11 見てはいけない患者の記憶
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板ぶきの質素な家。
立ち並んでいるのは、どれも農民の家だ。
雨をしのぐには頼りない藁でふいた屋根と、土で塗り固めただけの壁。建てられてから時間の経った場所は、すでに劣化して剥がれていて、資材として用いた中の枝が無残にものぞいてしまっている。採光のため、ほんの気持ち程度の窓が備えられているが、当然ながら役目を果たすには不十分で、昼でもなお暗い。家の脇には、刈り残した薪や欠けたままの桶が、無造作に積まれていた。
そのうちのひとつに、外観とは不釣り合いなほど立派な戸口を持った家がある。扉の淵に飾り彫りが施されているのだ。ほかの家が革を垂らしてあるだけだというのに、その家だけは木製の扉を持っているせいで、周りの貧しい景色から浮いてしまっていた。軽率な人間が、別の場所から切って張りつけたように、悪目立ちしているのだ。
だが、きらびやかなのは戸口だけで、ここが農民の家であることに変わりはない。何を隠そう、そこは私の生家だった。今でこそ違うが、少し前までは、私もそこで暮らしていたのだ。見間違うはずもなかった。
そんな戸口から、少し離れたところで、私は立っている。
もとより、農民にとって家の戸口に価値はない。無用なほどに贅をこらしたことは、ことばを濁さずにいうならば、父上と母上の失敗だろう。
「……」
まだ、朝は早い。空は白んでいた。無理に早起きをしたせいで、頭の中にはうっすらともやがかかっている。
ほどなくして太陽がのぼる。
深い闇に閉ざされていた世界が光を持ち、急速に開けていった。
それに少し遅れて、朝の勤めを知らせる理治神教会の鐘が鳴った。修道士ではない農民にとって、直接的な影響こそないものの、教会は私たちの精神的支柱となっている。同じ集落で、共同的な生活を送っているのだ。農民といえども、その鐘の音を自分たちの生活に紐づけるのは、自然な成り行きだった。朝の勤めを知らせる鐘は、農民たちが畑に向かう合図にもなったのである。
「やっとか……」
待ちくたびれていた私は、足を動かして少しだけ戸口に寄せる。この時間に、来訪者などありはしない。家人を驚かせないよう、戸口の正面に立つことは控えていた。
まもなく、くたびれた顔の両親が家より出て来る。覇気がないのは早朝だからこその一時的なもので、農作業をはじめる頃には、いつものりりしい面立ちに戻っているはずだ。
すぐさま、小走りで駆け寄り、私は頭を下げた。
「次の戦い、私も出兵する運びとなりました」
私のことばに、両親は息を飲むような身じろぎをしていたが、私が駆け寄って来た時点で、薄々内容に察しはついていたらしく、それ以上、驚くようなそぶりは見られなかった。
心配そうな声音で母上が応じてくれる。
「そう……。気をつけるのよ」
「はい。父上、母上もお達者で」
正直なことをいえば、どこをどう気をつけるべきなのか、ある程度の修練を積んだ今でもよく分からない。
防具で覆えない箇所を射られれば負傷するし、最近では、鎖かたびらの隙間をより強く貫くべく、これまでよりもずっと穂先を鋭くした槍が使われるとも聞く。もっとも、こういった重装備で戦場に向かえるのは、士族階級である武人に限った話だ。私のような志願兵は、恰好が軽装と決まっている。
ある意味では無関係だが、重装備の武人でさえも落命が免れないのだから、志願兵の実態はなお悪い。
頭を下げる私の隣を、両親がなごり惜しそうにしながら歩き去っていく。いかに土地を保有している自由農民といえども、長話をしているような暇はない。それは志願兵である私にも、同じことがいえた。
いや、土地を借りている以上、私の場合はもっと悲惨といえるだろう。志願兵は戦場に赴くものの、その地位は貴族ではないからだ。騎兵ではなく、私たちは歩兵として戦場に出向く。
だが、場合によっては農民のほうが憂き目に遭うことを、私は承知していた。
集落を守るために、木柵よりも内側に家々は立てられているが、奥まったほうにあるものは必ず貴族の持ち物だ。木柵に近いところはすべて農家のものになる。万一、侵入者があったとき、真っ先に略奪に遭うのは、ほかでもなく農民たちだろう。攻めるうえでも、近場から襲っていくことは疑いない。
これは実体験だからこそ断言できるが、守るほどの家財を農民が有していることはない。だが、それでも卑しい略奪者が、手を緩める理由にはならないだろう。農民は武具を持つこと自体が許されていないのだ。仮に鍛えられた略奪者に対して、一矢を報いてやろうという、蛮勇にも似た気概を彼が持ち合わせていたとしても、その農民が侵入者に反撃できる道理はなかった。
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