第17話 顔合わせ翌朝、幼なじみギャルの質問は止まらない
顔合わせの翌朝、俺は少し早く家を出た。
理由は分かっている。
リカが、いつもの曲がり角にいるからだ。
いや、いつもいる。
それはもう分かっている。
けれど今日は、いつもの朝とは少し違う。
昨日、俺は父さんの再婚相手になるかもしれない紗枝さんと、その娘である三枝美緒さんに会った。
義妹候補。
静かで、礼儀正しくて、清楚系で、そして人をよく見ている女の子。
そのことを、昨夜リカに話した。
リカはちゃんと待った。
家の前にも来なかった。
駅にも来なかった。
検索もしなかった。
位置共有も言わなかった。
そのかわり、今朝は絶対に質問が来る。
それも大量に来る。
俺は玄関を出る前から、すでに覚悟していた。
「行ってきます」
台所で洗い物をしていた父さんが顔を出す。
「ああ、行ってらっしゃい。昨日のことで学校中に気を取られすぎるなよ」
「分かってる」
「天宮さんにも、よろしく言っておいてくれ」
「なんで父さんがリカによろしく言うんだよ」
「昨日、お前が少し落ち着いていたのは、たぶん彼女と話したからだろう」
「……まあ」
「なら、礼くらい言っておくべきだ」
「本人に言ったら調子に乗るぞ」
「それは困るな」
父さんは真顔で言った。
分かっているらしい。
俺は少し笑って、家を出た。
朝の空気はまだ少し冷たい。四月も終わりに近づいているが、朝は薄い上着がほしくなる日がある。
通学路を歩きながら、昨日の美緒さんの声を思い出した。
『しばらくは黒瀬さんで』
あの言葉を聞いた時、俺は正直かなり安心した。
兄さんではなかった。
リカに報告したら、電話越しにものすごく安堵していた。
それもどうなんだと思うが、俺も安心したので強くは言えない。
曲がり角が見えてきた。
リカは、いた。
立っていた。
ただし、いつもとは様子が違った。
制服姿なのはいつも通り。髪もいつも通り明るく、リボンも少しだけ緩い。
だが、手に何かを持っている。
小さなメモ帳。
しかも、その表紙にはペンで大きくこう書かれていた。
『質問は一日三個まで』
俺は足を止めた。
リカは俺に気づくと、ぱっと顔を上げた。
「おはよう、悠真」
「おはよう」
「顔色は……昨日より少し寝不足寄り。でも倒れるほどではない。歩幅は普通。肩に力が入ってる。緊張が残ってる」
「朝の挨拶から診断するな」
「軽めにした」
「どこがだよ」
リカは胸の前にメモ帳を掲げた。
「今日は、質問を一日三個までにします」
「自分でルール化するな」
「しないと止まらない」
「そんなに聞きたいことがあるのか」
「あるよ!」
リカは即答した。
そして慌てて口を押さえる。
「ごめん。声大きかった」
「まあ、想定内だ」
「聞きたいこと、昨日の夜から数えたら二十七個あった」
「多い」
「朝起きたら三十二個になってた」
「増えるな」
「夢で増えた」
「夢まで使うな」
リカはメモ帳を開いた。
ちらっと見えただけで、細かい文字がびっしり並んでいる。
俺は少し怖くなった。
「リカ」
「うん」
「それ、まさか全部質問?」
「質問候補」
「候補でも怖い」
「でも聞かない。今日は三個まで」
「なぜ三個?」
「一個だと足りない。五個だとたぶん止まらない。三個なら、普通寄りの重さかなって」
「普通寄りの重さって何だ」
「悠真に嫌われない範囲の重さ」
「嫌われる前提で調整するな」
リカは少しだけ目を伏せた。
「だって、昨日のこと聞きたい。でも聞きすぎたら、悠真が疲れる」
「まあ、疲れるかもしれない」
「だから、選んだ」
「三十二個から?」
「うん。今のところ、最終候補が八個」
「まだ絞れてないじゃないか」
「学校着くまでに三個にする」
「通学路が選考会みたいになってる」
俺たちは歩き出した。
リカは横を歩きながら、メモ帳と俺の顔を交互に見ている。
明らかに聞きたい顔をしている。
聞きたくて仕方ないが、我慢している顔だ。
昨日のリカは九十五点だった。
ちゃんと待って、調べず、俺の話を聞いた。
だから今朝も、かなり頑張っているのだろう。
そう思うと、少しだけ優しくしてやりたくなる。
しかし、優しくしすぎると質問が増える。
このバランスが難しい。
「悠真」
「何だ」
「今、聞いていい?」
「一個目か?」
「うん。一個目」
「慎重に選べよ」
「分かってる」
リカはメモ帳を見つめた。
そして、なぜか深呼吸する。
「一個目」
「ああ」
「美緒さんは、悠真のこと本当に『黒瀬さん』って呼んだ?」
「そこからか」
「大事」
「呼んだ。黒瀬さんだった」
「一回だけ?」
「何回か」
「兄さんは?」
「呼んでない」
「悠真さんは?」
「呼んでない」
「黒瀬悠真さんは?」
「最初の挨拶の時は、俺が自分で黒瀬悠真ですって名乗ったけど、美緒さんは黒瀬さん」
「……そっか」
リカはメモ帳に何かを書いた。
「何を書いた」
「黒瀬さん継続」
「記録するな」
「これは安心記録だから」
「なんだそれ」
「不安になった時に見る。『まだ兄さんじゃない』って」
「そこまで重要なのか」
「重要だよ。兄さんは強い。悠真さんも結構強い。黒瀬さんは距離があるからまだ耐えられる」
「耐える基準がおかしい」
「でも、美緒さんがちゃんと距離を取ってるってことでしょ?」
俺は少し驚いた。
リカは真面目な顔をしていた。
「まあ、そうだな。美緒さんも急に妹扱いされるのは困るって言ってた」
「それ、昨日も聞いたけど、いい子っぽくて困る」
「困るのか」
「うん。いい子なら嫌いになれない」
「嫌いになる前提で考えるなって言っただろ」
「分かってる。でも、心が追いつかない」
リカはメモ帳を閉じた。
「でも一個目、聞けた。ありがとう」
「ああ」
「あと二個」
「まだ朝の通学路だぞ」
「だから選ぶ」
リカはまた真剣にメモ帳を見始めた。
俺は思わずため息をつく。
でも、嫌ではなかった。
質問を選んでいるリカは、以前よりかなりまともだ。
少なくとも、勝手に調べたり、家の前に現れたりはしていない。
その努力は、ちゃんと見てやりたい。
「リカ」
「うん?」
「今のところ、かなり頑張ってる」
リカが固まった。
「え」
「質問を選んでるところ」
「……ほんと?」
「ああ」
「今日、もう褒められた」
「一個目で調子に乗るなよ」
「乗りたいけど乗らない。あと二個あるから」
リカは少し嬉しそうに笑った。
*
教室に入ると、翔太がすぐこちらを見た。
「おはよう。……天宮、何そのメモ帳」
「質問は一日三個までメモ」
「お前ら、また新しい制度作ってんのか」
「リカが勝手に作った」
「だって止まらないから」
翔太は一瞬、俺を見る。
そして察したように頷いた。
「ああ、昨日の顔合わせか」
「そう」
リカは真剣な顔で頷いた。
「聞きたいことが三十二個ある」
「多いな」
「でも三個まで」
「それは偉い」
「でしょ?」
リカが少し得意げになる。
翔太は笑いながら言った。
「で、一個目は?」
「呼び方」
「兄さんじゃなかった?」
「黒瀬さん」
「おお、よかったな」
「よかった」
リカは本当に安心した顔をした。
翔太が俺を見る。
「美緒さん、黒瀬さん呼びか。距離感としてはかなりまともだな」
「そうだな」
「どんな子だった?」
翔太が普通に聞いた瞬間、リカの肩がぴくっと動いた。
「佐伯くん」
「何」
「それ、あたしの質問候補に入ってる」
「知らねえよ」
「でも一日三個までだから」
「俺が聞いて黒瀬が答えたら、それはカウント外?」
リカが固まった。
そして真剣に考え始めた。
「……ルールの穴」
「見つけるな」
俺が言うと、翔太は吹き出した。
「黒瀬、今のは俺が悪かった。天宮に抜け道を与えるところだった」
「危ないからやめろ」
リカは不満そうだった。
「でも、佐伯くん経由なら聞けるのでは?」
「聞けない」
「だめ?」
「だめ」
「じゃあ、質問代行禁止って書いとく」
リカはメモ帳に何かを書いた。
翔太が腹を抱えて笑う。
「天宮、真面目にバグってるな」
「バグってるって言わないで」
「褒めてる」
「どこが?」
「いや、すごいと思うぞ。自分の暴走にルール作って、穴まで塞いでる」
「それは……ちょっと偉い?」
「偉い」
翔太が言うと、リカは微妙な顔をした。
「佐伯くんに言われても、そこそこ」
「そこそこ嬉しいなら十分だろ」
俺は鞄を置きながら、少し笑った。
教室の空気はいつも通りだった。
中村や田辺もいる。宮原さんは別クラスだからいない。レイナは女子たちと話している。
そんな日常の中に、昨日の顔合わせの話が混ざっている。
美緒さんはまだこの教室にいない。
俺の家に来ただけで、学校生活には直接入ってきていない。
それなのに、存在感だけは確かにある。
特にリカにとっては。
*
二時間目が終わった休み時間。
リカは俺の机の横へ来た。
メモ帳を持っている。
「二個目、聞いていい?」
「もう聞くのか」
「我慢した」
「一時間しか経ってない」
「一時間も我慢した」
「尺度が違う」
リカは真剣だった。
「二個目」
「ああ」
「美緒さんは、悠真の家の中で笑った?」
俺は予想していなかった質問に、少し黙った。
可愛かったか。
清楚系だったか。
兄さんと呼んだか。
部屋を見たか。
そういう質問が来ると思っていた。
だが、リカが選んだのはそこだった。
「笑ったか」
「うん」
「少しだけ」
リカの目が揺れた。
「どこで?」
「父さんが緊張しすぎて、お茶を出す時にコップの向きを何回も直してた時」
「黒瀬お父さん」
「その呼び方はやめろ」
「ごめん。悠真のお父さん」
「美緒さんは、紗枝さんと父さんのやり取りを見て、少し笑ってた。あと、家が普段より片づいてるって話をした時も、少し」
「そっか」
リカはメモ帳に何かを書いた。
「家の中で笑った、って書いたのか?」
「うん」
「それは不安記録か?」
「違う」
リカは少しだけ首を振った。
「これは、たぶん大事な記録」
「何が?」
「美緒さんが、悠真の家でずっと警戒してただけじゃなかったってこと」
俺はリカを見た。
リカはメモ帳を閉じ、少しだけ目を伏せた。
「昨日は、家に来るって聞いてめちゃくちゃ不安だった。水色のスリッパとか、来客用コップとか、生活圏最深部とか、全部強いって思った」
「うん」
「でも、美緒さんも緊張してたんだよね」
「たぶん」
「悠真の家で少し笑えたなら、少しは安心したのかなって」
その言葉は、リカにしてはかなり穏やかだった。
美緒さんをただの強敵として見ていない。
ちゃんと、不安を抱えた女の子として見ようとしている。
「リカ」
「ん?」
「今のはかなり偉い」
リカが固まった。
「かなり?」
「ああ。質問の選び方が前よりずっとよかった」
「ほんと?」
「本当」
リカの顔がじわっと明るくなった。
「やった」
「調子に乗るなよ」
「乗りたい。でも乗らない。あと一個あるから」
「三個制、意外と機能してるな」
「でしょ?」
リカは嬉しそうにメモ帳を胸に抱えた。
その時、後ろの席の翔太が小声で言った。
「黒瀬、天宮めちゃくちゃ成長してね?」
「俺も今そう思った」
「前なら『美緒さんは家の中でどこに座った? 距離は? コップは? 視線は?』って聞いてたぞ」
「聞くな。想像できる」
リカがこちらをじとっと見た。
「聞こえてる」
「悪い」
「でも、聞きたいことリストには入ってる」
「入ってるのか」
「でも今日は聞かない」
「偉い」
リカは、今度こそ素直に笑った。
*
昼休み。
リカは三個目の質問をまだ使っていなかった。
俺としては、放課後まで取っておくのかと思っていた。
だが、弁当を開けた瞬間、リカは俺の隣に座りながら言った。
「三個目、今聞いていい?」
「卵焼きを見ながら?」
「卵焼きは別枠」
「別枠にするな」
今日は卵焼きが入っていた。
リカはそれを見ると、少しだけ安心したような顔をした。
最近、うちの卵焼きはリカの精神安定剤みたいな役割を持ち始めている。
正直、卵焼きが背負うには重い。
「欲しいのか?」
「欲しい。でも、三個目を聞いてから」
「順番があるんだな」
「ある」
リカはメモ帳を開かなかった。
もう決めているらしい。
「三個目」
「ああ」
「悠真は、美緒さんと会って、どう思った?」
俺は箸を止めた。
リカは、まっすぐ俺を見ていた。
これはたぶん、リカが一番聞きたかった質問だ。
美緒さんの情報ではなく。
俺がどう感じたか。
昨日も、そこを聞きたいと言っていた。
「どう思ったか」
「うん」
「正直に?」
「正直に」
「重くならないか?」
「重くなるかも。でも聞きたい」
「分かった」
俺は少し考えた。
昨日の美緒さんを思い出す。
個室での挨拶。
黒瀬さんという呼び方。
断るのが苦手かと聞かれたこと。
大丈夫と言う前の間を見抜かれたこと。
家の中で少し笑ったこと。
玄関で「観察期間」と言ったこと。
「最初は、かなり緊張した」
「うん」
「礼儀正しいし、静かだったけど、すごく見られてる感じがした」
「うん」
「少し怖かった」
「……うん」
「でも、悪い子じゃなさそうだった」
リカは黙って聞いている。
「母親を大事にしてるんだと思う。紗枝さんが無理してないか、父さんがちゃんとした人か、俺がどういうやつか、それを見てたんだと思う」
「うん」
「だから、美緒さんの観察は、俺に向いてるというより、紗枝さんを守るためなんだと思った」
リカの表情が、少しだけ変わった。
「守るため」
「ああ」
「そっか」
「リカが俺を心配するのと、似てるかもしれない」
「……あたしと?」
「方向は違うけどな」
「どう違う?」
「リカは近づきすぎる。美緒さんは距離を保ったまま見てる」
「それ、どっちが怖い?」
「質問がずるい」
「気になる」
「種類が違うって言っただろ」
リカは少しだけ唇を尖らせた。
けれど、すぐに頷いた。
「うん。今のは踏み込みすぎかも」
「少しな」
「でも、答えてくれてありがとう」
「ああ」
「美緒さん、悪い子じゃなさそうなんだ」
「今のところは」
「そっか」
リカは、少しだけ息を吐いた。
「嫌いになれないね」
「まだ会ってもないだろ」
「でも、悠真の話を聞いてたら、嫌いになる相手じゃなさそうだなって思った」
「それはいいことじゃないか」
「いいこと。だけど、不安も減らない」
「だろうな」
「でも、前より少しだけ違う不安になった」
「違う不安?」
「美緒さんが強敵だから怖い、じゃなくて」
リカは少し考えた。
「美緒さんも大事な人を守りたい子なら、あたしはどう接すればいいんだろうって不安」
俺は少し驚いた。
リカは美緒さんと自分を比べているだけではない。
会ったこともない美緒さんに対して、どう向き合うかを考え始めている。
それは、かなり大きな変化だった。
「リカ」
「うん」
「今のは今日一番偉い」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、卵焼きもらっていい?」
「そこで卵焼きに戻るのか」
「安心がほしい」
「正直だな」
俺は卵焼きを一切れ、リカの弁当箱の端に置いた。
リカはそれを大事そうに見つめた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「悠真」
「何だ」
「今日、三個で止まった」
「ああ。止まったな」
「すごくない?」
「すごい」
「九十点台?」
「まだ昼だから途中点だけど、九十二点くらい」
リカの顔がぱっと明るくなった。
「やった」
向かいでパンを食べていた翔太が言った。
「天宮、本当に成長したな。質問三個で九十二点とか、昔の天宮に聞かせたらびっくりするぞ」
「昔っていつ」
「GPS提案してた頃」
「最近じゃん」
「濃すぎて昔に感じるんだよ」
俺は笑いそうになった。
確かに、あれは少し前のことなのに、ずいぶん前に感じる。
リカが位置共有アプリを提案してきた朝。
そこから、ずいぶん遠くまで来た気がする。
いや、距離としては大したことはない。
曲がり角から学校まで。
教室から保健室まで。
駅前の時計台まで。
公園のベンチまで。
そのくらいの範囲だ。
でも、リカは確かに少し変わった。
俺も、たぶん少し変わった。
*
放課後、リカは自分から言った。
「今日、三個使い切ったから、義妹関連の追加質問はしません」
「義妹関連って言い方」
「美緒さん関連?」
「そっちのほうがいい」
「じゃあ、美緒さん関連の追加質問はしない」
「偉い」
「でも、話したくなったら聞く」
「それは質問じゃないのか?」
「質問じゃなくて、感想ならセーフ」
「ルールを自分に都合よく解釈するな」
リカは少し笑った。
「じゃあ、感想も一個だけ」
「まあ、一個くらいなら」
俺たちは並んで校門を出た。
夕方の風はやわらかかった。
昨日の緊張感が少しだけ抜けて、今日は空の色まで軽く見える。
リカはしばらく歩いてから言った。
「美緒さん、嫌いにならないようにしたい」
俺は横を見る。
リカは前を見ている。
「まだ会ってないけど、悠真の話を聞いたら、悪い子じゃなさそうだった。お母さんを守ろうとしてる感じも、ちょっと分かる」
「うん」
「でも、不安はある」
「うん」
「だから、嫌いになることで楽になろうとしないようにしたい」
その言葉は、リカにしてはかなり大人びていた。
「リカ」
「ん?」
「今日、本当にすごいな」
「え」
「今のは九十五点級」
リカが足を止めた。
「九十五点?」
「昨日と同じくらい」
「ほんと?」
「本当」
「美緒さんを嫌いにならないようにしたい、で?」
「それが言えるのはすごい」
リカは少しだけ目を伏せた。
「だって、嫌いになったほうが簡単そうだった」
「簡単か?」
「うん。美緒さんは強敵。義妹候補。悠真の家に入ってくる人。だから嫌い。そう決めたほうが、あたしは楽だったと思う」
「うん」
「でも、それやったら、たぶん悠真が困る」
「困るな」
「あと、美緒さんにも失礼」
「そうだな」
「だから、嫌いにならないようにする。すぐ仲良くはできないかもしれないけど」
「それでいいと思う」
リカは少しだけ笑った。
「悠真にそれでいいって言われると、安心する」
「便利な安心材料になってるな、俺」
「すごく便利」
「そこは否定しろ」
「ごめん。便利で大事」
「足したらいいわけじゃない」
リカは笑った。
いつもの笑い方だった。
それが少し嬉しかった。
分かれ道まで来ると、リカは立ち止まった。
「今日、最終点は?」
「九十五点」
「昼から維持?」
「維持どころか、最後で加点」
「やった」
「質問三個で止まった。美緒さんを嫌いにならないようにしたいって言った。俺の感じたことをちゃんと聞いた」
「うん」
「今日はかなり成長した」
リカは、少しだけ泣きそうな顔をした。
「悠真」
「何だ」
「今日、めちゃくちゃ褒めるじゃん」
「褒めるところが多かったからな」
「ずるい」
「それも久しぶりに聞いた気がする」
「毎日言ってるよ」
「そうだったか?」
「うん。たぶん」
リカは小さく笑った。
「明日も三個までにする?」
「美緒さん関連はそれくらいで頼む」
「じゃあ、通常質問は?」
「通常質問?」
「顔色、朝ごはん、睡眠時間」
「それは一個ずつが短いなら許可」
「やった」
「位置共有は?」
「言わない」
「家の前は?」
「行かない」
「検索は?」
「しない」
「美緒さんを敵扱いは?」
「しない。未知の存在から、少しだけ人間になった」
「何その表現」
「今日、悠真の話を聞いたから」
リカはそう言って、少しだけ照れたように笑った。
「じゃあ、また明日。いつもの場所で」
「ああ」
「幼なじみは、まだ有効?」
「有効」
「家族じゃなくても?」
「家族じゃなくても」
「重くても?」
「条件つきで」
「聞く。止まる。悠真のためって言う前に悠真に聞く。怖くなりそうなら一回止まる。家の前で偶然を装わない。質問代行禁止」
「最後の二つが増えたな」
「追加条件」
「よし」
リカは笑って手を振った。
今日は二度振り返った。
一度目は、俺がいるかの確認。
二度目は、たぶん九十五点をもらった自分が本当に帰っていいのかの確認。
俺は二度とも手を上げた。
リカは満足そうに笑って、駅のほうへ歩いていった。
*
夜、リカからメッセージが来た。
『今日は三個で止まった』
俺は返信する。
『止まったな』
『九十五点』
『九十五点』
『明日、調子に乗らないようにする』
『それがいい』
『でも嬉しい』
『それはいい』
『美緒さんのこと、まだ不安』
『知ってる』
『でも、嫌いにならないようにする』
『偉い』
少し間が空いた。
『悠真が美緒さんを悪い子じゃなさそうって言ったの、ちょっと刺さった』
俺は画面を見つめる。
やっぱり、そこは刺さっていたのか。
リカから続けて来る。
『でも、悠真がちゃんとどう思ったか話してくれたのは嬉しかった』
『隠すとあとが怖いからな』
『怖いって言わないで』
『でも本当だろ』
『うん』
少しして、リカが送ってきた。
『でも、ちゃんと話してくれたら、あたしもちゃんと聞ける気がする』
俺は少し考えてから返信した。
『今日、ちゃんと聞けてた』
既読。
かなり間が空いた。
『泣きそう』
『泣きすぎじゃないか』
『今日は本当に泣きそうだった』
『泣いてもいいだろ』
送ってから、少し恥ずかしくなった。
リカからの返信は遅かった。
『悠真、今日優しすぎる』
『明日は厳しくする』
『やだ』
『調子に乗ったら厳しくする』
『じゃあ乗らない』
『偉い』
『また偉い』
そのあと、リカから最後のメッセージが届いた。
『おやすみ、悠真。明日も普通寄りで聞く』
俺は返信する。
『おやすみ。三個までな』
『うん。三個まで』
スマホを置く。
部屋の中は静かだった。
父さんはリビングで何か書類を見ている。たぶん、紗枝さんとの今後のことだろう。
家族の話は、まだ続く。
美緒さんとの距離も、これから少しずつ変わっていくのだと思う。
そしてリカは、明日も曲がり角にいる。
質問を三個に絞ったメモ帳を持って。
少し重くて、少し怖くて、でも少しずつ人の不安を想像できるようになっている幼なじみギャル。
普通の青春とは、たぶんずいぶん違う。
でも、今日の九十五点のリカは、かなり悪くなかった。




