第2話:鍵を閉めたら、ただの男と女の子
カチャリ、と内鍵を閉める音が、狭い玄関に小さく響く。
その金属音が合図だった。 ドアを背にした彼女は、スクールバッグを床にドサリと落とすと、まるで限界を迎えたように俺の胸元に飛び込んできた。
「……っ、は、や……。もう、無理です……っ」
制服のブレザー越しに伝わる、細い腕の強固な力。 俺の背中に回された指先が、必死に布地を掴んで震えている。
平日の5日間、完璧な赤の他人として過ごした反動が、狂おしいほどの質量になって俺にぶつかってきた。学校ではクラスの男子全員の視線を集めている高嶺の花が、いま、俺の腕の中で壊れたように呼吸を乱して、俺の匂いを貪るように鼻を鳴らしている。
「……おい、部屋に入ってからにしろって」
「やです。……1週間、どれだけ我慢したと思ってるんですか……」
潤んだ瞳で睨むように俺を見上げ、彼女は背伸びをして、強引に唇を押し付けてきた。
「ん……っ、ん、む……」
いつもなら主導権を握ってからかってくるはずの小悪魔が、今はただ余裕をなくして、必死に舌を絡めてくる。 ストッキングに包まれた片方の太ももが、俺の腰を挟み込むようにすり寄せられ、ブレザーが激しく擦れ合う。
鼓膜に直接響くような甘い音が、狭い玄関の静寂をドロドロに溶かしていった。
ひとしきり唇を貪り、息を整えるためにわずかに顔を離す。 至近距離で重なる彼女の吐息は、驚くほど熱くて甘い。濡れた唇をせわしなく震わせ、微かにのぞく白い歯の隙間から、せっかく整えたはずの呼吸を小さく漏らしていた。
はだけたブラウスの隙間から、激しく上下する華奢な鎖骨と、まだ何も触れていないはずの胸元が赤く火照っているのが見える。
「先輩……。私、学校でずーっと、先輩のことしか考えてなかったんですよ?」
少女はだらりと下がった俺のネクタイを細い指で強引に引っ張り、ベッドの方へと引きずっていく。
家賃4万のしけたワンルーム。 夕陽が差し込むベッドの上に、学校の優等生の制服を着たまま、仰向けに倒れ込む彼女。
その衝撃でチェックスカートが大きく捲れ上がり、黒いストッキングに包まれた太ももが、オレンジ色の光の下に晒された。
伸縮性のある薄手の黒地に夕陽が透けて、あいつの柔らかそうな肌の白さが、じんわりと内側から浮き上がって見えている。息を呑むほどに眩しいその境界線へ、俺の視線が吸い寄せられる。
「ねえ、早く……。たくさん我慢したぶん、めちゃくちゃにいじめて、ほしいですっ……っ」
ベッドに沈んだ彼女は、俺を焦らすように自身のブラウスのボタンに指をかけ、上目遣いでそうねだった。
だけど、俺はすぐに彼女の身体を押し伏せるのを、あえて踏みとどまった。
俺はベッドに両手をつき、彼女の顔を覗き込むようにして、その甘い視線を受け止める。
「……学校でさんざん他人のフリしといて、部屋入った瞬間それかよ、春」
その名前を口にした瞬間、彼女――春の肩がピクリと跳ねた。 平日の間、ずっと呼びたくて仕方がなかった名前。クラスの男子たちが「春ちゃん」と親しげに呼ぶのを遠くから睨みつけることしかできなかった、俺だけの特権だ。
春は、俺がわざと意地悪く名前を呼んだ意図を察したのだろう。 少しだけ気まずそうに、だけどすぐに蕩けたような笑みを浮かべて、俺のネクタイを今度は両手で引き寄せた。
「ずるいです、先輩。そんなふうに名前呼ぶの、反則……。……でも、やっと呼んでくれましたね?」
「お前が先に煽ってきたんだろ」
「だって……本当に限界だったんですもん。学校の廊下で先輩の横を通り過ぎるたび、本当は腕に抱きつきたくて、ずっと頭がおかしくなりそうだったんですよ?」
春は「先輩」と呼ぶその声の甘さを、自分で楽しむように何度も唇を震わせる。 学校の優等生の仮面はもうどこにもない。ここにあるのは、俺のことを呼んで熱く濡れた瞳を向けてくる、一人のただの女の子だ。
春の細い指先が、俺のブレザーのボタンへと伸びる。 パチ、と静かな部屋にボタンが外れる小さな音が響いた。
「もう学校の制服なんて、お互い邪魔なだけですよね……。ねえ、先輩……っ」
春は自分のブレザーを器用に肩から滑り落とし、シーツの上に放り投げた。 ブラウス一枚になった彼女の身体が、夕陽のオレンジ色に染め上げられ、驚くほど艶っぽく浮かび上がる。
もう、言葉での焦らし合いは終わりだ。 俺は春の細い手首を掴み、シーツへと優しく組み伏せた。
「……っ、ちょっと、先輩……急に強引、です……」
手首をベッドに縫い付けられ、春がわざとらしく、だけど嬉しさを隠しきれない小さな声を漏らす。 抵抗する気なんてさらさらないくせに、少しだけ手首をひねって見せるのが、いかにもあいつらしいあざとい計算だった。
「限界なんだろ、自分で言ったクセに」
「言いました、けど……。先輩が、そんなにガツガツしてるとこ、久しぶりに見たから……びっくりしちゃって」
春は視線をわずかに逸らし、ふいっと顔を背けた。 その拍子に、開いたブラウスの隙間から、まだ夕陽の熱を吸い込んでいない白い鎖骨が、かすかに震えるのが見える。強気なセリフの割に、首筋までうっすらとピンク色に染まり始めている。
春はいたずらっぽく目を細めると、拘束されたままの状態で、上目遣いに俺を覗き込んできた。
「そんなに私に触りたくて待ちきれなかったんですか?……ふふ、暴れてあげてもいいんですよ?」
「……どの口が言ってんだ」
俺は掴んでいた両手首を、あえて春の頭の上のシーツへ深く押し付けた。 逃げ場を完全に無くされた春の瞳が、一瞬だけ丸くなり、それからトロンと熱っぽく潤んでいく。
「……意地悪。学校のときと、全然ちがう……」
「お互い様だろ。学校じゃ目も合わせないくせに」
「それは、そうしないと……みんなの前で、先輩にされたエッチことばっかり思い出しちゃうからです。……いまの先輩の顔、学校の女子に見せてあげたいなぁ」
春は拘束された手のひらを器用に動かして、俺の指に自分の指を絡めてきた。 細くて、少しだけひんやりとした指先が、俺の肌をじっとりと這うようにして熱を帯びていく。
「学校の男子たち、みんな春のこと可愛い可愛いって騒いでるぞ。優等生の春ちゃんが、今こんな格好で俺の下にいるって知ったら、どんな顔するだろうな」
わざと意地悪く耳元で囁くと、春は小さく「くすっ」と、いつもの小悪魔じみた笑い声を漏らした。 だけど、その直後に俺の胸元に額をコツンと預けて、吐息の混じった甘い声を紡ぐ。
「……他の誰がどう思ってても、関係ないです。私は……先輩にだけ、めちゃくちゃに、可愛がられたいんですから……」
その言葉を最後に、春は自ら、絡めた指にぎゅっと力を込めた。 目を閉じ、少しだけ顎を上げて、キスを待つように唇を小さく開く。
平日の我慢の限界を迎えていたのは、春だけじゃない。俺の理性の堰も、そのあざとい一言で完全に崩壊した。
夕陽の差し込む狭いワンルームで、俺たちは互いの制服を剥ぎ取るようにして、金曜日の深い夜へと溶け込んでいった。
書きたくなっちゃったので続きですっ!
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