっ、」
「こら!手を離そうとしない!」
いつの間に背後にいたのか振り返って姿を確認したイルグルムは思わず腰を浮かす。
少し離れているが真横にいた彼女は腰に手を当て頭を押さえては首をゆるゆると振る動作を惜し気もなくさらしてまた深いため息を吐く。
アーリに至ってはゆでたこ状態で固まってしまった。
「これはいける!って思ったのに……このへたれ軟弱男。そこは抱き締めるなり指先にキスするなりあるでしょう?目が離せないっていった時は感動してついにっ――と思った私の喜びを返しなさい、天然たらし!まぎわらしいじゃないっ」
「…………ひどい言われようだ」
「ちょっと今からお父上のラージェリオス公に相談しに行きなさい。今起こった事をありのままに話すのよ?いいわね?――あと、アーリ様にはちゃんと労ってあげてくださいね」
これじゃあ先が思いやられるわ。
そんな言葉を残してミシィは再びどこかに行ってしまった。残された二人はミシィが出ていった扉を見続ける。
まさか……あそこまで近づいていたのに気付けなかったショックと酷い言われようにイルグルムも動けない。
ようやく動き始めた時にはなぜか互いに顔を見合わせ――ようとしてアーリが俯いた。まだ顔は赤いのだ。
そんなアーリを見たイルグルムは労るために優しく頭に、髪に触れ声をかける。
しかし彼女は俯いたままピクリと震えるだけで何もない。自分では駄目だと思い、聞こえるように流れる髪を耳にかけた。
「また明日」
労るやり方がいまいち思い付かなかったイルグルムは握っていない手で撫でる事しか思い付かなかった。
返事も反応も返ってこないので聞こえていなかったのではないかと耳元でそっと囁いて仮面を被る。
握っていた手を離して――今度は止める指も、声もなかった。




