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『サイコパスな幼なじみギャルが俺を好きすぎて、GPSを持たせようとしてくる。義妹も先輩も倫理観がバグっているので、俺の青春が毎日修羅場です』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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13/20

第13話 幼なじみギャル、新しい家族に警戒する

 翌朝、リカはいつもの曲がり角にいた。


 ただし、いつものリカではなかった。


 金色に近い髪。少し緩めた制服のリボン。鞄の紐を片手で握る立ち姿。そこまでは普段と同じだ。


 けれど、目が違った。


 俺が近づくと、リカはすぐに笑った。


「おはよ、悠真」


「おはよう」


 声も明るい。


 けれど、その明るさがほんの少しだけ上滑りしている。


 リカは、こういう時ほど分かりやすい。


 俺の顔色や歩幅を読むのが得意なくせに、自分の不安を隠すのはそこまで上手くない。


「今日、顔色は……うん、普通寄り。寝た?」


「寝た」


「何時?」


「十二時くらい」


「スマホは?」


「少し」


「何を見てたかは聞かない」


「偉い」


「でも聞きたい」


「正直だな」


「正直に言う練習中だから」


 リカはそう言って笑った。


 その笑顔は、やっぱり少しだけ固かった。


 俺たちは並んで歩き出した。


 距離は、最近ではかなり安定している。


 近すぎず、遠すぎず。


 いわゆる、普通寄りのリカ。


 ただ、リカはずっと俺の横顔をちらちら見ていた。


 何かを聞きたい。

 でも、聞き方を探している。


 そんな顔だった。


「リカ」


「ん?」


「聞きたいことあるなら聞けばいいだろ」


 リカは一瞬、ぱっと顔を上げた。


 それから、少し気まずそうに目を逸らす。


「まだ何も言ってないのに分かるの、ずるい」


「お前ほどじゃない」


「あたしの顔、そんなに出てた?」


「出てた」


「そっか」


 リカは少しだけ黙った。


 朝の通学路には、いつものように学生や会社員が歩いている。自転車が横を通り過ぎ、電柱の影が細く道路に伸びていた。


 リカは、しばらくしてから口を開いた。


「義妹になるかもしれない子のこと、聞いていい?」


「いい。ただし、俺もほとんど知らない」


「うん。答えられる範囲でいい」


 その言い方は、昨日までのリカよりずっと慎重だった。


「名前は美緒さんって言ったよね」


「ああ。三枝美緒さん」


「高校一年生」


「そう」


「学校は?」


「知らない」


「顔は?」


「まだ見てない」


「写真も?」


「見てない」


「性格は?」


「父さんから聞いた限りだと、真面目で礼儀正しいらしい」


「清楚系?」


「知らない」


「でも真面目で礼儀正しいなら清楚系っぽい」


「勝手に属性をつけるな」


「だって、義妹で清楚系って強いじゃん」


「何の強さだよ」


 リカは真顔だった。


「ラブコメ的に」


「現実の家庭事情をラブコメの役職で見るな」


「でも強いよ。義妹。家の中にいる。朝も夜もいる。ご飯も一緒。悠真の寝癖も見られる。寝起きの声も聞ける。場合によっては洗面所の順番待ちとか発生する」


「具体的に想像するな」


「するよ。するに決まってるじゃん」


 リカの声が少しだけ強くなった。


 俺は横を見る。


 リカは、すぐに「あ」と小さく言って口を押さえた。


「ごめん。今ちょっと怖い寄りだった」


「いや、怖いというより焦ってる寄り」


「焦ってる」


「焦ってるだろ」


「……焦ってる」


 リカは認めた。


 そして、歩きながら小さく息を吐いた。


「だって、家族って強いじゃん」


 昨日の夜にも送ってきた言葉だった。


 家族って強い。


 リカにとって、それは冗談ではないらしい。


「幼なじみも強いだろ」


「強いよ。強いけど、家族とは違う」


「そりゃ違う」


「幼なじみは、帰る家が別じゃん」


「まあ」


「朝は一緒に行ける。帰りも一緒に帰れる。休日に会える。メッセージもできる。でも、家のドアの内側には入れない」


「リカは何度か入ってるだろ」


「あれは遊びに行っただけ。家族じゃない」


 リカは真面目だった。


「家族は、帰ったらそこにいるんだよ。『ただいま』の中に入れる。ご飯の匂いの中にいる。テレビの音の中にいる。廊下の足音とか、洗面所の歯ブラシとか、そういうところに入れる」


 俺は返事ができなかった。


 リカの言葉は、妙に具体的だった。


 義妹ができるということを、俺よりも生活の距離で想像している。


 俺はまだ、父さんの再婚という大きな言葉の輪郭を追っている段階だった。


 でもリカは違う。


 家の中にいる女の子。


 俺の生活の内側に入ってくる誰か。


 そこを想像して不安になっている。


「リカ」


「うん」


「まだ一緒に暮らすって決まったわけじゃない」


「うん。分かってる」


「顔合わせもこれからだ」


「うん」


「俺だって、どうなるか分からない」


「うん」


 リカは頷いた。


 頷いたが、不安は消えていない。


「分かってるけど、不安は別」


「昨日も言ってたな」


「たぶん、これから何回も言う」


「正直だな」


「うん。あたし、今めちゃくちゃ不安」


 朝の通学路で、リカはまっすぐ言った。


 それは少し重い。


 でも、以前のように勝手に動くよりずっといい。


 俺は少し考えてから言った。


「不安なのは分かった」


「うん」


「でも、美緒さんを敵みたいに見るなよ」


 リカの肩が小さく揺れた。


「……敵って思ってない」


「本当に?」


「思ってない。まだ会ってないし。悪い子って決まったわけじゃないし。悠真の新しい家族になるかもしれない子だし」


「うん」


「でも、強敵だとは思ってる」


「そこは譲らないのか」


「譲れない」


 リカは真剣だった。


「だって、家族だもん」


 その声は、少しだけ寂しそうだった。


 俺は言葉を探した。


 何を言えば、リカは安心するのだろう。


 義妹ができても何も変わらない、とは言えない。


 実際、何かは変わる。


 父さんが再婚する。新しい家族が増えるかもしれない。生活の形も、家の空気も変わるかもしれない。


 でも、それでリカとの関係が急になくなるわけでもない。


「リカ」


「うん」


「幼なじみは、家族じゃない」


 リカの顔が少し曇った。


 俺は続ける。


「でも、だからって薄い関係ってわけじゃないだろ」


「……」


「小学校の時から一緒に登校して、俺が寝不足だと歩幅でバレて、風邪ひくと感染経路を特定されかけて、位置共有アプリを提案されて、謝罪文兼改善計画書まで渡された幼なじみは、さすがに急になくならない」


 リカはぽかんとした。


 それから、少しずつ顔が赤くなる。


「悠真」


「何だ」


「それ、安心していいやつ?」


「安心していいやつ」


「ずるい」


「今日は早いな」


「ずるいよ。だって今、あたしの変なところ全部並べたのに、最後に急になくならないって言った」


「実際そうだろ」


「そうだけど」


「美緒さんが来ても、リカが急に知らない人になるわけじゃない」


 リカは黙った。


 その顔が、少しだけ緩む。


「じゃあ、明日も迎えに来ていい?」


「今日聞くのか」


「大事」


「いい」


「顔合わせの日も?」


「その日は予定次第だろ」


「そっか」


「でも、顔合わせがあるからって、リカが幼なじみじゃなくなるわけじゃない」


 リカは足を止めた。


 俺も少し遅れて止まる。


 リカは俺を見た。


 朝の光の中で、金色の髪が少し揺れる。


「悠真、今日優しすぎない?」


「そうか?」


「優しい。心臓に悪い」


「どっちだよ」


「優しすぎて心臓に悪い」


「なら少し厳しくするか」


「しないで」


 リカは慌てて言った。


 その反応がおかしくて、俺は少し笑った。


「でも、質問はほどほどにな」


「うん」


「美緒さんのことを勝手に調べるのはなし」


「しない」


「SNS検索とか」


「……しない」


「今、少し間があったぞ」


「だって、名前と年齢と高校一年生って情報があると、検索できそうだなって思った」


「するな」


「しない。今、言った。したいけどしない」


「偉い」


「今日、あたし偉い?」


「今のは偉い」


 リカは少しだけ嬉しそうにした。


「じゃあ、今日ここまで何点?」


「八十点」


「低くない?」


「朝から義妹への警戒心が強い」


「それは減点?」


「減点」


「でも検索しないって言った」


「加点」


「で、八十?」


「高いほうだろ」


「昨日八十八点だった」


「昨日とは競うな」


「競っちゃう」


「点数制をそろそろ見直すか」


「やだ。分かりやすい」


「まあ、今日は八十点で」


「じゃあ、学校で挽回する」


 リカは小さく拳を握った。


「義妹のこと、聞きすぎない」


「それが一番だな」


「でも、一個だけ聞いていい?」


「何だ」


「美緒さんって、悠真のこと何て呼ぶんだろうね」


「知らない」


「黒瀬さん? 悠真さん? 兄さん?」


「最後はないだろ」


「分かんないじゃん。義妹だよ?」


「初対面で兄さん呼びは距離感がすごい」


「でも、もし呼ばれたら?」


 リカの目が妙に真剣になった。


「もし、美緒さんが悠真のこと、兄さんって呼んだら?」


「……固まると思う」


「悠真が?」


「俺が」


「だよね」


「何で安心してるんだ」


「だって、悠真が普通に受け入れたらちょっと嫌」


「受け入れるも何も、初対面だぞ」


「じゃあ、呼ばれたら報告して」


「そんな報告いるか?」


「いる。めちゃくちゃいる」


「義妹呼称報告?」


「大事」


「どこが」


「幼なじみ勢力の安全確認」


「勢力にするな」


 リカは少し笑った。


 ようやく、いつもの調子が戻ってきた。


     *


 教室に入ると、翔太がすぐに俺のところへ来た。


「黒瀬、おはよう。何か顔が疲れてるぞ」


「朝から義妹会議だった」


「何その単語」


「聞かないほうがいい」


 翔太は一瞬だけ目を丸くした。


「義妹?」


「あ」


「おい。何だそれ。急にラブコメの新章始まった?」


「始まってない」


 リカが横から言った。


「始まってないけど、強敵が来るかもしれない」


「天宮、お前の言い方でだいたい察した。黒瀬、まさかお前、義妹できるのか?」


「まだ決まったわけじゃない。父さんが再婚するかもしれないって話」


 翔太は、さすがに茶化すのをやめた。


「マジのやつか」


「ああ」


「そりゃ……急だな」


「昨日聞いた」


「大丈夫か?」


「戸惑ってる」


「だろうな」


 翔太は俺を見て、それからリカを見た。


「で、天宮は?」


「不安」


 リカは即答した。


「即答」


「だって不安だし」


「まあ、天宮からしたら、家の中に入ってくる女子ってことだもんな」


「佐伯くん、分かってる」


「分かるよ。黒瀬の生活圏最深部だろ」


「生活圏最深部」


 リカが真顔で復唱した。


 やめろ。


 その言葉を気に入るな。


「翔太、余計な言葉を与えるな」


「悪い。でも合ってるだろ」


「合ってるから困るんだよ」


 リカは俺の横で小さく頷いている。


「生活圏最深部……強い……」


「リカ、そこに沈むな」


「だって、すごい言葉だった」


「忘れろ」


「忘れられない」


 翔太は苦笑した。


「まあでも、天宮。調べるなよ」


「しない」


「ほんとに?」


「したいけどしない」


「それ、最近の天宮の決め台詞になってきたな」


「我慢してるから」


「偉い偉い」


「佐伯くんに言われても、あんまり嬉しくない」


「ひでえ」


 翔太がわざとらしく胸を押さえる。


 リカは少し笑った。


 その笑い方を見て、翔太は俺に小声で言った。


「まあ、昨日聞いたばかりにしては落ち着いてるんじゃないか?」


「かなり頑張ってると思う」


「黒瀬がそれ言ってやれよ」


「言った」


「ならよし」


 翔太は頷いた。


「義妹、どんな子?」


「まだ会ってない」


「名前は?」


「美緒さん」


「高校?」


「一年らしい」


「清楚系?」


「お前もか」


「義妹って言われると、イメージがな」


「勝手に盛るな」


 リカがじっと翔太を見る。


「佐伯くん」


「何?」


「清楚系義妹って、やっぱ強い?」


「強いな」


「即答しないで」


「いや、ラブコメ読者目線だと強いだろ。家族枠、年下、敬語、清楚。これで『兄さん』とか呼んだらもう役満」


「役満……」


「翔太!」


「悪い悪い。現実の話だった」


 リカが目に見えて沈んだ。


 俺は翔太の脇腹を軽く小突いた。


「余計なこと言うな」


「すまん。つい」


 リカは机に両手を置き、小さく呟いた。


「兄さん……」


「まだ呼ばれてない」


「でも可能性はある」


「可能性だけで沈むな」


「悠真、もし呼ばれたらちゃんと動揺してね」


「動揺の予約をするな」


「平然と受け入れたら嫌」


「たぶん平然とはできない」


「よし」


「よしじゃない」


 翔太が横で小さく笑っていた。


「黒瀬、前途多難だな」


「笑うな」


「いや、でも一個だけ真面目に言うとさ」


「何だよ」


「天宮にちゃんと話したのは偉いと思うぞ」


 翔太にそう言われて、俺は少し意外だった。


「そうか?」


「隠したらやばかっただろ」


「それはそう」


「絶対やばかった」


 リカが真顔で言った。


「隠されてあとから知ったら、あたし多分三日は寝込む」


「寝込むのか」


「寝込む。で、四日目にすごい変なことする」


「何するつもりだったんだ」


「分かんない。分かんないけど、変なこと」


「自分で分かってるなら少し安心だ」


「だから話してくれてよかった」


 リカは俺を見た。


「悠真、ちゃんと話してくれてありがとう」


「……ああ」


 教室の中でそんなふうに言われると、少し照れくさい。


 翔太がにやにやする。


「黒瀬、耳」


「うるさい」


「天宮、今の黒瀬は照れてる」


「知ってる」


「知ってるのか」


「今日のは分かりやすい」


「分析するな」


 少しだけ、いつもの空気が戻った。


 リカの不安は消えていない。


 俺の戸惑いも消えていない。


 でも、ちゃんと話したことで、少なくとも最悪の方向には行かずに済んでいる。


 たぶん。


     *


 昼休み、リカはいつものように俺の隣に来た。


「座っていい?」


「いい」


「義妹の話、していい?」


「いきなりか」


「一個だけ」


「一個だけなら」


「美緒さんって、お弁当作れると思う?」


「知らない」


「もし作れたら?」


「何が」


「悠真のお弁当作ってくるとか」


「それはないだろ」


「でも家族になったら、朝一緒に台所に立つ可能性もある」


「飛躍しすぎだ」


「飛躍してるのは分かってる。でも、頭が勝手に飛ぶ」


 リカは自分のパンの袋を開けながら、少し困った顔をした。


「ごめん。今日、あたし面倒だね」


「昨日から分かってた」


「そうだけど、本人が言うと刺さる」


「自分で言うなって言っただろ」


「うん。じゃあ言い直す」


 リカは少し考えた。


「あたし、今日、不安が多い」


「それでいい」


「いいの?」


「ああ。その言い方ならいい」


「不安が多い女」


「最後に女をつけるな」


「じゃあ、不安が多いリカ」


「それはまあ、今日の状態だな」


 リカは小さく頷いた。


「悠真は、美緒さんにお弁当作ってもらいたい?」


「会ってもいない相手にそんなこと考えない」


「でも、もし」


「リカ」


「はい。踏み込みすぎ?」


「少し」


「分かった。止まる」


 リカは口を閉じた。


 そして、パンを一口食べる。


 俺は弁当を開けた。


 今日も卵焼きが入っている。


 リカの視線が吸い寄せられる。


「卵焼きは見るんだな」


「卵焼きは安全」


「安全とは」


「悠真のお弁当の卵焼きは、今のところあたしの味方」


「卵焼きを陣営に入れるな」


「欲しいです」


「素直だな」


 俺は卵焼きを一切れ、リカの弁当箱の端に置いた。


 リカはそれを見て、少しだけ安心した顔をした。


「ありがとう」


「ああ」


「卵焼きくれる幼なじみは、まだ有効」


「卵焼きで確認するな」


「でも、ちょっと安心する」


 その言い方が、妙に幼く聞こえた。


 リカはいつも明るくて、妙なところで怖くて、俺を振り回す側だ。


 でも今は、足元が少し揺れているように見えた。


 家族という立場。


 家の中に入る誰か。


 それがリカの中で、思った以上に大きな不安になっている。


「リカ」


「ん?」


「美緒さんがどういう人かは、まだ分からない」


「うん」


「でも、誰かが来たからって、今あるものが全部なくなるわけじゃない」


「うん」


「卵焼きくらいなら、明日もやる」


 リカは目を丸くした。


「悠真」


「何だよ」


「今の、めちゃくちゃ優しい」


「卵焼きの話だぞ」


「卵焼きの形をした安心」


「詩的にするな」


「明日もくれる?」


「入ってたらな」


「入ってなかったら?」


「知らん」


「じゃあ、入ってることを祈る」


「祈るな」


 リカは笑った。


 少しだけ、いつものリカに戻った気がした。


     *


 放課後。


 リカは昇降口で俺を待っていた。


 今日はちゃんと待ち合わせのメッセージが来ていた。


『昇降口で待ってていい?』


 俺が『いい』と返すと、リカはそこで待っていた。


 当たり前のことかもしれない。


 でも、リカにとっては大事な確認なのだろう。


 俺が行くと、リカは顔を上げた。


「悠真」


「待ったか?」


「五分」


「メッセージ送らなかったな」


「送ろうとしたけど、今日は学校内だし、五分なら待つって決めた」


「偉い」


「今日、偉い多い」


「実際偉いところが多い」


 リカは少し照れた。


 俺たちは並んで学校を出た。


 夕方の風は少し冷たかった。雲が薄く広がっていて、空は淡い灰色に近い。


「今日、どこか寄るか?」


 俺が聞くと、リカは少し驚いた顔をした。


「悠真から?」


「毎回驚くな」


「だって嬉しい」


「今日は不安が多そうだったから」


 リカは黙った。


 そして、少しだけ笑った。


「悠真、今日ほんと優しい」


「調子に乗るなよ」


「乗りたいけど、今日は乗らない」


「偉い」


「また偉い」


「じゃあ減らすか」


「減らさないで」


 リカは笑ったあと、小さく言った。


「今日は、寄り道しなくていい」


「いいのか?」


「うん。いっぱい聞いたし、いっぱい不安って言ったから、もう少し整理したい」


「そうか」


「でも、一緒に帰りたい」


「それはいい」


「帰り道だけ」


「分かった」


 帰り道だけ。


 そういう区切りをリカが自分でつけたのは、少し意外だった。


 不安だからもっと一緒にいたいと言うかと思った。


 でもリカは、自分で距離を考えている。


 近づきすぎないように。

 でも、離れすぎないように。


 そのバランスを、少しずつ探している。


 分かれ道まで来ると、リカは立ち止まった。


「悠真」


「うん」


「今日、何点?」


 やっぱり聞いてくる。


 俺は少し考えた。


 朝は不安が強かった。質問も多かった。途中で何度か飛躍した。でも、聞いて止まった。検索しないと言った。ちゃんと不安を言葉にした。


「八十四点」


「昨日より下がった」


「不安で少し暴走しかけた」


「うん」


「でも止まれたから八十点台」


「そっか」


 リカは素直に頷いた。


「明日は?」


「明日は何点を目指すんだ」


「不安を言う前に、一回深呼吸する」


「いい目標だな」


「あと、美緒さんのことを敵って言わない」


「かなり大事だな」


「強敵は?」


「それも控えめに」


「じゃあ、未知の存在」


「まあ、それくらいなら」


「未知の存在・美緒」


「タイトルみたいにするな」


 リカは少し笑った。


 それから、真面目な顔で言った。


「悠真、もし顔合わせしたら、教えてね」


「何を?」


「どんな子だったか」


「まあ、話せる範囲で」


「あと、悠真がどう思ったか」


「それは……まあ」


「そこが一番大事」


「俺がどう思ったか?」


「うん。美緒さんがどんな子かより、悠真がどう感じたかが知りたい」


 俺は少し驚いた。


 リカは続ける。


「前なら、相手の情報ばっかり知りたかったと思う。でも今は、悠真がどう思ったかを聞いたほうがいいって、ちょっと思った」


「……成長してるな」


「ほんと?」


「ああ」


 リカは、嬉しそうに笑った。


「今日、それだけで八十六点にならない?」


「交渉するな」


「だめか」


「でも、今のは加点」


「じゃあ八十五?」


「八十五」


「やった」


 リカは小さくガッツポーズをした。


 その単純さに、少し笑ってしまう。


「じゃあ、また明日」


「明日もいつもの場所?」


「いつもの場所」


「幼なじみ、まだ有効?」


「有効」


「卵焼きも?」


「入ってたらな」


「祈る」


「祈るな」


 リカは手を振った。


 今日は二度振り返った。


 一度目は、俺がまだいるかの確認。

 二度目は、たぶん不安の確認。


 俺は二度とも手を上げた。


 リカは安心したように笑って、駅のほうへ歩いていった。


     *


 夜、リカからメッセージが来た。


『今日は不安が多いリカでした』


 俺は返信する。


『自覚があるならいい』


『八十五点まで上がった』


『交渉でな』


『でも加点された』


『成長したからな』


 少し間が空いた。


『悠真に成長したって言われるの、好き』


『何でも好きに戻すな』


『戻る』


『知ってる』


『それも好き』


 俺は少し笑った。


 そのあと、リカから長めのメッセージが来た。


『今日、美緒さんのこと、敵みたいに考えそうになったけど、まだ会ってないし、悠真の新しい家族になるかもしれない人だから、ちゃんと知らないとだめだなって思った』


 続けて。


『でも、やっぱり不安はある』


 さらに。


『家族って強い。これはまだ思ってる』


 俺は画面を見ながら、少し考えた。


 リカは今日、かなり頑張った。


 不安を隠さず、でも暴走しないようにしていた。


『不安は聞く』


 俺は送った。


『ただし、調べるのはなし』


 すぐに既読。


『しない』


 少し間。


『したいけどしない』


『偉い』


『今日、偉い多くて嬉しい』


『明日も偉くしてくれ』


『頑張る』


 リカから、最後に一通。


『幼なじみ、まだ有効って言ってくれてありがとう』


 俺は少し迷った。


 そのあと、返信する。


『急に期限切れにはならない』


 既読。


 長い沈黙。


 そして。


『ずるい』


 俺は笑った。


『おやすみ』


『おやすみ、悠真。明日もいつもの場所にいる』


『知ってる』


 スマホを置く。


 部屋の中は静かだった。


 新しい家族。


 未知の存在・美緒。


 リカの不安。


 俺自身の戸惑い。


 明日も全部解決するわけではない。


 でも、少なくとも今日は、リカがちゃんと不安を言葉にした。


 それだけで、前よりずっといい。


 俺はベッドに横になり、天井を見た。


 義妹という言葉は、まだ現実感が薄い。


 でも、リカに話したことで、少しだけ輪郭を持ち始めていた。


 その輪郭がこれから俺たちの関係をどう変えるのかは、まだ分からない。


 ただ一つ分かっているのは、明日の朝もリカがいつもの曲がり角にいるということ。


 その当たり前が、今は少しだけありがたかった。



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