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『サイコパスな幼なじみギャルが俺を好きすぎて、GPSを持たせようとしてくる。義妹も先輩も倫理観がバグっているので、俺の青春が毎日修羅場です』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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18/20

第18話 義妹候補、美緒から父さん経由で連絡先を聞かれる

 その日の夕飯は、妙に静かだった。


 焼き鮭と味噌汁と、昨日の残りの肉じゃが。

 見慣れた食卓。

 見慣れた父さんの箸の持ち方。

 見慣れた、二人分だけの食器。


 なのに、俺は何となく落ち着かなかった。


 理由は分かっている。


 昨日、この家に紗枝さんと美緒さんが来たからだ。


 玄関の水色のスリッパ。

 来客用の新しいコップ。

 リビングの椅子に座っていた美緒さん。

 静かに家の中を見ていた目。


 たった一度来ただけなのに、その記憶が家のあちこちに残っている気がした。


 リカが言っていた。


 家に来るは強い。


 たしかに、強い。


 知らない誰かが自分の家の中に入ると、いつもの場所が少しだけ違って見える。


 俺が味噌汁を飲んでいると、父さんが不意に箸を置いた。


「悠真」


「うん?」


「少し話がある」


 俺は箸を止めた。


「また?」


「また、だ」


「最近、大事な話が多いな」


「俺もそう思っている」


 父さんは苦笑した。


 だが、その顔には少しだけ迷いがあった。


 嫌な話ではなさそうだが、軽い話でもない。


「紗枝さんから連絡があった」


「紗枝さんから?」


「ああ。昨日の顔合わせの礼と、それから……美緒さんのことだ」


 美緒さん。


 俺は少し姿勢を正した。


 父さんは俺の反応を見てから、言葉を続ける。


「美緒さんが、お前の連絡先を知りたいと言っているらしい」


「俺の?」


「ああ」


 予想していなかったわけではない。


 今後、家族になるかもしれない相手だ。連絡先を交換するのは、現実的に考えればおかしな話ではない。


 だが、実際に言われると、やはり少し身構える。


「何で?」


「理由は、今後の連絡手段として必要だから、だそうだ」


「事務的だな」


「美緒さんらしいと言えば、らしいな」


「父さん、昨日一回会っただけでもう分かったみたいに言うなよ」


「いや、分かったというより、昨日の印象と一致している」


「それは……まあ」


 美緒さんなら言いそうだった。


 急に仲良くしたいからではなく、家族になる可能性がある相手として、最低限の連絡手段を確保しておく。


 そういう言い方をしそうだ。


「もちろん、無理にとは言っていない。お前が嫌なら断る」


「嫌ではないけど」


「戸惑うか」


「戸惑う」


「そうだろうな」


 父さんは頷いた。


「俺としては、交換しておいたほうがいいとは思っている。今後、紗枝さんたちとうちのことで連絡を取る場面も増えるかもしれない。だが、お前の連絡先だからな。決めるのはお前だ」


 最近、この言い方を聞くことが増えた。


 決めるのはお前。


 聞く。

 止まる。

 勝手に決めない。


 リカと何度も話してきたことと、どこか似ている。


「……交換してもいい」


 俺は言った。


 父さんは少しだけ目を細めた。


「いいのか?」


「ああ。今後必要なら」


「そうか」


「ただ、急に距離詰める感じにはしたくない」


「それも伝えておく」


「いや、美緒さんなら分かってると思う。昨日も、しばらくは黒瀬さんでって言ってたし」


「そうだったな」


 父さんは少し安心したようだった。


 俺は箸を持ち直しながら、ふと思った。


「父さん」


「何だ」


「リカに話したほうがいいよな」


 父さんは、一瞬だけ黙った。


 それから、少しだけ笑った。


「話したほうがいいだろうな」


「だよな」


「隠したら大変そうだ」


「父さんまで分かってきたな」


「分かりたくて分かったわけではないが」


 父さんは真面目な顔で言った。


「天宮さんには、きちんと話したほうがいい。ただし、彼女の不安に全部引っ張られすぎるな」


「父さん」


「何だ」


「本当にリカ対応に慣れてきてないか?」


「お前を見ていれば、多少はな」


「俺、そんなにリカに振り回されてる?」


「かなり」


「……」


「だが、最近はお前も少し上手くなっている」


「褒めてる?」


「褒めている」


 父さんはそう言って、焼き鮭を一口食べた。


「天宮さんは、少し心配が強い。だが、お前がちゃんと話しているうちは、彼女もちゃんと聞こうとしているように見える」


「そうだな」


「なら、話せ」


「分かった」


 俺は夕飯を食べ終えたあと、食器を流しへ運んだ。


 部屋に戻る前に、玄関をちらっと見た。


 水色のスリッパは、まだ端に置かれている。


 美緒さんが昨日履いたスリッパ。


 リカが知ったら、たぶんまた「強い」と言う。


 俺は少しだけため息をついて、階段を上がった。


     *


 部屋に入って、スマホを手に取る。


 リカからは、すでにメッセージが来ていた。


『帰った?』

『今日は晩ごはんちゃんと食べた?』

『美緒さん関連の質問は三個まで継続中』

『でも今日はまだ一個も使ってないので偉い』


 最後の一文で、少し笑ってしまった。


 自分で自分を褒めている。


 だが、たしかに偉い。


 今日のリカは学校でもかなり我慢していた。


 美緒さん関連の質問は、朝に一つ、昼に一つ。放課後は質問ではなく感想だけにした。昨日よりさらに落ち着いていた。


 俺は返信した。


『帰ってる。飯も食べた』


 すぐに既読。


『何食べた?』


『焼き鮭と肉じゃが』


『ちゃんとしてる』


『父さんが作った』


『黒瀬お父さん、偉い』


『その呼び方やめろ』


『じゃあ悠真のお父さん偉い』


 いつものやり取り。


 俺は少し迷ったあと、打つ。


『リカ』


 既読。


 すぐ返信。


『なに?』


 俺は深呼吸した。


 別に悪いことをしたわけではない。


 美緒さんから連絡先を聞かれただけだ。


 今後のために必要なこと。


 それでも、リカには重い話になる。


『美緒さんが、父さん経由で俺の連絡先を知りたいって言ってる』


 送信した。


 既読は一瞬。


 返信は来ない。


 やっぱり。


 俺はスマホを握ったまま待った。


 一分。


 二分。


 三分。


 リカにしては長い。


 だが、もう慌てない。


 たぶん、リカは今、質問を三十二個くらい生成して、それを必死に消している。


 ようやく返信が来た。


『そっか』


 短い。


 重い。


 俺は返信する。


『今後の連絡手段として必要だから、らしい』


 既読。


 また少し間。


『必要なのは分かる』


 その一文に、俺は少しだけ安心した。


 前なら、まず「なんで?」だったかもしれない。


 今は、必要性を先に認めている。


 続けて、リカから来た。


『分かるけど、嫌』


 正直だった。


 俺はスマホを見つめた。


 この言い方のほうがいい。


 嫌じゃないふりをされるより、ずっといい。


『そうだと思った』


 俺は送った。


 すぐ既読。


『分かってた?』


『たぶん嫌だろうなとは思った』


『でも話してくれた』


『隠すほうが嫌だろ』


『うん』


 少し間が空いた。


『隠されたら、かなり嫌だった』


『だから話した』


『ありがとう』


 ありがとう。


 その言葉に、少し胸の力が抜けた。


 リカは続けて送ってくる。


『聞いていい?』


『いい』


『もう交換した?』


『まだ。父さんから話を聞いただけ』


『交換する?』


『必要ならする』


 既読。


 少し間。


『そっか』


 そして、次。


『嫌だけど、必要なのは分かる』


 同じ言葉を、もう一度。


 リカは自分に言い聞かせているのだろう。


『リカ』


『うん』


『嫌なのは分かった。でも、調べるのはなし』


『しない』


『スマホ見せろもなし』


 少し間が空いた。


『求めたいけど求めない』


『偉い』


『スクショも求めない』


『かなり偉い』


『でも、最初のメッセージが来たら、内容だけ教えてほしい』


 俺は考えた。


 内容だけ。


 スクショを求めない。


 かなり譲歩している。


 美緒さんとのメッセージが完全に俺のプライベートだと言えば、リカに教える必要はない。


 でも、今の段階では、リカの不安を完全に遮断すると逆に危ない気もする。


 それに、最初の挨拶くらいなら話しても問題はないだろう。


『話せる範囲で』


 送る。


 すぐに返信。


『うん。それでいい』


 本当に、最近のリカは少しずつ聞けるようになっている。


 俺は続けた。


『内容によっては答えないこともある』


『分かった』


『その時に怒るなよ』


『怒らない。たぶん』


『たぶん』


『嘘はつきたくない』


『正直でよろしい』


 リカから、少しだけ間を置いて返信が来た。


『今、かなり不安』


『何点?』


『九十二』


『高いな』


『連絡先は強い』


『家に来るも強かったな』


『うん。家に来る、来客用コップ、連絡先。全部強い』


『強いもの多すぎるな』


『でも、位置共有は言わない』


『偉い』


『家の前にも行かない』


『偉い』


『美緒さんを検索しない』


『偉い』


『スマホを見せてって言わない』


『かなり偉い』


 リカの返信が止まった。


 しばらくして。


『悠真、今日いっぱい偉いって言う』


『実際偉いからな』


 また少し間。


『泣きそう』


『最近よく泣きそうになるな』


『悠真が優しいのが悪い』


『俺のせいにするな』


『だって、嫌だけど必要って言ったら、ちゃんと聞いてくれる』


『そりゃ聞く』


『そういうところがずるい』


 俺は少し笑った。


 いつもの「ずるい」が出た。


 少しだけ安心した。


     *


 翌朝、リカは曲がり角にいた。


 手には、昨日と同じメモ帳。


 ただし、表紙の文字が少し増えていた。


『質問は一日三個まで』

『スクショ要求禁止』

『質問代行禁止』

『検索禁止』

『連絡先交換で死なない』


 最後の一文が強すぎる。


「おはよう、リカ」


「おはよう、悠真」


「最後の項目は何だ」


「精神安定用」


「物騒だな」


「だって、連絡先交換って強いから」


「死なないだろ」


「死なない。だから書いた」


「書かないと死ぬのか」


「情緒が」


「面倒だな」


「知ってる」


 リカは苦笑した。


 でも、昨日の夜よりは少し落ち着いているように見えた。


 顔色確認も軽めだった。


「悠真、昨日は寝た?」


「寝た」


「何時?」


「十二時半」


「少し遅い」


「いろいろ考えてた」


「美緒さん?」


「まあ」


 リカの手がメモ帳を少し握った。


 だが、すぐに深呼吸した。


「質問、一個目」


「もう使うのか」


「朝に一個だけ」


「どうぞ」


「連絡先交換、いつするの?」


「たぶん今日か明日。父さんが紗枝さんに伝えて、それから美緒さんに渡るんだと思う」


「直接交換じゃないんだ」


「まだ会う予定がないからな」


「そっか」


 リカはメモ帳に何かを書いた。


「何て書いた?」


「直接ではない」


「そこも安心記録か?」


「うん。直接じゃないなら、まだ少し耐えやすい」


「その基準もよく分からない」


「直接会ってスマホを出し合って交換、は強すぎる」


「そういうものか」


「そういうもの」


 リカは真面目に頷いた。


 俺たちは並んで学校へ向かう。


 今日は、リカの距離が少しだけ近い。


 不安がある時、リカは近くなりがちだ。


 でも、今日は肩が触れるほどではない。


 ちゃんと調整している。


「距離、近いか?」


 リカが自分から聞いた。


「少し」


「じゃあ半歩」


 リカは本当に半歩だけ離れた。


「これくらい?」


「ちょうどいい」


「やった」


「今のはかなり偉い」


「朝から偉い多い」


「不安が高いわりに、ちゃんと聞けてるからな」


 リカは少しだけ嬉しそうにした。


「悠真に褒められると、連絡先交換への耐性が上がる」


「ゲームのバフみたいに言うな」


「悠真バフ」


「やめろ」


「でもある」


「言い方を変えろ」


「悠真補給」


「もっと悪い」


 リカは笑った。


 その笑い方はいつものリカに近かった。


 笑えるなら、まだ大丈夫だ。


     *


 昼休み。


 俺のスマホが震えた。


 父さんからだった。


『紗枝さんに伝えた。美緒さんにお前の連絡先を伝えることになった。問題があればすぐ言ってくれ』


 俺はその画面を見て、少しだけ息を吐いた。


 ついに来る。


 そう思った瞬間、向かいでパンを食べていた翔太が言った。


「黒瀬、顔」


「何だよ」


「今、何か来たな」


 リカの動きが止まった。


 紙パックのいちごミルクを持ったまま、俺を見る。


「美緒さん?」


「まだ。父さん」


「お父さん」


「紗枝さんに伝えたって」


 リカは一瞬、固まった。


 それから、ゆっくり紙パックを机に置いた。


「そっか」


 声は落ち着いていた。


 だが、手元は落ち着いていない。


 ストローの袋を何度も折り曲げている。


 翔太がそっと言った。


「天宮、呼吸」


「してる」


「浅い」


「……深呼吸する」


 リカは本当に深呼吸した。


 吸って、吐く。


 そして、俺を見る。


「質問、二個目、使っていい?」


「いい」


「美緒さんから来たら、悠真はすぐ返す?」


「内容によるけど、挨拶なら返す」


「そっか」


「嫌か?」


「嫌」


「正直だな」


「でも、返さないのも変だと思う」


「まあな」


「だから、返していい」


「リカの許可制じゃないけどな」


「あ、そうだね」


 リカは少し慌てた。


「ごめん。今の変だった。返していい、じゃなくて……返すのが普通だと思う」


「うん」


「でも嫌」


「分かった」


「分かってくれる?」


「ああ」


「じゃあ、少し大丈夫」


 翔太が横で感心したように言った。


「天宮、今日かなり頑張ってるな」


「頑張ってる」


「前なら黒瀬のスマホ画面を覗こうとしてたぞ」


「今もしたい」


「正直だな」


「でもしない」


「偉い」


 リカは少しだけ笑った。


「佐伯くんの偉いでも、今日はちょっと嬉しい」


「お、昇格した」


「少しだけ」


「少しでも成長だな」


 俺は弁当を開けた。


 卵焼きが入っている。


 リカの視線が、吸い寄せられる。


 しかし、すぐに戻した。


「今日は卵焼き、欲しいって言っていい?」


「いい」


「欲しいです。連絡先交換に耐えるための安心として」


「卵焼きがまた重い役割を背負ってるな」


「卵焼きの形をした安心だから」


「そのタイトル、まだ生きてたのか」


 俺は卵焼きを一切れ、リカの弁当箱に置いた。


 リカはそれを見て、ほっとした顔をした。


「ありがとう」


「ああ」


「悠真」


「何だ」


「連絡先交換しても、卵焼きはまだくれる?」


「卵焼きと連絡先は関係ないだろ」


「関係ある。あたしの中ではある」


「入ってたらやる」


「約束?」


「入ってたらな」


「それでいい」


 リカは卵焼きを大事そうに食べた。


 翔太が呆れ半分で言う。


「黒瀬の弁当、幼なじみ関係のインフラになってるな」


「やめろ。母さんが聞いたら困惑する」


「お前の家の卵焼き、今けっこう重要アイテムだぞ」


「重要にするな」


 リカは小さく笑った。


 その笑顔に、少しだけ余裕が戻っていた。


     *


 放課後、俺のスマホに新しい通知が来た。


 知らない番号ではない。


 メッセージアプリの新しい友達追加通知。


 三枝美緒。


 名前を見た瞬間、俺は一瞬立ち止まった。


 昇降口へ向かう途中だった。


 隣にいたリカが、すぐに気づく。


「来た?」


「……来た」


「美緒さん?」


「ああ」


 リカは、メモ帳をぎゅっと握った。


 でも、覗き込もうとはしなかった。


 それどころか、一歩だけ後ろへ下がった。


「見ない」


 自分に言い聞かせるように言った。


「見る?」


「見たい。でも見ない。悠真のスマホだから」


「リカ」


「うん」


「すごく偉い」


 リカの顔が少し歪んだ。


「今の、効く」


「効くのか」


「効く。ちょっと泣きそう」


「ここで泣くな」


「泣かない」


 俺はスマホを開いた。


 美緒さんから、メッセージが来ていた。


> 昨日はありがとうございました。

> 三枝美緒です。

> 急に距離を詰めるつもりはありませんが、今後の連絡のため、登録させていただきました。

> お母さんのことで気づいたことがあれば、教えてください。

> こちらからも、必要なことがあれば連絡します。

> よろしくお願いします。


 かなり美緒さんらしい文面だった。


 丁寧。

 距離を取っている。

 でも、母親のことはしっかり入っている。


 俺はしばらく画面を見つめた。


 リカは黙っている。


 翔太が少し離れた場所で、気を使っているのか何も言わない。


「リカ」


「うん」


「内容、話していいか?」


「うん。話せる範囲で」


「昨日のお礼。今後の連絡のために登録したこと。急に距離を詰めるつもりはないってこと。あと、紗枝さんのことで気づいたことがあれば教えてほしいって」


 リカは黙った。


 顔が複雑だった。


「お母さんのことなんだね」


「ああ」


「悠真に近づきたいって感じではない?」


「少なくとも文面は違う」


「そっか」


 リカはメモ帳を開かなかった。


 ただ、ゆっくり息を吐いた。


「美緒さん、やっぱりお母さんを守りたいんだ」


「たぶんな」


「それなら……少し分かる」


 リカは小さく言った。


「大事な人のことで気づいたことがあれば教えてほしいって、あたしも言いそう」


「言いそうだな」


「言うね」


「かなり」


「でも、美緒さんはちゃんと距離取ってる」


「そうだな」


「強い」


「またそれか」


「今日の強いは、ちょっと違う」


 リカは顔を上げた。


「美緒さん、ちゃんとしてる強さ」


「……そうかもな」


「嫌だけど、嫌いになれない」


「いいんじゃないか」


「いいの?」


「ああ」


「嫌だけど、嫌いになれないって、変じゃない?」


「リカらしい」


「それ、褒めてる?」


「たぶん」


 リカは少しだけ笑った。


 俺は美緒さんに返信を打った。


> こちらこそ、昨日はありがとうございました。

> 黒瀬悠真です。

> 俺もまだ戸惑うことが多いと思いますが、今後よろしくお願いします。

> 紗枝さんのことも、何かあれば父さんとも相談します。


 送信。


 リカは画面を見ていない。


 でも、俺が送ったのは分かったようだった。


「返した?」


「ああ」


「そっか」


「内容、聞くか?」


「今日は聞かない」


「いいのか?」


「もう三個使ったから」


「自分のルールを守るんだな」


「守る。ここで聞いたら、たぶん止まらなくなる」


「……偉い」


「今日は何点?」


 来ると思った。


 俺は少し考えた。


「九十六点」


 リカが目を見開いた。


「昨日より上?」


「ああ」


「なんで?」


「見たかったのに見なかった。スクショも求めなかった。内容を話せる範囲で聞いた。美緒さんの気持ちも少し考えた。三個ルールも守った」


「九十六」


「今日のリカは、かなり頑張った」


 リカは、しばらく黙った。


 そして、小さく言った。


「……やばい」


「何が」


「泣く」


「え」


「泣かないけど、泣く」


「どっちだ」


「泣きそう」


 リカは目元を押さえた。


 実際には泣いていない。


 でも、声は少し震えていた。


「悠真」


「うん」


「連絡先交換、嫌だった」


「ああ」


「本当に嫌だった。スマホ見たかったし、どんな文面か全部知りたかったし、スクショほしかったし、美緒さんが悠真に何て送ったか、何分に送ったか、どんな絵文字使ったかまで知りたかった」


「絵文字はなかった」


「そういう情報を今くれるのずるい」


「悪い」


「でも、見なかった」


「ああ」


「求めなかった」


「ああ」


「嫌だけど必要って、ちゃんと思えた」


「思えてた」


「それ、すごい?」


「すごい」


 リカは口元を押さえたまま、少し笑った。


「じゃあ、今日は九十六点の問題児」


「自慢するな」


「今日はする。ちょっとだけ」


「少しなら許す」


 リカは嬉しそうに頷いた。


     *


 帰り道、リカはいつもより少し静かだった。


 沈んでいるわけではない。


 むしろ、大きな山を越えたあとの静けさに近い。


 連絡先交換。


 美緒さんからのメッセージ。


 俺からの返信。


 その全部が、リカにとってはかなり大きなことだったはずだ。


 それでも、リカはちゃんと止まった。


「悠真」


「うん」


「美緒さんと連絡先交換したら、何か変わるかな」


「すぐには変わらないと思う」


「そっか」


「たぶん、必要な時に連絡するくらいだろ」


「うん」


「それに、美緒さんも急に距離を詰めるつもりはないって言ってるし」


「そこ、ちょっと安心した」


「だろうな」


「でも、ちょっと刺さった」


「何が?」


「急に距離を詰めるつもりはありません、って」


 リカは苦笑した。


「あたし、急に距離詰めすぎるから」


「自覚があるんだな」


「あるよ。最近ありすぎて困る」


「困るくらいでちょうどいい」


「悠真、厳しい」


「必要だろ」


「うん。必要」


 リカは少しだけ笑った。


「美緒さんの文章、ちゃんとしてるね」


「かなり」


「絵文字ないんだ」


「なかった」


「あたし、絵文字多い?」


「多い時は多い」


「控えたほうがいい?」


「リカはリカでいいだろ」


 言ってから、しまったと思った。


 リカが足を止める。


「悠真」


「何だ」


「今の、ずるい」


「今日は何回目だ」


「今日一番」


「そうか」


「美緒さんがちゃんとしてる文章で来たあとに、リカはリカでいいって言うの、ずるい」


「比較したつもりじゃない」


「分かってる。でも嬉しい」


 リカは少しだけ照れたように笑った。


「じゃあ、あたしは絵文字多めでもいい?」


「ほどほどなら」


「位置共有の絵文字は?」


「そんな絵文字あるのか」


「地図とかピンとか」


「やめろ」


「はい」


 いつもの調子が戻ってきた。


 分かれ道で、リカは立ち止まった。


「悠真」


「うん」


「今日、話してくれてありがとう」


「隠すと怖いからな」


「それもあるけど」


 リカは俺を見た。


「ちゃんと話してくれたから、あたしもちゃんと我慢できた」


「そうか」


「うん」


「じゃあ、明日もちゃんと話す」


「美緒さん関連?」


「必要なら」


「三個まで?」


「三個まで」


「分かった」


 リカは嬉しそうに笑った。


「明日もいつもの場所?」


「ああ」


「幼なじみはまだ有効?」


「有効」


「連絡先交換されても?」


「されても」


「家族候補でも?」


「家族候補でも」


「重くても?」


「条件つきで」


「聞く。止まる。悠真のためって言う前に悠真に聞く。怖くなりそうなら一回止まる。家の前で偶然を装わない。質問代行禁止。スクショ要求禁止」


「増えたな」


「追加条件」


「よし」


 リカは満足そうに頷いた。


 そして手を振る。


 今日は一度だけ振り返った。


 俺が手を上げると、それだけで満足したように笑って帰っていった。


     *


 夜。


 美緒さんからの返信はなかった。


 たぶん、必要なやり取りだけで終わらせるつもりなのだろう。


 リカからは来た。


『今日は九十六点』


 俺は返信する。


『九十六点だったな』


『美緒さんのメッセージ、まだ気になる』


『だろうな』


『でもスクショは求めない』


『偉い』


『内容も、今日はもう聞かない』


『偉い』


『絵文字がなかった情報はもらった』


『それは言ったな』


『あたしは絵文字使っていい?』


『ほどほどに』


 すぐに、リカから大量の絵文字が一列で送られてきた。


 俺は少し笑った。


『多い』


『調子に乗った』


『減点』


『何点?』


『九十四点』


『下がった』


『絵文字過多』


『でも九十点台』


『今日は頑張ったからな』


 少し間が空いた。


『悠真』


『何だ』


『美緒さんと連絡先交換しても、今日ちゃんと眠れそう』


 俺は画面を見つめた。


 リカにとって、それはかなり大きい言葉だ。


『よかったな』


『うん』


『明日も聞く前に深呼吸する』


『そうしてくれ』


『おやすみ、悠真』


『おやすみ』


 スマホを置く。


 俺は天井を見上げた。


 美緒さんとの連絡先交換。


 リカの不安。


 父さんの再婚話。


 少しずつ、俺の日常の中に新しい線が引かれていく。


 だが、その線はまだはっきりしていない。


 家族になるかもしれない人。

 義妹になるかもしれない人。

 それを嫌だけど必要だと受け止めようとしている幼なじみ。


 普通の青春とは、やっぱりかなり違う。


 でも、今日のリカは九十六点だった。


 少し重くて、少し怖くて、それでもちゃんと止まれた。


 それは、かなり悪くない。



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