第8話 ギャル、少しだけ距離を取ろうとして失敗する
朝、曲がり角にリカがいなかった。
それだけで、俺は足を止めた。
いつもの場所。
家を出て、三つ目の角を曲がった先。住宅街の細い道が少し開けて、駅へ向かう人の流れが見え始める場所。電柱の横に小さな花壇があって、近所の誰かが植えたらしいパンジーが並んでいる。
そこに、いつもリカはいる。
金色に近い髪を朝日に光らせて、スマホを見ながら待っている。俺に気づくと、顔を上げて「おはよ、悠真」と笑う。だいたいそのあと、昨日何時に寝たか、朝飯を食べたか、顔色がどうだとか、歩幅がどうだとか、やたら細かい確認が入る。
それが少し面倒で。
少し怖くて。
そして、いつの間にか当たり前になっていた。
そのリカが、いない。
「……」
俺はスマホを取り出した。
メッセージが来ている。
『今日は先に行くね』
送信時刻は十分前だった。
短い。
絵文字もない。
追加の体調確認もない。
昨日の点数を聞いてくることもない。
位置共有を匂わせることもない。
普通なら、ただの連絡だ。
でもリカがこれだけで済ませると、逆に異常事態に見える。
俺は画面を見たまま、しばらく考えた。
昨日の会話が原因だろう。
俺のためなら、は免罪符じゃない。
俺に聞け。
勝手に決めるな。
俺にも決める権利がある。
言ったことは間違っていない。
でも、リカはたぶん、受け止めすぎた。
リカはそういうところがある。ゼロか百か。近すぎると言われたら遠くなる。心配が重いと言われたら心配しないふりをする。相手の領域へ踏み込みすぎるなと言われたら、自分ごと引っ込めようとする。
「極端なんだよ」
俺は小さく呟いた。
返信しようとして、指が止まる。
『分かった』
だけでは冷たい気がした。
『何かあったか?』
だと、詰め寄っているみたいになる。
結局、俺は短く送った。
『了解。学校で』
既読はすぐについた。
返信はなかった。
それがまた、変だった。
*
教室に入ると、リカはもう席にいた。
レイナたちと話している。笑っている。見た目にはいつものリカだ。金髪ギャル。明るくて、クラスの中心にいる女の子。
けれど、俺が教室へ入っても、すぐにはこちらを見なかった。
いや、一瞬だけ見た。
見て、それから、すぐに目を逸らした。
俺は鞄を置きながら、眉をひそめる。
翔太が後ろの席から顔を出した。
「おはよう、黒瀬」
「おはよう」
「天宮、今日は一緒じゃなかったんだな」
「先に行くって」
「へえ」
翔太は声を落とした。
「距離取りモード?」
「たぶん」
「分かりやすいな、あいつ」
「分かりやすすぎて逆に面倒だ」
「まあ、昨日までが昨日までだからな」
「俺が言いすぎたかもしれない」
「いや、言ったことは必要だったろ」
「でも、リカには刺さりすぎた」
翔太は少し考えたあと、肩をすくめた。
「黒瀬。お前、天宮が近すぎたら困るけど、離れたら離れたで困る顔するの、なかなか罪深いぞ」
「そんな顔してるか?」
「してる。今、完全に『いつもの場所に犬がいなかった飼い主』の顔してる」
「その例え、まだ引っ張るのか」
「だって便利なんだよ」
「俺は飼い主じゃない」
「じゃあ何だよ」
「幼なじみ」
「はいはい。便利ワード便利ワード」
翔太は笑ったが、すぐに真面目な顔になった。
「まあ、今日中に話せよ。あいつ、あのままだと変な方向に頑張るぞ」
「だろうな」
「たぶん『黒瀬に迷惑をかけない幼なじみになる方法』とか検索してる」
「してそうだから嫌なんだよ」
「いや、もうメモ作ってるかも」
「あり得る」
二人でリカのほうを見る。
リカはレイナに何か言われて笑っていた。
その笑顔は自然に見えた。
でも、俺のほうを見ない。
今のリカは、俺に近づかないことを頑張っている。
それが分かるから、余計に落ち着かなかった。
*
一時間目が終わっても、リカは来なかった。
二時間目が終わっても、来なかった。
いつもなら、少なくとも一度は俺の机の横へ来る。寝不足じゃないか、体調は悪くないか、昨日ちゃんと食べたか、何かしら確認してくる。
それが今日はない。
ないと静かだ。
静かで楽なはずなのに、妙に落ち着かない。
三時間目が終わった休み時間、俺は飲み物を買いに自販機へ向かった。
廊下を歩いていると、後ろから気配がした。
振り返る。
誰もいない。
いや、曲がり角の向こうで、金色の髪が一瞬だけ引っ込んだ。
「……何やってんだ」
俺はため息をつき、その曲がり角へ向かった。
リカがいた。
なぜか掲示板を見ているふりをしている。
掲示板には来月の身体測定の日程が貼ってあるだけだ。リカがそこまで熱心に身体測定の日程を確認する理由はない。
「リカ」
「え、あ、悠真。偶然」
「偶然にしては髪が見えてたぞ」
「髪までは隠せなかった」
「隠す気はあったのか」
「……ちょっとだけ」
リカは気まずそうに笑った。
その手には紙パックのカフェオレが握られている。まだ開けていない。自販機に向かう俺を追いかけてきたのだろう。
「何してるんだ」
「掲示板見てた」
「本当に?」
「身体測定の日程、大事じゃん」
「昨日から急に健康意識の範囲が学校行事まで広がったのか」
「……悠真を見てた」
「正直でよろしい」
「でも、話しかけてない」
「そこが問題なんだよ」
リカは目を丸くした。
「話しかけないほうがいいんじゃないの?」
「なんでそうなる」
「だって、あたしが近いと悠真困るでしょ」
「近すぎると困る」
「心配しすぎると?」
「困る」
「怒りすぎると?」
「困る」
「じゃあ、あんまり関わらないほうがいいかなって」
「極端なんだよ」
リカは少しだけ唇を噛んだ。
「極端かな」
「かな、じゃなくて極端」
「でも、ちょうどいいが分かんない」
「だから聞けって言ってるだろ」
「聞いたら、また悠真が面倒くさいかなって」
「面倒くさい」
「ほら」
「でも、勝手に離れられるよりはいい」
リカは黙った。
俺は自販機でお茶を買った。ペットボトルを取り出しながら、リカを見る。
「今朝、先に行ったのもそれか?」
「うん」
「俺が嫌だから?」
「違う」
リカはすぐに否定した。
そして、小さな声で続ける。
「嫌われたくなかったから」
胸が少し痛んだ。
「近づいて、また怖いって言われるの嫌だった。悠真に迷惑かけるのも嫌だった。だから、今日は一回ちゃんと離れてみようと思って」
「ちゃんと離れるって、どういう意味だよ」
「朝は待たない。休み時間も話しかけない。体調確認もしない。交友関係も見ない。帰りも、悠真が誘わなかったら一人で帰る」
「それはもう幼なじみじゃなくて、疎遠になった元同級生だ」
「そんなに?」
「そんなに」
リカは困ったように笑った。
「難しいね」
「難しいな」
「悠真と普通にいるの、難しい」
「別に、完璧に普通じゃなくていい」
「でも、怖いのは嫌でしょ」
「怖いのは嫌だ」
「重いのも」
「重すぎるのは困る」
「じゃあ、軽くならなきゃ」
「軽くなりすぎても困る」
「悠真、要求が難しい」
「俺も今、自分でそう思った」
リカは少しだけ笑った。
けれど、まだ目元が固い。
「リカ」
「うん」
「今みたいに、近づいていいか分からなかったら聞けばいい」
「聞いたら、うざくない?」
「毎秒聞かれたらうざい」
「毎秒は聞かない」
「ならいい」
「でも、あたし、たぶんいっぱい聞くよ」
「最初はそれでいいだろ」
リカは不安そうに俺を見た。
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ聞く」
「うん」
「今日の放課後、一緒に帰っていい?」
「いい」
「今、隣を歩いて教室まで戻っていい?」
「いい」
「お昼、話しかけていい?」
「いい」
「体調、大丈夫か聞いていい?」
「いい」
「昨日、ちゃんと寝たか聞いていい?」
「今さらか」
「聞きたい」
「寝た」
「何時?」
「十二時前」
「スマホは?」
「少し」
「何見てた?」
「そこから先は踏み込みすぎ」
「あ、そっか。ごめん」
「今のは六十点」
「低い」
「でも、聞いて止まれたから加点」
「じゃあ何点?」
「七十点」
「今日の初得点」
リカは少しだけ嬉しそうにした。
その顔を見て、俺はようやく少し落ち着いた。
やっぱりリカは、話しかけてくるくらいがちょうどいい。
静かすぎるリカは、リカらしくない。
*
昼休み。
リカは俺の机の横まで来た。
ただし、距離は少し遠かった。昨日までなら机に手をついて身を乗り出していたところを、今日は半歩離れて立っている。
手には購買のパンと紙パックのいちごミルク。
「ここ、いていい?」
「立ってるのか?」
「座ると近いかなって」
「隣の席、今空いてるぞ」
「座っていい?」
「いい」
「ほんと?」
「いいって言ってるだろ」
リカはそっと隣の席に座った。
まるで爆弾処理でもしているみたいな慎重さだった。
向かいに座っていた翔太が吹き出した。
「天宮、今日めちゃくちゃ低速じゃん」
「低速?」
「普段なら黒瀬の横にズドンって座って、『悠真、今日の昼何?』くらい言ってるのに」
「今日は丁寧な幼なじみを目指してる」
「丁寧な幼なじみって何」
「悠真に迷惑をかけない幼なじみ」
翔太が俺を見た。
俺は首を横に振る。
「方向性が変だとは思ってる」
「だよな」
リカはむっとした。
「二人して何」
「いや、天宮」
翔太は紙パックのジュースを置き、少し真面目に言った。
「お前、黒瀬に迷惑かけないことを目標にすると、たぶん存在感消そうとするだろ」
「……ちょっと考えた」
「考えたのかよ」
「朝、先に行ったし」
「それで黒瀬が寂しそうな顔してたぞ」
「翔太」
俺が止めるより早く、リカがこちらを見た。
「寂しかったの?」
「いや」
「寂しかったの?」
「……違和感はあった」
「寂しかった?」
「言い方を変えても聞きたいこと同じだろ」
「答えて」
リカの目が少しだけ真剣だった。
俺は弁当の卵焼きを見つめながら、観念した。
「いつもの場所にいなかったから、落ち着かなかった」
リカは固まった。
翔太が口元を押さえる。
「黒瀬、お前さあ」
「何だよ」
「たまに無自覚で強いのやめろ」
「何が」
「今の、天宮には効くぞ」
リカはうつむいていた。
耳が赤い。
「リカ?」
「……効いた」
「自分で言うな」
「悠真が、落ち着かなかったって」
「違和感があっただけだ」
「でも、いつもの場所にいないと落ち着かないって」
「復唱するな」
「家宝にする」
「言葉を家宝にするな」
リカは少しずついつもの調子に戻ってきた。
それを見て、翔太が安心したように笑う。
「やっぱ天宮はこれくらい騒がしいほうがいいわ」
「佐伯くん、それ褒めてる?」
「半分」
「半分?」
「もう半分は、黒瀬が調子狂うから戻ってくれて助かるって意味」
「悠真、調子狂ってた?」
リカがまたこちらを見る。
俺は答えなかった。
リカは嬉しそうに笑った。
「答えないってことは、そうなんだ」
「違う」
「否定が遅い」
「うるさい」
昼休みの教室に、少しだけいつもの空気が戻った。
リカはパンを食べながら、俺の弁当をちらちら見ている。
「何だよ」
「卵焼き」
「食べたいのか?」
「悠真の家の卵焼き、甘い?」
「たぶん」
「たぶん?」
「母さんの気分による」
「あ、いいな。家庭の味っぽい」
「食うか?」
俺が弁当箱を少し差し出すと、リカが動きを止めた。
「え」
「いや、嫌ならいいけど」
「嫌じゃない。全然嫌じゃない。でも、これ、距離近くない?」
「卵焼きを分けるだけだろ」
「幼なじみっぽい?」
「幼なじみっぽい」
「恋人っぽくは?」
「調子に乗るな」
「はい」
リカは嬉しそうに箸を出しかけて、途中で止まった。
「自分の箸で取っていい?」
「いい」
「悠真の箸で、あーんとかは?」
「しない」
「聞いただけ」
「聞くな」
「でも聞いたからセーフ」
「ギリギリアウト寄りのセーフ」
「判定が細かい」
リカは自分の箸で卵焼きを一切れ取り、口に入れた。
少し目を丸くする。
「甘い」
「今日は甘いらしい」
「おいしい」
「そうか」
「悠真、これ毎日食べてるの?」
「毎日ではない」
「いいなあ」
「卵焼きが?」
「うん。あと、こういう普通の昼休み」
リカの声が、少しだけ柔らかくなった。
「今日、朝は変に離れちゃったけど、今は普通?」
「普通寄り」
「寄り」
「完全な普通を求めすぎるな」
「悠真が言ったんじゃん」
「俺も訂正する。リカは、普通寄りくらいでいい」
リカは目をぱちぱちさせた。
それから、少しだけ口元を緩める。
「それ、今日の名言?」
「しない」
「スクショできないのが悔しい」
「しなくていい」
翔太が呆れたように言った。
「お前ら、昼休みに何を育ててるんだよ」
「境界線」
リカが即答した。
俺も少し考えて言う。
「たぶん、幼なじみ関係」
翔太はしばらく俺たちを見て、深いため息をついた。
「重いのに平和だな」
「それ、褒めてる?」
「この作品のジャンル説明みたいなもんだ」
「作品?」
「こっちの話」
*
放課後。
リカは約束通り、俺に聞いてきた。
「一緒に帰っていい?」
「いい」
「昇降口で待ってていい?」
「いい」
「何分までなら待っていい?」
「時間制限はない」
「でも、長く待つと重いかなって」
「俺が遅れるなら連絡する」
「連絡来なかったら?」
「五分待っても来なかったらメッセージしていい」
「五分」
「位置共有は?」
「言わない」
「よし」
「今日、だいぶ優秀じゃない?」
「自分で言うな」
リカは嬉しそうに笑った。
昇降口で靴を履き替え、校門を出る。
朝は妙に遠かった距離も、今はいつもより少しだけ落ち着いた距離になっていた。肩は触れない。でも、遠すぎもしない。
リカが隣でぽつりと言う。
「今日、朝から変だったよね。あたし」
「変だった」
「即答」
「でも、戻ってきた」
「戻ってきた?」
「いつものリカに近くなった」
「いつものリカって、どんな?」
「うるさい」
「ひど」
「距離が近い」
「うっ」
「心配性」
「うん」
「たまに怖い」
「そこも入るんだ」
「でも、ちゃんと聞こうとはする」
リカが黙った。
俺は続けた。
「それでいいんじゃないか」
「それでいいの?」
「少なくとも、全部消そうとするよりは」
リカは少しだけ前を見た。
夕方の風が髪を揺らす。
「あたし、怖いところとか重いところ、全部なくしたほうがいいのかなって思ってた」
「なくせるのか?」
「無理かも」
「だろうな」
「でも、なくさないと悠真が困るかなって」
「困る時はある」
「うん」
「でも、全部なくしたリカも、それはそれで困る」
リカは足を止めた。
「困る?」
「ああ」
「なんで?」
「それはもうリカじゃないだろ」
言ってから、かなり恥ずかしいことを言った気がした。
リカは俺を見ていた。
ぽかんとした顔で。
それから、みるみる顔が赤くなる。
「……悠真」
「何だ」
「今日のそれ、百点」
「俺が採点されるのか」
「百点。今のは百点。保存したい。録音したかった」
「やめろ」
「もう一回言って」
「言わない」
「お願い」
「言わない」
「じゃあ、心の中で再生する」
「好きにしろ」
リカは両手で頬を押さえた。
「ずるい。ほんとずるい。あたしが距離取ろうとしてる時に、そういうこと言うのずるい」
「距離取らなくていいって話をしてるんだよ」
「でも近づきたくなる」
「ほどほどに」
「ほどほどに近づく」
リカは半歩近づいた。
「これくらい?」
「まあ」
「もう半歩は?」
「今日はやめとけ」
「はーい」
リカは素直に止まった。
その素直さが少し可笑しくて、俺は笑ってしまう。
「何笑ってんの」
「いや、今日のリカ、忙しいなと思って」
「朝は離れすぎ、昼は戻り途中、放課後はほどほど」
「自分でまとめるな」
「成長記録」
「記録するなよ」
「心に記録する」
「ならいい」
「スマホにも」
「だめ」
「ちぇ」
いつもの調子。
でも、昨日までとは少し違う。
リカは確認する。俺は答える。違ったら言う。リカはまた考える。
面倒だ。
だけど、少しずつ形になっている。
そんな気がした。
*
分かれ道で、リカは足を止めた。
「悠真」
「うん」
「明日、曲がり角で待ってていい?」
「ああ」
「いつもの場所?」
「いつもの場所」
「顔色確認は?」
「軽めなら」
「歩幅は?」
「ほどほどなら」
「朝ごはんは?」
「聞いていい」
「睡眠時間は?」
「聞いていい」
「スマホで何見てたかは?」
「踏み込みすぎ」
「よし、覚えた」
「本当に覚えたか?」
「たぶん」
「たぶんか」
「でも、分からなかったら聞く」
「それでいい」
リカは嬉しそうに笑った。
「今日、何点?」
「七十八点」
「細かい」
「朝の距離取りで減点」
「でも昼と放課後で加点?」
「ああ」
「じゃあ明日は八十点台に戻す」
「目標が低くないか?」
「百点取ったら、悠真がご褒美くれる?」
「調子に乗るな」
「聞いただけ」
「聞くな」
「でも、聞いてからにした」
「そうだな」
リカは満足そうに頷いた。
そして、少しだけ照れたように言う。
「じゃあ、明日もおはようって言う」
「それは普通に言え」
「普通って言われると緊張する」
「じゃあ、リカ寄りで言え」
「リカ寄り?」
「普通寄りのリカ」
リカはしばらく考えて、それから笑った。
「それ、好き」
「何が」
「普通寄りのリカ」
「なら、それで」
「うん。明日は普通寄りのリカで行く」
リカは手を振った。
今度は何度も振り返らず、でも一度だけ振り返って、俺がまだいるのを確認してから笑った。
俺も軽く手を上げる。
その距離は、たぶん悪くなかった。
*
夜、リカからメッセージが来た。
『明日はいつもの場所にいる』
俺は返信する。
『知ってる』
『顔色確認する』
『軽めに』
『歩幅確認する』
『ほどほどに』
『朝ごはん聞く』
『普通に』
『位置共有は?』
『なし』
『言わない練習』
『えらい』
少し間が空いた。
『今日、朝いなかったの、やっぱり変だった?』
俺は少し考えた。
『変だった』
送る。
すぐに既読。
『嫌だった?』
俺はまた考える。
嫌だった、とは少し違う。
でも、落ち着かなかった。
だから正直に送った。
『落ち着かなかった』
返信はしばらく来なかった。
やがて、短く届いた。
『明日はいる』
そのあと、もう一通。
『ちゃんといる』
俺は画面を見て、小さく笑った。
『分かった』
『おやすみ、悠真』
『おやすみ』
スマホを置く。
部屋の明かりを消すと、暗い天井が見えた。
リカは近すぎる。
遠すぎても変だ。
ほどほどが苦手で、普通が苦手で、でも普通寄りになろうとしている。
そんな幼なじみが、明日の朝はいつもの場所にいる。
そのことに、俺は少し安心していた。
やっぱり、俺もだいぶリカに慣らされている。
それが良いことなのか悪いことなのかは、まだ分からない。
でも少なくとも、明日の朝、曲がり角で金色の髪が見えることを、俺はもう嫌だとは思っていなかった。




