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『サイコパスな幼なじみギャルが俺を好きすぎて、GPSを持たせようとしてくる。義妹も先輩も倫理観がバグっているので、俺の青春が毎日修羅場です』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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8/20

第8話 ギャル、少しだけ距離を取ろうとして失敗する

 朝、曲がり角にリカがいなかった。


 それだけで、俺は足を止めた。


 いつもの場所。


 家を出て、三つ目の角を曲がった先。住宅街の細い道が少し開けて、駅へ向かう人の流れが見え始める場所。電柱の横に小さな花壇があって、近所の誰かが植えたらしいパンジーが並んでいる。


 そこに、いつもリカはいる。


 金色に近い髪を朝日に光らせて、スマホを見ながら待っている。俺に気づくと、顔を上げて「おはよ、悠真」と笑う。だいたいそのあと、昨日何時に寝たか、朝飯を食べたか、顔色がどうだとか、歩幅がどうだとか、やたら細かい確認が入る。


 それが少し面倒で。


 少し怖くて。


 そして、いつの間にか当たり前になっていた。


 そのリカが、いない。


「……」


 俺はスマホを取り出した。


 メッセージが来ている。


『今日は先に行くね』


 送信時刻は十分前だった。


 短い。


 絵文字もない。

 追加の体調確認もない。

 昨日の点数を聞いてくることもない。

 位置共有を匂わせることもない。


 普通なら、ただの連絡だ。


 でもリカがこれだけで済ませると、逆に異常事態に見える。


 俺は画面を見たまま、しばらく考えた。


 昨日の会話が原因だろう。


 俺のためなら、は免罪符じゃない。

 俺に聞け。

 勝手に決めるな。

 俺にも決める権利がある。


 言ったことは間違っていない。


 でも、リカはたぶん、受け止めすぎた。


 リカはそういうところがある。ゼロか百か。近すぎると言われたら遠くなる。心配が重いと言われたら心配しないふりをする。相手の領域へ踏み込みすぎるなと言われたら、自分ごと引っ込めようとする。


「極端なんだよ」


 俺は小さく呟いた。


 返信しようとして、指が止まる。


『分かった』


 だけでは冷たい気がした。


『何かあったか?』


 だと、詰め寄っているみたいになる。


 結局、俺は短く送った。


『了解。学校で』


 既読はすぐについた。


 返信はなかった。


 それがまた、変だった。


     *


 教室に入ると、リカはもう席にいた。


 レイナたちと話している。笑っている。見た目にはいつものリカだ。金髪ギャル。明るくて、クラスの中心にいる女の子。


 けれど、俺が教室へ入っても、すぐにはこちらを見なかった。


 いや、一瞬だけ見た。


 見て、それから、すぐに目を逸らした。


 俺は鞄を置きながら、眉をひそめる。


 翔太が後ろの席から顔を出した。


「おはよう、黒瀬」


「おはよう」


「天宮、今日は一緒じゃなかったんだな」


「先に行くって」


「へえ」


 翔太は声を落とした。


「距離取りモード?」


「たぶん」


「分かりやすいな、あいつ」


「分かりやすすぎて逆に面倒だ」


「まあ、昨日までが昨日までだからな」


「俺が言いすぎたかもしれない」


「いや、言ったことは必要だったろ」


「でも、リカには刺さりすぎた」


 翔太は少し考えたあと、肩をすくめた。


「黒瀬。お前、天宮が近すぎたら困るけど、離れたら離れたで困る顔するの、なかなか罪深いぞ」


「そんな顔してるか?」


「してる。今、完全に『いつもの場所に犬がいなかった飼い主』の顔してる」


「その例え、まだ引っ張るのか」


「だって便利なんだよ」


「俺は飼い主じゃない」


「じゃあ何だよ」


「幼なじみ」


「はいはい。便利ワード便利ワード」


 翔太は笑ったが、すぐに真面目な顔になった。


「まあ、今日中に話せよ。あいつ、あのままだと変な方向に頑張るぞ」


「だろうな」


「たぶん『黒瀬に迷惑をかけない幼なじみになる方法』とか検索してる」


「してそうだから嫌なんだよ」


「いや、もうメモ作ってるかも」


「あり得る」


 二人でリカのほうを見る。


 リカはレイナに何か言われて笑っていた。


 その笑顔は自然に見えた。


 でも、俺のほうを見ない。


 今のリカは、俺に近づかないことを頑張っている。


 それが分かるから、余計に落ち着かなかった。


     *


 一時間目が終わっても、リカは来なかった。


 二時間目が終わっても、来なかった。


 いつもなら、少なくとも一度は俺の机の横へ来る。寝不足じゃないか、体調は悪くないか、昨日ちゃんと食べたか、何かしら確認してくる。


 それが今日はない。


 ないと静かだ。


 静かで楽なはずなのに、妙に落ち着かない。


 三時間目が終わった休み時間、俺は飲み物を買いに自販機へ向かった。


 廊下を歩いていると、後ろから気配がした。


 振り返る。


 誰もいない。


 いや、曲がり角の向こうで、金色の髪が一瞬だけ引っ込んだ。


「……何やってんだ」


 俺はため息をつき、その曲がり角へ向かった。


 リカがいた。


 なぜか掲示板を見ているふりをしている。


 掲示板には来月の身体測定の日程が貼ってあるだけだ。リカがそこまで熱心に身体測定の日程を確認する理由はない。


「リカ」


「え、あ、悠真。偶然」


「偶然にしては髪が見えてたぞ」


「髪までは隠せなかった」


「隠す気はあったのか」


「……ちょっとだけ」


 リカは気まずそうに笑った。


 その手には紙パックのカフェオレが握られている。まだ開けていない。自販機に向かう俺を追いかけてきたのだろう。


「何してるんだ」


「掲示板見てた」


「本当に?」


「身体測定の日程、大事じゃん」


「昨日から急に健康意識の範囲が学校行事まで広がったのか」


「……悠真を見てた」


「正直でよろしい」


「でも、話しかけてない」


「そこが問題なんだよ」


 リカは目を丸くした。


「話しかけないほうがいいんじゃないの?」


「なんでそうなる」


「だって、あたしが近いと悠真困るでしょ」


「近すぎると困る」


「心配しすぎると?」


「困る」


「怒りすぎると?」


「困る」


「じゃあ、あんまり関わらないほうがいいかなって」


「極端なんだよ」


 リカは少しだけ唇を噛んだ。


「極端かな」


「かな、じゃなくて極端」


「でも、ちょうどいいが分かんない」


「だから聞けって言ってるだろ」


「聞いたら、また悠真が面倒くさいかなって」


「面倒くさい」


「ほら」


「でも、勝手に離れられるよりはいい」


 リカは黙った。


 俺は自販機でお茶を買った。ペットボトルを取り出しながら、リカを見る。


「今朝、先に行ったのもそれか?」


「うん」


「俺が嫌だから?」


「違う」


 リカはすぐに否定した。


 そして、小さな声で続ける。


「嫌われたくなかったから」


 胸が少し痛んだ。


「近づいて、また怖いって言われるの嫌だった。悠真に迷惑かけるのも嫌だった。だから、今日は一回ちゃんと離れてみようと思って」


「ちゃんと離れるって、どういう意味だよ」


「朝は待たない。休み時間も話しかけない。体調確認もしない。交友関係も見ない。帰りも、悠真が誘わなかったら一人で帰る」


「それはもう幼なじみじゃなくて、疎遠になった元同級生だ」


「そんなに?」


「そんなに」


 リカは困ったように笑った。


「難しいね」


「難しいな」


「悠真と普通にいるの、難しい」


「別に、完璧に普通じゃなくていい」


「でも、怖いのは嫌でしょ」


「怖いのは嫌だ」


「重いのも」


「重すぎるのは困る」


「じゃあ、軽くならなきゃ」


「軽くなりすぎても困る」


「悠真、要求が難しい」


「俺も今、自分でそう思った」


 リカは少しだけ笑った。


 けれど、まだ目元が固い。


「リカ」


「うん」


「今みたいに、近づいていいか分からなかったら聞けばいい」


「聞いたら、うざくない?」


「毎秒聞かれたらうざい」


「毎秒は聞かない」


「ならいい」


「でも、あたし、たぶんいっぱい聞くよ」


「最初はそれでいいだろ」


 リカは不安そうに俺を見た。


「本当に?」


「ああ」


「じゃあ聞く」


「うん」


「今日の放課後、一緒に帰っていい?」


「いい」


「今、隣を歩いて教室まで戻っていい?」


「いい」


「お昼、話しかけていい?」


「いい」


「体調、大丈夫か聞いていい?」


「いい」


「昨日、ちゃんと寝たか聞いていい?」


「今さらか」


「聞きたい」


「寝た」


「何時?」


「十二時前」


「スマホは?」


「少し」


「何見てた?」


「そこから先は踏み込みすぎ」


「あ、そっか。ごめん」


「今のは六十点」


「低い」


「でも、聞いて止まれたから加点」


「じゃあ何点?」


「七十点」


「今日の初得点」


 リカは少しだけ嬉しそうにした。


 その顔を見て、俺はようやく少し落ち着いた。


 やっぱりリカは、話しかけてくるくらいがちょうどいい。


 静かすぎるリカは、リカらしくない。


     *


 昼休み。


 リカは俺の机の横まで来た。


 ただし、距離は少し遠かった。昨日までなら机に手をついて身を乗り出していたところを、今日は半歩離れて立っている。


 手には購買のパンと紙パックのいちごミルク。


「ここ、いていい?」


「立ってるのか?」


「座ると近いかなって」


「隣の席、今空いてるぞ」


「座っていい?」


「いい」


「ほんと?」


「いいって言ってるだろ」


 リカはそっと隣の席に座った。


 まるで爆弾処理でもしているみたいな慎重さだった。


 向かいに座っていた翔太が吹き出した。


「天宮、今日めちゃくちゃ低速じゃん」


「低速?」


「普段なら黒瀬の横にズドンって座って、『悠真、今日の昼何?』くらい言ってるのに」


「今日は丁寧な幼なじみを目指してる」


「丁寧な幼なじみって何」


「悠真に迷惑をかけない幼なじみ」


 翔太が俺を見た。


 俺は首を横に振る。


「方向性が変だとは思ってる」


「だよな」


 リカはむっとした。


「二人して何」


「いや、天宮」


 翔太は紙パックのジュースを置き、少し真面目に言った。


「お前、黒瀬に迷惑かけないことを目標にすると、たぶん存在感消そうとするだろ」


「……ちょっと考えた」


「考えたのかよ」


「朝、先に行ったし」


「それで黒瀬が寂しそうな顔してたぞ」


「翔太」


 俺が止めるより早く、リカがこちらを見た。


「寂しかったの?」


「いや」


「寂しかったの?」


「……違和感はあった」


「寂しかった?」


「言い方を変えても聞きたいこと同じだろ」


「答えて」


 リカの目が少しだけ真剣だった。


 俺は弁当の卵焼きを見つめながら、観念した。


「いつもの場所にいなかったから、落ち着かなかった」


 リカは固まった。


 翔太が口元を押さえる。


「黒瀬、お前さあ」


「何だよ」


「たまに無自覚で強いのやめろ」


「何が」


「今の、天宮には効くぞ」


 リカはうつむいていた。


 耳が赤い。


「リカ?」


「……効いた」


「自分で言うな」


「悠真が、落ち着かなかったって」


「違和感があっただけだ」


「でも、いつもの場所にいないと落ち着かないって」


「復唱するな」


「家宝にする」


「言葉を家宝にするな」


 リカは少しずついつもの調子に戻ってきた。


 それを見て、翔太が安心したように笑う。


「やっぱ天宮はこれくらい騒がしいほうがいいわ」


「佐伯くん、それ褒めてる?」


「半分」


「半分?」


「もう半分は、黒瀬が調子狂うから戻ってくれて助かるって意味」


「悠真、調子狂ってた?」


 リカがまたこちらを見る。


 俺は答えなかった。


 リカは嬉しそうに笑った。


「答えないってことは、そうなんだ」


「違う」


「否定が遅い」


「うるさい」


 昼休みの教室に、少しだけいつもの空気が戻った。


 リカはパンを食べながら、俺の弁当をちらちら見ている。


「何だよ」


「卵焼き」


「食べたいのか?」


「悠真の家の卵焼き、甘い?」


「たぶん」


「たぶん?」


「母さんの気分による」


「あ、いいな。家庭の味っぽい」


「食うか?」


 俺が弁当箱を少し差し出すと、リカが動きを止めた。


「え」


「いや、嫌ならいいけど」


「嫌じゃない。全然嫌じゃない。でも、これ、距離近くない?」


「卵焼きを分けるだけだろ」


「幼なじみっぽい?」


「幼なじみっぽい」


「恋人っぽくは?」


「調子に乗るな」


「はい」


 リカは嬉しそうに箸を出しかけて、途中で止まった。


「自分の箸で取っていい?」


「いい」


「悠真の箸で、あーんとかは?」


「しない」


「聞いただけ」


「聞くな」


「でも聞いたからセーフ」


「ギリギリアウト寄りのセーフ」


「判定が細かい」


 リカは自分の箸で卵焼きを一切れ取り、口に入れた。


 少し目を丸くする。


「甘い」


「今日は甘いらしい」


「おいしい」


「そうか」


「悠真、これ毎日食べてるの?」


「毎日ではない」


「いいなあ」


「卵焼きが?」


「うん。あと、こういう普通の昼休み」


 リカの声が、少しだけ柔らかくなった。


「今日、朝は変に離れちゃったけど、今は普通?」


「普通寄り」


「寄り」


「完全な普通を求めすぎるな」


「悠真が言ったんじゃん」


「俺も訂正する。リカは、普通寄りくらいでいい」


 リカは目をぱちぱちさせた。


 それから、少しだけ口元を緩める。


「それ、今日の名言?」


「しない」


「スクショできないのが悔しい」


「しなくていい」


 翔太が呆れたように言った。


「お前ら、昼休みに何を育ててるんだよ」


「境界線」


 リカが即答した。


 俺も少し考えて言う。


「たぶん、幼なじみ関係」


 翔太はしばらく俺たちを見て、深いため息をついた。


「重いのに平和だな」


「それ、褒めてる?」


「この作品のジャンル説明みたいなもんだ」


「作品?」


「こっちの話」


     *


 放課後。


 リカは約束通り、俺に聞いてきた。


「一緒に帰っていい?」


「いい」


「昇降口で待ってていい?」


「いい」


「何分までなら待っていい?」


「時間制限はない」


「でも、長く待つと重いかなって」


「俺が遅れるなら連絡する」


「連絡来なかったら?」


「五分待っても来なかったらメッセージしていい」


「五分」


「位置共有は?」


「言わない」


「よし」


「今日、だいぶ優秀じゃない?」


「自分で言うな」


 リカは嬉しそうに笑った。


 昇降口で靴を履き替え、校門を出る。


 朝は妙に遠かった距離も、今はいつもより少しだけ落ち着いた距離になっていた。肩は触れない。でも、遠すぎもしない。


 リカが隣でぽつりと言う。


「今日、朝から変だったよね。あたし」


「変だった」


「即答」


「でも、戻ってきた」


「戻ってきた?」


「いつものリカに近くなった」


「いつものリカって、どんな?」


「うるさい」


「ひど」


「距離が近い」


「うっ」


「心配性」


「うん」


「たまに怖い」


「そこも入るんだ」


「でも、ちゃんと聞こうとはする」


 リカが黙った。


 俺は続けた。


「それでいいんじゃないか」


「それでいいの?」


「少なくとも、全部消そうとするよりは」


 リカは少しだけ前を見た。


 夕方の風が髪を揺らす。


「あたし、怖いところとか重いところ、全部なくしたほうがいいのかなって思ってた」


「なくせるのか?」


「無理かも」


「だろうな」


「でも、なくさないと悠真が困るかなって」


「困る時はある」


「うん」


「でも、全部なくしたリカも、それはそれで困る」


 リカは足を止めた。


「困る?」


「ああ」


「なんで?」


「それはもうリカじゃないだろ」


 言ってから、かなり恥ずかしいことを言った気がした。


 リカは俺を見ていた。


 ぽかんとした顔で。


 それから、みるみる顔が赤くなる。


「……悠真」


「何だ」


「今日のそれ、百点」


「俺が採点されるのか」


「百点。今のは百点。保存したい。録音したかった」


「やめろ」


「もう一回言って」


「言わない」


「お願い」


「言わない」


「じゃあ、心の中で再生する」


「好きにしろ」


 リカは両手で頬を押さえた。


「ずるい。ほんとずるい。あたしが距離取ろうとしてる時に、そういうこと言うのずるい」


「距離取らなくていいって話をしてるんだよ」


「でも近づきたくなる」


「ほどほどに」


「ほどほどに近づく」


 リカは半歩近づいた。


「これくらい?」


「まあ」


「もう半歩は?」


「今日はやめとけ」


「はーい」


 リカは素直に止まった。


 その素直さが少し可笑しくて、俺は笑ってしまう。


「何笑ってんの」


「いや、今日のリカ、忙しいなと思って」


「朝は離れすぎ、昼は戻り途中、放課後はほどほど」


「自分でまとめるな」


「成長記録」


「記録するなよ」


「心に記録する」


「ならいい」


「スマホにも」


「だめ」


「ちぇ」


 いつもの調子。


 でも、昨日までとは少し違う。


 リカは確認する。俺は答える。違ったら言う。リカはまた考える。


 面倒だ。


 だけど、少しずつ形になっている。


 そんな気がした。


     *


 分かれ道で、リカは足を止めた。


「悠真」


「うん」


「明日、曲がり角で待ってていい?」


「ああ」


「いつもの場所?」


「いつもの場所」


「顔色確認は?」


「軽めなら」


「歩幅は?」


「ほどほどなら」


「朝ごはんは?」


「聞いていい」


「睡眠時間は?」


「聞いていい」


「スマホで何見てたかは?」


「踏み込みすぎ」


「よし、覚えた」


「本当に覚えたか?」


「たぶん」


「たぶんか」


「でも、分からなかったら聞く」


「それでいい」


 リカは嬉しそうに笑った。


「今日、何点?」


「七十八点」


「細かい」


「朝の距離取りで減点」


「でも昼と放課後で加点?」


「ああ」


「じゃあ明日は八十点台に戻す」


「目標が低くないか?」


「百点取ったら、悠真がご褒美くれる?」


「調子に乗るな」


「聞いただけ」


「聞くな」


「でも、聞いてからにした」


「そうだな」


 リカは満足そうに頷いた。


 そして、少しだけ照れたように言う。


「じゃあ、明日もおはようって言う」


「それは普通に言え」


「普通って言われると緊張する」


「じゃあ、リカ寄りで言え」


「リカ寄り?」


「普通寄りのリカ」


 リカはしばらく考えて、それから笑った。


「それ、好き」


「何が」


「普通寄りのリカ」


「なら、それで」


「うん。明日は普通寄りのリカで行く」


 リカは手を振った。


 今度は何度も振り返らず、でも一度だけ振り返って、俺がまだいるのを確認してから笑った。


 俺も軽く手を上げる。


 その距離は、たぶん悪くなかった。


     *


 夜、リカからメッセージが来た。


『明日はいつもの場所にいる』


 俺は返信する。


『知ってる』


『顔色確認する』


『軽めに』


『歩幅確認する』


『ほどほどに』


『朝ごはん聞く』


『普通に』


『位置共有は?』


『なし』


『言わない練習』


『えらい』


 少し間が空いた。


『今日、朝いなかったの、やっぱり変だった?』


 俺は少し考えた。


『変だった』


 送る。


 すぐに既読。


『嫌だった?』


 俺はまた考える。


 嫌だった、とは少し違う。


 でも、落ち着かなかった。


 だから正直に送った。


『落ち着かなかった』


 返信はしばらく来なかった。


 やがて、短く届いた。


『明日はいる』


 そのあと、もう一通。


『ちゃんといる』


 俺は画面を見て、小さく笑った。


『分かった』


『おやすみ、悠真』


『おやすみ』


 スマホを置く。


 部屋の明かりを消すと、暗い天井が見えた。


 リカは近すぎる。


 遠すぎても変だ。


 ほどほどが苦手で、普通が苦手で、でも普通寄りになろうとしている。


 そんな幼なじみが、明日の朝はいつもの場所にいる。


 そのことに、俺は少し安心していた。


 やっぱり、俺もだいぶリカに慣らされている。


 それが良いことなのか悪いことなのかは、まだ分からない。


 でも少なくとも、明日の朝、曲がり角で金色の髪が見えることを、俺はもう嫌だとは思っていなかった。




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