第9話 幼なじみは、謝り方も少しおかしい
朝の曲がり角に、リカはいた。
昨日は先に学校へ行っていたせいで、そこにいないだけで妙に落ち着かなかった。だから今朝、いつもの場所に金色の髪が見えた時、俺は自分でも少し驚くくらい安心した。
花壇の横。
電柱の下。
リカは両手で鞄を持ち、いつもより少しだけ背筋を伸ばして立っていた。
俺に気づくと、ぱっと顔を上げる。
「おはよう、悠真」
「おはよう」
「今日、顔色は普通」
「いきなり確認か」
「軽めにした」
「どのへんが?」
「睡眠時間を先に聞かなかった」
「それは軽めなのか」
「軽め」
リカは真面目に頷いた。
その顔があまりにも真剣だったので、俺は少し笑いそうになった。
いつものリカだ。
いや、いつものリカよりは少し慎重だが、昨日の朝みたいな不自然な遠さはない。
俺の横に並ぶ距離も、ほどほどだった。肩は触れない。遠すぎもしない。リカなりに考えた結果なのだろう。
「で、昨日は寝た?」
「聞くのか」
「聞いていいって言った」
「言ったな。十二時前」
「スマホは?」
「少し」
「何見てたかは……聞かない」
「偉い」
「何点?」
「今のだけなら八十点」
「朝から高い」
「聞いて止まれたからな」
リカは嬉しそうに笑った。
それから、少しだけ鞄を持つ手に力を入れる。
何かを隠している顔だった。
俺はそれに気づく。
「リカ」
「ん?」
「何かあるだろ」
「え、何が?」
「その顔は何かある顔だ」
「悠真、あたしの顔読むの上手くなってない?」
「お前が俺の顔を読みすぎるから、こっちも鍛えられた」
「成長だ」
「誰のせいだ」
リカは少し迷ったあと、鞄を胸の前に抱え直した。
「学校着いたら渡す」
「渡す?」
「うん」
「嫌な予感しかしない」
「大丈夫。今日は位置共有アプリじゃない」
「今日は、という言い方が不穏なんだよ」
「でも、ちゃんと悠真に見せてからにしようと思ったから」
「何を」
「謝罪」
俺は足を止めた。
「謝罪?」
「うん。昨日までの」
「昨日までの?」
「最近いろいろあったじゃん。宮原さんのこととか、中村くんたちのこととか、距離取りすぎたこととか」
「まあ」
「だから、ちゃんと謝ろうと思って」
リカはそう言った。
その声は真面目だった。
少しだけ緊張している。
俺は、普通に「分かった」と言いかけた。
だが、これまでのリカを思い出して、慎重になった。
「それ、普通の謝罪だよな?」
「普通……だと思う」
「その間は何だ」
「リカ寄りの普通」
「すでに怪しい」
「でも、前よりは普通寄り」
「自己評価がややこしい」
リカは困ったように笑った。
「ちゃんと聞いてから出すから」
「聞く?」
「渡していい?」
「……いいけど」
「じゃあ、学校着いたら」
そう言って、リカは少しだけ安心したような顔をした。
俺は隣を歩きながら、嫌な予感と、少しの期待を抱えていた。
リカが謝る。
それ自体はいい。
だが、リカは謝り方もたぶん普通ではない。
幼なじみ歴十年以上の経験が、俺にそう告げていた。
*
学校に着いて、昇降口で靴を履き替えたあと。
リカは俺を廊下の端へ呼んだ。
朝の教室前は人が多い。けれど、昇降口横の掲示板の前なら少しは落ち着いて話せる。
リカは鞄からクリアファイルを取り出した。
俺はその時点で、かなり嫌な予感がした。
クリアファイル。
謝罪でクリアファイルが出てくる高校生は、そう多くない。
「悠真」
「はい」
「これ、読んでください」
リカは両手で一枚の紙を差し出した。
白いコピー用紙。
上には、きれいな文字でこう書かれていた。
『黒瀬悠真くんに対する過干渉行為の反省と再発防止策』
俺は無言になった。
リカはまっすぐ俺を見ていた。
俺はもう一度、紙のタイトルを見る。
『黒瀬悠真くんに対する過干渉行為の反省と再発防止策』
「リカ」
「はい」
「これは何だ」
「謝罪文」
「謝罪文というより報告書だろ」
「ちょっと報告書っぽくなった」
「ちょっと?」
「かなり」
「正直でよろしい」
俺が紙を受け取ると、リカは落ち着かない様子で指先をいじり始めた。
ネイルの色は淡いピンクだった。いつものリカらしい可愛い色なのに、今の本人は完全に職員室へ呼び出された生徒みたいな顔をしている。
俺は紙に目を通した。
---
『黒瀬悠真くんに対する過干渉行為の反省と再発防止策』
一、位置共有アプリの提案について
黒瀬悠真くん本人の同意を得ずに、位置共有アプリの導入を強く提案したことは、本人の自由意思およびプライバシーを軽視した行為であった。
今後は、位置共有アプリの提案を原則禁止とする。
ただし災害時、迷子時、緊急時については、状況に応じて相談する。
二、体調確認について
黒瀬悠真くんの体調を心配すること自体は継続する。
ただし感染経路の特定、接触者の洗い出し、本人の同意なき聞き取り調査は行わない。
体調が悪そうな場合は、まず「大丈夫?」と聞く。
三、交友関係について
黒瀬悠真くんと会話した人物について、本人の同意なく情報収集を行わない。
嫉妬した場合は、相手の情報を調べるのではなく、「ちょっと嫌だった」と本人に伝える。
ただし、明らかな危険人物については要相談。
四、怒り方について
黒瀬悠真くんを傷つける発言があった場合でも、相手を追い詰める方法を先に考えない。
まず黒瀬悠真くん本人に確認する。
本人が嫌がる場合、勝手に対応しない。
ただし、本人が我慢しすぎている場合は要相談。
五、距離感について
近すぎる場合は、黒瀬悠真くんに確認する。
遠すぎる場合も、黒瀬悠真くんに確認する。
分からない時は自己判断で消えない。
六、総括
天宮リカは、黒瀬悠真くんのことが好きである。
しかし、好きであることは、何をしてもよい理由にはならない。
今後は「悠真のため」と思った時ほど、一度止まり、本人に聞くことを徹底する。
以上。
---
俺は最後まで読んで、紙を下ろした。
リカは息を詰めるようにして俺を見ていた。
「どう?」
「どうって」
「怖い?」
「怖いというか……真面目すぎて逆に怖い」
「うっ」
「でも、内容は前よりだいぶまとも」
リカの顔が少し明るくなった。
「ほんと?」
「ああ。少なくとも、相手の弱点を探るとか、周囲の評判を集めるとかは書いてない」
「それは消した」
「書いてはいたのか」
「初稿には」
「初稿」
謝罪文に初稿という概念があるのか。
いや、あるのだろう。リカの中では。
「レイナに見せたら、『それを出したら黒瀬くんが職員会議の資料みたいな顔する』って言われた」
「レイナは正しい」
「だから削った」
「削ってこれか」
「だいぶ丸くなった」
「元が尖りすぎだ」
リカは少しだけ笑った。
俺も、思わず笑ってしまった。
正直、変だ。
謝罪文兼改善計画書を持ってくる幼なじみギャル。
普通ではない。
でも、紙に書かれている内容は、リカが本気で考えたものだった。
自分の何が怖かったのか。
何が悠真を困らせたのか。
何をやめるべきか。
どこまでなら心配していいのか。
そういうことを、彼女なりに整理しようとしている。
ズレている。
でも、逃げてはいない。
「リカ」
「うん」
「これは、持ってていい」
「いいの?」
「ああ。全部守れるかは別として、考えたこと自体はいい」
「じゃあ、提出?」
「学校じゃないんだから提出制度はない」
「でも、悠真に渡した」
「受け取った」
「採点は?」
「出た、点数」
「大事」
俺は少し考えた。
報告書感。
初稿に不穏な項目。
でも内容はかなり改善。
本人に聞くという方針も入っている。
「七十二点」
「細かい」
「報告書感で減点」
「そこかあ」
「でも総括はよかった」
リカが一瞬、固まった。
「総括?」
「好きであることは、何をしてもよい理由にはならない、ってやつ」
「あ、そこ」
「そこはいい」
リカは少しだけ赤くなった。
「書くの、恥ずかしかった」
「好きであること、のところか?」
「うん」
「普段口では言うのに?」
「紙に書くと重いじゃん」
「口でも重い時あるけどな」
「でも、紙のほうが証拠として残る」
「お前が言うと急に不穏になる」
リカは慌てて手を振る。
「違う。今回はそういう意味じゃない」
「分かってる」
「分かってるなら言わないで」
「悪い」
俺は紙をリカへ返そうとした。
リカは受け取らなかった。
「それ、悠真が持ってて」
「俺が?」
「うん」
「なんで」
「もしあたしがまた変な方向に行きそうになったら、それ見せて」
「契約書みたいな扱いだな」
「自分へのブレーキ」
「それを俺に持たせるのか」
「悠真に止めてほしいから」
リカは、真っすぐそう言った。
軽い言い方ではなかった。
「嫌?」
「……嫌ではないけど」
「重い?」
「少し」
「怖い?」
「今日は怖くない」
リカの目が少しだけ和らいだ。
「そっか」
「ああ」
「じゃあ、持ってて」
「分かった」
俺は紙を折らずに、自分のクリアファイルへしまった。
なんだか不思議な気分だった。
幼なじみから謝罪文兼改善計画書を預かる高校生活。
普通ではない。
でも、悪くない。
そう思ってしまう自分も、だいぶこの関係に慣れてきている。
*
教室に入ると、翔太が俺を見るなり言った。
「何その顔」
「何が」
「朝から何か変なものを渡された顔」
「当たってる」
「当たるのかよ」
俺が席に着くと、翔太は身を乗り出してきた。
「何渡されたんだ?」
「謝罪文」
「え、天宮が?」
「謝罪文兼改善計画書」
「兼ねるな」
「俺もそう思った」
翔太は口元を押さえて笑いをこらえた。
「タイトルは?」
「言わなきゃだめか」
「絶対面白いやつだろ」
俺は小声で言った。
「黒瀬悠真くんに対する過干渉行為の反省と再発防止策」
翔太は机に突っ伏した。
「天宮、天才かよ」
「笑うな。本人は真面目なんだ」
「真面目だから面白いんだろ。いや、悪い。笑っちゃいけないのは分かってる。でも強すぎる」
リカは前の席でこちらをちらっと見た。
笑われているのに気づいたらしい。
「佐伯くん」
「はい」
「笑った?」
「少し」
「内容は真面目なんだけど」
「タイトルの時点で真面目が過積載なんだよ」
「過積載」
「普通、謝罪って『ごめん』から入るんだよ。報告書みたいに始まると、読み手が職員室の先生になる」
リカは少しむっとした。
「でも、口だけだとまた間違えるかもしれないし」
「まあ、それは分かる」
翔太は笑いを抑え、少し真面目な顔になった。
「天宮なりに考えたんだろ」
「うん」
「じゃあいいんじゃね? 黒瀬、点数は?」
「七十二点」
「また細かい」
「報告書感で減点」
「妥当」
リカが不満そうにこちらを見る。
「二人とも、報告書感って言いすぎ」
「じゃあ次は手紙にしろ」
「手紙?」
「そう。『悠真へ』から始まるやつ」
翔太がそう言うと、リカは急に黙った。
顔が赤くなる。
俺は嫌な予感がした。
「リカ」
「……手紙」
「今、真剣に考えただろ」
「ちょっと」
「やめろとは言わないけど、また改善計画書みたいにするなよ」
「悠真へ、から始まる改善計画書?」
「混ぜるな」
翔太が腹を抱えて笑った。
リカも少し笑った。
朝の教室に、軽い空気が戻る。
ここ数日、俺とリカの間にはずっと緊張があった。
距離感。
嫉妬。
怒り方。
心配の仕方。
俺のためなら、という言葉。
その全部が重かった。
でも、リカは謝り方まで変だったおかげで、少しだけ笑えた。
それはたぶん、ありがたいことだった。
*
昼休み。
リカは俺の机の横に来て、ちゃんと聞いた。
「隣、座っていい?」
「いい」
「距離、これくらい?」
「近すぎない」
「体調は?」
「普通」
「朝ごはんは?」
「食べた」
「何を?」
「パンとヨーグルト」
「偉い」
「俺が採点される側か」
「八十点」
「卵がないからか?」
「分かってきたじゃん」
リカは嬉しそうに笑った。
向かいにいた翔太が言う。
「天宮、今日だいぶ通常運転に戻ったな」
「通常運転?」
「黒瀬に対する圧が、昨日より自然」
「圧はあるんだ」
「あるだろ」
「悠真、圧ある?」
「ほどほどに」
「ほどほどならいい?」
「今日くらいなら」
リカは満足そうに頷いた。
俺は弁当を開ける。
今日は卵焼きが入っていた。
リカの視線が、自然にそこへ向かう。
「欲しいのか?」
「聞いていい?」
「欲しいかどうかを?」
「うん」
「今、目で聞いてたぞ」
「目はノーカウント」
「カウントする」
「じゃあ、欲しい」
「素直でよろしい」
俺は卵焼きを一切れ、リカの弁当箱の端に置いた。
リカは本当に嬉しそうにそれを見た。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「悠真」
「ん?」
「こういうの、好き」
「卵焼きが?」
「ううん。聞いたら、ちゃんとくれるところ」
俺は少しだけ返事に困った。
翔太が向かいでにやにやしている。
「黒瀬、顔」
「うるさい」
「天宮、今のは可愛い寄りだぞ」
「ほんと?」
「おう。報告書よりずっといい」
「報告書のこと、まだ言う」
リカはむっとしたが、少し照れてもいた。
俺は卵焼きを食べながら、何となく思う。
聞く。
答える。
嫌なら言う。
大丈夫なら受け入れる。
たったそれだけのことなのに、俺たちにはずいぶん遠回りが必要だった。
でも、その遠回りの途中で食べる卵焼きは、なぜか少し甘かった。
*
放課後、リカは珍しくすぐには俺を誘わなかった。
自分の席で鞄を持ったまま、こちらをちらちら見ている。
俺は席を立ち、リカのところへ行った。
「帰るか?」
リカはぱっと顔を上げた。
「一緒に?」
「そのつもりだけど」
「いいの?」
「いい」
「今日、あたしから聞く前に悠真が誘った」
「そうだな」
「記念日?」
「しない」
「じゃあ心の中で」
「好きにしろ」
リカは嬉しそうに鞄を肩に掛けた。
廊下へ出ると、レイナが後ろから声をかけてきた。
「リカー、今日は報告書デート?」
「報告書デートじゃない!」
「何だそれ」
俺が聞くと、レイナは笑いながら言った。
「朝、リカが真面目な顔で『謝罪文を渡す』って言うから。ついに恋愛じゃなくて業務改善になったのかと思って」
「レイナまで」
「でも、渡せてよかったじゃん」
レイナはリカの肩を軽く叩いた。
リカは少し照れたように頷く。
「うん」
「黒瀬くん、リカのことよろしくね。ちょっと変だけど、わりと頑張ってるから」
「分かってる」
俺がそう答えると、リカがこちらを見た。
「分かってる?」
「ああ」
「どのへん?」
「変だけど頑張ってるところ」
「そこだけ抜き出すと微妙」
「でも合ってるだろ」
「合ってる」
リカは笑った。
それから、少しだけ小さな声で言う。
「分かってくれてるなら、いい」
校門を出ると、風が少し冷たかった。
昨日より空が明るい。雲の切れ間から夕方の光が差していて、歩道に二人分の影が伸びていた。
リカはその影をちらっと見た。
「写真、撮らないのか?」
俺が聞くと、リカは驚いた顔をした。
「え、いいの?」
「影ならな」
「悠真から言った」
「たまたまだ」
「今日、悠真からが多い」
「そうか?」
「うん。朝は普通におはようって返してくれたし、昼は卵焼きくれたし、放課後は誘ってくれたし、今は写真撮っていいって言った」
「数えるな」
「好きな人の嬉しかったことは数えるでしょ」
「数えないと思う」
「え、みんな何を数えて恋してるの?」
「だから恋愛を数字で管理するな」
リカは笑いながらスマホを取り出した。
足元の影を撮る。
昨日より少しだけ、二つの影の距離は近かった。
リカは画面を確認して、小さく笑った。
「今日の影、昨日より近い」
「偶然だろ」
「偶然でも嬉しい」
「そうか」
「うん」
リカはスマホをしまい、俺の横に戻ってきた。
その距離は、ほどほどだった。
「悠真」
「ん?」
「今日のあたし、何点?」
「またそれか」
「聞きたい」
俺は少し考えた。
謝罪文兼改善計画書。
報告書感。
でも、ちゃんと謝ろうとした。
昼は聞いてから座った。
距離感も悪くなかった。
放課後も、ちゃんとこちらを見て待っていた。
「八十二点」
リカの顔が明るくなった。
「八十点台に戻った」
「ああ」
「報告書なのに?」
「報告書だけど、ちゃんと考えてたから」
「そっか」
リカは嬉しそうに笑った。
そのあと、少し真面目な顔になる。
「悠真、あれ持っててね」
「謝罪文?」
「うん。あたしがまた暴走しそうになったら見せて」
「分かった」
「でも、できれば見せなくて済むようにする」
「そのほうがいいな」
「うん」
リカは夕方の道を見ながら言った。
「あたし、好きって難しいなって思った」
「急だな」
「急じゃないよ。ずっと考えてた」
「好きが?」
「うん。好きだから心配する。好きだから知りたい。好きだから守りたい。でも、好きだからってやりすぎると、好きな人を困らせる」
「そうだな」
「あたし、それ、ちょっとずつ覚える」
「うん」
「でも、好きなのはやめない」
「そこは分かってる」
「分かってる?」
「毎日言われてるからな」
「じゃあ今日も言う?」
「言わなくていい」
「悠真のこと好き」
「言ったな」
「うん。今日は普通の好き」
「普通の好きって何だ」
「位置共有を要求しない好き」
「基準が低い」
「でも成長」
「まあ、成長だな」
リカは満足そうに頷いた。
それから、少しだけこちらへ近づく。
「これくらい?」
「近い」
「じゃあ戻る」
半歩戻る。
「これくらい?」
「まあ」
「よし」
リカは笑った。
その笑顔は、少しずつ普通寄りになっている。
でも、ちゃんとリカだった。
*
夜。
俺は机の引き出しを開け、リカから受け取った謝罪文兼改善計画書を取り出した。
改めて読むと、やっぱりタイトルが強い。
『黒瀬悠真くんに対する過干渉行為の反省と再発防止策』
普通の高校生の青春に、このタイトルの紙が登場することは、たぶんほとんどない。
けれど、最後の総括で俺は少しだけ目を止める。
天宮リカは、黒瀬悠真くんのことが好きである。
しかし、好きであることは、何をしてもよい理由にはならない。
真面目で、変で、少しおかしくて。
でも、リカなりの精一杯だった。
スマホが震える。
リカからだった。
『今日、八十二点だった』
俺は返信する。
『覚えてる』
『明日は八十五点目指す』
『点数にこだわりすぎるな』
『でも分かりやすい』
『明日は普通に来るんだろ』
『行く』
少し間が空いた。
『謝罪文、変だった?』
俺は紙を見た。
変だった。
かなり。
でも、それだけではない。
『変だった』
送信する。
すぐ既読。
俺は続けて送った。
『でも、悪くなかった』
今度は返信が少し遅れた。
『悠真の悪くなかった、好き』
俺は少し笑った。
『それ前も言ってた』
『何回でも言う』
『重い』
『今日は可愛い寄り?』
俺は考えた。
『可愛い寄り』
すぐに返ってくる。
『やった』
それだけ。
俺はスマホを置いた。
引き出しに紙をしまう。
幼なじみからもらった謝罪文。
そんなものを大事にしまう高校生がいるだろうか。
少なくとも、普通ではない。
けれど俺は、その紙を雑に捨てる気にはなれなかった。
リカが、自分の怖さや重さと向き合おうとした証拠だから。
それに。
もし本当にまたリカが暴走しそうになったら、この紙を見せればいい。
そう考えたところで、俺は苦笑した。
俺もだいぶ、リカとの付き合い方が分かってきている。
普通ではない。
でも、少しずつ前には進んでいる。
明日もリカは、曲がり角で待っている。
たぶん顔色を確認して、睡眠時間を聞いて、朝ごはんを気にしてくる。
その時、俺はきっと、いつも通り呆れる。
そして少しだけ、安心するのだろう。




