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『サイコパスな幼なじみギャルが俺を好きすぎて、GPSを持たせようとしてくる。義妹も先輩も倫理観がバグっているので、俺の青春が毎日修羅場です』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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12/20

第12話 家に帰ったら、新しい家族の話をされた

 その日の放課後、リカは少しだけ機嫌がよかった。


 昨日、公園で話したせいだと思う。


 あれは正直、かなり重い会話だった。


 リカの「好き」がどれくらい重いのか。

 俺がどこまで受け止められるのか。

 リカが隣にいていい条件は何なのか。


 普通の高校生が放課後の公園でする話ではない。


 少なくとも、ブランコと滑り台しかない小さな公園で、散った桜の花びらを眺めながら話す内容としては、だいぶ重かった。


 なのに翌日のリカは、なぜかすっきりした顔をしていた。


 もちろん、完全に普通になったわけではない。


 朝から、


「悠真、昨日ちゃんと寝た?」


「朝ごはんは?」


「顔色は普通寄り」


「歩幅は昨日より安定」


「位置共有は言わない」


 と、いつもの調子である。


 ただ、以前と少し違うのは、そのたびに俺の反応を見るようになったことだった。


 踏み込みすぎていないか。

 嫌がっていないか。

 今のはセーフかアウトか。


 リカはそれを、目で確認してくる。


 その確認の多さもそれはそれで疲れるのだが、勝手に決められるよりはずっといい。


「悠真、今日のあたし、どう?」


 帰り道、リカはそう聞いてきた。


「どうって」


「普通寄り?」


「今日はかなり普通寄り」


「ほんと?」


「ああ。朝から位置共有を言ってない」


「言いたかったけど言ってない」


「そこは言わなくてもいい」


「でも、言わなかったことを評価してほしい」


「評価してる」


「何点?」


 最近、何かあるたびに点数を聞いてくる。


 俺が始めたようなものなので文句は言いにくいが、そろそろこの採点制度も妙な習慣になりつつあった。


「八十八点」


「高い」


「昨日ほど重い話をしてないし、今日はかなり落ち着いてた」


「昨日は重かった?」


「重かった」


「でも九十点だった」


「あれは本音ボーナス」


「じゃあ、今日は安定ボーナス?」


「そうだな」


 リカは嬉しそうに笑った。


「安定ボーナス。いい響き」


「響きを気にするな」


「明日は九十点台に戻す」


「無理に戻さなくていい」


「でも悠真に褒められると嬉しい」


「点数を上げるために頑張るな」


「じゃあ何のために頑張ればいいの?」


「俺に聞くな」


「聞いてからにするって言ったじゃん」


「こういう哲学っぽい質問まで俺に投げるな」


 リカは笑った。


 その笑い声は明るい。


 最近のリカは、少しずつ自分の重さを笑えるようになってきている気がする。もちろん、根本的な部分は簡単には変わらない。たぶん、これからも何度も間違える。


 それでも、前よりはずっと話ができる。


 それは悪くない変化だった。


 駅へ向かう分かれ道で、リカは足を止めた。


「悠真、今日はまっすぐ帰る?」


「ああ」


「寄り道は?」


「今日はなし」


「じゃあ、帰ったら一言」


「分かってる」


「体調は?」


「普通」


「晩ごはんは?」


「まだ分からない」


「食べたら?」


「写真は送らない」


「食べた報告は?」


「気が向いたら」


「善処?」


「善処」


「政治家」


「しつこい」


 リカは楽しそうに笑う。


 それから、ほんの少しだけ真面目な顔になった。


「悠真」


「ん?」


「昨日の話、嫌じゃなかった?」


「また聞くのか」


「うん。何回か聞きたい」


「重かったけど、嫌ではなかった」


「ほんと?」


「ほんと」


「じゃあ、隣にいていい条件、忘れないようにする」


「そうしてくれ」


「聞く。止まる。怖くなりそうなら一回止まる。悠真のためって言う前に悠真に聞く」


「よし」


「先生みたい」


「問題児だからな」


「今日は八十八点の問題児」


「自慢するな」


 リカは笑いながら手を振った。


 いつもの分かれ道。


 リカが一度だけ振り返る。


 俺がまだそこにいるのを確認すると、安心したように笑ってから、駅のほうへ歩いていった。


 俺も自分の家へ向かう。


 今日も、普通ではない一日だった。


 でも最近の俺は、その普通ではない日常を、少しずつ当たり前として受け入れ始めている。


 そんなことを考えながら家に帰った。


 玄関を開けると、いつもと少し違う匂いがした。


 煮物の匂い。


 味噌汁の匂い。


 それから、焼き魚。


 父さんが早く帰っているらしい。


「ただいま」


 靴を脱ぎながら声をかけると、台所のほうから父さんの声がした。


「おかえり、悠真。手、洗ってこい。今日は話がある」


 その一言で、俺は足を止めた。


「話?」


「ああ。飯のあとでな」


「……分かった」


 父さんの声は、いつもより少し硬かった。


 仕事の話ではない。


 俺の成績の話でもない。


 直感的に、そんな気がした。


     *


 夕飯は、妙にちゃんとしていた。


 焼き魚。

 肉じゃが。

 味噌汁。

 ほうれん草のおひたし。


 父さんは料理が下手ではない。というより、俺と二人で暮らすようになってから、必要に迫られてそれなりにできるようになった。


 ただ、平日の夕飯でここまで整っていることは珍しい。


 俺は箸を持ちながら、何となく落ち着かなかった。


「今日、何かあった?」


 俺が聞くと、父さんは一瞬だけ目を上げた。


 四十代半ば。仕事帰りで少し疲れた顔をしている。昔から真面目な人だ。冗談はあまり得意ではないし、感情を大げさに出すタイプでもない。


 その父さんが、今日は妙に言葉を選んでいる。


「飯、食ってから話す」


「今じゃだめなのか?」


「お前、魚を残すだろ」


「残さない」


「話の内容によっては味が分からなくなるかもしれない」


「怖い前置きやめろ」


 父さんは少しだけ笑った。


 その笑い方で、悪い話ではないのかもしれないと思った。


 けれど、軽い話でもなさそうだった。


 俺はとりあえず夕飯を食べることにした。


 味は普通にうまかった。


 けれど、たしかに味が少し遠い。


 父さんは食べながら、いつもより口数が少なかった。普段なら仕事先の変な客の話や、スーパーの特売で卵が安かった話くらいはする。


 今日は、ほとんどしない。


 味噌汁を飲み終え、食器を片づける。


 父さんが台所でお茶を淹れた。


 リビングのテーブルに、二つの湯呑みが置かれる。


 テレビは消されている。


 妙に静かだった。


「悠真」


「うん」


「大事な話がある」


 父さんは、そう切り出した。


 俺は湯呑みに触れた。


 少し熱い。


「再婚、しようと思っている」


 一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。


 父さんは続ける。


「相手は、前に少しだけ話したことがあると思う。職場の関係で知り合った人だ。名前は紗枝さん。何度か食事にも行っている」


「……ああ」


 確かに、名前だけは聞いたことがあった。


 父さんに、たまに連絡を取っている女性がいることも知っていた。


 ただ、それが再婚という言葉につながるとは、正直あまり考えていなかった。


「急に聞こえるかもしれないが、俺としてはかなり前から考えていた。相手とも、何度も話した。お前のことも、もちろん話している」


「俺のこと?」


「ああ。高校生の息子がいること。進路のこと。家のこと。俺が不器用で、お前にいろいろ我慢させてきたことも」


「別に、我慢ってほどじゃ」


「俺がそう思っているだけかもしれない」


 父さんは湯呑みを両手で包むように持った。


「お前の母さんと別れてから、俺は父親らしいことがどれだけできたか、自信がない」


「急に重いな」


「大事な話だからな」


「……うん」


 俺は目を逸らした。


 父さんが離婚したのは、俺がまだ小さい頃だった。


 母さんとは今もまったく会っていないわけではないが、日常的に暮らしているのは父さんだ。弁当や食事は父さんが作ることもあるし、たまに母方の祖母が送ってくれたおかずが混ざることもある。うちの家庭は、外から見ると少し説明しにくい。


 でも、俺にとってはそれが普通だった。


 父さんと二人の生活。


 静かで、少し不器用で、でも悪くない暮らし。


 そこに、再婚という言葉が入ってきた。


「相手の人には、子供がいる」


 父さんが言った。


 俺は顔を上げる。


「子供?」


「ああ。娘さんだ。お前より一つ下。高校一年生」


「……つまり」


「再婚すれば、お前に義妹ができる」


 義妹。


 その単語が、リビングの空気に妙に大きく響いた。


 義妹。


 現実で聞くと、思ったより落ち着かない言葉だった。


 ライトノベルや漫画なら聞き慣れた設定だ。クラスの男子なら、それだけで「ラブコメじゃん」と茶化すかもしれない。


 でも、実際に自分の家庭の話として出されると、笑えない。


「名前は?」


「美緒さん。黒瀬美緒になるかどうかはまだ分からないが、今は三枝美緒さんだ」


「みお」


「ああ。かなり真面目な子らしい。成績もいい。礼儀正しい。ただ、環境が変わることには不安があるようだ」


「そりゃそうだろ」


「お前もそうだろう」


「……まあ」


 俺は湯呑みのお茶を見つめた。


 表面に、小さく湯気が揺れている。


「再婚って、もう決定なのか?」


「俺と紗枝さんの間では、そうしたいと思っている。ただ、お前たちを無視して進めるつもりはない」


「俺たち?」


「お前と、美緒さんだ」


「……」


「来週、まず顔合わせをしたい。食事だけでも」


「来週」


「早いと思うか?」


「正直、早い」


「そうだな」


 父さんは素直に頷いた。


「悪い。大人同士の話は前から進んでいたのに、お前にはちゃんと話すタイミングを探しているうちに遅くなった」


「タイミング探してたら、ずるずる行った?」


「その通りだ」


「父さんらしいな」


「返す言葉もない」


 父さんは苦笑した。


 その顔を見て、俺は少しだけ力が抜けた。


 父さんも緊張している。


 当たり前だ。


 再婚するという話を息子にするのは、きっと簡単ではない。


「反対か?」


 父さんが聞いた。


 俺はすぐには答えられなかった。


 反対。


 賛成。


 そんなに簡単な話ではない。


 父さんが誰かと一緒になりたいと思うこと自体は、別に嫌ではない。父さんは一人でずっと頑張ってきた。俺が言うのも変だが、幸せになっていいと思う。


 ただ、それで急に家族が増える。


 しかも、同年代に近い女子が義妹になる。


 それがどういう生活になるのか、想像が追いつかない。


「反対ではない」


 俺はゆっくり言った。


「でも、戸惑ってる」


「そうだろうな」


「父さんが再婚するのは、嫌じゃない。でも、急に妹ができるって言われると、どうしたらいいか分からない」


「ああ」


「その美緒さんも、困るんじゃないか。急に兄ができるとか」


「彼女も戸惑っているようだ」


「だよな」


 父さんは湯呑みを置いた。


「無理に兄妹らしくしろとは言わない。最初はただ、同じ家で暮らすかもしれない相手として、少しずつ慣れてくれればいい」


「同じ家で暮らすのか?」


「すぐではない。学校や通学のこともある。向こうの事情もある。まずは顔合わせ。それから、少しずつだ」


「少しずつ」


「ああ。急がない」


 急がない。


 その言葉で、少しだけ安心した。


 最近、俺の周りでは距離感の話ばかりしている。


 近すぎる幼なじみ。

 重すぎる好き。

 聞くこと。止まること。相手の領域に踏み込みすぎないこと。


 そこへ今度は、家族という距離が来る。


 急に近くなるかもしれない、まったく知らない女の子。


 俺は頭を抱えたくなった。


「悠真」


「うん」


「お前の生活を壊したいわけじゃない」


「分かってる」


「だが、変わる部分はある」


「だろうな」


「不安があるなら言ってくれ。俺に対してでも、紗枝さんに対してでも、美緒さんに対してでも」


「すぐには出てこない」


「それでもいい。出てきた時でいい」


 父さんはそう言った。


 俺は、少しだけ笑った。


「最近、似たような話をした気がする」


「似たような話?」


「何かあるなら、勝手に決める前に聞けって話」


「誰とだ?」


 俺は黙った。


 父さんが少しだけ目を細める。


「天宮さんか?」


「……名前、出したっけ」


「お前の周りで、そういう話をする相手はだいたい彼女だろう」


「父さん、リカのことどれくらい知ってるんだよ」


「幼なじみで、よく迎えに来て、たまに家の前でお前の帰宅を確認している子」


「最後の情報、どこから」


「何度か見た」


「……」


 父さんは静かにお茶を飲んだ。


「天宮さんは、少し心配性だな」


「少しで済ませるのか」


「かなり、かもしれない」


「父さん、意外と分かってるな」


「親だからな」


 父さんはそう言ってから、少しだけ表情を緩めた。


「再婚の話、彼女にも関係するのか?」


「直接は関係ないだろ」


「そうか?」


「……たぶん」


 言いながら、自信がなくなった。


 リカに義妹ができると話したら、どうなるのか。


 普通なら「へえ、そうなんだ」で終わるのかもしれない。


 でもリカだ。


 幼なじみという立場に強いこだわりを持っているリカだ。


 俺に関わる女子を気にしすぎて、宮原さんの情報を集めかけたリカだ。


 そんなリカに、家に女子が来る、しかも義妹になるかもしれないと言ったら。


「……強敵じゃん、とか言いそうだな」


「何が?」


「いや、こっちの話」


 父さんは少し不思議そうに俺を見た。


「まあ、天宮さんにも伝えるなら、変に隠さず話したほうがいい」


「なんで父さんがリカ対応に助言してるんだ」


「お前より人生経験があるからだ」


「恋愛経験も?」


「そこは聞くな」


「聞かないでおく」


 少しだけ、空気が軽くなった。


 それでも、胸の奥は落ち着かなかった。


 父さんの再婚。


 新しい母親になるかもしれない人。


 義妹になるかもしれない美緒という女の子。


 俺の生活は、変わるかもしれない。


 いや、変わるのだろう。


 少しずつ。


 父さんは立ち上がり、キッチンへ湯呑みを運んだ。


「今日は急に話して悪かった」


「いや」


「来週の顔合わせ、無理なら言ってくれ」


「行くよ」


 自分でも、少し意外なくらい自然に言葉が出た。


 父さんが振り返る。


「いいのか?」


「反対じゃないって言っただろ。会わないと何も分からないし」


「そうか」


 父さんは、少しだけ安心した顔をした。


「ありがとう」


「礼を言われることじゃない」


「それでも、ありがとう」


 父さんはそう言った。


 その言葉が、妙に胸に残った。


     *


 部屋に戻ってから、俺はベッドに座った。


 スマホを手に取る。


 リカに連絡しなければいけない。


 帰ったら一言。


 それはもう習慣みたいなものになっていた。


 俺はメッセージを開いた。


 リカから、すでに何通か来ていた。


『帰った?』

『今日は晩ごはんちゃんと食べてる?』

『返事ないからご飯中かな』

『位置共有は言ってないから偉い』


 最後の一文で少し笑った。


 俺は返信する。


『帰ってる。飯も食べた』


 すぐに既読がついた。


『よかった』

『今日、何食べた?』


 いつもなら、ここで適当に答える。


 魚とか。肉じゃがとか。味噌汁とか。


 でも、今日は少し違う。


 俺はスマホの画面を見つめた。


 リカに話すべきか。


 父さんの再婚の話。


 義妹ができるかもしれない話。


 まだ決定ではない。いや、父さんたちの間ではほぼ決まっている。でも、俺にとってはまだ現実感が薄い。リカに伝えたら、たぶん現実になる。


 隠す理由はない。


 むしろ、変に隠したほうが後で面倒なことになる。


 父さんも言っていた。


 変に隠さず話したほうがいい。


 俺は深く息を吐いた。


『リカ』


 送る。


 すぐ返事。


『なに?』


 俺は少し迷ってから打った。


『父さんが再婚するかもしれない』


 送信。


 既読はすぐについた。


 返信は、来なかった。


 一分。


 二分。


 三分。


 リカにしては長い。


 いつもなら、たいてい数秒で返ってくる。打つのが早い。反応も早い。


 それが、来ない。


 俺はスマホを握りしめた。


 やっぱり、言い方が急すぎたかもしれない。


 追加で送る。


『まだ顔合わせ前だけど』


 既読。


 また沈黙。


 やがて、リカから返信が来た。


『そっか』


 短い。


 リカらしくない。


 俺の胸が少しざわついた。


『相手の人に娘さんがいる』


 送る。


 これも、言わないわけにはいかない。


 既読。


 今度はさっきより長く沈黙した。


 そして、返信。


『女の子?』


『うん』


『年下?』


『一つ下。高校一年』


 既読。


 沈黙。


 俺は、スマホの画面を見つめる。


 たぶん今、リカの中でいろいろな感情が動いている。


 心配。

 嫉妬。

 不安。

 警戒。

 そして、たぶん「家族」という言葉への反応。


 リカにとって、幼なじみという立場は大きい。


 でも、家族はもっと近い。


 血はつながっていなくても、同じ家に住むかもしれない女の子。


 その存在は、リカにとってかなり大きな衝撃のはずだ。


 ようやく、返信が来た。


『義妹になるってこと?』


『そうなるかもしれない』


『名前は?』


 ここで名前を言うべきか迷った。


 でも、隠すのも違う。


『美緒さん』


 既読。


 しばらくして。


『そっか』


 また、それだけだった。


 リカが「そっか」しか言わない。


 それが逆に怖かった。


 俺は打つ。


『大丈夫か?』


 既読。


 少し間が空く。


『分かんない』


 正直な返事だった。


 それを見て、少しだけ安心した。


 変に「大丈夫」と言わなかった。


 たぶん、リカは今、自分の不安をそのまま言おうとしている。


『悠真は大丈夫?』


 リカから来た。


 俺は少し驚いた。


 自分の不安より先に、俺を聞いてきた。


『戸惑ってる』


『そっか』


『父さんが再婚するのは嫌じゃない。でも義妹ができるって言われると、よく分からない』


 送る。


 リカから、すぐに返信が来た。


『ちゃんと言ってくれてありがとう』


 俺は画面を見たまま、少し息を吐いた。


 リカは、聞けている。


 今、ちゃんと聞こうとしている。


『聞いていい?』


 リカから来た。


『何を?』


『その子、家に来るの?』


『来週、顔合わせする。暮らすかはまだ先』


『そっか』


 また少し間。


『あたし、ちょっと嫌かも』


 胸が、少し詰まった。


 でも、こう言ってくれるほうがいい。


 宮原さんの時みたいに勝手に調べるより、ずっといい。


『嫌っていうか、不安』


 リカは続けて送ってきた。


『家族って強いじゃん』


 その一文を見て、俺は指を止めた。


 家族って強い。


 リカらしい言い方だった。


 幼なじみという立場を持つリカにとって、家族という言葉は、たぶん自分より内側にあるものに見えるのだろう。


『幼なじみは、家族じゃないし』


 次のメッセージ。


 俺はしばらく返信できなかった。


 リカの不安が、画面越しにも伝わってくる。


 いつものように冗談にはできない。


『急に変わるわけじゃない』


 俺は送った。


『分かってる』


 すぐに返ってくる。


『分かってるけど、不安は別』


 朝、リカが言った言葉と似ていた。


 信用している。

 でも、不安は別。


 リカの中では、きっとそうなのだ。


『今、位置共有って言いたくなってる?』


 俺はあえて送った。


 少し間が空いた。


『言いたい』


 正直すぎる。


 俺は少し笑った。


 続けてリカから来る。


『でも言わない』


『偉い』


『今のは偉い?』


『偉い』


『泣きそう』


『泣くほどか』


『泣くほど』


 リカは土曜日にも似たようなことを言っていた。


 でも今日のそれは、嬉しいからだけではないだろう。


『リカ』


『うん』


『義妹ができても、幼なじみが急になくなるわけじゃない』


 送ってから、自分で少し恥ずかしくなった。


 だが、必要な言葉だと思った。


 リカからの返信は、なかなか来なかった。


 五分ほど経ったころ、ようやく来た。


『ほんと?』


『ほんと』


『明日も迎えに行っていい?』


『いい』


『いつもの場所?』


『いつもの場所』


『顔色確認は?』


『軽めなら』


『朝ごはんは?』


『聞いていい』


『義妹のことも聞いていい?』


 俺は少し考えた。


 何でも聞かれるのは困る。


 でも、不安を口にしないで勝手に膨らませられるよりはいい。


『聞いていい。ただし、答えたくないことは答えない』


『分かった』


『調べるのはなし』


『しない』


 即答だった。


 俺は画面を見つめる。


『本当に?』


『したいけどしない』


 リカらしい。


 でも、たぶんそれでいい。


『偉い』


『今日、いっぱい偉いって言われる』


『今日は実際に偉い』


『でも不安』


『それも聞く』


『悠真、今日優しい』


『いつもは?』


『厳しい』


『必要だろ』


『うん。必要』


 リカから、少し間を置いて最後に一通来た。


『悠真、話してくれてありがとう。明日、ちゃんと普通寄りで聞く』


 俺は返信する。


『ほどほどにな』


『ほどほどに不安なリカで行く』


『軽くはならないのか』


『急には無理』


『知ってる』


『それ、好き』


 俺はスマホを伏せた。


 また心臓に悪い言葉を投げてくる。


 でも、少しだけ安心した。


 リカは不安になっている。


 かなり。


 けれど、以前のように勝手に調べたり、先回りして決めたりはしていない。


 ちゃんと聞こうとしている。


 ちゃんと不安だと言っている。


 それは、大きな進歩だった。


     *


 その夜、なかなか眠れなかった。


 父さんの再婚。


 美緒という義妹候補。


 リカの不安。


 自分の戸惑い。


 いろいろなものが頭の中をぐるぐる回っていた。


 新しい家族。


 その言葉は、思ったより重い。


 リカの好きとは別の重さだった。


 家族という関係は、恋愛とは違う。幼なじみとも違う。友達とも違う。


 近いようで、距離の取り方が分からない。


 俺はベッドに寝転がり、スマホをもう一度見た。


 リカからの最後のメッセージ。


『明日、ちゃんと普通寄りで聞く』


 普通寄り。


 その言葉に、少し笑ってしまった。


 リカはたぶん、明日の朝、いつもの曲がり角にいる。


 そして、いつもより少し不安そうな顔で聞くのだ。


 義妹って、どんな子?


 その時、俺はどう答えればいいのだろう。


 まだ会っていない。


 名前しか知らない。


 俺自身も分からない。


 それでも、リカに話さなければいけない。


 隠さずに。

 でも、全部リカの不安に飲まれずに。

 俺の生活として、俺の言葉で。


 面倒だ。


 最近、本当に面倒なことばかり起きる。


 でも、リカと話してきたことが、少しだけ役に立つ気がした。


 聞く。

 止まる。

 勝手に決めない。

 不安なら言う。


 それは、リカだけの話ではない。


 俺にも必要なことだった。


 新しい家族に対しても。


 リカに対しても。


 父さんに対しても。


 俺はスマホを置き、目を閉じた。


 明日も曲がり角にはリカがいる。


 ただし、いつものリカより少しだけ不安なリカが。


 そして俺は、たぶんまた言うのだ。


 おはよう、と。




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