第二話 変化を招きし者【エヴァンス】
「ふうぅ....はぁぁぁ!」
ドゴォォン!!
渾身の力を込めた少年の拳が岩を砕く。
「・・・!やった!やったよ母さん!」
「ええ、やったわね。これで最初の試練突破よ」
「えへへ~」
リュゼは褒めるように少年の頭を撫でた。
修業を始めて約半年。木々は緑の葉を付け、湿った風が吹き流れている。少年はとうに6歳を過ぎ、冒険者を夢見て修行に勤しんでいた。
今はというと、ちょうどリュゼに課せられた岩を砕くという試練を突破したところだ。
「おぉ・・・もうこれを砕けるようになったのか・・・」
「ふふ、フィンったらすごいでしょう?やっぱり剣より拳の才能があったのよ」
「だがなぁ、剣だっていいものだぞ?今からでも剣に変えないか?」
「父さんまだそれ言うの?そろそろ諦めなよ・・・」
ガルムは未だに剣を勧めることを諦めていない。修行を始めてからもずっとこの調子だ。さすがの少年も少し呆れてしまっている。
「いいや、俺は諦めんぞ。いつか必ず、フィンにも剣を握ってもらうんだ!」
曇った表情一つせず、キメ顔でガッツポーズを決めている。実の息子にこんな対応をされてもこの態度だ。剣バカといったところだろうか。
「フィン、ご飯の準備手伝ってくれる?」
「うん!手伝う〜」
「あっ、ちょっ、無視はひどいだろ〜!」
ガルムが剣を語り、少年とリュゼが軽くあしらう。何も変わらない、グレイス家の日常だ。
そのとき、その日常を変えるような蹄鉄の音が遠くからから聞こえてきた。
「やぁガルム」
馬車から降りてきた男は、開口一番ガルムの名を口にした。
明るく、そして威厳のある声だった。1番に反応したのは、もちろんガルムだ。
「おぉ!リュグナーじゃないか!」
続いてリュゼ。
「あらリュグナーさん、お久しぶりです。どうされたんですか?」
リュグナーと呼ばれたこの男、ガルムは当然のこと、どうやらリュゼも知り合いのようだ。しかし少年は面識がない。リュゼにぴったりとくっついて男のことをじっと見つめている。
「ああ、フィンは初めてか。紹介しよう、こいつはリュグナー。俺の古い友達でな、こんな奴だが一応侯爵位エヴァンス家の当主。まあ、貴族ってことだ」
「おいおい、こんな奴は余計だろ・・・まあいい。えっと、確かフィルレンス君だったかな?初めまして、私はリュグナー・エヴァンス。ガルムから君のことは聞いているよ。剣を握ってくれないってね」
貴族だと紹介された男リュグナーは、膝をついて少年に目線を合わせて話す。およそ貴族らしくない行動だ。だが、それがリュグナー・エヴァンスという人間なのだろう。
「あ、えっと、初めまして、フィルレンス・グレイスです・・・その、いつも父さんがご迷惑おかけしてます・・・」
「あら」
「なっ」
貴族相手ならちゃんとした挨拶をしなければならない。まだ6歳とはいえ、それは当然のことだ。だが、しっかりとした知識のない少年は、以前リュゼがしていた挨拶をそのまま真似している。
その言葉を聞いたリュゼは開いた口を手で押さえており、ガルムは不意打ちを喰らったような反応だ。
「ぷっ・・・はっはっはっはっはっ!」
リュグナーにいたっては笑い出してしまった。
「え、えっと・・・僕、変なこと言っちゃった・・・?」
「いやすまない、何も変じゃないよ。君は礼儀正しくて賢い子だ。なあ、ガルム」
「ええ、本当に。フィンはとっても賢い子だわ。ねぇ、あなた」
二人してガルムを的にしている。どうやら剣バカは多方に振り撒いているらしい。ガルムもその自覚はあるのか、いささか気まずそうだ。
「まあ、あー・・・そ、そうだな・・・それよりリュグナー、何か用があってきたんだろ?貴族であるお前がわざわざこんなところまで来たんだから」
「おお、そうだった。こんな茶番をしている場合ではないな」
あからさまに話題を変えたガルムだが、リュグナーもリュゼもいじり続けるほど性格は悪くない。すぐに話を切り替えた。
「そうだな・・・まずは紹介からだろう。おいで、アリス」
「うん、お父さん」
アリス、とリュグナーに呼ばれて馬車から出てきたのは長い茶色の髪をした、少年と同等の背丈の女児だった。歳も少年と同じくらいだろうか。
「ほら、挨拶を」
「・・・初めまして。私はエヴァンス家長女のアリス・エヴァンスです。よろしく、お願いします」
アリス・エヴァンスと名乗った女児は緊張気味に言葉を並べお辞儀をした。
「おぉ、あの時会ったあの赤ん坊か!成長は早いものだな。歳は・・・フィンと同じくらいか?」
「ああ、つい先日6歳になったばかりだ」
どうやらガルムは一度会ったことがあるらしい。
「ふふ、可愛らしい子ね。よろしく、私はリュゼよ」
しかしリュゼは会ったことがないようだ。リュグナーが少年にしたようにしゃがんでアリスに目線を合わせて挨拶をした。
「ほら、フィンも」
「あ、うん。えと、僕、フィルレンス。その、よろしくね」
「うん、私はアリス。よろしく」
リュゼに促され、子供同士たどたどしい挨拶を交わす。
「話ってのはアリスが関係あるのか?」
「ああそうなんだ。ガルムたちには迷惑をかけることになるんだが・・・」
子供たちが挨拶を交わしているのをよそにガルムとリュグナーは話を進める。すると、そこにリュゼが割って入った。
「リュグナーさん、それにアリスちゃんも。立ち話はやめて家に上がっていって。お話はご飯を食べながらしましょう?」
「おおそうだ。俺たちは昼食を取るところだったな。なに、遠慮はするな。人数が多い方が飯はうまいだろ?」
「お前がそう言うなら、遠慮なくお邪魔させてもらおう」
そうしてリュグナー、アリスを加えた五人で食卓を囲むことになった。
テーブルの上にはパンにスープ、そして燻製し保存してあった肉も並び、少しだけ豪華な食事になった。
「燻製肉まで・・・気持ちは嬉しいが、いいのか?」
燻製肉は高級品というわけではないが、基本的には食物が取れにくくなる冬を越すための備蓄として保存してあるもの。少なくともこの時期の食卓に並ぶようなものではない。リュグナーの疑問はもっともだった。
「ええ、気にしないでください。燻製肉って、残しておかなきゃって思っちゃって結局食べずに残っちゃうことが多いの。だから、こういうときに振る舞ってこそなのよ」
「そういうことだ。なに、もし必要になったら俺がまた狩ってくる」
ガルムはたとえ冬でも獲物を狩ってくる男だ。その言葉の安心感は誇るものがある。リュグナーもガルムへの信頼度が高いのか納得の表情をしていた。
「そういうことなら遠慮なくいただこう」
「ああ、遠慮はするな。それよりリュグナー、聞かせてくれ」
「・・・そうだな」
そう、本題はリュグナーの話だ。ただ楽しく食事をしにきたのではない。
「ガルムたちに迷惑であることは承知の上で話すが・・・どうか私の娘、アリスをしばらくの間預かって欲しいんだ」
「全然構わないわ」
「いいぞ」
即答したぞこの二人。リュグナーへの信頼が厚いのだろうか。少年はまだ理解が及んでいないようで、両親とリュグナーとアリスを順々に見ていて困惑しているような様子だ。当のアリスは緊張しているのか少し俯いている。
「そうだよな、すぐに首を縦に振ることができないのは分かっている。でも、頼めるのはガルムたちしかいないんだ!だからどうか、この通りだ!」
「ええ、ですから構いませんよ」
「ああ、いいぞ」
リュグナーは話を続け、机に手をついて頭を下げた。いや、ガルムとリュゼはもう許可を出しているのだが。聞こえていないのだろうか。
「金か?金ならいくらでも出す!金貨十枚は出そう。いや、五十枚か?百枚出せるぞ!」
「いや金はいらん。タダで預かる」
「ねえ・・・お父さん。ガルムさんたちいいって言ってるよ・・・?」
ついにアリスまで口を開いた。しかしリュグナーはそれすら聞こえていないのか、最早暴走していた。一方少年は事態を全く掴めておらず、パンを片手に呆けている。
「金貨百枚でもダメか?しゃあ・・・はっ、そうだ!地位か!?私が頼み込めば男爵位くらいなら・・・」
「いや、お、おい」
リュグナーは止まることを知らないらしい。いくら良いと言ってもその言葉は届かない。ガルムすらも困惑していた。・・・と、そのとき。
「お父さん!ガルムさんたちいいって言ってる!」
動いたのはアリスだった。さっきまでの様子とはうって変わって大きな声を出し、リュグナーの頬を引っ張った。
「いててて!ごめん、ごめんってアリス!だからもう引っ張らないで・・・」
最初感じた威厳はどこへ行ったのだろうか。
「いやすまない。つい熱が入ってしまった。娘のことになるとちょっとな・・・」
熱が入ったの一言で片付けられないほどの惨状だったのだが。少年はというと、もう諦めて黙々と食事を進めている。
「まったく、あの時もそうだったな。前もアリス話だけで日が傾いていたぞ。親バカは健在か」
剣バカのガルムがそれを言うのか。
「あら、あなたもそう変わらないわよ?剣のことになると止まらないもの」
リュゼも同じことを思ったらしい。つまりこの二人、似たもの同士なのだ。仲がいいのも納得できる。
「そ、そうか?まあその話はいい・・・気を取り直して、リュグナー、アリスをうちで預かるのはもちろんいい。大歓迎だ。だが理由は聞かせてくれ」
「もちろんだ。といっても大した理由ではないのだがな・・・」
そうしてリュグナーはアリスを預けることになった理由を話し始めた。
どうやら、仕事で家を長期間空けることになったらしい。危険な場所に行くからアリスは連れていけないとのことだ。一応家に使用人はいて、アリス一人で暮らすのには困ることもないようなのだが、一人は寂しいだろうからと預けられるところを探していたのだそう。自分の親や他の親族のところはダメだったのかとガルムが聞いたところ・・・
「どこの馬の骨か分からないやつと接触するかもしれないのにアリスを近づけるわけにはいかん」
だそうだ。自分の親族にすらこの言いよう。なんだか既視感を覚える。
「まあいい、理由は分かった。お前が帰ってくるまでアリスを預かろう」
「ええ、私も歓迎するわ。フィンもそれでいいわよね?」
「ふぇ?あっ、う、うん。いいよ?」
話を振られると思っていなかったのか、少年はフォークに肉を刺したまま間の抜けた声を出す。
「フィン・・・話聞いてなかっただろ」
「えっ?そ、そんなことないよ?聞いてた聞いてた。う、うん」
「そうか?ならいいんだが」
ガルムは特に気にせず視線をリュグナーに戻したが、リュゼは少年を見ながらくすくすと笑っている。
人が増えても変わらず、グレイス家の食卓は笑いに包まれていた。
それから数日後、以前と同じ馬車が家の前に止まり、アリスだけが荷物を持って降りてきた。リュグナーの話の通り、今日からアリスを家で預かることとなる。
きっとこの先、驚くような日々が待っているだろう。




