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平日の5日間は完璧な他人。週末の2日間だけは、俺の部屋で「めちゃくちゃにして」と強請ってくる学校一の優等生。~あざとい後輩と、週休二日のナイショの夜を~   作者: 藤沢 淵
第3章:『学校では完璧な他人のフリ。だけど休日は、誰にも見つからない街で男たちの視線を独占しながら腕を絡めてくるあざとい後輩に、理性のすべてを上書きされるまで』
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第18話:雨宿りには淫らすぎる

梅雨が、いつまでもこの街に居座り続けている。 六月も後半に差し掛かろうというのに、空は毎日すりガラスのような灰色で、じとじととした湿気と終わらない雨が、世界全体を重く湿らせていた。


学校の廊下から見えるグラウンドは、連日の雨で完全に泥の海と化している。


「……あー、今日も部活休みか。まじ最悪」


「な。つーかこの雨、いつ明けるんだよ。身体にカビ生えそうだわ」


放課後の教室。いつも通りクラスの連中がだべっているのを横目に、俺は鞄を肩にかけて一足先に教室を出た。 あの日のお家デートから数週間。


俺たちの距離は、この長雨の湿気に乗じて、より深く、より曖昧に、互いの肌に染みついて離れなくなっていた。


昇降口を出て、傘を開く。 人目を避けるように、いつもの大通りではなく、寂れた裏道を通って駅へと向かう。


傘を叩く雨音だけが響く中、俺は冷たい雨の中を歩いていた。


「……先輩」


不意に、背後から声をかけられた。


振り返ると、少し離れた街角で、濡れた髪をかき上げながら傘を畳む彼女の姿があった。 制服のセーラー服をきっちりと着こなし、少しだけ息を乱している。まるで、俺の歩調に合わせてわざと遠回りをして、ここで「偶然」出会ったかのように装うための、完璧な演技だ。


「……こんなところで、奇遇ですね」


彼女はそう言うと、いつもの「優等生」の仮面を外し、瞳の奥に獲物を狙うような悪戯な光を灯した。誰もが見惚れる完璧なマドンナの顔だが、その声は甘く、俺を逃がさない鎖のように響く。


「奇遇なわけないだろ。……どこから尾行してた」


「尾行なんて人聞きが悪いなぁ。ただの偶然ですよ? ……それにしても、本当に毎日毎日、嫌になっちゃいますね」


春は傘を少し傾け、うっとうしそうに空を見上げた。


「毎日雨、雨、雨……。お家デートも楽しいですけど、さすがに飽きちゃいました」


「贅沢言うな。……で、何が目的だ。わざわざこんなとこで、俺を呼び止めて」


「ふふん、実はですね。私、一度行ってみたい場所があるんです。雨の日でも絶対に静かで、誰にも邪魔されなくて、先輩と二人きりになれる場所」


春は一歩、俺のほうへ距離を詰めると、周囲を確認するように周囲を見渡してから、俺のブレザーの袖をぐいっと引っ張った。


「ついてきてください」


そう言って、彼女は俺と距離を保ちつつ、駅前とは少し違う、薄暗い路地の方へと歩き出し始めた。俺は訝しみながらも、彼女の背中を追うしかなかった。


雑居ビルが立ち並び、人気が少なくなった裏通り。 アスファルトに跳ねる雨音がやけに大きく響くその場所で、春がピタッと足を止めた。


「……ここです♪」


春が嬉しそうにビニール傘を傾け、人指し指で示した先。 そこには、昼間だというのにギラギラとピンクや紫のネオンを放つ、きらびやかで禍々しい看板がそびえ立っていた。


『REST 3000円〜 / STAY 7000円〜』


「っ……!? お前、ここ……っ」


心臓が跳ね上がる。そこは、紛れもないラブホテルだった。 あまりの衝撃に周囲をキョロキョロと見回してしまう俺を見て、春はクスクスと喉を鳴らして笑った。


「あ、もしかして先輩、緊張してます? 顔、めちゃくちゃ硬いですよ?」


「緊張とかそういう問題じゃないだろ! お前、自分が現役の女子高生だって自覚あんのか!? こんなの、学校の奴に見つかったら一発で終わりだぞ!」


「大丈夫ですよ、こんな長雨の平日の昼間に、うちの学校の生徒がこんな裏路地にいるわけないじゃないですか。先輩は心配性ですねぇ」


春は全く怯む様子もなく、いつもの小悪魔な笑みを浮かべて俺を煽り倒してくる。


「それとも、何ですか? 先輩は、私とこういう場所に入るの、怖くなっちゃいました? ……私は、先輩とならどこにだって行く覚悟、ありますよ?」


そう言って、春は一歩、俺に近づいた。 すれ違う瞬間に見せるような、あの挑発的な上目遣い。 だけど、ブレザーの袖を掴む彼女の指先が、ほんの少しだけ震えているのを、俺は見逃さなかった。 強気な口調で煽ってはいるものの、彼女の耳の裏は、ネオンの光のせいだけではない赤みに染まっている。


「……。入ってから泣き言言っても、もう出さないからな」


俺が低くそう告げると、春は一瞬だけ丸い目をさらに見開き、それから本当に嬉しそうに、意地悪く、唇を吊り上げた。


「……じゃあ、絶対に逃がさないでくださいね?」


そう言って、春は俺のブレザーの袖を掴んでいた手を離し、今度は自ら俺の指の隙間に、その細い指を躊躇いなく滑り込ませてきた。学校の奴らに見られたら完全にアウトな、恋人以上の深い恋人繋ぎ。


じゃらじゃらと下品にきらめくプラスチックの暖簾をくぐり、俺たちは二人で、いかがわしい光の奥へと足を踏みれた。じっとりとした梅雨の雨音を、完全に遮断するようにして。


自動ドアが閉まった瞬間、ひんやりとした冷房の空気と、どこか人工的な芳香剤の香りが鼻腔をくすぐる。 静まり返った薄暗いロビーには、ズラリと並んだ部屋の写真パネルが妖しく光っていた。


さっきまで大口を叩いていたはずの春が、急にコクンと唾を飲み込んだのが分かった。 繋いだままの彼女の手が、びっくりするほど冷たくなっている。


「……部屋、どこにするんだよ」


俺が意地悪く隣で囁くと、春は肩をびくりと揺らし、パネルを見つめたまま固まった。学校での無敵のマドンナはどこへやら、パネルのボタンを押すことすら躊躇っている。


「な、何でもいいですよ……先輩が、決めてください……」


小さな声でそう呟きながら、春は繋いだ俺の手を、ぎゅっと、引きちぎらんばかりの力で握りしめてきた。上目遣いで俺を見上げてくる瞳は、完全に余裕を失って潤んでいる。


煽り倒して俺をここに連れてきたくせに、いざ二人きりの空間に閉じ込められた途端、この初心うぶな反応だ。


「入ったらもう帰さないからな、って言っただろ?」


俺はわざと低く笑いながら、空いている方の手で、適当な部屋のパネルのボタンを強く押し込んだ。暗いロビーに電子音が寂しく響き、俺たちの逃げ場は完全に消失する。


「……っ、う、うるさいです、バカ先輩」


真っ赤になった顔を隠すように、春は俺の胸元に頭を押し付けてきた。 トントンと早く刻まれる彼女の心臓の音が、俺の身体にも伝染していく。梅雨の終わらない長雨の中、俺たちはついに、引き返せない境界線を越えてエレベーターへと歩き出した。


チーン、と気の抜けた電子音が鳴り、エレベーターの扉が開く。 鏡張りの狭い密室に二人きり。鏡に映る俺たちは、どこからどう見ても不釣り合いな、だけど一線を越えようとしている制服姿の先輩と後輩だった。


目的の階に着き、薄暗い廊下を進む。 指定された部屋の前に立ち、俺がカードキーをドアノブにかざすと、カチャリと冷たい金属音が響いた。


その瞬間、春が俺のブレザーをクイと引っ張った。


「……先輩」


「ん?」


ドアを開けようとした俺の手が止まる。振り返ると、春はセーラー服の襟元を少しだけ緩め、火照った顔でふにゃりとだらしなく笑っていた。ロビーでのガチガチの緊張を、今度は「あざとさ」で必死に上書きしようとしているのが丸わかりの、いじらしい笑顔。


「……可愛い後輩をこんな場所に連れ込んじゃって、ちゃんと責任とってくれますよね?」


耳元に届く声は、廊下の静寂に溶けてしまいそうなほど小さく、だけど確実に俺の理性を削りにかかってくる。


「……お前が連れてきたんだろ」


俺が呆れたように、だけど限界を迎えつつある声で言うと、春は「ふふっ」と嬉しそうに吐息を漏らし、俺の胸に手のひらをぽんと当てて、自らドアを背中で押し開けた。


「さっ、いきましょ」


カタン、と背後で重いドアが閉まり、ロックがかかる。 外のジトジトとした長雨のことなんて、もう二人とも、これっぽっちも頭になかった。

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