第11話 幼なじみギャルの“好き”は、たぶん重い
月曜日の朝、リカはいつもの曲がり角にいた。
土曜日に駅前で待ち合わせた時よりも、ずっと見慣れた姿だった。制服。少し緩めたリボン。明るい髪。片手にスマホ。もう片方の手で鞄の紐を握っている。
ただ、いつもと違うところが一つだけあった。
リカは、俺に気づく前から少し笑っていた。
スマホの画面を見ている。
たぶん、いや、ほぼ間違いなく土曜日の写真だ。
一人分の影と、二人分の影。
俺は昨日の夜、あの写真をお気に入りに入れた。
リカには言っていない。絶対に言わない。言った瞬間、あの写真は「二人の記念日第一号」みたいな扱いになり、何かしらのフォルダ名がつけられる。下手をすると印刷される。
だから言わない。
俺が近づくと、リカは顔を上げた。
「おはよ、悠真」
「おはよう」
「昨日、写真見た?」
早い。
朝の挨拶から二秒で本題に入った。
「見た」
「何回?」
「回数を聞くな」
「一回?」
「……一回」
「ほんと?」
「本当」
「お気に入り登録は?」
「してない」
嘘をついた。
ほんの少しだけ、心が痛んだ。
リカはじっと俺の顔を見た。
「悠真」
「何だよ」
「今、ちょっと嘘っぽい」
「朝から疑うな」
「目が右に逃げた」
「お前の観察眼は時々本当に邪魔だな」
「お気に入りした?」
「してない」
「じゃあ、見せて」
「嫌だ」
「ほら」
「スマホの中身を見せろと言われて見せる高校生は少ない」
「それはそう」
リカは意外とあっさり引いた。
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
だが、リカはにこっと笑って言った。
「でも、見てくれたならいい」
「まあ、一応」
「一応でもいい」
「影だけだぞ」
「影だけだからいいんじゃん」
リカはスマホを胸の前に抱えるように持った。
「顔が写ってたら恥ずかしいけど、影なら見返せる。あたしが待ってて、悠真が来て、二人になったって分かる」
「……そんなに大事な写真か?」
「うん」
即答だった。
リカは俺の横に並び、歩き出す。
「だって、あたし、待てたから」
「それは土曜日にも聞いた」
「何回でも言う。あたしにとっては大事」
「まあ、そうか」
「悠真は簡単そうに言うけどさ、あたし、けっこう大変だったんだよ。時計台の下で、スマホ握って、送るか送らないかずっと迷ってた」
「三回打ったんだっけ」
「三回消した」
「えらい」
「うん。えらい」
自分で言いながら、リカは少し笑った。
その笑い方が、いつもより柔らかかった。
「悠真が来た時、心臓が変な感じした」
「不整脈か」
「そういう現実的な返ししないで」
「すまん」
「嬉しかったの」
リカは、まっすぐ前を見ながら言った。
「見えない時間があっても、悠真は来るんだって思った。場所を知らなくても、今どこにいるか分からなくても、あたしが待ってたら来るんだって」
「約束したからな」
「うん。悠真は約束したら来る」
「普通だろ」
「その普通が、あたしにはすごいんだよ」
リカはそう言ってから、少しだけ照れたように笑った。
「だから今日は、位置共有の話はしません」
「おお」
「言いたくなっても言いません」
「言いたくはなるのか」
「なる」
「そこは正直なんだな」
「隠しても顔に出るし」
「たしかに」
「でも、今日は言わない。昨日、写真見て我慢できたから」
「写真で?」
「うん。悠真が来た証拠」
証拠、という言葉が出てくるあたりがリカだ。
でも、前よりずっといい。
位置情報ではなく、思い出として残す。
監視ではなく、待てた記録として残す。
リカなりに、少しずつ変わっている。
「じゃあ、今日の朝は何点?」
リカが聞いてきた。
「まだ学校着いてないだろ」
「途中点」
「八十五点」
「高い」
「位置共有の話をしない宣言で加点」
「言ってよかった」
「でも写真を見せろは減点」
「うっ」
「だから八十五」
「厳しいけど嬉しい」
リカは満足そうだった。
俺たちは、いつもの道を学校へ向かった。
*
その日の学校は、やけに普通だった。
一時間目、古文。
二時間目、英語。
三時間目、数学。
四時間目、現代文。
リカは、ちゃんと普通寄りだった。
休み時間に俺の机へ来て、距離を確認してから隣に立つ。体調確認は軽め。朝ごはんの内容は聞いたが、写真は要求しなかった。中村たちの件にも触れない。宮原さんの名前も出さない。
あまりに順調なので、翔太が昼休みに言った。
「天宮、今日ちょっと優秀じゃないか?」
リカはパンを片手に、得意げに胸を張った。
「でしょ」
「昨日までの倫理観補習の成果が出てる」
「補習って言い方やめて」
「じゃあ、恋愛倫理ゼミ」
「なんか大学っぽい」
「黒瀬准教授による特別講義」
「俺を巻き込むな」
翔太は笑いながら、俺の弁当を覗いた。
「黒瀬、今日は卵焼きある?」
「あるけど、やらないぞ」
「俺じゃねえよ。天宮が見てる」
見ると、リカが俺の弁当の卵焼きをじっと見ていた。
俺と目が合うと、リカは慌てて視線を逸らした。
「見てない」
「見てた」
「ちょっとだけ」
「欲しいのか?」
「聞いていい?」
「聞いてるだろ」
「欲しいです」
「素直」
俺は卵焼きを一切れ、リカの弁当箱の端に置いた。
リカは大事そうにそれを見る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「今日の卵焼き、甘い?」
「たぶん」
「悠真のたぶん、好き」
「卵焼きの味でそんなに言うな」
「違う。悠真って、自分では何気なく言ってる言葉がたまに安心する」
俺は箸を止めた。
翔太が「おっと」と小さく言う。
「リカ」
「ん?」
「昼休みに急に真面目なことを言うな」
「真面目じゃないよ。感想」
「その感想が重いんだよ」
「可愛い寄り?」
「今日は……可愛い寄り」
リカは嬉しそうに卵焼きを食べた。
翔太が呆れたように言う。
「お前ら、卵焼き一つで感情のキャッチボールしすぎだろ」
「佐伯くんも欲しい?」
「欲しい」
「やるのかよ」
リカが自分のパンを少しちぎって翔太に渡した。
翔太は受け取ってから、ふと真顔になった。
「天宮、これ大丈夫なやつ? あとで『佐伯くんにパンを渡したけど悠真は嫉妬しなかった』とか分析しない?」
「しないし」
「本当か?」
リカは少しだけ考えた。
「……一瞬した」
「するな」
「でも、今やめた」
「やめたなら偉い」
俺がそう言うと、リカは少し照れた。
「悠真に偉いって言われるの、けっこう好き」
「子供扱いっぽくないか?」
「うん。でも、悠真からなら嬉しい」
「その基準がよく分からん」
「悠真基準」
「便利に使うな」
昼休みの教室は、穏やかだった。
少し前まで、リカの行動一つ一つに緊張していたのが嘘みたいだ。
いや、嘘ではない。
たぶん、完全に安心していいわけでもない。
リカはまだリカだ。重いし、怖い時もあるし、たまに妙な方向へ突っ走る。
でも今日のリカは、確かに少し普通寄りだった。
そして、その普通寄りのリカを見ていると、俺はなぜか少しだけ、物足りなさに似たものを感じる。
面倒くさい。
俺もだいぶ面倒くさい。
*
放課後、リカは珍しく俺をすぐには誘わなかった。
自分の席で鞄を持ったまま、少し迷っているようだった。
俺は席を立って、リカのところへ行く。
「帰るか?」
リカは顔を上げた。
「一緒に?」
「一緒に」
「今日、悠真から二回目」
「数えるな」
「嬉しいことは数える」
「またそれか」
リカは鞄を肩に掛ける。
その横で、レイナがにやにやしていた。
「リカ、今日ずっと調子よかったじゃん」
「そう?」
「朝から『位置共有って言わない』って三回自分に言ってたけど」
「レイナ!」
「言ってたのか」
俺が見ると、リカは顔を赤くした。
「だって、言いそうになったから」
「三回?」
「五回」
「増えたな」
「でも言ってない」
「そこは偉い」
リカは少しだけ笑った。
レイナが手を振る。
「黒瀬くん、今日はリカを甘やかしてあげてね。かなり我慢してたから」
「甘やかす?」
「うん。たまにはね」
「レイナ、余計なこと言わないで」
「言わないと黒瀬くん分からなさそうだし」
「それは……」
リカが俺を見る。
俺は目を逸らした。
レイナは正しい。
たぶん俺は言われないと分からないことが多い。
リカは分かりすぎる。
俺は分からなすぎる。
その差が、これまで何度も変な方向へ転がってきた。
「じゃあ、ほどほどに甘やかす」
俺が言うと、リカが固まった。
「え」
「ほどほどにな」
「今の、何?」
「何って」
「悠真が甘やかすって言った」
「レイナに言われたからな」
「でも言った」
「撤回するか?」
「しないで」
リカは両手で鞄の紐を握った。
「保存した。心に」
「いちいち保存するな」
「無理」
レイナが楽しそうに笑っている。
「はいはい、行ってらっしゃい」
俺たちは教室を出た。
*
校門を出たところで、リカは少しだけ立ち止まった。
「今日、どこか寄る?」
「リカが行きたいなら」
「悠真は?」
「今日はどっちでも」
「またどっちでも」
「じゃあ、公園でも寄るか」
リカが目を丸くした。
「公園?」
「駅前まで行くほどでもないし、少し話すくらいなら」
「悠真から話す場所を提案した」
「今日そればっかりだな」
「だって珍しい」
「俺が普段どれだけ受け身みたいに言うんだ」
「受け身だよ」
「即答」
「でも今日は違う」
リカは嬉しそうに笑った。
学校から少し歩いたところに、小さな公園がある。
遊具はブランコと滑り台くらい。夕方になると、たまに小学生が遊んでいるが、今日は誰もいなかった。ベンチの近くには桜の木があり、もう花はだいぶ散っている。地面に薄い花びらが残っていた。
俺とリカは、ベンチに並んで座った。
距離は、ほどほど。
でも、教室や通学路よりも少しだけ近い。
リカはそれに気づいているのかいないのか、鞄を膝の上に置いて、足元の花びらを見ていた。
「ここ、久しぶり」
「来たことあるのか?」
「あるよ。小学校の時」
「ああ」
「悠真、ここで転んで泣いた」
「泣いてない」
「泣いた」
「膝を擦りむいただけだ」
「泣いてた」
「記憶を改ざんするな」
「泣いてたってことにしたほうが可愛い」
「勝手に可愛くするな」
リカは笑った。
その笑い方が、少し懐かしそうだった。
「小さい頃の悠真は、今より分かりやすかった」
「そうか?」
「うん。嫌な時は嫌って顔してたし、痛かったら痛いって言ったし、眠かったら寝た」
「子供だからな」
「今は我慢するじゃん」
「我慢というか」
「する」
リカは俺を見た。
「だから、あたしが見なきゃって思ったのかも」
俺は黙った。
リカは続ける。
「悠真が大丈夫って言う時、本当に大丈夫な時と、大丈夫って言っておけば周りが安心すると思ってる時がある」
「……よく見てるな」
「見てるよ」
「だろうな」
「好きだから」
いつもの言葉だった。
でも今日は、少し違って聞こえた。
リカは、まっすぐ俺を見るのではなく、足元の花びらを見ていた。
「悠真」
「うん」
「あたしの好きって、重いよね」
不意に来た。
けれど、今日のリカは茶化していなかった。
俺は少しだけ息を吐く。
「重い」
「即答」
「嘘つくところじゃないだろ」
「うん。そうだね」
リカは小さく笑った。
「どのくらい重い?」
「質問が難しいな」
「ランドセルくらい?」
「小学生の比喩か」
「じゃあ、米袋?」
「急に生活感出すな」
「十キロ?」
「数値化しようとするな」
「だって、分かんないんだもん」
リカの声が少しだけ揺れた。
「あたしの好きが、どれくらい普通からズレてるのか」
「普通の好きがどれくらいかも、俺にはよく分からないけどな」
「悠真でも?」
「俺でもというか、俺こそ分からない」
「悠真、恋愛慣れてないもんね」
「悪かったな」
「可愛い」
「そこで可愛いと言うな」
リカは少し笑った。
そのあと、すぐに真面目な顔に戻る。
「でも、あたしのはたぶん普通より重いよ。悠真がどこにいるか知りたいし、誰といるか知りたいし、体調悪いなら最初に気づきたいし、誰かが悠真を傷つけるなら止めたいし」
「うん」
「悠真が見えないところで困ってるのが嫌。泣いてるのが嫌。無理してるのが嫌。あたしが気づけないのが嫌」
「……」
「本当はね、悠真があたしに全部言ってくれたらいいのにって思う」
リカは自分で言って、少し苦笑した。
「朝ごはんも、体調も、誰と話したかも、嫌だったことも、楽しかったことも、全部」
「それは無理だな」
「うん。分かってる」
「分かってて言うのか」
「言うだけなら、ちょっと許されるかなって」
「言うだけならな」
リカは少しだけ安心したようだった。
「じゃあ、言う」
「うん」
「あたし、悠真の全部を知りたい」
重い。
かなり重い。
でも、その声は不思議と怖くなかった。
リカは続ける。
「でも、全部知ったら悠真が困るのも分かってる。悠真には悠真の場所があって、あたしが入れないところもある。そういうの、頭では分かってる」
「うん」
「でも、気持ちは追いつかない」
「だろうな」
「悠真、そこで引かないんだ」
「引いてはいる」
「引いてるんだ」
「少し」
「少し?」
「前よりは」
「前よりは」
リカはその言葉を繰り返して、小さく笑った。
「慣れた?」
「慣れたのかもしれない」
「慣れちゃっていいの?」
「俺にも分からない」
「そっか」
公園に、風が通った。
散った桜の花びらが、ベンチの前を少しだけ転がる。
リカは、鞄の紐を指でいじりながら言った。
「あたしさ、悠真のこと好きって言うけど、たまに自分でも分かんなくなるんだよね」
「何が」
「好きなのか、心配なのか、執着なのか、安心したいだけなのか」
俺はリカの横顔を見る。
いつもの明るいギャルの顔ではない。
笑っているけど、迷っている顔。
「悠真が笑ってると嬉しい。悠真がしんどそうだと嫌。悠真が他の子と楽しそうに話してると、胸の奥がざわざわする。悠真があたしにありがとうって言うと、一日ずっと嬉しい。悠真が怖いって言うと、めちゃくちゃ刺さる」
「……」
「あたしの中で、悠真が大きすぎる」
その言葉は、静かだった。
だからこそ、重かった。
俺は冗談で返せなかった。
リカは少しだけ笑う。
「怖い?」
「少し」
「重い?」
「かなり」
「逃げたい?」
俺は答えに詰まった。
リカは俺の顔を見て、少しだけ目を伏せた。
「あ、ごめん。今の聞き方、重いね」
「いや」
「答えなくていい」
「逃げたい時はある」
リカの指が止まった。
俺は続ける。
「でも、リカから逃げたいというより、リカの重さから逃げたい時がある」
「……うん」
「リカ本人が嫌なわけじゃない」
「ほんと?」
「本当」
「悠真、それ、ずるい」
「今日も出たな」
「出るよ。今のはずるいよ」
リカは少しだけ目元を赤くした。
泣くほどではない。
でも、いつもよりずっと柔らかい顔だった。
「リカの重さは困る時がある。でも、リカが心配してくれること全部が嫌なわけじゃない」
「うん」
「リカが俺を見てくれることも、全部が嫌なわけじゃない」
「うん」
「ただ、俺にも俺の場所がある」
「うん」
「そこまで全部入ってこようとすると、困る」
「うん」
「だから、聞け」
リカが少し笑った。
「結局それ?」
「結局それ」
「聞けばいい?」
「聞けばいい」
「悠真が答えたくない時は?」
「答えない」
「それであたしが不安になったら?」
「不安だって言えばいい」
「それで悠真が面倒って思ったら?」
「面倒だと思う」
「やっぱり」
「でも、言われないよりはいい」
リカは黙った。
何度も言っていることだ。
それでも、何度も言う必要があるのだろう。
リカには。
そして、俺にも。
「悠真」
「うん」
「じゃあ聞く」
「何を」
「あたし、重くても隣にいていい?」
言われると思っていなかった。
いや、似たようなことは前にも聞かれた気がする。
でも今日は、前よりずっと深いところから出てきた言葉に聞こえた。
リカは俺を見ていない。
膝の上の鞄を見つめている。
俺は少し考えた。
軽く答えることもできた。
もちろん、とか。
いいに決まってる、とか。
幼なじみなんだから、とか。
でも、それではたぶん足りない。
リカは本気で聞いている。
だから、俺も本気で答えなければいけない。
「条件がある」
リカが顔を上げた。
「条件?」
「ああ」
「何?」
「俺が嫌だって言ったら、止まること」
「うん」
「俺が答えたくないって言ったら、無理に聞かないこと」
「うん」
「俺のためって言う前に、俺に聞くこと」
「うん」
「怖くなりそうだったら、一回止まること」
「……うん」
「それができるなら、隣にいていい」
リカは黙った。
長い沈黙だった。
公園の向こうを、自転車に乗った小学生が通り過ぎていく。遠くで犬が吠える。ベンチの下で花びらが少し揺れる。
リカは、ゆっくり息を吸った。
「それ、できなかったら?」
「その時は怒る」
「嫌いになる?」
「すぐにはならない」
「すぐには」
「何度も同じことをされたら、分からない」
リカの顔が少しこわばった。
でも、俺はごまかさなかった。
「そこは嘘をつきたくない」
「……うん」
「でも、リカがちゃんと聞こうとしてる限り、俺もちゃんと言う」
「うん」
「それでいいか?」
リカは少しだけ震えるように笑った。
「悠真って、優しいのに厳しいね」
「たぶん、リカ相手だとそうなる」
「なんで?」
「甘やかすと暴走するから」
「否定できない」
「だろ」
リカは小さく笑った。
その笑い方で、少しだけ空気が軽くなる。
「じゃあ、あたし、隣にいていいんだ」
「条件つきでな」
「条件つきでもいい」
「契約書を作るなよ」
「作らない」
「本当に?」
「……手紙くらいなら」
「作る気があるな」
「改善計画書じゃないから」
「方向性が違うだけで不安だ」
リカは笑った。
目元はまだ少し赤い。
でも、ちゃんと笑っていた。
「悠真」
「うん」
「あたし、悠真のこと好き」
「知ってる」
「今日のは、ちゃんと言いたかった」
「うん」
「好き。重いし、怖い時あるし、変な方向行くし、たぶんこれからも迷惑かける。でも、好き」
「……うん」
「悠真は?」
来ると思わなかった。
いや、いつか聞かれるとは思っていた。
でも、今日ではないと思っていた。
俺は言葉に詰まった。
リカはすぐに慌てて手を振る。
「あ、ごめん。今の重かった。答えなくていい。今すぐじゃなくていい。忘れて」
「忘れられる聞き方じゃないだろ」
「だよね。ごめん」
リカは顔を赤くして、俯いた。
俺は空を見上げた。
夕方の空は、薄い青と橙色が混ざっている。
俺はリカのことをどう思っているのか。
幼なじみ。
面倒なやつ。
怖い時がある女の子。
重い好意を向けてくるギャル。
でも、いないと落ち着かない。
曲がり角にいなかった朝、俺は寂しかった。
土曜日の待ち合わせで、リカが嬉しそうに笑った時、俺も嬉しかった。
リカが自分の怖さと向き合おうとしているのを見て、放っておけないと思った。
それは、好きなのか。
まだ分からない。
でも、嫌いではない。
ただ、それだけでは足りない気もした。
「リカ」
「うん」
「今は、はっきり好きとは言えない」
リカは小さく頷いた。
「うん」
「でも、嫌いじゃない」
「うん」
「一緒にいるのが、嫌ではない」
「……うん」
「それと」
「うん」
「今日、リカがちゃんと話してくれて、よかったと思ってる」
リカは顔を上げた。
「それ、どういう意味?」
「逃げずに言っただろ。自分の好きが重いことも、怖いことも、分かんなくなることも」
「うん」
「そういうのを聞けてよかった」
「引いたんじゃなくて?」
「引いた」
「引いたんだ」
「でも、聞けてよかった」
リカは少しだけ笑った。
「悠真、ほんと正直」
「嘘ついても仕方ないだろ」
「うん。そういうとこ、好き」
「そこに戻すな」
「戻るよ。あたしの話、だいたい悠真好きに戻る」
「重いな」
「知ってる」
リカはそう言って、少しだけ肩の力を抜いた。
その顔は、今日一番自然だった。
*
帰り道。
リカはいつもより静かだった。
でも、それは気まずい沈黙ではなかった。
公園で話したことを、ゆっくり自分の中に置いているような静けさだった。
校門近くの道まで戻ると、リカがぽつりと言った。
「今日、何点?」
「聞くと思った」
「聞くよ。今日は大事な日だから」
「何の?」
「好きが重いって認めた日」
「記念日にするな」
「心の中だけ」
「スマホには?」
「書かない」
「偉い」
「でも忘れない」
「だろうな」
俺は少し考えた。
今日のリカは、位置共有も言わなかった。学校でもかなり普通寄りだった。放課後の会話は重かったが、逃げずに話した。
「九十点」
リカが足を止めた。
「え」
「九十点」
「本当に?」
「ああ」
「重かったのに?」
「重かったけど、ちゃんと言ったから」
「怖かった?」
「少し」
「それでも九十?」
「それでも九十」
リカは、ゆっくり笑った。
「そっか」
「ああ」
「九十二じゃないんだ」
「土曜日は待ち合わせ成功ボーナスがあった」
「じゃあ今日は本音ボーナス?」
「あるな」
「やった」
リカは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺は少しだけ胸が軽くなる。
分かれ道で、リカは俺を見た。
「悠真」
「うん」
「明日も隣にいていい?」
「条件つきでな」
「うん。聞く。止まる。怖くなりそうなら一回止まる。悠真のためって言う前に、悠真に聞く」
「よろしい」
「先生みたい」
「生徒が問題児だからな」
「でも、九十点の生徒」
「今日はな」
「明日も頑張る」
リカは手を振った。
今日は何度も振り返らなかった。
一度だけ振り返って、俺がまだいるのを確認する。
俺が軽く手を上げると、リカは安心したように笑って歩いていった。
*
夜、リカからメッセージが来た。
『今日は重かった?』
俺は返信する。
『重かった』
『でも九十点?』
『九十点』
『理由は?』
俺は少し考えた。
『ちゃんと聞けたから』
『悠真が?』
『俺も。リカも』
既読がついた。
少し間が空く。
『今日、言えてよかった』
『俺も聞けてよかった』
また返信が遅れた。
たぶん、リカは画面の前で固まっている。
やがて、短く届いた。
『ずるい』
俺は少し笑った。
『知ってる』
『悠真が知ってるって使った』
『うつった』
『あたしの影響?』
『かもな』
リカから、しばらく返信が来なかった。
次に届いたのは、短い一文だった。
『嬉しい』
俺はスマホを見つめた。
たった三文字なのに、リカの顔が浮かぶ。
曲がり角で待っている顔。
時計台で待っていた顔。
公園で重い本音を話した顔。
全部が、今日の中で妙に近く感じられた。
『おやすみ』
俺が送ると、すぐに返ってきた。
『おやすみ、悠真。明日も普通寄りのリカで行く』
『ほどほどにな』
『うん。ほどほどに重いリカで行く』
『軽くはならないのか』
『急には無理』
『知ってる』
『また言った』
『寝ろ』
『はーい』
スマホを置いて、俺は天井を見た。
今日のリカの好きは、重かった。
かなり重かった。
でも、逃げたいほどではなかった。
むしろ、聞けてよかったと思ってしまった。
それが何を意味するのか、俺にはまだ分からない。
けれど、明日の朝、曲がり角でリカに会うのが少しだけ楽しみになっている。
それだけは、もうごまかせなかった。




