じゅうよん。
修正いたしました。28.11.6
結局、アーリの採血はミシィの手によって執り行われた。
どのように執り行われたのかと言われれば仕方なくアーリを気絶させてその隙に採血したとしか言えない。
あの突飛な行動から本人に任せるのはどうかとみなが思ったのだ。次は大丈夫と本人は言うが、誰が信じられようか。
ナイフを取り上げミシィが「やります。痛みなど与えません」と口にするがアーリは「出来ます!」と言い張る。
この押し問答の終止符は近づいてきたイルグルムの手によって終わらせた。
近づいて――フッ……と手を動かすだけ。ストンと首を打ち付けアーリの気を失わせる。それだけだ。
「軽いな」
「そうですか。しっかり確認していますね」
「……何がだ?」
ベッドに寝かせた後は素早くミシィが採取した。手当ても早業で終わらせ明日には傷口が塞がるだろうと豪語する。
本当にそうなのか?とイルグルムは思うが深くは追求しない。その手捌きは誰が見ても鮮やかだったからだ。
「では、僕は戻りますね」
「今日の私たちは魔光花の蜜の調査だ。私が素手で触ったものと普通に採った物を比較し、報告書をまとめておくように。これは引き出しに入れておいてくれ。決して、見つからないように、無くさないように。鍵の魔術も忘れないように」
「……はい。無くさないようにします!」
懐から改めて用意してあった別の小瓶をジークスに渡しそれが一番厄介だな、と思ったがイルグルムは黙ってジークスを見送った。
ジークスは基本、素直だ。けっこう単純で暴走しやすい。故に、自ら無くさないようにと言うのは部屋がハチャメチャである事を伝えているようなものである。
ジークスはいつも必要な書類をなくす。まあ、あの空間にいれば誰だってなくしそうな気がするが――
自覚があるらしいジークスにじゃあ片付けろとは思うが残念なジークスは期待を裏切らない。
まあまあ片付けられたかな?と思われるジークスの見解は人より大雑把。ただ隅に固めただけは綺麗とは言わないだろうに……
実家の部屋ではどうなっているのかつい聞いてしまった時は「綺麗ですよ?」と返してくる。
まあ、日中に部屋の主がいる事が少ないのだからたっぷりと整理整頓は当たり前に出来ていないとおかしい。侍女がせっせと片付けているに違いない。
結局はいつも思うところはあるがどうしようもないと振り返ってジークスを追いやるのだった。
ジークスと別れてイルグルムがやる事と言えばない。
デュラミス宰相の手によってしばらく半休となっているイルグルム。イルグルムをよく思っていない魔術師から反発があったらしいが全てデュラミス宰相の手ずから静めたようだ。
詳しくを聞こうにも部下は元々イルグルムと必要以上に会話をしないし、デュラミス宰相に事細かく詳細を聞く気にはならなかった。
それが一番安全で安心するような気がするのだからイルグルムも深くは追及しない。
デュラミス宰相はイルグルムにしてもこの国の国王であっても頭が上がらないのだ。
城に勤務しなくてはならず、だがやっかみが強い魔術師の中で身動きが取れなくなってしまった時――助けてくれたのはデュラミス宰相だった。
情報収集が得意で人の弱味を握るのが趣味の彼はここぞとばかりに攻めるのが楽しいと豪語していたほどだ。
あの時――デュラミス宰相の手を借り元魔術師団長と巡り会わなければイルグルムが生存していたかも怪しい。
根本は変わらないようだが今は別の生き甲斐を見つけた彼はイルグルムをいつまでも助けてくれる。半休にするなど容易いだろう。
時は赤の二刻。昼前である。後一刻は仕事として働かなければならないのだが……
かと言って書類はジークスに預けてしまった。自分でやってもいいのだがそうなるとジークスのやる事がなくなってしまう。
いや、違う。ジークスを返さないとイルグルムが怪しまれるのだ。
ただでさえ周りからよく思われていないのだ。それがイルグルム直属の部下である副師団長のジークスと一緒に不明な時間を作ってしまうのは外観が悪い。
直接の攻撃ができない奴等は陰から糸口を探し、そこから攻撃を仕掛けてくるのだから。
「彼女を大切にしなさいよ」
「分かっている」
「指の傷以外に傷があったら承知しないわよ?」
「……」
「……ちょっと。――私は、しばらくの間は他の仕事を終わらせてくるわね。アーリ様をよろしく」
「わ、わかった」
「悪戯ならほどほどにね」
「……」
くすくすと笑う仕草を隠そうともせずミシィは黙ってしまったイルグルムを置いて出ていった。
ドクリと鼓動が跳ねた気がしたがミシィがからかっていた事はすでに分かっているのでため息一つで動揺を吹き飛ばす。
しかし――なぜ動揺したのだろう?イルグルムは滅多に鳴らぬ感覚を不思議に思い胸に手を当てた。
ミシィの仕草に胸が高鳴ったのかもと自問自答するがすぐにそうではないと首を傾げる。
だいたいミシィは人妻だし、昔馴染みとして信頼がある。他人を頼れる信頼だ。
では先程の高鳴りはなんだったのだろうか?しばらく考えても答えは何も出てこなかった。
さて、何をやろうか――イルグルムはとりあえずベッドの脇に置いてある椅子に座った。アーリが目覚めてもすぐに対応が出来るように。
力加減をして気絶をさせたがアーリは簡単に意識を手放してしまったので内心でははらはらしていたのだ。
魔術などもコントロールして出来るだけ傷を負わせないように心がけていたのだが……実はアーリの気を失わせるための力加減と言うのは体を損傷させない程度の力加減である。
首の後ろを叩き気絶させると言う事はなかなか力がいる動きなのだ。もしかしたら起きた時に痛みを訴えるかもしれない。
そうなれば今手持ちにある回復液を飲んでもらい、速やかに怪我を治さなければ後々に問題が出るだろう。
特にミシィが。イルグルムに容赦のないミシィが――
想像しただけでイルグルムの肩がぶるりと震えた。
これは不味い。イルグルムは申し訳ないと思いつつアーリの首を確認するため頬を撫でる。
さらりと流れる髪にも触れ顔を横に動か……してようやく気づいた。
寝たままで首の後ろを確認するなんて無理だろう、と。
どうしたものか。起き出した時に痛みがあるのもどうなんだろうと考えるが本人ではないのでイルグルムにはわからなかった。
さすがに抱き起こしてわざわざ確認するには抵抗があったので今は頬を撫でるだけに止めた。
「……アーリ嬢は柔らかいな」
手袋越しに触る肌は自分の肌より柔らかかった。ダンスの時にも思っていた事がついぽろりと吐露してしまう。
男と女ではこうも違うのか――と思いつつ髪を一束ほどすくう。
するすると流れる髪は音もなくアーリの顔にかかる。それを指で避けると小さな唇がわずかに動いた。
もう起きてしまうのか――イルグルムはなぜそんな事を思うのだろうかと疑問に思いながら目覚めを待った。
そう言えばアーリと関われば関わるほど感情に波があるような――まさかとイルグルムは黙って見つめる。
ふるりと震えた瞼。やはり首が痛いのか「うっ?」と唇を結ぶ。小さく首をすくめてゆるりと目を開ける。
見つめ合う二人――
「ひゃあ!?」
「っ、すまない。驚かせた」
さすがのアーリも表情のない仮面のドアップには驚かされた。勢いよく動くがやはり首が痛かったのか痛みに動きが静止する。
すぐに回復液を飲ませようと小瓶を懐から取り蓋を開けたのだが……アーリはそれを拒絶するように顔を渋く歪ませた。
実はこの回復液――数種類の草と蒸留水が調合されているため草の味が、えぐみが、強調しあい匂いもさる事ながら臭い。
因みに魔術師となるとどうしても魔法回復液(中身は回復液とほぼ同じ)の餌食(馴染み深い物)になるためまれに味覚音痴が現れるほど不味い。
そのため賢い魔術師は魔力の残量をきちんと把握し、飲まないよう心がけている。
当然ながら騎士だって重症患者であったりよほどの負傷者でない限り回復液は使われない。
効き目は素晴らしいが飲み込むのに勇気がいるこれらは大変、酷評を得ている。
そして残念な事にイルグルムはこれを飲んだ事がなかった。魔力も減るわけがないし怪我も魔術で治してしまうため必要がない。
しかも仮面のお陰で匂いも遮断されイルグルムが知るのは回復液の効果しか知らないのである。
さて、親切に回復液を手渡そうとするイルグルムにアーリは身動きが取れなかった。むしろ呼吸が出来なかった。
口と鼻の両方を押さえ首を必死にふり断るのだが……残念ながらイルグルムにはアーリの行動をうまく把握する事は叶わない。
そして首の痛みも相まって等々アーリは叫んだ。「くさい!」「いたい!」「いーぐ!」と。枕を盾に蹲る。
イルグルムの行動を止めるにはじゅうぶんだった。




