じゅうに。
いくつかご指摘された部分を踏まえて修正いたしました。28.11.6
無理強いはよくない。それは強ばった表情をするアーリの顔を見ればよく分かる。
一歩下がった足は戻らないが、なんとか踏み止まっているアーリに申し訳ないと思いつつも説得を試みるジークス。
本当はイルグルムが説得をすればいいのだが距離が出来てしまったのが衝撃だったのだろう。表情が読まれない事を良いことに黙ってしまった。
それが余計にアーリの警戒心を強めてしまっているのだが……
イルグルムから見てアーリはただ尻込みしているだけと捉えている。少なくとも拒絶ではないだろう。捉えるなら恐怖か。そう考える。
ならばなぜアーリが警戒しているのかと考えると一生懸命この検査について説明し協力を仰ぐジークスのせいで間違いだろう。
後から取って付けて説明される内容は極めて細かい。検査内容を喋ってもいいがその時の感想までも細かく説明しだすのでアーリの表情はすでにひきつりながら泣きそうである。
なぜ検査する説明で採取する際の切り口の話になっているのか……痛くない場所などの説明はまだいいが傷口の痛みと見た目の説明はしなくていいと思う。
さすがに細かすぎる説明を延々と続けるものだからミシィと共にイルグルムはジークスの頭を叩いた。どちらの攻撃が痛かったのかは定かではないが、不意打ちで叩かれた痛みに悶えしゃがみこみ唸る事でジークスは大人しくなる。
ジークスのお喋りが止まれば奇妙な間が出来るが……まあ、仕方がない事だ。とりあえず採血は後回しにした方がいいのだろうと判断しイルグルムは切り替えた。
「採血は後でミシィに任せる。今日はもう一つ、別の事を調べたいと思う」
「その方がいいでしょうね」
「――はい」
「今から私はアーリ嬢の手に触れる。本当は検査でしっかりと調べてからの方がいいのだが……アーリ嬢はとにかく特殊な力、もしかすれば魔力を無力化する力を持っているようなのだ。今はそれを先に調べる事にする」
「調べる、ために、触れる?」
「やましい事はしない。説明をする」
両手を胸元でぎゅっと握り警戒を強めたアーリだったがアーリの心情を読み取ったミシィが支えるように隣に立ち声や背中を撫でたりと宥めれば少しは落ち着いたらしい。
不安そうにイルグルムを見つめる黒の瞳はきっと最初の頃に不躾な行動をしたあれを思い出したのかもしれない。あくまで『触れる』事を強調し、触る前に場所を言うと説得して警戒を少しだけ解かせた。
触れる場所は手のみ。手のひらを合わせ軽く握る程度。調べる対象はアーリの魔力、または能力を把握すること。
イルグルムの予想ではアーリは無意識に魔法や魔力を無力化しているのではないか。これを調べたい。
触れるのは魔力の良し悪しが一番分かるから。
本当は被害の少ない魔法を放てばいいのだが、何もないところから生み出される魔法はきっとアーリが驚くだろうと言う配慮だ。一度にすべて終わらせるのは得策ではないとの判断ともう少し魔法、魔力を理解してもらいたい。
それと魔法を使わずともイルグルム自体が魔力を内に抑えられず放出しているため魔力を無効などされればすぐに分かる。はず。
それだけで判断するわけにはいかないのでアーリの状態を見てからこの後は何事もなかったかのように勉強に移る手筈だ。
次は魔法の知識を踏まえて説明し、それから生み出した魔法に直接触れてみてどうなるか調べたりアーリは魔法が使えるのか等々を魔術師団長として把握しておきたい。
「いいだろうか?」
「手を、触れるだけ。問題、なし」
「では……手をこちらに」
イルグルムが手を差し出す。ジークスが紙を用意していない!と騒ぎだしたがミシィが用意しているので躊躇わず紙束で叩かれ黙殺された。
アーリが少しジークスに怯えているようだと思えたイルグルムは意識を反らすため視界を遮り手を置きやすいように前にゆっくりと差し向ける。
「お手をどうぞ、アーリ嬢」
なぜそのような台詞が出たのかはイルグルム本人は分かっていない。もっと気安く普通に声をかければいいと思えるが言うなればこれは最近やっていた動作が染み付いていたからか。アーリの前に立った瞬間、声をかけねばとイルグルムは思ったのだ。
イルグルムを巻き込みダンスを誘う練習から始めた成果かが今ここに――視界にイルグルムが映ったことでアーリは軽く驚いた程度で先ほどまで及び腰だった姿がすっと背筋を伸ばしてゆっくりと差し出され手に己の手を重ねた。
ミシィがうんうんと笑顔で二人の姿を間近で見て喜んでいたのは言うまでもない。
「……何も、感じないな。アーリ嬢は何か感じるか?」
「いいえ。何も」
「ジークスはどうだ」
「僕も何も……ただ師団長がすっごく普通に見えてきました」
「何よそれ」
ミシィが呆れてしまうのは仕方がないだろう。今が普通ならいつもはどうなのだと聞きたい。
「手袋からいくか。一応ミシィは壁際まで離れていろ」
「え、僕はこのままですか?」
「当たり前だろう。私の補佐だぞ」
イルグルムは核心していた。きっとアーリが触れていると魔力が溢れ出さないのだろうと。
しかしここで気づく。片手を塞がれたままどうやって手袋をとればいいのか、と。
仮面さえつけていなければ指先を噛んで引っ張ればいい。だがイルグルムの顔には輪郭に合わせて作られた仮面がしっかりと嵌め込まれている。これでは取れない。
ならば一度アーリから手を離して取ればいいのではないかと思うが……アーリから離れてしまえば魔力が溢れ出すのは当然なのでそれは出来ない。
これはすべて予想だ。核心を持てたとしてもイルグルムにはどうしても確かな自信で言えなかった。己の魔力により被害がどうでるか、知っているからだ。
アーリ――は、まだわからないが大丈夫だと言えないかもしれない。それなりに魔力を持つジークスでもただでは済まないだろう。
イルグルムが肌を晒す時、この手は無闇に離してはならないのだ。
となるとジークスに外させるか。アーリに触る場所を変えてもらうか……手しか触らないと断言したところを撤回するのはまたアーリを怯えさせるかもしれない。
少し考えアーリを怯えさせないためにもイルグルムはジークスに頼む事にする。
当然、ジークスは狼狽え焦りだす。
「無理ですよ!なんでよりによってそれを僕に頼むんですか!?死んじゃいますよ!!」
「実験だぞ?たぶん大丈夫だ」
「実験にたぶんは当てになりませんよっ!」
「では仮面か?」
「手より酷いと聞いてます!アーリ嬢に頼まばいいじゃないですか!」
じりじりと一歩、一歩と下がっていくジークス。まるでイルグルムから逃れるようなそれに情けないな、と思えてしまうのは仕方がないと思う。
確かにジークスが言うようにアーリに頼めば先ほどまでの悩みも一瞬で片付く。しかし説明してようやく手を重ねられたと言うのに緊張で硬直しているアーリに更なる負担をかけるのはどうかと悩んだ。
さらに言えばイルグルムよりも同じ女性で甲斐甲斐しく生活の手助けをしてくれ、安心が出来て頼れるミシィが傍にいないとなれば頼みごとなど聞いてくれるのかが怪しいと踏む。
かといって魔術が人並みぐらいにしか耐性、知識、経験がないミシィをアーリのために実験に付き合わせるわけにはいかない。わざわざ危険に晒すわけにはいかなかった。
いくら魔術師団長であれど、個室で城に勤める女官の醜態を己の魔力で晒させるわけにはいかないだろう。下手したら死ぬ。それにそんな事をしてみろ。噂で言う婿入りした夫を尻に敷いて世話焼きと言うなの身の回りを牛耳るミシィ、の母親――ミシィの元祖となるシィラが事を知ればイルグルムはどうなるか。
まず間違いなく付きっきりに違いない。魔術師であるイルグルムは不規則な生活を送っている。食事を抜くことだって本人は気にするほどではないのだ。本人は。
カルトーラ家の怖いところは文句の付け所がない完璧な仕事と世話焼き加減が仕える主によって変わる事だ。人を見て度合いを把握し抵抗されない人間と分かれば身の回りはすべて牛耳られる。下手をしたらそこから一歩も動く事もなく一日を終わらせられるのだ。
何度も言うが仕事の評価は文句の付け所がない。ただ怒らせたりすると女官の業務を最大限に活かし度がすぎる身の回りの世話を焼く。
イルグルムは自分の魔力によって醜態を晒してしまった被害者ミシィと、加害者であるイルグルムに怒り狂う母シィラが仕返しとばかりに身の回りの世話を始める想像をし――止めた。
シィラもイルグルムを気にかけてくれる一人だ。娘を醜態に晒した事により付きっきりでくどくどとどうしてそんな事をしたのか問われ生活にまで口をだし気が済むまで諭されるだろう。
その前に魔術師が一般人を傷つけた事態が刑罰に当たる。なおかつ魔術師団長のイルグルムがやったとなれば軽い刑罰では済まない。
忌み子として未だイルグルムの命を狙うものは多い。王がどのように説いてもあの悲劇を知っている貴族は最終的にただの危険な道具とでしか納得しなかったのだ。
その危険な道具が失敗したならこれ幸いと魔術師団長を降ろさせ色々と理由をつけて処刑である。
「分かった。仮面をずらすだけならどうだ?それならまだ抑えられるはずだ」
「それ、本当に大丈夫なんですか?」
「さあ。試したことはないな」
「なんでどれも危険と隣り合わせなんですか!!」
「どうした?――とる?」
痺れを切らしたのかアーリが首をかしげて疑問をぶつけてきた。
しかしポツリと呟いたアーリの言葉は残念な事に言い合いを始めてしまった二人には届かなかった。
まさか――それでアーリが思わぬ行動を取ることも知らずに。




