第6話:お湯が沸くまで、あったかいこと
カギを開けて、ドアを押し開ける。 「狭いぞ」とあらかじめ予防線を張った言葉は、自分の部屋の生活感を白日の下に晒す気恥ずかしさから出たものだった。
「お邪魔します……っ」
春は一歩、俺の部屋へと足を踏み入れ、それから緊張を隠すように小さく息を吐いた。 家賃4万、コンクリート打ちっぱなしの壁に、必要最低限の家具だけが置かれた、味気ない男の一人暮らしのワンルーム。
玄関でローファーを綺麗に揃えて脱いだ春は、スクールバッグを胸に抱えたまま、珍しそうにキッチンのシンクやベッドの上のクッションに視線を走らせている。
「……ほんとに、男の子の一人暮らしの部屋なんですね。なんだか、ちょっと、おがくずみたいな匂いがします……」
「おがくずってなんだよ。一応、それなりに掃除はしてる」
「ふふ、冗談です。……でも、お兄さんの匂いがします」
さらりと、とんでもないことを口にして春は振り返った。 その瞬間、俺の心臓はまたしても不規則なビートを刻む。 夕陽が、窓のブラインドの隙間から格子状の影を床に落としている。そのオレンジ色の光に照らされた春は、学校の制服を着ているはずなのに、先刻まで駅前で見ていた「優等生の白石春」とは全く異質の、艶やかなオーラを放っていた。
「……上着、そこに掛けろよ。ハンガー、それ使っていいから」
「あ、ありがとうございます」
春はスクールバッグをローテーブルの脇に置くと、少しだけ躊躇うような仕草を見せてから、ブレザーのボタンに細い指先をかけた。
ひとつ、またひとつとボタンが外され、ウール特有の重い生地が彼女の華奢な肩から滑り落ちる。
中の白いブラウスが一気に露わになり、彼女の身体の柔らかなラインが、ブレザーの直線的なシルエットから解放されていく。その一連の動作が、なんだかもの凄く生々しい儀式のように思えて、俺は慌てて視線をケトルの方へと逸らした。
「……お茶でいいか? 炭酸とかジュースはないぞ」
「あ、はいっ!ありがとうございます」
春はブレザーをハンガーに掛けながら、トタトタと軽い足音を響かせて俺の後ろへと回ってきた。 キッチンに立つ俺のすぐ斜め後ろ。振り返ればすぐに触れられる距離に、彼女の気配がある。
カチリ、とケトルのスイッチを入れると、狭い部屋にプラスチックの硬い音が響き、すぐに底の方からジジジ……と小さな電熱の音が立ち上り始めた。
「……いつもボイスチャットの後ろで『コトコト鳴ってるの何?』って聞いてたやつ、これだったんですね」
春はくすくすと嬉しそうに喉を鳴らすと、キッチンのシンクにそっと背中を預け、こちらをじっと見つめてきた。 ブラウスの胸元が、彼女の規則正しい呼吸に合わせて小さく上下している。学校ではあんなに鉄壁に見えた優等生のブラウスが、今はやけに薄く、頼りない布切れに見えて仕方がなかった。
「……何、ジロジロ見てんだよ」
姿の見えないボイスチャットなら、相手がどんな格好をしていようが、もっとぶっきらぼうに突き放した台詞を言えたはずだった。なのに、いざリアルの肉体を目の前にして、その「視線」をダイレクトに浴びせられると、声のトーンをコントロールするだけで精一杯だった。
「べーつに? お兄さんが、私のことすっごい意識してるなーって思っただけです」
春は上目遣いに俺を覗き込み、片方の足をもう片方の足首にすり寄せるようにして、重心をくねらせた。 その仕草のせいで、学校指定のチェックスカートの裾が不規則に揺れ、黒いストッキングに包まれた太ももが、オレンジ色の光の中で妖しく形を変える。
「お前、わざとやってるだろ」
「なんのことですか? ……あ、もしかして、お湯が沸くまで暇になっちゃいました?」
確信犯の笑みを浮かべたまま、春はゆっくりとキッチンのシンクから離れ、俺の方へと一歩を踏み出してきた。 夕陽の光を吸い込んだ彼女の瞳が、熱を孕んで、じっとりと潤んでいる。
「ゲームの中ではあんなに強気だったのに。……リアルのお兄さんは、全然意気地なしなんですね?」
挑発するように囁かれたその吐息は驚くほど熱くて、甘いシャンプーの匂いが鼻腔を容赦なく支配してくる。
コトコトと、ケトルの水が熱を帯びて小さな気泡を生み出し始める。 その音が、俺たちの張り詰めた境界線をじりじりと侵食していくカウントダウンのようだった。
「……調子に乗るなよ」
一歩踏み出し、逃げ道を塞ぐように彼女の華奢な肩を掴む。けれど、キッチンの壁へと押しつけられた春は、怯えるどころか「待ってました」と言わんばかりに、その潤んだ瞳をさらにきらめかせた。
「わっ……。ふふ、お兄さんから捕まえにきてくれた。本当は、生身の私に触りたくて仕方がなかったくせに……」
「うるさい。お前が煽るからだろ」
言い訳のような言葉を吐き出しながらも、手のひらから伝わる彼女の肉体の柔らかさに、脳の芯が痺れそうになる。薄いブラウス越しに感じる生々しい体温は、ボイスチャットの冷たい音声とは何もかもが違っていた。
春は俺の手のひらが肩にあるのをいいことに、自ら背中を壁にぴったりと預け、さらに上目遣いで顔を近づけてくる。
「煽ってないですよ? 私はただ、ゲームの時みたいに……お兄さんに、たくさん可愛がってほしいだけです」
そう囁きながら、春は自分の細い指先を、ブラウスの胸元へと這わせた。 リボンを器用に解き、上から二つのボタンに指をかける。パチ、パチと静かな部屋に小さな音が響くたび、夕陽のオレンジ色に染まった彼女の真っ白な鎖骨が、遮るもののないリアルな質量として視界に飛び込んできた。
「……っ、お前、何して――」
「だって、お部屋の中、ちょっと暑いですもん。……それとも、お兄さんが脱がせてくれますか?」
ふふ、と悪戯っぽく口元を緩め、わざとらしく身を乗り出してくる。はだけた襟ぐりが自重で大きく垂れ下がり、まだ誰の目にも触れたことがないはずの、初々しくも柔らかな果実の膨らみが、布地の隙間から容赦なく覗いた。
女の子の特権をフル活用した、暴力的なくらいにあざとい誘導。 生身の彼女から漂う甘いシャンプーの香りと、狭い隙間に閉じ込められた濃密な熱気が、俺の理性をチリチリと焼き切っていく。
コトコト、コトコト。 背後でケトルが激しく音を立て、沸騰のステップが最高潮に達しようとしていた。
「ねえ、お兄さん。お湯、もう沸いちゃいますよ?」
春は俺の視線を完全に捕らえたまま、ブレザーの裾をきゅっと掴んだ。そのまま、ストッキングに包まれた片方の太ももを、俺の脚の間にすり寄せるようにして滑り込ませてくる。吸い付くような素肌のラインが生地越しにダイレクトに伝わってきて、下腹部の奥がジリジリと熱く脈打った。
「コーヒーを淹れる前に……もっと、お互いの熱で、あったかいこと……しちゃいませんか?」
わずかに開いた真っ赤な唇から零れ出たのは、これ以上ないほど露骨でおねだりな言葉。 覗き込んでくる彼女の瞳には、学校一の優等生の仮面なんて欠片も残っていない。俺を翻弄して、独占して、めちゃくちゃにされるのを心待ちにしている、完全に依存しきったヒーラーの顔だった。
「……後悔するなよ、春」
低く呟くと同時に、俺は彼女の細い腰を強引に抱きすくめ、その愛らしい唇を塞ぎにいった。
「ん……っ、ふ、う……」
鼓膜に直接響く、甘くて切ない鼻鳴らし。 夕陽が差し込む狭いワンルームで、ケトルが沸騰を知らせるカチリという音を虚しく響かせる。
「ん、んぅ……っ……」
舌を滑り込ませ、容赦なくその柔らかな輪郭を貪ると、春は小さく身体を震わせた。ボイスチャットではいつも余裕たっぷりに俺を転がしていたはずの唇が、今はただ驚くほど熱く、必死に俺のキスの強さに追従しようと、じっとりと濡れた音を立てて絡みついてくる。
「は、ぅ……っ、ん……に、さん……っ」
ひとしきり唇を深く吸い上げ、息を整えるためにわずかに隙間を作ると、春の唇は真っ赤に火照り、朝陽ならぬ夕陽の光を浴びてツヤツヤと妖しく光っていた。薄く開いた口元から、せわしない熱い吐息が俺の顎を掠めていく。
逃げ場を無くされた壁際で、春はだぼついたブラウスの袖口から細い指先を覗かせると、自らさらにボタンを外していった。パチ、パチ、と布地が左右に割れるたび、遮るもののない彼女の真っ白な素肌が、オレンジ色の西日の中に完全に晒されていく。
「……ねえ、本当は……ずっと、こういうこと、したかったんですよね……?」
恥ずかしがるどころか、自分の細い両腕を俺の首の後ろへと回し、逃げられないようにしがみついてくる。 その拍子に、ブラウスの隙間から完全に形を露わにした、まだ熱を帯びた柔らかな果実が、俺のブレザーの胸元にぴったりと押し潰された。ストッキング越しではない、剥き出しの太ももが、俺の腰を挟み込むようにじわりと強く絡みついてくる。
「……っ、春……お前……っ」
「いいですよ、学校の誰も知らない、私だけの『お兄さん』……。ずーっと我慢してたんだから……私を、めちゃくちゃに、壊してください……っ」
潤んだ瞳から、大粒の独占欲を零さんばかりに俺を見つめてくる。あざとさが、暴力的なくらいに淫らだった。
すぐ横のコンロ側からは、沸騰したケトルから真っ白な湯気が勢いよく噴き出し、狭いキッチン一帯をサウナのように熱く、息苦しく染め上げていく。だが、そんな熱気すら気にならないほど、密着した春の身体からは狂おしいほどの熱量が放たれていた。
これ以上、この狭い空間で理性を保っているなんて不可能だった。 俺は彼女の細い腰を強引に抱き上げ、キッチンの壁から引き剥がすようにして、数歩先にあるベッドのシーツの上へとそのまま激しく押し倒した。
「あっ……!」
仰向けになった春の長い髪が、白いシーツの上に乱雑に広がる。 その衝撃でチェックスカートが大きく捲れ上がり、黒いストッキングに包まれた太ももと、その奥の眩しい絶対領域が夕陽の下に赤裸々に晒された。春は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに勝ち誇ったような、とびきり愛らしい笑みをその濡れた唇に浮かべる。
「ふふっ、お兄さん、すっごく強引……。でも、そういうの、私……大好物です……っ」
挑発するように上目遣いで見つめてくる瞳は、完全に俺をハメにきていた。 学校でのあの完璧な優等生の仮面を、自らの手で引きちぎるようにして俺に溺れていく少女。俺の手を自分のブラウスの奥へと導き、熱い太ももを俺の腰にさらに深く絡めつけてくる
彼女の肉体は、驚くほど細くて、甘くて、それでいて恐ろしいほどの熱量で俺を縛りつけてくる。
もう、ネットだとかリアルだとか、ひねくれた理屈はどうでもよかった。 いま、この腕の中で乱れている白石春のすべてを、他の誰の手にも触れさせたくない。俺の手でその白い肌を真っ赤に染め上げ、俺だけの声で鳴かせてやりたいという、剥き出しの衝動が体の奥底から一一気にせり上がってくる。
夕陽が沈み、部屋の境界線が薄暗い夜へと塗りつぶされていく。 ブレザーを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンをすべて弾き飛ばした彼女は、もう画面の向こうの仮想の白猫なんかじゃない。俺のすぐ下で熱い吐息を漏らす、ただ一人の、あざとい後輩だった。
ここから始まる平日の完璧な他人のフリと、週末の誰にも言えない甘い時間の、これが本当の最初の引き金。
俺は、自分にしがみつく彼女の素肌を強く抱きすくめ、今度こそ、現実の彼女のすべてを容赦なく暴きにいった。
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