第12話 家に帰ったら、新しい家族の話をされた
その日の放課後、リカは少しだけ機嫌がよかった。
昨日、公園で話したせいだと思う。
あれは正直、かなり重い会話だった。
リカの「好き」がどれくらい重いのか。
俺がどこまで受け止められるのか。
リカが隣にいていい条件は何なのか。
普通の高校生が放課後の公園でする話ではない。
少なくとも、ブランコと滑り台しかない小さな公園で、散った桜の花びらを眺めながら話す内容としては、だいぶ重かった。
なのに翌日のリカは、なぜかすっきりした顔をしていた。
もちろん、完全に普通になったわけではない。
朝から、
「悠真、昨日ちゃんと寝た?」
「朝ごはんは?」
「顔色は普通寄り」
「歩幅は昨日より安定」
「位置共有は言わない」
と、いつもの調子である。
ただ、以前と少し違うのは、そのたびに俺の反応を見るようになったことだった。
踏み込みすぎていないか。
嫌がっていないか。
今のはセーフかアウトか。
リカはそれを、目で確認してくる。
その確認の多さもそれはそれで疲れるのだが、勝手に決められるよりはずっといい。
「悠真、今日のあたし、どう?」
帰り道、リカはそう聞いてきた。
「どうって」
「普通寄り?」
「今日はかなり普通寄り」
「ほんと?」
「ああ。朝から位置共有を言ってない」
「言いたかったけど言ってない」
「そこは言わなくてもいい」
「でも、言わなかったことを評価してほしい」
「評価してる」
「何点?」
最近、何かあるたびに点数を聞いてくる。
俺が始めたようなものなので文句は言いにくいが、そろそろこの採点制度も妙な習慣になりつつあった。
「八十八点」
「高い」
「昨日ほど重い話をしてないし、今日はかなり落ち着いてた」
「昨日は重かった?」
「重かった」
「でも九十点だった」
「あれは本音ボーナス」
「じゃあ、今日は安定ボーナス?」
「そうだな」
リカは嬉しそうに笑った。
「安定ボーナス。いい響き」
「響きを気にするな」
「明日は九十点台に戻す」
「無理に戻さなくていい」
「でも悠真に褒められると嬉しい」
「点数を上げるために頑張るな」
「じゃあ何のために頑張ればいいの?」
「俺に聞くな」
「聞いてからにするって言ったじゃん」
「こういう哲学っぽい質問まで俺に投げるな」
リカは笑った。
その笑い声は明るい。
最近のリカは、少しずつ自分の重さを笑えるようになってきている気がする。もちろん、根本的な部分は簡単には変わらない。たぶん、これからも何度も間違える。
それでも、前よりはずっと話ができる。
それは悪くない変化だった。
駅へ向かう分かれ道で、リカは足を止めた。
「悠真、今日はまっすぐ帰る?」
「ああ」
「寄り道は?」
「今日はなし」
「じゃあ、帰ったら一言」
「分かってる」
「体調は?」
「普通」
「晩ごはんは?」
「まだ分からない」
「食べたら?」
「写真は送らない」
「食べた報告は?」
「気が向いたら」
「善処?」
「善処」
「政治家」
「しつこい」
リカは楽しそうに笑う。
それから、ほんの少しだけ真面目な顔になった。
「悠真」
「ん?」
「昨日の話、嫌じゃなかった?」
「また聞くのか」
「うん。何回か聞きたい」
「重かったけど、嫌ではなかった」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ、隣にいていい条件、忘れないようにする」
「そうしてくれ」
「聞く。止まる。怖くなりそうなら一回止まる。悠真のためって言う前に悠真に聞く」
「よし」
「先生みたい」
「問題児だからな」
「今日は八十八点の問題児」
「自慢するな」
リカは笑いながら手を振った。
いつもの分かれ道。
リカが一度だけ振り返る。
俺がまだそこにいるのを確認すると、安心したように笑ってから、駅のほうへ歩いていった。
俺も自分の家へ向かう。
今日も、普通ではない一日だった。
でも最近の俺は、その普通ではない日常を、少しずつ当たり前として受け入れ始めている。
そんなことを考えながら家に帰った。
玄関を開けると、いつもと少し違う匂いがした。
煮物の匂い。
味噌汁の匂い。
それから、焼き魚。
父さんが早く帰っているらしい。
「ただいま」
靴を脱ぎながら声をかけると、台所のほうから父さんの声がした。
「おかえり、悠真。手、洗ってこい。今日は話がある」
その一言で、俺は足を止めた。
「話?」
「ああ。飯のあとでな」
「……分かった」
父さんの声は、いつもより少し硬かった。
仕事の話ではない。
俺の成績の話でもない。
直感的に、そんな気がした。
*
夕飯は、妙にちゃんとしていた。
焼き魚。
肉じゃが。
味噌汁。
ほうれん草のおひたし。
父さんは料理が下手ではない。というより、俺と二人で暮らすようになってから、必要に迫られてそれなりにできるようになった。
ただ、平日の夕飯でここまで整っていることは珍しい。
俺は箸を持ちながら、何となく落ち着かなかった。
「今日、何かあった?」
俺が聞くと、父さんは一瞬だけ目を上げた。
四十代半ば。仕事帰りで少し疲れた顔をしている。昔から真面目な人だ。冗談はあまり得意ではないし、感情を大げさに出すタイプでもない。
その父さんが、今日は妙に言葉を選んでいる。
「飯、食ってから話す」
「今じゃだめなのか?」
「お前、魚を残すだろ」
「残さない」
「話の内容によっては味が分からなくなるかもしれない」
「怖い前置きやめろ」
父さんは少しだけ笑った。
その笑い方で、悪い話ではないのかもしれないと思った。
けれど、軽い話でもなさそうだった。
俺はとりあえず夕飯を食べることにした。
味は普通にうまかった。
けれど、たしかに味が少し遠い。
父さんは食べながら、いつもより口数が少なかった。普段なら仕事先の変な客の話や、スーパーの特売で卵が安かった話くらいはする。
今日は、ほとんどしない。
味噌汁を飲み終え、食器を片づける。
父さんが台所でお茶を淹れた。
リビングのテーブルに、二つの湯呑みが置かれる。
テレビは消されている。
妙に静かだった。
「悠真」
「うん」
「大事な話がある」
父さんは、そう切り出した。
俺は湯呑みに触れた。
少し熱い。
「再婚、しようと思っている」
一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。
父さんは続ける。
「相手は、前に少しだけ話したことがあると思う。職場の関係で知り合った人だ。名前は紗枝さん。何度か食事にも行っている」
「……ああ」
確かに、名前だけは聞いたことがあった。
父さんに、たまに連絡を取っている女性がいることも知っていた。
ただ、それが再婚という言葉につながるとは、正直あまり考えていなかった。
「急に聞こえるかもしれないが、俺としてはかなり前から考えていた。相手とも、何度も話した。お前のことも、もちろん話している」
「俺のこと?」
「ああ。高校生の息子がいること。進路のこと。家のこと。俺が不器用で、お前にいろいろ我慢させてきたことも」
「別に、我慢ってほどじゃ」
「俺がそう思っているだけかもしれない」
父さんは湯呑みを両手で包むように持った。
「お前の母さんと別れてから、俺は父親らしいことがどれだけできたか、自信がない」
「急に重いな」
「大事な話だからな」
「……うん」
俺は目を逸らした。
父さんが離婚したのは、俺がまだ小さい頃だった。
母さんとは今もまったく会っていないわけではないが、日常的に暮らしているのは父さんだ。弁当や食事は父さんが作ることもあるし、たまに母方の祖母が送ってくれたおかずが混ざることもある。うちの家庭は、外から見ると少し説明しにくい。
でも、俺にとってはそれが普通だった。
父さんと二人の生活。
静かで、少し不器用で、でも悪くない暮らし。
そこに、再婚という言葉が入ってきた。
「相手の人には、子供がいる」
父さんが言った。
俺は顔を上げる。
「子供?」
「ああ。娘さんだ。お前より一つ下。高校一年生」
「……つまり」
「再婚すれば、お前に義妹ができる」
義妹。
その単語が、リビングの空気に妙に大きく響いた。
義妹。
現実で聞くと、思ったより落ち着かない言葉だった。
ライトノベルや漫画なら聞き慣れた設定だ。クラスの男子なら、それだけで「ラブコメじゃん」と茶化すかもしれない。
でも、実際に自分の家庭の話として出されると、笑えない。
「名前は?」
「美緒さん。黒瀬美緒になるかどうかはまだ分からないが、今は三枝美緒さんだ」
「みお」
「ああ。かなり真面目な子らしい。成績もいい。礼儀正しい。ただ、環境が変わることには不安があるようだ」
「そりゃそうだろ」
「お前もそうだろう」
「……まあ」
俺は湯呑みのお茶を見つめた。
表面に、小さく湯気が揺れている。
「再婚って、もう決定なのか?」
「俺と紗枝さんの間では、そうしたいと思っている。ただ、お前たちを無視して進めるつもりはない」
「俺たち?」
「お前と、美緒さんだ」
「……」
「来週、まず顔合わせをしたい。食事だけでも」
「来週」
「早いと思うか?」
「正直、早い」
「そうだな」
父さんは素直に頷いた。
「悪い。大人同士の話は前から進んでいたのに、お前にはちゃんと話すタイミングを探しているうちに遅くなった」
「タイミング探してたら、ずるずる行った?」
「その通りだ」
「父さんらしいな」
「返す言葉もない」
父さんは苦笑した。
その顔を見て、俺は少しだけ力が抜けた。
父さんも緊張している。
当たり前だ。
再婚するという話を息子にするのは、きっと簡単ではない。
「反対か?」
父さんが聞いた。
俺はすぐには答えられなかった。
反対。
賛成。
そんなに簡単な話ではない。
父さんが誰かと一緒になりたいと思うこと自体は、別に嫌ではない。父さんは一人でずっと頑張ってきた。俺が言うのも変だが、幸せになっていいと思う。
ただ、それで急に家族が増える。
しかも、同年代に近い女子が義妹になる。
それがどういう生活になるのか、想像が追いつかない。
「反対ではない」
俺はゆっくり言った。
「でも、戸惑ってる」
「そうだろうな」
「父さんが再婚するのは、嫌じゃない。でも、急に妹ができるって言われると、どうしたらいいか分からない」
「ああ」
「その美緒さんも、困るんじゃないか。急に兄ができるとか」
「彼女も戸惑っているようだ」
「だよな」
父さんは湯呑みを置いた。
「無理に兄妹らしくしろとは言わない。最初はただ、同じ家で暮らすかもしれない相手として、少しずつ慣れてくれればいい」
「同じ家で暮らすのか?」
「すぐではない。学校や通学のこともある。向こうの事情もある。まずは顔合わせ。それから、少しずつだ」
「少しずつ」
「ああ。急がない」
急がない。
その言葉で、少しだけ安心した。
最近、俺の周りでは距離感の話ばかりしている。
近すぎる幼なじみ。
重すぎる好き。
聞くこと。止まること。相手の領域に踏み込みすぎないこと。
そこへ今度は、家族という距離が来る。
急に近くなるかもしれない、まったく知らない女の子。
俺は頭を抱えたくなった。
「悠真」
「うん」
「お前の生活を壊したいわけじゃない」
「分かってる」
「だが、変わる部分はある」
「だろうな」
「不安があるなら言ってくれ。俺に対してでも、紗枝さんに対してでも、美緒さんに対してでも」
「すぐには出てこない」
「それでもいい。出てきた時でいい」
父さんはそう言った。
俺は、少しだけ笑った。
「最近、似たような話をした気がする」
「似たような話?」
「何かあるなら、勝手に決める前に聞けって話」
「誰とだ?」
俺は黙った。
父さんが少しだけ目を細める。
「天宮さんか?」
「……名前、出したっけ」
「お前の周りで、そういう話をする相手はだいたい彼女だろう」
「父さん、リカのことどれくらい知ってるんだよ」
「幼なじみで、よく迎えに来て、たまに家の前でお前の帰宅を確認している子」
「最後の情報、どこから」
「何度か見た」
「……」
父さんは静かにお茶を飲んだ。
「天宮さんは、少し心配性だな」
「少しで済ませるのか」
「かなり、かもしれない」
「父さん、意外と分かってるな」
「親だからな」
父さんはそう言ってから、少しだけ表情を緩めた。
「再婚の話、彼女にも関係するのか?」
「直接は関係ないだろ」
「そうか?」
「……たぶん」
言いながら、自信がなくなった。
リカに義妹ができると話したら、どうなるのか。
普通なら「へえ、そうなんだ」で終わるのかもしれない。
でもリカだ。
幼なじみという立場に強いこだわりを持っているリカだ。
俺に関わる女子を気にしすぎて、宮原さんの情報を集めかけたリカだ。
そんなリカに、家に女子が来る、しかも義妹になるかもしれないと言ったら。
「……強敵じゃん、とか言いそうだな」
「何が?」
「いや、こっちの話」
父さんは少し不思議そうに俺を見た。
「まあ、天宮さんにも伝えるなら、変に隠さず話したほうがいい」
「なんで父さんがリカ対応に助言してるんだ」
「お前より人生経験があるからだ」
「恋愛経験も?」
「そこは聞くな」
「聞かないでおく」
少しだけ、空気が軽くなった。
それでも、胸の奥は落ち着かなかった。
父さんの再婚。
新しい母親になるかもしれない人。
義妹になるかもしれない美緒という女の子。
俺の生活は、変わるかもしれない。
いや、変わるのだろう。
少しずつ。
父さんは立ち上がり、キッチンへ湯呑みを運んだ。
「今日は急に話して悪かった」
「いや」
「来週の顔合わせ、無理なら言ってくれ」
「行くよ」
自分でも、少し意外なくらい自然に言葉が出た。
父さんが振り返る。
「いいのか?」
「反対じゃないって言っただろ。会わないと何も分からないし」
「そうか」
父さんは、少しだけ安心した顔をした。
「ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
「それでも、ありがとう」
父さんはそう言った。
その言葉が、妙に胸に残った。
*
部屋に戻ってから、俺はベッドに座った。
スマホを手に取る。
リカに連絡しなければいけない。
帰ったら一言。
それはもう習慣みたいなものになっていた。
俺はメッセージを開いた。
リカから、すでに何通か来ていた。
『帰った?』
『今日は晩ごはんちゃんと食べてる?』
『返事ないからご飯中かな』
『位置共有は言ってないから偉い』
最後の一文で少し笑った。
俺は返信する。
『帰ってる。飯も食べた』
すぐに既読がついた。
『よかった』
『今日、何食べた?』
いつもなら、ここで適当に答える。
魚とか。肉じゃがとか。味噌汁とか。
でも、今日は少し違う。
俺はスマホの画面を見つめた。
リカに話すべきか。
父さんの再婚の話。
義妹ができるかもしれない話。
まだ決定ではない。いや、父さんたちの間ではほぼ決まっている。でも、俺にとってはまだ現実感が薄い。リカに伝えたら、たぶん現実になる。
隠す理由はない。
むしろ、変に隠したほうが後で面倒なことになる。
父さんも言っていた。
変に隠さず話したほうがいい。
俺は深く息を吐いた。
『リカ』
送る。
すぐ返事。
『なに?』
俺は少し迷ってから打った。
『父さんが再婚するかもしれない』
送信。
既読はすぐについた。
返信は、来なかった。
一分。
二分。
三分。
リカにしては長い。
いつもなら、たいてい数秒で返ってくる。打つのが早い。反応も早い。
それが、来ない。
俺はスマホを握りしめた。
やっぱり、言い方が急すぎたかもしれない。
追加で送る。
『まだ顔合わせ前だけど』
既読。
また沈黙。
やがて、リカから返信が来た。
『そっか』
短い。
リカらしくない。
俺の胸が少しざわついた。
『相手の人に娘さんがいる』
送る。
これも、言わないわけにはいかない。
既読。
今度はさっきより長く沈黙した。
そして、返信。
『女の子?』
『うん』
『年下?』
『一つ下。高校一年』
既読。
沈黙。
俺は、スマホの画面を見つめる。
たぶん今、リカの中でいろいろな感情が動いている。
心配。
嫉妬。
不安。
警戒。
そして、たぶん「家族」という言葉への反応。
リカにとって、幼なじみという立場は大きい。
でも、家族はもっと近い。
血はつながっていなくても、同じ家に住むかもしれない女の子。
その存在は、リカにとってかなり大きな衝撃のはずだ。
ようやく、返信が来た。
『義妹になるってこと?』
『そうなるかもしれない』
『名前は?』
ここで名前を言うべきか迷った。
でも、隠すのも違う。
『美緒さん』
既読。
しばらくして。
『そっか』
また、それだけだった。
リカが「そっか」しか言わない。
それが逆に怖かった。
俺は打つ。
『大丈夫か?』
既読。
少し間が空く。
『分かんない』
正直な返事だった。
それを見て、少しだけ安心した。
変に「大丈夫」と言わなかった。
たぶん、リカは今、自分の不安をそのまま言おうとしている。
『悠真は大丈夫?』
リカから来た。
俺は少し驚いた。
自分の不安より先に、俺を聞いてきた。
『戸惑ってる』
『そっか』
『父さんが再婚するのは嫌じゃない。でも義妹ができるって言われると、よく分からない』
送る。
リカから、すぐに返信が来た。
『ちゃんと言ってくれてありがとう』
俺は画面を見たまま、少し息を吐いた。
リカは、聞けている。
今、ちゃんと聞こうとしている。
『聞いていい?』
リカから来た。
『何を?』
『その子、家に来るの?』
『来週、顔合わせする。暮らすかはまだ先』
『そっか』
また少し間。
『あたし、ちょっと嫌かも』
胸が、少し詰まった。
でも、こう言ってくれるほうがいい。
宮原さんの時みたいに勝手に調べるより、ずっといい。
『嫌っていうか、不安』
リカは続けて送ってきた。
『家族って強いじゃん』
その一文を見て、俺は指を止めた。
家族って強い。
リカらしい言い方だった。
幼なじみという立場を持つリカにとって、家族という言葉は、たぶん自分より内側にあるものに見えるのだろう。
『幼なじみは、家族じゃないし』
次のメッセージ。
俺はしばらく返信できなかった。
リカの不安が、画面越しにも伝わってくる。
いつものように冗談にはできない。
『急に変わるわけじゃない』
俺は送った。
『分かってる』
すぐに返ってくる。
『分かってるけど、不安は別』
朝、リカが言った言葉と似ていた。
信用している。
でも、不安は別。
リカの中では、きっとそうなのだ。
『今、位置共有って言いたくなってる?』
俺はあえて送った。
少し間が空いた。
『言いたい』
正直すぎる。
俺は少し笑った。
続けてリカから来る。
『でも言わない』
『偉い』
『今のは偉い?』
『偉い』
『泣きそう』
『泣くほどか』
『泣くほど』
リカは土曜日にも似たようなことを言っていた。
でも今日のそれは、嬉しいからだけではないだろう。
『リカ』
『うん』
『義妹ができても、幼なじみが急になくなるわけじゃない』
送ってから、自分で少し恥ずかしくなった。
だが、必要な言葉だと思った。
リカからの返信は、なかなか来なかった。
五分ほど経ったころ、ようやく来た。
『ほんと?』
『ほんと』
『明日も迎えに行っていい?』
『いい』
『いつもの場所?』
『いつもの場所』
『顔色確認は?』
『軽めなら』
『朝ごはんは?』
『聞いていい』
『義妹のことも聞いていい?』
俺は少し考えた。
何でも聞かれるのは困る。
でも、不安を口にしないで勝手に膨らませられるよりはいい。
『聞いていい。ただし、答えたくないことは答えない』
『分かった』
『調べるのはなし』
『しない』
即答だった。
俺は画面を見つめる。
『本当に?』
『したいけどしない』
リカらしい。
でも、たぶんそれでいい。
『偉い』
『今日、いっぱい偉いって言われる』
『今日は実際に偉い』
『でも不安』
『それも聞く』
『悠真、今日優しい』
『いつもは?』
『厳しい』
『必要だろ』
『うん。必要』
リカから、少し間を置いて最後に一通来た。
『悠真、話してくれてありがとう。明日、ちゃんと普通寄りで聞く』
俺は返信する。
『ほどほどにな』
『ほどほどに不安なリカで行く』
『軽くはならないのか』
『急には無理』
『知ってる』
『それ、好き』
俺はスマホを伏せた。
また心臓に悪い言葉を投げてくる。
でも、少しだけ安心した。
リカは不安になっている。
かなり。
けれど、以前のように勝手に調べたり、先回りして決めたりはしていない。
ちゃんと聞こうとしている。
ちゃんと不安だと言っている。
それは、大きな進歩だった。
*
その夜、なかなか眠れなかった。
父さんの再婚。
美緒という義妹候補。
リカの不安。
自分の戸惑い。
いろいろなものが頭の中をぐるぐる回っていた。
新しい家族。
その言葉は、思ったより重い。
リカの好きとは別の重さだった。
家族という関係は、恋愛とは違う。幼なじみとも違う。友達とも違う。
近いようで、距離の取り方が分からない。
俺はベッドに寝転がり、スマホをもう一度見た。
リカからの最後のメッセージ。
『明日、ちゃんと普通寄りで聞く』
普通寄り。
その言葉に、少し笑ってしまった。
リカはたぶん、明日の朝、いつもの曲がり角にいる。
そして、いつもより少し不安そうな顔で聞くのだ。
義妹って、どんな子?
その時、俺はどう答えればいいのだろう。
まだ会っていない。
名前しか知らない。
俺自身も分からない。
それでも、リカに話さなければいけない。
隠さずに。
でも、全部リカの不安に飲まれずに。
俺の生活として、俺の言葉で。
面倒だ。
最近、本当に面倒なことばかり起きる。
でも、リカと話してきたことが、少しだけ役に立つ気がした。
聞く。
止まる。
勝手に決めない。
不安なら言う。
それは、リカだけの話ではない。
俺にも必要なことだった。
新しい家族に対しても。
リカに対しても。
父さんに対しても。
俺はスマホを置き、目を閉じた。
明日も曲がり角にはリカがいる。
ただし、いつものリカより少しだけ不安なリカが。
そして俺は、たぶんまた言うのだ。
おはよう、と。




