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平日の5日間は完璧な他人。週末の2日間だけは、俺の部屋で「めちゃくちゃにして」と強請ってくる学校一の優等生。~あざとい後輩と、週休二日のナイショの夜を~   作者: 藤沢 淵
第3章:『学校では完璧な他人のフリ。だけど休日は、誰にも見つからない街で男たちの視線を独占しながら腕を絡めてくるあざとい後輩に、理性のすべてを上書きされるまで』
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第13話:誰の目も気にしないでいい場所で

週末、外は相変わらずしとしとと陰鬱な雨が降り続いていた。


図書室で渡されたあのメモの後、彼女からメッセージで送られてきた住所。そこを頼りに向かうと、閑静な住宅街に佇む小綺麗なマンションにたどり着いた。


エントランスのインターホンを押し、呼び出し音を鳴らす。 電子音が数回響いた後、画面越しに「はーい」と彼女の声がして、自動ドアのロックがカチャリと外れた。 エレベーターで彼女の住む階へと上がり、静かな廊下を進んで、指定された部屋の前のインターホンをもう一度押す。


今度はすぐに、内側から鍵が開く小気味いい音が響き、ドアがゆっくりと開いた。


「お待ちしていました、先輩」


出迎えてくれた春は、学校での完璧な制服姿でも、いつもの大人びたデート服でもなかった。 少しオーバーサイズの柔らかいニットのカーディガンに、短いショートパンツ。少し明るい髪をゆるくお団子にまとめたその姿は、無防備で、どこか幼く見えて、一瞬だけ心臓が変な跳ね方をした。


通された彼女の部屋は、フローラルの甘い香りと、女の子らしい清潔感に満ちていた。


「建前」は、来週に迫った期末テストの勉強会だ。


ローテーブルの上には、すでに参考書とノートが広げられている。


「本当に、全然勉強が手につかなかったんですよ? 先輩のせいで」


床に並んで座るなり、春は不満げに唇を尖らせて俺を睨んだ。だが、その瞳には平日の学校で見せるような冷徹さはなく、資料室で見せた野心的な愉悦もない。 ただ大好きな相手に拗ねてみせている、等身大の女の子の瞳だった。


「……悪かったよ」


俺が苦笑いしながらシャープペンシルを握ると、春はじり、と不自然なほど距離を詰めてきた。 お互いの肩と二の腕がぴったりと触れ合う。衣服の薄い生地を通して、彼女の柔らかさと、驚くほど高い体温がダイレクトに伝わってきた。


「近すぎだろ」


「いいじゃないですか、ここは学校じゃありません。……誰も、見てませんよ?」


春はクスクスと嬉しそうに喉を鳴らすと、ノートに向けるフリをしながら、机の下ではなく、机の上で、そっと俺の手の甲に自分の手を重ねてきた。 白くて、驚くほど華奢な指先。それが俺の指の隙間に滑り込み、自然と恋人繋ぎの形にガッチリと噛み合わされる。


「ちょっ……これじゃ文字が書けない」


「私は左利きですから問題ありません。先輩は左手でノートを押さえて、右手で解けばいいじゃないですか」


完璧な屁理屈だった。 繋がれた手からは、じっとりとした梅雨の湿気を吹き飛ばすような、純粋で甘い熱が伝ってくる。


春は俺の手をぎゅっと握りしめたまま、すとん、と俺の肩に自分の頭を乗せてきた。まとめた髪から、図書室の時よりもずっと濃厚なフローラルの香りが鼻腔をくすぐる。


「……本当に、意地悪です」


肩に預けられた頭から、小さく、掠れた声が漏れた。


「学校であんな風に他人のふりされるの、本当はすっごく寂しいんですから。……だから、週末くらい、こうやって私でいっぱいにさせてください」


いつもは俺を手のひらで転がし、優位に立って煽ってくる小悪魔が、今はただの寂しがり屋の恋人のように俺にしがみついている。そのあまりのギャップと愛おしさに、胸の奥が締め付けられるように熱くなった。


俺は繋いでいない方の手で、彼女の少し明るい髪をそっと撫でる。 春は嬉そうに身体をさらに密着させ、俺の胸元に顔を埋めるようにして、深く、満足そうな息を吐いた。


外を叩く雨の音だけが、静かな部屋に響いている。 キスも、その先の背徳的な行為も何もない。だけど、ただお互いの体温を分け合うだけのこの時間が、どんな行為よりも甘く、俺たちの心を深く繋いでいくのが分かった。


どのくらいの時間、そうしていただろう。


肩にかかる春の重みと、じわりと馴染むような温かさが、心地いい微熱となって俺の身体に溶けていく。繋いだ手からはトクトクと彼女の小さな脈拍が伝わってきて、言葉以上の愛おしさが胸をトントンと叩くようだった。


「……先輩」


胸元に顔を埋めたまま、春がくぐもった声で俺を呼んだ。


「ん?」


「私、今、すごく幸せです。……こうやって、誰の目も気にしないで先輩を独り占めできてるので」


顔は見えない。けれど、俺のシャツを小さく握りしめる彼女の指先に、ぎゅっと力がこもる。


「だから今日、ここに先輩が来てくれて、本当に嬉しいです。……もし来てくれなかったら、どうしてやろうかと思ってました」


少しだけいつもの小悪魔めいた声音が混じる。けれど、そこには学校で見せるような冷徹な計算はカケラもなくて、ただ大好きな相手に全力で甘えているのが伝わってきた。


「……春」


名前を呼ぶと、彼女の身体がピクリと跳ねた。


俺は繋いでいた右手に少しだけ力を込め、彼女の指を包み直す。


「俺も、同じだよ。学校で他人のふりをしてる時、お前のことばっかり考えてる。今日、お前の部屋に来られて良かった」


そう告げると、春がゆっくりと顔を上げた。 上目遣いに俺を見つめるその瞳は、少しだけ潤んでいて、頬がほんのりと桜色に染まっている。


「本当に、私だけで頭がいっぱいでしたか?」


「ああ」


「……なら、合格です」


そう言って、春は満足そうにふにゃりと口元を緩めた。いつもは張り詰めている優等生の仮面が、今は完全に溶けてしまっている。その無防備な笑顔があまりにも可愛くて、俺は思わず小さく吹き出してしまう。


「ほら、合格なら勉強の続きするんだろ? 全然進んでないぞ」


「もう、雰囲気を壊すのが上手なんですから、先輩は」


春は呆れたようにため息をついたけれど、俺の肩に頭を乗せたまま、開いたままの参考書に視線を落とした。


「じゃあ、ここ教えてください。先輩のせいで手がつかなかった、ここの数式」


「はいはい。どれだ?」


繋いだ手はそのままで、俺たちは不器用に進まない勉強会を再開した。 窓の外では、相変わらずしとしとと雨が世界を濡らし続けている。けれど、この部屋の中に流れる空気だけは、どこまでも優しく、そして2人だけの確かな熱で満たされていた。

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