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第4話 十八人の朝

 朝になっても、18という数字は増えなかった。


 昨夜まで岩場の周囲を行き来していた声は消えている。白い霧は地面の近くに残っていたが、枝葉の隙間から薄い光が差し込み、暗闇に隠れていた木々の奥まで見えるようになっていた。


 鳥に似た鳴き声が、遠くから聞こえる。


 夜が終わった。


 それだけで、森が安全になったように錯覚しそうになる。


「もう一度、名前を確認します」


 久保田さんが岩壁に背を預けたまま言った。ほとんど眠っていないはずなのに、声ははっきりしている。


 エマが膝の上へ紙を広げ、林さんがその隣に座った。紙には、名前だけでなく、怪我をした場所、食べた物、岩場へ来た方向まで書き込まれている。


「呼ばれたら返事をしてください。本人が答えられない場合は、近くの人が教えてください」


 一人ずつ名前が呼ばれる。返事が返るたび、エマが名前の横へ印をつけた。


 俺の番が来た時、声を出すだけなのに少し緊張した。


「瀬川直人」


「はい」


 名前の横へ線が引かれる。


 18人。


 昨日の夜を生き残った人数と同じだった。ただし、全員が自力で動けるわけではない。


 三浦さんは左目を布で覆っている。出血は止まっているが、布の下がどうなっているのかは本人にも分からない。


 凛の右膝は大きく腫れ、岩へ手をつかなければ立ち上がれない。新堂の右手は黒く変色し、指先がほとんど動いていなかった。ダニエルは左脚を引きずっている。


 アミナはエマへ身体を預けたまま、目を開けることもできていない。久保田さんが名前を呼ぶと、僅かに唇が動いたが、返事にはならなかった。


 エマが代わりに頷く。


「アミナ・ハダド。生存」


 林さんが紙へ書き足した。


 生存。


 その言葉が、必要以上に重く聞こえた。


「亡くなった人についても、分かる範囲で残したいです」


 久保田さんが言った。


 岩場の内外には、朝を迎えられなかった人間がいる。脚へ枝が刺さっていた若い男。炎を止められず、自分の身体まで焼いた男。岩場へ逃げ込む途中で引きずられた者。


 名前を聞けなかった人間が多い。


「顔や服装だけでも書きます」


 林さんが答える。


「後で名前が分かった時に、結びつけられるかもしれません」


「後って、あるのかな」


 凛が呟いた。


 誰もすぐには答えなかった。


 三浦さんが残った右目で紙を見た。


「なくても書く」


「どうして?」


「なくなった時に、何がなくなったか分からなくなる」


 それだけ言い、入口の方を向く。残った視界を補うように、顔ごと左右へ動かしていた。


     ◇


 岩場の中には、死者が残した物が集められていた。


 水袋、毛布、刃物、火打ち道具。使い方の分からない金属片や、途中で折れた武器もある。


「持ち主が分かる物と、分からない物を分けます」


 宮前さんが言った。昨夜から大きな怪我をしていない数少ない一人だった。


 地面へ布を2枚広げ、片方へ持ち主が分かる物、もう片方へ不明な物を置いていく。


「これ、誰の水袋?」


 返事がない。


「じゃあ、持ち主不明」


 エマが紙へ印をつける。


 宮前さんは次に、柄の折れた小さな斧を持ち上げた。


「これは?」


「入口にいた男が使ってた」


 相良が答える。


「名前は?」


「聞いてない」


「じゃあ、服装だけでも」


 林さんが記録する。


 死者の物を奪っている。地球にいた頃なら、そう感じたと思う。


 だが、毛布は夜を越すために必要だった。水袋がなければ、川へ戻る回数が増える。刃物がなければ、縄も枝も切れない。


 誰かが使わなければ、持ち主と一緒に森へ残るだけだった。


 藤崎さんが、火傷で亡くなった男の毛布を持ち上げた。


「焦げていない部分は使えます」


 臭いを確かめ、焼けた箇所をナイフで切り落とす。


「汚れた布は、煮れば包帯にもできます。今は捨てない方がいい」


 久保田さんが頷いた。


「血がついた布と、清潔な布は分けてください」


 2人は昨夜までほとんど話していなかったはずだ。それでも、必要な作業を前にすると、自然に役割が決まっていく。


 パクと野上さんは、岩場の外へ死体を運んだ。相良と早川さんが前後を警戒する。


 俺も手伝おうとしたが、久保田さんに掌を見られ、先に傷を洗うよう言われた。


「この程度なら大丈夫です」


「黒い液体が何か分かりません」


「水がもったいない」


「感染して動けなくなる方が、もっともったいないです」


 言い返せず、水で掌を洗う。皮膚が剥がれた部分へ水が触れ、遅れて痛みが走った。


 痛覚への耐性を取っていても、痛くないわけではない。我慢して動ける時間が少し延びるだけだった。


 死体は、岩場から少し離れた窪地へ集めた。深い穴を掘れる道具はない。枝と大きな葉を重ね、最後に顔が見えないよう覆う。


 墓とは呼べなかった。


 それでも、岩場の入口へ放置するよりはましだった。


 作業を終えて戻る途中、俺は森を見回した。


 朝なら、昨夜よりは動きやすい。18人いる。相良と早川さんがいる。新堂の雷も、完全に使えなくなったわけではない。危険察知もある。


 昨夜よりは、少し安全になったのではないか。


「人数が増えた分、遅くなる」


 三浦さんが言った。


 俺の考えを読んだわけではない。全員の歩き方を見ていただけだった。


「脚を痛めてるのが3人。片手が使えないのが1人。自力で座れないのが1人。まともに寝た奴もいない」


 残った右目で森の奥を見る。


「18人いるから安全になったわけじゃない。18人全員を動かさなきゃならなくなった」


「……そうですね」


「一人で歩くよりはましだ」


 三浦さんは続けた。


「ただ、ましなのと安全なのは違う」


 それだけ言い、後方を確認する。数歩進むたび、全員がついてきているかを数えていた。


     ◇


「ここに残るのは危険だと思う」


 全員が岩場へ戻った後、野上さんが言った。


 地面には血が染みている。化け物の黒い液体、死んだ人間の血、捨て切れなかった内臓や虫の残骸。


「夜までに匂いが消えるとは思えない。また同じ場所を守れる保証もない」


「でも、外へ出たら守る壁がない」


 新堂が答えた。久保田さんの処置を受け、右手を布で吊っている。


「今夜までに別の場所が見つからなかったら、ここへ戻るしかないだろ」


「だから、先に周囲を確認する」


「全員で?」


「怪我人を連れて歩けば、探索にならない」


 野上さんは地面へ枝で簡単な図を描いた。中央に岩場。その横に川。昨日、別の生存者が来た方向を何本かの線で示す。


「短時間だけ外へ出る。戻れる距離までだ。食べ物、水、人が通った痕跡。何か一つでも見つける」


「俺も行く」


 新堂が言った。


「右手が動かない」


「左で撃てる」


「撃った後に歩けなくなっただろ」


 早川さんが即座に返す。


「今度は出力を落とす」


「今度があるかどうかを確かめに行くんだ。お前の実験をしに行くんじゃない」


「じゃあ、あんたが行けばいいだろ」


「私は残る」


 早川さんはアミナと凛を見た。


「ここへ何か来た時、前へ立てる人間が必要だ」


 新堂は口を閉じた。


 凛も行きたそうにしていたが、立ち上がろうとしただけで膝が崩れた。


「私なら、すぐ見て戻れる」


「戻れないから、その脚になったんだろ」


 野上さんの言葉に、凛が顔を上げる。


「言い方」


「事実だ」


「野上さん、女子にモテなかったでしょ」


「結婚はしてた」


「うわ、奥さん優しい人だったんだ」


「何でそうなる」


 言い返しながらも、野上さんの声は少しだけ弱くなった。


 凛はそれ以上、同行を主張しなかった。


 探索へ出るのは6人になった。


 相良。俺。エマ。林さん。ダニエル。宮前さん。


「どうして俺?」


 宮前さんが自分を指す。


「動けるから」


 野上さんが答える。


「それだけ?」


「荷物も持てる」


「ほかに褒めるところない?」


 宮前さんは不満そうだったが、荷物を背負った。


 相良が剣を持つ。刃は欠け、ところどころ曲がっている。


「前は俺が行く」


「一人で離れないで」


 俺が言う。


「分かってる」


「昨夜、5匹倒したんだろ」


「だから分かってる。一匹を斬ってる間に、後ろへ入られた」


 相良は一度、岩場の18人を見た。


「今回は倒すために行くんじゃない」


     ◇


 岩場を出ると、朝の森は昨夜とは別の場所に見えた。


 幹には深い裂け目があり、地面には大きな動物の足跡が残っている。遠くまで見える分、隠れている場所の多さも分かった。


 相良が先頭。その少し後ろを俺が歩く。


 エマは歩いた方向と時間を紙へ記録し、特徴のある根や岩を簡単な図にしていた。林さんは細い布を枝へ結ぶ。帰る方向からだけ見える位置を選び、同じ高さへ揃えている。


 ダニエルは地面や岩を見ながら進む。言葉は通じない。それでも、柔らかい地面へ足を置かないよう手で示し、落ち葉の下に空洞がある場所を枝で確かめていた。


「何を見てるんだろう」


 宮前さんが小声で言う。


「地面の硬さじゃないですか」


「瀬川、分かるの?」


「分からない」


「またそれ?」


「分からないものを、分かるって言う方が危ない」


「その言い方、三浦さんみたい」


 まだ一晩しか一緒にいない。


 それでも、少し嫌だった。


 しばらく進むと、葉の大きな植物が群生している場所に出た。地面近くから広がる葉には、青い筋が何本も走っている。


 中央には、拳ほどの球根が半分だけ土から出ていた。


「食べられそう?」


 宮前さんが尋ねる。


 俺は植物へ近づいた。


 生存術から、確信のない知識が浮かぶ。水分の多い球根。強い苦味や刺激臭はない。ただし、この世界固有の植物であるため、安全性は判断できない。


「食べられるとは言えません。水分はありそうです」


「危険察知は?」


「反応は弱いです。でも、安全って意味じゃない」


「便利なのか不便なのか分からないな」


「本人が一番そう思ってます」


 相良が一株を掘り出そうとする。


 林さんが腕を掴んだ。


「全部取らない方がいいです」


「どうして?」


「毒だった場合も、薬だった場合も、比較する物が必要になります。生えていた場所も残した方がいい」


 エマも頷き、位置を紙へ記録した。


 球根を2つだけ掘り出す。残りには触れない。


 宮前さんが球根を布へ包み、荷物の中へ入れた。


「食べ物だといいな」


「毒かもしれない」


「林さん、もう少し期待を持たせてくれてもよくない?」


「期待と記録は別です」


「この集団、真面目な人多くない?」


「宮前さんが軽いだけだろ」


 相良が言った。


「俺、これでも仕事では進行管理してたんだけど」


「何の?」


「イベントとか、舞台とか、結婚式」


「それで何の技能を取ったんですか」


 俺が尋ねる。


「細かいのをいくつか。交渉とか、人の顔を覚えるやつとか」


 少し間を置く。


「あと、運を上げた」


「どれくらい?」


「81」


 全員の足が止まった。


「凛ほどじゃないけど、結構高いでしょ」


「どうして運なんですか」


「準備しても事故で死んだから」


 宮前さんは軽い口調のまま答えた。


「次は、準備で避けられないやつを避けられたらいいなって」


 それ以上は話さず、先へ進む。


 大きな怪我がないのも、昨夜ここまで辿り着けたのも、運のおかげなのかもしれない。本人に聞いても、分からないのだろう。


     ◇


 少し先で、道らしいものが2つへ分かれていた。


 左は泥が深く、草が何本も倒れている。右は地面が乾き、歩きやすそうだった。


「右だな」


 相良が言う。


「待って」


 宮前さんが足を止める。


「どうしました?」


「右、嫌な感じがする」


 俺は右側を見る。


 危険察知は反応している。ただし、森へ出てから一度も完全には消えていない。右が特別に強いのか、自信がなかった。


「運の能力で分かるんですか」


「そんな説明はなかった」


「じゃあ何が嫌なんだ」


 相良が尋ねる。


「分からない。でも、右へ行く気がしない」


 相良は乾いた道を見る。


 俺も周囲を確かめた。右側には、動物の足跡がない。歩きやすいのに、草も枝もほとんど乱れていなかった。


 道の横に立つ大木の一部だけ、樹皮が不自然に乾いている。


「左へ行こう」


 俺が言った。


「理由は?」


「右には足跡がない。あの幹も、夕方に見た化け物と似てる」


 相良はしばらく木を見た。


 剣を抜かず、左の道へ入る。


 泥へ足が沈む。宮前さんが何度か滑り、そのたびに木へ手をついた。


「こっち、歩きにくいんだけど」


「右がよかった?」


「それを聞かれると嫌」


 分かれ道から距離を取ったところで、後方から樹皮が擦れる音が聞こえた。


 全員が振り返る。


 右の道にあった大木。乾いていた樹皮の一部が、ゆっくりと持ち上がる。


 長い前脚が、幹の表面から離れた。


 平たい身体が張りついている。


 俺たちには気づいていない。


 動物が通らなかったのではない。


 通った動物が、残らなかったのかもしれない。


 相良が俺と宮前さんを交互に見る。


「今のは、どっちが気づいたことになる?」


「俺じゃない?」


 宮前さんが答える。


「理由は説明できないけど」


「役に立つな」


「もっと褒めていいよ」


「自分で使い方が分かってからな」


     ◇


 さらに進むと、木々の間が僅かに開けた。


 地面に、細い縄が落ちている。


 自然に切れた蔓《つる》ではなかった。細い繊維を何本も編み、輪の形へ結んである。


 縄の先は、しなった枝へつながっていた。


「罠です」


 林さんが言った。


 輪の中では、小さな動物が息絶えていた。


 兎に似ている。ただし耳は短く、後ろ脚だけが異様に太い。首へ縄が深く食い込み、身体はまだ完全には冷えていなかった。


 相良が周囲へ剣を向ける。


「持ち主が近くにいるかもしれない」


 ダニエルが地面へ膝をついた。縄の結び目を調べ、枝の切断面へ指を当てる。


 その後、自分たちが歩いてきた方向と、別の方向を交互に示した。


 エマも隣へしゃがみ込み、何度か言葉を交わす。俺には内容が分からない。


 林さんが2人の身振りと、僅かに理解できる単語を拾った。


「縄自体は古い。でも、結び直した跡と、枝を切った新しい跡があるみたいです」


「今も使われてる?」


「少なくとも、放置されて何年も経っている罠ではないと思います」


 林さんは結び目を近くで見る。


「自然にはできません」


「人間がいる」


 宮前さんが言った。


「人間とは限らない」


 俺が答える。


「道具を使える生き物かもしれない」


「昨日の声を真似るやつが作った可能性は?」


「低いと思います」


 林さんが言った。


「あれは声を繰り返していただけです。縄を編んで、罠を作って、定期的に直しているなら、別の能力が必要です」


 希望が膨らみかけた空気が、少し落ち着く。


 それでも、森で初めて見つけた明確な人工物だった。


「これ、どうする?」


 宮前さんが小動物を見る。


「持ち帰る」


 相良が答えた。


「藤崎さんなら、食べられるか確認できるかもしれない」


「罠の獲物を盗むことになるけど」


「持ち主が戻ったら返す」


「もう死んでるよ」


「別の物で返す」


「言葉が通じればね」


 それでも、置いていくという意見は出なかった。全員が空腹だった。


 相良が縄を緩め、小動物を外す。狩ったわけではない。誰かが仕掛けた罠へかかり、既に死んでいたものを持ち帰るだけだ。


 宮前さんが布で包み、荷物へ括りつけた。


 エマは罠の位置を地図へ記録する。林さんは結び目を紙へ描き、周囲に残っていた刃物の跡も記録した。


 切られた枝は、同じ方向へ続いている。


「これを追う?」


 宮前さんが尋ねる。


 相良が空を見る。枝葉の間から見える光は、まだ明るい。


「先に戻る」


「ここまで来たのに?」


「戻れるうちに戻るための探索だ」


 相良は罠の持ち主が進んだ方向を見た。


「全員を連れてくるかどうかは、戻って決める」


     ◇


 帰り道では、林さんが結んだ布と、エマの地図を確認しながら進んだ。それでも、一度だけ分かれ道を通り過ぎた。


 三浦さんが来ていれば、どう判断しただろう。


 そう考えたところで、自分がもう人数や目印を意識していることに気づいた。


 岩場へ近づくと、早川さんの声がした。


「止まれ。誰だ」


「瀬川です。6人全員います」


 返事の前に人数を言う。


 霧の向こうから早川さんが姿を現した。俺たちの顔を一人ずつ確認し、槍を下げる。


「遅い」


「予定どおりの範囲です」


「待ってる側は長いんだよ」


 岩場へ戻る。


 凛が最初に荷物へ括られた小動物を見つけた。


「何それ」


「罠にかかってた」


「捕まえたの?」


「俺たちが捕まえたんじゃない」


 宮前さんが荷物を下ろす。


「誰かが作った罠にかかって、死んでた」


「誰かって、人?」


「まだ分からない」


 藤崎さんが小動物へ近づき、布の上から身体を確かめた。


「時間を置くほど傷みます。食べるなら、早く処理した方がいいです」


「食べられる?」


「中を見ないと分かりません。見ても、安全だとは言い切れません」


 久保田さんも小動物を見る。


「寄生虫や毒がある可能性があります」


「じゃあ、食べない?」


 凛が尋ねる。


「判断するために解体します」


 藤崎さんは小型ナイフを手に取った。


 その手つきには迷いがなかった。実際にこの種類を解体した経験はないはずだ。それでも、刃を入れる場所を知っているように見えた。


 野上さんが罠と枝の痕跡について聞く。


 林さんが記録を見せ、エマが地図を広げた。


「刃物の跡は、この方向へ続いていました」


「人が通った道か」


「道と呼べるほどではありません。でも、同じ方向へ何度も枝が切られています」


「罠の持ち主に会えば、襲われるかもしれない」


 新堂が言った。


「こっちは怪我人だらけだ」


「ここに残っても、夜になればまた襲われる」


 早川さんが返す。


「少なくとも、罠を作った相手は道具を使う。森の化け物より話が通じる可能性はある」


「敵だったら?」


「逃げる」


「凛を連れて?」


 凛が睨む。


「私を荷物みたいに言わないで」


「実際、今は運ぶ側だろ」


「新堂より軽いし」


「何で俺と比べるんだよ」


 2人の声を聞きながら、野上さんは地面へ置いた枝を確認していた。


「担架を2つ作る」


「2つ?」


「アミナ用と、荷物用だ。凛は歩けるところまで歩け。無理になったら荷物を降ろして乗せる」


「最初から乗せないの?」


 久保田さんが尋ねる。


「担ぐ人間が先に潰れる。凛の脚を悪化させない範囲で歩かせる」


 久保田さんは少し考え、凛の膝を確認した。


「短い距離なら。ただし、痛みが強くなったらすぐ言ってください」


「分かった」


 凛は珍しく素直に答えた。


 パクが枝を選び、2本ずつ並べる。野上さんが縄を結ぶ。


 言葉は通じなくても、どの太さが必要か、どこへ力がかかるかは2人とも分かっているらしい。


 パクが一度結び目を引き、首を横に振る。別の位置へ縄を回す。


 野上さんも確認し、今度は頷いた。


 毛布を枝の間へ渡し、アミナを乗せる。


 アミナは目を開けたが、周囲を見ているようには見えなかった。


 久保田さんが呼びかける。返事はない。


「急いだ方がいい」


 声が低くなった。


「次に夜を迎える前に、少しでも今より安全な場所へ移ります」


 誰も反対しなかった。


     ◇


 岩場を離れる前に、久保田さんがもう一度名前を読み上げた。


 18人。


 一人ずつ返事をする。アミナの代わりに、エマが手を上げた。


 三浦さんは最後尾に立ち、返事をした人間を順番に見ている。


 相良と早川さんが先頭へ出た。野上さんとパクがアミナの担架を持つ。藤崎さんは罠にかかった小動物と、使えそうな調理道具を運ぶ。


 新堂は右手を吊り、左手で荷物を持った。凛は枝を杖代わりにして立つ。イサベルはルシアの手を握った。


 俺は岩場を振り返った。


 一晩だけ、俺たちを守った場所。同じ一晩で、何人も死んだ場所。


 戻ってくるかもしれない。二度と戻らないかもしれない。


「行くぞ」


 野上さんが歩き始める。


 目指すのは、罠と刃物の跡が続いていた方向。そこに人間がいる保証はない。安全な場所へ続いている保証もない。


 希望は、道ではなかった。


 それでも、立ち止まったまま夜を待つよりはよかった。


 俺たちは18人で、最初の岩場を離れた。

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