第三話 始まりを共にせし者【アリス】
「フィ〜ン!あなた〜!そろそろご飯にしましょ〜!」
「はーい!」
「おう」
呼ばれたガルムと少年は受け取ったタオルで汗を拭きながら朝ご飯の待つ家へと戻る。
修業が始まってから少年は毎朝ガルムと同じ時間に起き、庭でガルムの素振りに並んで木に布を巻きつけた木偶に拳を打ち込んでいる。今ではもう日課だ。
「ねえ聞いて母さん!今日ね、木がほんのちょっとだけだけどね、揺れたの!」
「まあ、ほんとうに?あの木、とっても大きいのよ?すごいじゃない!」
「俺もあれは驚いたな。思わず手を止めたよ」
日々の鍛錬のお陰か、着実に力がついてきている。半年で頭ほどの大きさの岩を砕けるようになったのもこの積み重ねが理由だ。
そう三人で話していると、台所から声が掛かった。
「リュゼさん、スープ温まったよ」
声の主は、先日から一緒に暮らすことになった侯爵リュグナーの娘、アリスだった。
「あら、ありがとう。いつも手伝わせちゃってごめんね」
「ううん、ちゃんとお手伝いしなさいってお父さんとお母さんに言われてきたから大丈夫」
「そう?ならいいんだけど・・・」
「うん、じゃあお皿とか並べてくるね」
アリスはそれ以上会話をしようともせずにまた台所の方へ戻っていってしまった。
アリスがこの家で生活するようになってから数日が経ったがずっとこの調子だ。良くも悪くも貴族の娘という印象。どこか壁を感じてしまう。
そのことにガルムとリュゼは頭を悩ませているようで、どうにか打ち解けてもらえないかと日々試行錯誤しているがあまりいい方向にいかない。
「ごちそうさまでした」
今日も特に進展もなく食事の時間が終わってしまった。
「あ、お皿とかは私が洗うからそこに置いといてくれればいいわよ?」
「ううん、じぶんのはじぶんでやる」
「あらそう?」
こうして、どうにか甘えさせようとするもアリスはそれに応えず大体のことを自分でやってしまう。やはりガルムやリュゼからすればもっと甘えてほしいのだろう。しかしそんな願いはアリスには届かず、食器を洗い終えた後すぐに部屋へと戻ってしまった。
「うーん・・・どうしたらもっと甘えてくれるのかしらね」
「そうだなぁ・・・」
少年も食事を終え部屋に行こうとしたとき、二人のそんな話し声が聞こえてきた。
「・・・僕が何とかしなくちゃ」
二人の会話を聞いて思うところがあったのか、幼いながらにそう決意する。きっと同い年だからこそできることもあるだろう。そんな思いを胸に少年は改めて部屋へと足を運ぶ。
決して狭くはないが特段広いわけでもないこの家には、少年の部屋とガルムとリュゼの部屋二つしかない。そのため自然とアリスの部屋は少年と同じ部屋になった。少年は、寝るとき以外は基本的にアリスが部屋にいる間は入らないようにしていた。だから今日初めてこの時間に二人で部屋にいることになる。
「アリスちゃん、入ってもいい?」
「うん、いいよ」
二人で話すのは初めてだからか、少年は少し緊張している様子だ。
部屋に入るとアリスはベッドに座っていたので、少年もその隣に座って話しかける。
「僕とちょっとお話しない?」
「うん、する」
「ありがと。じゃあさ、えっとね・・・」
何を話すのか決めていなかったのか、少し考えてから話始める。
「アリスちゃんはさ、その、僕とか母さんのことあんまり好きじゃないの?」
「・・・?どうしてそう思うの?」
最初に出てきたのは子供ながらの純粋な疑問だった。
「だって、僕とか母さんと話すときいっつも笑ってくれないし、なんかちょっと暗いんだもん。アリスちゃんのお父さんがいっしょにいたときは笑ってたのに」
「・・・・・・」
「ねえなんで?僕たちのこと嫌い?」
少年がすごく詰めているがアリスは首を横に振っている。
「嫌いとかじゃないの」
「じゃあなんで?明るいほうが楽しいじゃん」
これまた純粋な考えだった。遠慮なしに言葉を並べる少年を拒絶することなく、アリスは少し考えてから口を開いた。
「・・・貴族らしくちゃんとしなさいっていつもお父さんに言われてるの。相手も貴族なんだから失礼のないようにって」
それはとても貴族らしい理由だった。子供とはいえ貴族の長女。この歳でも社交的な場に出ることも珍しくないのだろう。きっとそれがアリスにとっての当たり前になっているのだ。
だが、そんな当たり前なんて気にしないのが少年だ。
「でも僕は貴族じゃないよ?あ、もちろん父さんも母さんも」
その言葉を聞いたアリスは口が開いたままになってしまっている。
「ちゃんとするっていうのは僕にはよくわからないけど、でもそれはアリスちゃんと同じ貴族とお話しするときとかのことなんでしょ?じゃあ僕たちとはちゃんとしなくてもいいじゃん」
「・・・・・」
「それに僕とアリスちゃんはもうお友達でしょ?お友達と話すときは楽しくなくっちゃ」
「お友達・・・」
そうつぶやくように口にしてうつむいてしまった。
「あっ、えっと・・・僕なんかとお友達って嫌だった?っていうか僕ばっかり喋っちゃってごめん!嫌だったよね・・・」
その様子に少年は慌てふためいている。さっきまでとはまるで別人のようだ。
「・・・ふふっ」
突然、アリスの口から笑い声が漏れた。
「あはははっ!こんなこと初めて言われたわ。それにお友達なんて、あなたっておかしな人」
「やっぱり嫌だった・・・?」
少年は窺うような表情でアリスを見る。とても不安そうだ。
「ううん、うれしかったの。だって、お家とかパーティーとかで会う人たちはみんな私のことをお父さんの娘としか見てないんだもん。誰も私と仲良くなろうなんてしてくれないの」
「そうなんだ」
安堵の顔を浮かべながらアリスの話を聞き続ける。
「うん。でも、そうよね、あなたたちは貴族じゃない。あなただって私と普通に話してくれる。なら、貴族らしく振舞わなくもいいのね」
「そうだよ。だって、お友達だもん」
「そうね、お友達」
そうしてお互いに明るく笑い合った。
「えっと、フィルレンスであってるよね?名前」
「うん。でも父さんも母さんもフィンっていつも呼んでるからアリスちゃんもフィンって呼んで」
「わかった、フィンね。じゃあフィンも私のことアリスって呼んで。私だけ呼び捨てなのは嫌だからお互いに、ね?」
「うん!じゃあこれからはアリスって呼ぶ!」
こうして、ガルムとリュゼが数日間悩んでいたことがあっさりと解決してしまった。子供とは不思議なものだ。
二人はそのまま、日が頂点に昇るまで話し続けていた。「そろそろお昼ご飯かな?」と少年が言ったところでリュゼの呼ぶ声が聞こえてきたので二人で部屋を出る。
「お腹すいた~、母さん今日のお昼ご飯なに~?」
「今日はお父さんが獲ってきたボアのステーキよ」
「ほんとう?やったぁ!アリス、ステーキだって!」
「うん、とっても楽しみ!」
とびきりの笑顔で年相応に喜んでいる。その様子にガルムとリュゼは驚きつつも安心した表情をしていた。
「いただきます!」
それからみんなで食事の準備を済ませ、少年の元気な声で食事は始まった。
アリスが打ち解けられたこともあり、その時間はとても楽しいものになった。ガルムは豪快に肉にかぶりつき、少年とアリスはお互いに笑い合い、そんなみんなの様子を見てリュゼは微笑んでいた。
「アリスちゃんがこの家に馴染めたみたいでよかったわ」
そんな食事の途中、ふとリュゼがそんなことを言い出した。おそらく心からの言葉だ。よほど心配していたのだろう。
「確かにそうだな。なんというか、明るくなったぞ」
続けてガルム。きっとリュゼと同じくらい心配していたはずだ。
「うん。貴族らしくしなくていいってフィンに気づかされちゃったから」
と、アリス。数刻前の出来事だが、とても心に響いたのだろう。かみしめるような表情で少年を見ている。そのアリスの発言に二人の注目も少年に集まってしまう。
そして息を合わせたかのようにそれぞれが口を開いた。
「やるなぁ、フィン」
「よくやったわ、フィン」
「ありがとう、フィン」
「えっ?えっ?ど、どうしたの急に!?」
突然感謝と称賛の言葉を贈られ、当の本人は困惑してしまっている。そんな少年の様子に食卓が笑いに包まれた。これでやっと、いつも通りだ。
新たにアリスが加わった新しい日常が本当の意味でこれから始まったいくのだろう。




