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『サイコパスな幼なじみギャルが俺を好きすぎて、GPSを持たせようとしてくる。義妹も先輩も倫理観がバグっているので、俺の青春が毎日修羅場です』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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11/20

第11話 幼なじみギャルの“好き”は、たぶん重い

 月曜日の朝、リカはいつもの曲がり角にいた。


 土曜日に駅前で待ち合わせた時よりも、ずっと見慣れた姿だった。制服。少し緩めたリボン。明るい髪。片手にスマホ。もう片方の手で鞄の紐を握っている。


 ただ、いつもと違うところが一つだけあった。


 リカは、俺に気づく前から少し笑っていた。


 スマホの画面を見ている。


 たぶん、いや、ほぼ間違いなく土曜日の写真だ。


 一人分の影と、二人分の影。


 俺は昨日の夜、あの写真をお気に入りに入れた。


 リカには言っていない。絶対に言わない。言った瞬間、あの写真は「二人の記念日第一号」みたいな扱いになり、何かしらのフォルダ名がつけられる。下手をすると印刷される。


 だから言わない。


 俺が近づくと、リカは顔を上げた。


「おはよ、悠真」


「おはよう」


「昨日、写真見た?」


 早い。


 朝の挨拶から二秒で本題に入った。


「見た」


「何回?」


「回数を聞くな」


「一回?」


「……一回」


「ほんと?」


「本当」


「お気に入り登録は?」


「してない」


 嘘をついた。


 ほんの少しだけ、心が痛んだ。


 リカはじっと俺の顔を見た。


「悠真」


「何だよ」


「今、ちょっと嘘っぽい」


「朝から疑うな」


「目が右に逃げた」


「お前の観察眼は時々本当に邪魔だな」


「お気に入りした?」


「してない」


「じゃあ、見せて」


「嫌だ」


「ほら」


「スマホの中身を見せろと言われて見せる高校生は少ない」


「それはそう」


 リカは意外とあっさり引いた。


 俺は少しだけ肩の力を抜いた。


 だが、リカはにこっと笑って言った。


「でも、見てくれたならいい」


「まあ、一応」


「一応でもいい」


「影だけだぞ」


「影だけだからいいんじゃん」


 リカはスマホを胸の前に抱えるように持った。


「顔が写ってたら恥ずかしいけど、影なら見返せる。あたしが待ってて、悠真が来て、二人になったって分かる」


「……そんなに大事な写真か?」


「うん」


 即答だった。


 リカは俺の横に並び、歩き出す。


「だって、あたし、待てたから」


「それは土曜日にも聞いた」


「何回でも言う。あたしにとっては大事」


「まあ、そうか」


「悠真は簡単そうに言うけどさ、あたし、けっこう大変だったんだよ。時計台の下で、スマホ握って、送るか送らないかずっと迷ってた」


「三回打ったんだっけ」


「三回消した」


「えらい」


「うん。えらい」


 自分で言いながら、リカは少し笑った。


 その笑い方が、いつもより柔らかかった。


「悠真が来た時、心臓が変な感じした」


「不整脈か」


「そういう現実的な返ししないで」


「すまん」


「嬉しかったの」


 リカは、まっすぐ前を見ながら言った。


「見えない時間があっても、悠真は来るんだって思った。場所を知らなくても、今どこにいるか分からなくても、あたしが待ってたら来るんだって」


「約束したからな」


「うん。悠真は約束したら来る」


「普通だろ」


「その普通が、あたしにはすごいんだよ」


 リカはそう言ってから、少しだけ照れたように笑った。


「だから今日は、位置共有の話はしません」


「おお」


「言いたくなっても言いません」


「言いたくはなるのか」


「なる」


「そこは正直なんだな」


「隠しても顔に出るし」


「たしかに」


「でも、今日は言わない。昨日、写真見て我慢できたから」


「写真で?」


「うん。悠真が来た証拠」


 証拠、という言葉が出てくるあたりがリカだ。


 でも、前よりずっといい。


 位置情報ではなく、思い出として残す。


 監視ではなく、待てた記録として残す。


 リカなりに、少しずつ変わっている。


「じゃあ、今日の朝は何点?」


 リカが聞いてきた。


「まだ学校着いてないだろ」


「途中点」


「八十五点」


「高い」


「位置共有の話をしない宣言で加点」


「言ってよかった」


「でも写真を見せろは減点」


「うっ」


「だから八十五」


「厳しいけど嬉しい」


 リカは満足そうだった。


 俺たちは、いつもの道を学校へ向かった。


     *


 その日の学校は、やけに普通だった。


 一時間目、古文。

 二時間目、英語。

 三時間目、数学。

 四時間目、現代文。


 リカは、ちゃんと普通寄りだった。


 休み時間に俺の机へ来て、距離を確認してから隣に立つ。体調確認は軽め。朝ごはんの内容は聞いたが、写真は要求しなかった。中村たちの件にも触れない。宮原さんの名前も出さない。


 あまりに順調なので、翔太が昼休みに言った。


「天宮、今日ちょっと優秀じゃないか?」


 リカはパンを片手に、得意げに胸を張った。


「でしょ」


「昨日までの倫理観補習の成果が出てる」


「補習って言い方やめて」


「じゃあ、恋愛倫理ゼミ」


「なんか大学っぽい」


「黒瀬准教授による特別講義」


「俺を巻き込むな」


 翔太は笑いながら、俺の弁当を覗いた。


「黒瀬、今日は卵焼きある?」


「あるけど、やらないぞ」


「俺じゃねえよ。天宮が見てる」


 見ると、リカが俺の弁当の卵焼きをじっと見ていた。


 俺と目が合うと、リカは慌てて視線を逸らした。


「見てない」


「見てた」


「ちょっとだけ」


「欲しいのか?」


「聞いていい?」


「聞いてるだろ」


「欲しいです」


「素直」


 俺は卵焼きを一切れ、リカの弁当箱の端に置いた。


 リカは大事そうにそれを見る。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「今日の卵焼き、甘い?」


「たぶん」


「悠真のたぶん、好き」


「卵焼きの味でそんなに言うな」


「違う。悠真って、自分では何気なく言ってる言葉がたまに安心する」


 俺は箸を止めた。


 翔太が「おっと」と小さく言う。


「リカ」


「ん?」


「昼休みに急に真面目なことを言うな」


「真面目じゃないよ。感想」


「その感想が重いんだよ」


「可愛い寄り?」


「今日は……可愛い寄り」


 リカは嬉しそうに卵焼きを食べた。


 翔太が呆れたように言う。


「お前ら、卵焼き一つで感情のキャッチボールしすぎだろ」


「佐伯くんも欲しい?」


「欲しい」


「やるのかよ」


 リカが自分のパンを少しちぎって翔太に渡した。


 翔太は受け取ってから、ふと真顔になった。


「天宮、これ大丈夫なやつ? あとで『佐伯くんにパンを渡したけど悠真は嫉妬しなかった』とか分析しない?」


「しないし」


「本当か?」


 リカは少しだけ考えた。


「……一瞬した」


「するな」


「でも、今やめた」


「やめたなら偉い」


 俺がそう言うと、リカは少し照れた。


「悠真に偉いって言われるの、けっこう好き」


「子供扱いっぽくないか?」


「うん。でも、悠真からなら嬉しい」


「その基準がよく分からん」


「悠真基準」


「便利に使うな」


 昼休みの教室は、穏やかだった。


 少し前まで、リカの行動一つ一つに緊張していたのが嘘みたいだ。


 いや、嘘ではない。


 たぶん、完全に安心していいわけでもない。


 リカはまだリカだ。重いし、怖い時もあるし、たまに妙な方向へ突っ走る。


 でも今日のリカは、確かに少し普通寄りだった。


 そして、その普通寄りのリカを見ていると、俺はなぜか少しだけ、物足りなさに似たものを感じる。


 面倒くさい。


 俺もだいぶ面倒くさい。


     *


 放課後、リカは珍しく俺をすぐには誘わなかった。


 自分の席で鞄を持ったまま、少し迷っているようだった。


 俺は席を立って、リカのところへ行く。


「帰るか?」


 リカは顔を上げた。


「一緒に?」


「一緒に」


「今日、悠真から二回目」


「数えるな」


「嬉しいことは数える」


「またそれか」


 リカは鞄を肩に掛ける。


 その横で、レイナがにやにやしていた。


「リカ、今日ずっと調子よかったじゃん」


「そう?」


「朝から『位置共有って言わない』って三回自分に言ってたけど」


「レイナ!」


「言ってたのか」


 俺が見ると、リカは顔を赤くした。


「だって、言いそうになったから」


「三回?」


「五回」


「増えたな」


「でも言ってない」


「そこは偉い」


 リカは少しだけ笑った。


 レイナが手を振る。


「黒瀬くん、今日はリカを甘やかしてあげてね。かなり我慢してたから」


「甘やかす?」


「うん。たまにはね」


「レイナ、余計なこと言わないで」


「言わないと黒瀬くん分からなさそうだし」


「それは……」


 リカが俺を見る。


 俺は目を逸らした。


 レイナは正しい。


 たぶん俺は言われないと分からないことが多い。


 リカは分かりすぎる。

 俺は分からなすぎる。


 その差が、これまで何度も変な方向へ転がってきた。


「じゃあ、ほどほどに甘やかす」


 俺が言うと、リカが固まった。


「え」


「ほどほどにな」


「今の、何?」


「何って」


「悠真が甘やかすって言った」


「レイナに言われたからな」


「でも言った」


「撤回するか?」


「しないで」


 リカは両手で鞄の紐を握った。


「保存した。心に」


「いちいち保存するな」


「無理」


 レイナが楽しそうに笑っている。


「はいはい、行ってらっしゃい」


 俺たちは教室を出た。


     *


 校門を出たところで、リカは少しだけ立ち止まった。


「今日、どこか寄る?」


「リカが行きたいなら」


「悠真は?」


「今日はどっちでも」


「またどっちでも」


「じゃあ、公園でも寄るか」


 リカが目を丸くした。


「公園?」


「駅前まで行くほどでもないし、少し話すくらいなら」


「悠真から話す場所を提案した」


「今日そればっかりだな」


「だって珍しい」


「俺が普段どれだけ受け身みたいに言うんだ」


「受け身だよ」


「即答」


「でも今日は違う」


 リカは嬉しそうに笑った。


 学校から少し歩いたところに、小さな公園がある。


 遊具はブランコと滑り台くらい。夕方になると、たまに小学生が遊んでいるが、今日は誰もいなかった。ベンチの近くには桜の木があり、もう花はだいぶ散っている。地面に薄い花びらが残っていた。


 俺とリカは、ベンチに並んで座った。


 距離は、ほどほど。


 でも、教室や通学路よりも少しだけ近い。


 リカはそれに気づいているのかいないのか、鞄を膝の上に置いて、足元の花びらを見ていた。


「ここ、久しぶり」


「来たことあるのか?」


「あるよ。小学校の時」


「ああ」


「悠真、ここで転んで泣いた」


「泣いてない」


「泣いた」


「膝を擦りむいただけだ」


「泣いてた」


「記憶を改ざんするな」


「泣いてたってことにしたほうが可愛い」


「勝手に可愛くするな」


 リカは笑った。


 その笑い方が、少し懐かしそうだった。


「小さい頃の悠真は、今より分かりやすかった」


「そうか?」


「うん。嫌な時は嫌って顔してたし、痛かったら痛いって言ったし、眠かったら寝た」


「子供だからな」


「今は我慢するじゃん」


「我慢というか」


「する」


 リカは俺を見た。


「だから、あたしが見なきゃって思ったのかも」


 俺は黙った。


 リカは続ける。


「悠真が大丈夫って言う時、本当に大丈夫な時と、大丈夫って言っておけば周りが安心すると思ってる時がある」


「……よく見てるな」


「見てるよ」


「だろうな」


「好きだから」


 いつもの言葉だった。


 でも今日は、少し違って聞こえた。


 リカは、まっすぐ俺を見るのではなく、足元の花びらを見ていた。


「悠真」


「うん」


「あたしの好きって、重いよね」


 不意に来た。


 けれど、今日のリカは茶化していなかった。


 俺は少しだけ息を吐く。


「重い」


「即答」


「嘘つくところじゃないだろ」


「うん。そうだね」


 リカは小さく笑った。


「どのくらい重い?」


「質問が難しいな」


「ランドセルくらい?」


「小学生の比喩か」


「じゃあ、米袋?」


「急に生活感出すな」


「十キロ?」


「数値化しようとするな」


「だって、分かんないんだもん」


 リカの声が少しだけ揺れた。


「あたしの好きが、どれくらい普通からズレてるのか」


「普通の好きがどれくらいかも、俺にはよく分からないけどな」


「悠真でも?」


「俺でもというか、俺こそ分からない」


「悠真、恋愛慣れてないもんね」


「悪かったな」


「可愛い」


「そこで可愛いと言うな」


 リカは少し笑った。


 そのあと、すぐに真面目な顔に戻る。


「でも、あたしのはたぶん普通より重いよ。悠真がどこにいるか知りたいし、誰といるか知りたいし、体調悪いなら最初に気づきたいし、誰かが悠真を傷つけるなら止めたいし」


「うん」


「悠真が見えないところで困ってるのが嫌。泣いてるのが嫌。無理してるのが嫌。あたしが気づけないのが嫌」


「……」


「本当はね、悠真があたしに全部言ってくれたらいいのにって思う」


 リカは自分で言って、少し苦笑した。


「朝ごはんも、体調も、誰と話したかも、嫌だったことも、楽しかったことも、全部」


「それは無理だな」


「うん。分かってる」


「分かってて言うのか」


「言うだけなら、ちょっと許されるかなって」


「言うだけならな」


 リカは少しだけ安心したようだった。


「じゃあ、言う」


「うん」


「あたし、悠真の全部を知りたい」


 重い。


 かなり重い。


 でも、その声は不思議と怖くなかった。


 リカは続ける。


「でも、全部知ったら悠真が困るのも分かってる。悠真には悠真の場所があって、あたしが入れないところもある。そういうの、頭では分かってる」


「うん」


「でも、気持ちは追いつかない」


「だろうな」


「悠真、そこで引かないんだ」


「引いてはいる」


「引いてるんだ」


「少し」


「少し?」


「前よりは」


「前よりは」


 リカはその言葉を繰り返して、小さく笑った。


「慣れた?」


「慣れたのかもしれない」


「慣れちゃっていいの?」


「俺にも分からない」


「そっか」


 公園に、風が通った。


 散った桜の花びらが、ベンチの前を少しだけ転がる。


 リカは、鞄の紐を指でいじりながら言った。


「あたしさ、悠真のこと好きって言うけど、たまに自分でも分かんなくなるんだよね」


「何が」


「好きなのか、心配なのか、執着なのか、安心したいだけなのか」


 俺はリカの横顔を見る。


 いつもの明るいギャルの顔ではない。


 笑っているけど、迷っている顔。


「悠真が笑ってると嬉しい。悠真がしんどそうだと嫌。悠真が他の子と楽しそうに話してると、胸の奥がざわざわする。悠真があたしにありがとうって言うと、一日ずっと嬉しい。悠真が怖いって言うと、めちゃくちゃ刺さる」


「……」


「あたしの中で、悠真が大きすぎる」


 その言葉は、静かだった。


 だからこそ、重かった。


 俺は冗談で返せなかった。


 リカは少しだけ笑う。


「怖い?」


「少し」


「重い?」


「かなり」


「逃げたい?」


 俺は答えに詰まった。


 リカは俺の顔を見て、少しだけ目を伏せた。


「あ、ごめん。今の聞き方、重いね」


「いや」


「答えなくていい」


「逃げたい時はある」


 リカの指が止まった。


 俺は続ける。


「でも、リカから逃げたいというより、リカの重さから逃げたい時がある」


「……うん」


「リカ本人が嫌なわけじゃない」


「ほんと?」


「本当」


「悠真、それ、ずるい」


「今日も出たな」


「出るよ。今のはずるいよ」


 リカは少しだけ目元を赤くした。


 泣くほどではない。


 でも、いつもよりずっと柔らかい顔だった。


「リカの重さは困る時がある。でも、リカが心配してくれること全部が嫌なわけじゃない」


「うん」


「リカが俺を見てくれることも、全部が嫌なわけじゃない」


「うん」


「ただ、俺にも俺の場所がある」


「うん」


「そこまで全部入ってこようとすると、困る」


「うん」


「だから、聞け」


 リカが少し笑った。


「結局それ?」


「結局それ」


「聞けばいい?」


「聞けばいい」


「悠真が答えたくない時は?」


「答えない」


「それであたしが不安になったら?」


「不安だって言えばいい」


「それで悠真が面倒って思ったら?」


「面倒だと思う」


「やっぱり」


「でも、言われないよりはいい」


 リカは黙った。


 何度も言っていることだ。


 それでも、何度も言う必要があるのだろう。


 リカには。


 そして、俺にも。


「悠真」


「うん」


「じゃあ聞く」


「何を」


「あたし、重くても隣にいていい?」


 言われると思っていなかった。


 いや、似たようなことは前にも聞かれた気がする。


 でも今日は、前よりずっと深いところから出てきた言葉に聞こえた。


 リカは俺を見ていない。


 膝の上の鞄を見つめている。


 俺は少し考えた。


 軽く答えることもできた。


 もちろん、とか。

 いいに決まってる、とか。

 幼なじみなんだから、とか。


 でも、それではたぶん足りない。


 リカは本気で聞いている。


 だから、俺も本気で答えなければいけない。


「条件がある」


 リカが顔を上げた。


「条件?」


「ああ」


「何?」


「俺が嫌だって言ったら、止まること」


「うん」


「俺が答えたくないって言ったら、無理に聞かないこと」


「うん」


「俺のためって言う前に、俺に聞くこと」


「うん」


「怖くなりそうだったら、一回止まること」


「……うん」


「それができるなら、隣にいていい」


 リカは黙った。


 長い沈黙だった。


 公園の向こうを、自転車に乗った小学生が通り過ぎていく。遠くで犬が吠える。ベンチの下で花びらが少し揺れる。


 リカは、ゆっくり息を吸った。


「それ、できなかったら?」


「その時は怒る」


「嫌いになる?」


「すぐにはならない」


「すぐには」


「何度も同じことをされたら、分からない」


 リカの顔が少しこわばった。


 でも、俺はごまかさなかった。


「そこは嘘をつきたくない」


「……うん」


「でも、リカがちゃんと聞こうとしてる限り、俺もちゃんと言う」


「うん」


「それでいいか?」


 リカは少しだけ震えるように笑った。


「悠真って、優しいのに厳しいね」


「たぶん、リカ相手だとそうなる」


「なんで?」


「甘やかすと暴走するから」


「否定できない」


「だろ」


 リカは小さく笑った。


 その笑い方で、少しだけ空気が軽くなる。


「じゃあ、あたし、隣にいていいんだ」


「条件つきでな」


「条件つきでもいい」


「契約書を作るなよ」


「作らない」


「本当に?」


「……手紙くらいなら」


「作る気があるな」


「改善計画書じゃないから」


「方向性が違うだけで不安だ」


 リカは笑った。


 目元はまだ少し赤い。


 でも、ちゃんと笑っていた。


「悠真」


「うん」


「あたし、悠真のこと好き」


「知ってる」


「今日のは、ちゃんと言いたかった」


「うん」


「好き。重いし、怖い時あるし、変な方向行くし、たぶんこれからも迷惑かける。でも、好き」


「……うん」


「悠真は?」


 来ると思わなかった。


 いや、いつか聞かれるとは思っていた。


 でも、今日ではないと思っていた。


 俺は言葉に詰まった。


 リカはすぐに慌てて手を振る。


「あ、ごめん。今の重かった。答えなくていい。今すぐじゃなくていい。忘れて」


「忘れられる聞き方じゃないだろ」


「だよね。ごめん」


 リカは顔を赤くして、俯いた。


 俺は空を見上げた。


 夕方の空は、薄い青と橙色が混ざっている。


 俺はリカのことをどう思っているのか。


 幼なじみ。


 面倒なやつ。


 怖い時がある女の子。


 重い好意を向けてくるギャル。


 でも、いないと落ち着かない。


 曲がり角にいなかった朝、俺は寂しかった。


 土曜日の待ち合わせで、リカが嬉しそうに笑った時、俺も嬉しかった。


 リカが自分の怖さと向き合おうとしているのを見て、放っておけないと思った。


 それは、好きなのか。


 まだ分からない。


 でも、嫌いではない。


 ただ、それだけでは足りない気もした。


「リカ」


「うん」


「今は、はっきり好きとは言えない」


 リカは小さく頷いた。


「うん」


「でも、嫌いじゃない」


「うん」


「一緒にいるのが、嫌ではない」


「……うん」


「それと」


「うん」


「今日、リカがちゃんと話してくれて、よかったと思ってる」


 リカは顔を上げた。


「それ、どういう意味?」


「逃げずに言っただろ。自分の好きが重いことも、怖いことも、分かんなくなることも」


「うん」


「そういうのを聞けてよかった」


「引いたんじゃなくて?」


「引いた」


「引いたんだ」


「でも、聞けてよかった」


 リカは少しだけ笑った。


「悠真、ほんと正直」


「嘘ついても仕方ないだろ」


「うん。そういうとこ、好き」


「そこに戻すな」


「戻るよ。あたしの話、だいたい悠真好きに戻る」


「重いな」


「知ってる」


 リカはそう言って、少しだけ肩の力を抜いた。


 その顔は、今日一番自然だった。


     *


 帰り道。


 リカはいつもより静かだった。


 でも、それは気まずい沈黙ではなかった。


 公園で話したことを、ゆっくり自分の中に置いているような静けさだった。


 校門近くの道まで戻ると、リカがぽつりと言った。


「今日、何点?」


「聞くと思った」


「聞くよ。今日は大事な日だから」


「何の?」


「好きが重いって認めた日」


「記念日にするな」


「心の中だけ」


「スマホには?」


「書かない」


「偉い」


「でも忘れない」


「だろうな」


 俺は少し考えた。


 今日のリカは、位置共有も言わなかった。学校でもかなり普通寄りだった。放課後の会話は重かったが、逃げずに話した。


「九十点」


 リカが足を止めた。


「え」


「九十点」


「本当に?」


「ああ」


「重かったのに?」


「重かったけど、ちゃんと言ったから」


「怖かった?」


「少し」


「それでも九十?」


「それでも九十」


 リカは、ゆっくり笑った。


「そっか」


「ああ」


「九十二じゃないんだ」


「土曜日は待ち合わせ成功ボーナスがあった」


「じゃあ今日は本音ボーナス?」


「あるな」


「やった」


 リカは嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、俺は少しだけ胸が軽くなる。


 分かれ道で、リカは俺を見た。


「悠真」


「うん」


「明日も隣にいていい?」


「条件つきでな」


「うん。聞く。止まる。怖くなりそうなら一回止まる。悠真のためって言う前に、悠真に聞く」


「よろしい」


「先生みたい」


「生徒が問題児だからな」


「でも、九十点の生徒」


「今日はな」


「明日も頑張る」


 リカは手を振った。


 今日は何度も振り返らなかった。


 一度だけ振り返って、俺がまだいるのを確認する。


 俺が軽く手を上げると、リカは安心したように笑って歩いていった。


     *


 夜、リカからメッセージが来た。


『今日は重かった?』


 俺は返信する。


『重かった』


『でも九十点?』


『九十点』


『理由は?』


 俺は少し考えた。


『ちゃんと聞けたから』


『悠真が?』


『俺も。リカも』


 既読がついた。


 少し間が空く。


『今日、言えてよかった』


『俺も聞けてよかった』


 また返信が遅れた。


 たぶん、リカは画面の前で固まっている。


 やがて、短く届いた。


『ずるい』


 俺は少し笑った。


『知ってる』


『悠真が知ってるって使った』


『うつった』


『あたしの影響?』


『かもな』


 リカから、しばらく返信が来なかった。


 次に届いたのは、短い一文だった。


『嬉しい』


 俺はスマホを見つめた。


 たった三文字なのに、リカの顔が浮かぶ。


 曲がり角で待っている顔。

 時計台で待っていた顔。

 公園で重い本音を話した顔。


 全部が、今日の中で妙に近く感じられた。


『おやすみ』


 俺が送ると、すぐに返ってきた。


『おやすみ、悠真。明日も普通寄りのリカで行く』


『ほどほどにな』


『うん。ほどほどに重いリカで行く』


『軽くはならないのか』


『急には無理』


『知ってる』


『また言った』


『寝ろ』


『はーい』


 スマホを置いて、俺は天井を見た。


 今日のリカの好きは、重かった。


 かなり重かった。


 でも、逃げたいほどではなかった。


 むしろ、聞けてよかったと思ってしまった。


 それが何を意味するのか、俺にはまだ分からない。


 けれど、明日の朝、曲がり角でリカに会うのが少しだけ楽しみになっている。


 それだけは、もうごまかせなかった。

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