じゅうろく。
修正いたしました。28.12.11
ゆるりと日は流れイルグルムとアーリは王宮の奥にひっそりと明けた小さな庭に寄り添っていた。
そんな二人を一人の女官がはらはらと見つめている。
ここは公に出られない王族のために作られた離宮で、現在はまったくもって使われていない事から主の間以外の部屋や庭をこの二人が少しだけ使っている。
もちろんこれにデュラミス宰相が色々と手回しをして“ 二人の時間 ”を作るために奮起したのだ。
なぜそこまでやるのか、と言われたら耳聡い貴族が来賓用に使っている通い路の異変に気づきとやかく問いかけてきたからである。
奥の、端の、隅の影。おいそれと会わせる訳にいかない天上の方を隠すために作られたその部屋。そしてごまかすためにいくつか目立たない部屋に護衛兵を立たせたのが悪かったのか。
城に勤務する文官及び城へ登城する貴族が気にならないわけがない。
『どなたがおられるのかな?私にも挨拶をさせて下さい』
『どちらのお方か。お聞きしても?』
『わたくしに挨拶もないなんて、無礼な方。どこの者でして?』
『隠すだなんて宰相閣下もお人が悪い。まるで私どもから守るようだ』
などなど。それはもうデュラミス宰相は目眩を覚えたものだ。
どこぞの貴族を来賓の通い路に通しただけでなぜ一介のたかだか貴族に逐一に報告しなければならない?
文官でも経理を担当する財務大臣ならば多少はアーリのために経費が使われているのでそれとなく教える事もできた。詳しく教えるつもりはデュラミス宰相にはないが。
なにゆえ商売で成り上がった貴族どもに“ 来賓 ”として扱っている客の顔合わせを手伝わねばならぬのか。
でしゃばる侯爵令嬢も用もないはずなのに父親が複数ある大臣に収まっているだけでその娘が我が物顔で城に登城。弁えてもらいたいものだとデュラミス宰相は憤る。
“ 来賓 ”は来賓でもただの来賓ではない『贈られ人』を招いているのだ。簡単に教えてやれるはずもない。
しかし何時までも隠し通せるものではないのは確かで。それはさすがにデュラミス宰相も分かっていた。故に約一週間前ほどからアーリは移動してもらう事になったのだ。
離宮を扱うにいたって国王は少しばかり悩んだものの、のち一週間でほぼほぼ喋れるようになったアーリが未だに心配であった。
それはこの世界の常識である。
会話も徐々に出来ているし、テーブルマナーも教え込んだダンスも上々。貴族の誰某や歴史も少しずつ把握している。
しかしこの世界に対しての認識が少しばかりズレが生じる事があった。
現在二人が(主にアーリが)使っている離宮が、使われるに至ってもっとも多い理由は幽閉であり他に病に臥せった王族の隠れ家として使われている。
近年で幽閉されるような事件はイルグルムの実父以外にない。
王も妃も、息子もその嫁も孫も健康体でこの離宮は言わばまったく使われていないほどだ。
その離宮なのだがとにかく世に出せない王族などを一重に離宮へ押し込んでいたので掃除をしていてもどことなく薄気味悪く通うと重苦しいし寒気が、白い影が、不思議な音が、目眩が、など女官たちの間では「お隠れになった王族たちのお遊び」が噂になり恐怖に煽られ不評だった。
その話も含めてイルグルムがアーリに話したのだが彼女はケロリとした顔で「お化けや呪いを、恐怖に思ったことは、ないです」と言う。
どうして、と疑問に思うのは人の性。離宮に関しては仄かに気にしていたがミシィだって曰く付きの置物などは触りたくない。この世界には触れただけで呪われる物がある。そう、呪われたくないのだ。
なぜお化けなど呪いの品も含めて怖くないのか聞かずしていられようか。ミシィは聞いた。そうすれば怖いものなんてなくなるんじゃないかと……
「え?だって、呪われた事がないもの。ないもの、見えないものに怯えていたら、疲れるだけですよ?」
「いえ、この世界にはあるのですよ?呪いが」
「そうなの、イーグ?」
「ある。けど、解くことも出来る。かなりのお金がかかるが」
「でも、何に怯えるの?生きた人より怖いものなんてないでしょう」
「そうですが……呪いといえば恐れるものなんです。呪われたら災いがふり掛かるんですよ?」
「それは、呪いと言い切れるのかしら」
「アーリ嬢は根拠がない事柄は信じないようだな」
「私、こう言うの鈍いって、よく言われていました」
「……そうですか(何となく分かるような気がしますよ、アーリ様。そうなると恋愛も鈍そうね……)」
「私も鈍いとここ最近言われる。そんなに遅く動いている訳ではないのだが」
「イルグルムは鈍すぎます。もっと攻めてほしいくらいに」
「……いったい何が鈍いと言うんだ?」
「さあ……?」
まあそれは置いておくとして――アーリとの常識の違いなのだがまず感覚の違いがあり、物の捉え方も多少の齟齬が垣間見える。他には習慣も違うようだ。
アーリはドルオット侯爵の養子になるため上流貴族の知識が必要とされる。侍女と従者を一人つれ歩く決まりがあるのだが「必要がどこにあるの?」と首を傾げてしまう始末。
上流貴族は使用人をうまく使い立ち振る舞う事でその人の品格を見る。湯浴みだって上流貴族としては“ 洗ってもらう ”のが当たり前なのだが……
なんとかミシィが説き伏せて最近にしてようやく洗ってもらう事にアーリは慣れた。だがご不浄に関しては頑なに拒んでいる。
今現在のアーリは平民だが侯爵令嬢になる事は覆らないため日本人ならではの頭を下げてしまう行為も矯正中。目下の貴族、使用人諸々に頭を下げるなど――むしろ貴族は決して頭を下げてはならないと説明すること二刻。
会話とともに環境にも慣れてきたのか挙動不審が消えてきた最近はイルグルムの腕を掴んで自分から庭に出ようとする。淑女は駆け走ったり殿方を引っ張ったりしない事をミシィは懇々と三刻ほど説く。
――どうやらアーリは真っ直ぐで暑苦しい父一人に育て上げられたと言う詳細を聞き出し、見知らぬ人へ疑いまくれと教えられ自由に生き、身内には身を呈してでも守るようにと実に男らしい性格が隠されていた事が判明した。
この国ひいては世界の生活環境が違う。その違いによりアーリは淑女から外れてしまう事が露呈したのだ。
指を少し切ろうとするだけであんなに気合いをいれるアーリ。少しばかりおかしくても気に止めない。
しかし、だ。この世界で淑女の女性として必ず通らなければならない道がある。
それは結婚するに当たって乙女がお相手の着る服の胸元に夫の家紋の刺繍を施さなければならぬこと。因みに平民は思い思いの花をあしらう。
これは乙女がこれだけ淑女としての腕があり、夫に『貴方のためだけに私が貴方を支えましょう』と言う意味で夫はそれを『受け入れます』と言う意味になる。
この世界では夫の小物に刺繍を施すのは妻の務めで夫を献身的に支えるのも妻なのだ。表向きは。
今ではその考えを守る貴族は半分にまで減った。いわゆる乙女(未婚の淑女)の熱き火花が巻き散る現状は婚約者候補の取り合いで淑女の風儀が薄れつつある。
刺繍などより社交。献身より共存。婚約者を得られなかった下流貴族と高みを望みすぎて選ばなかった上流貴族が歪み曲げてしまった風儀。
刺繍など仕立て屋にやらせ最後の一針を自分でやればいいなど口達者になった淑女は現在をもって広がりつつあった。
そんな淑女にさせないために刺繍をやりましょうと誘ったのはミシィである。
彼女はアーリをイルグルムの妻にするべく勉強のついでに淑女を徹底させている。
ミシィが懇々と説くこと数多に今日は晴れた中庭で刺繍を提案したのだ。
夫に送る刺繍はまだ伏せてアーリがどれくらい刺繍が出来るのかを見ようとしたミシィなのだが……これがまたイルグルムが焦るほど酷かった。
イルグルムは椅子を並べ報告書や書類などを読んでいるその隣で。アーリに布と針を持たせ比較的、簡単な、花の図案を見せて教えていた。
五枚の花びらが広がる簡易な花模様。ミシィはこの手の説明を何回もやってるのでいつも通り分かりやすく説明し手本も丁寧に見せてアーリに渡す。
ふん、と鼻息を出して気合いを入れたアーリは実に微笑ましく。言われた通りゆっくりと真剣に一針を入れて……二針め……ミシィはそわそわし出した。
三針めあたりでさすがのイルグルムは待ったをかける。声をかけられてきょとりとするアーリはのんびりと「どうしました?」と言うがイルグルムにとってはどうしたとはこちらが聞きたいと言いたかった。
なんせ、アーリが一つ二つと針を刺すたびに布と針を持つ手が顔との距離を近づけさせるのだ。止めずしてどうする。
目が悪いのか?と聞けばいいえと素直に返ってくるのだからなおさらどうしたと聞きたい。
「そんなに近くでやれば危ないだろう」
「でも、初めてだから。ちゃんと出来ているか、見ていました」
「……初めてでも針が顔に刺さると危ない。もう少し見える距離を一定にしてやった方がいい」
「でも布に隠れている手が、見えませんよ。刺しそうで怖いです」
確かに布に添える左手は隠れてしまって見えない。しかしそれを指摘するアーリにミシィは違和感を覚える。
まさか、布に隠れている手を見透かそうと近づいていたなんて事は……まさかそんな。
はらはら見ているミシィを尻目にアーリは針を指す。なぜか気合いをいれて……
それをハシッ!とイルグルムが腕を捉え回避する。二人から安堵のため息が出た。
「刺繍に気合いはいらない。必要なのはアーリ嬢の安寧」
もっともな言葉にミシィはただただ、女官の節度はどこまでか見通しを考えるのであった。




