大原ダンジョン
大きな石像が、こちらを見下ろしていた。
ゴーレム……だと思う。だが、ギリシャ彫刻みたいで妙に人間に近い。
石で出来ているはずなのに、顔だけが妙に生々しかった。
「う、動かない……のかな?」
きりちゃんが恐る恐る氷の短杖で足をつつく。
コン、と軽い音。
反応はない。
「……だ、大丈夫そうですね。えへへ、びっくりしたぁ~」
『よかった』
『びびらせやがってw』
『ただの置物か?』
『人間様を舐めるなよ』
きりちゃんはホッとした様子で室内を照らしていく。
へぇ、先端がライトになるタイプの短杖か。
壁には古い紋様が刻まれていた。
「古代文明……みたいな? なんでしょうかね?」
雰囲気があるな……。
ライトの円が、スッと石像の顔を横切る。
その瞬間――。
『目⁉』
『え……?』
『おい……』
『目ぇぇぇぇ!!』
『動いた!!』
『逃げろォォォ!!』
コメント欄が、一気に爆速で流れ始めた。
「……え?」
きりちゃんが、ゆっくり振り返る。
石像は動いていない。
「み、みんな、驚かせようとして……もぅ」
『もぅ、じゃねぇww』
『逃げろ!』
『目を見ろ、目を!』
「……目?」
きりちゃんは、ゴーレムの顔にライトを当てた。
「とくに普通、ですね……みなさんの見間違いじゃないですか?」
「きりちゃん、ライト持つわ」
「ありがとうございます」
美場がライトを受け取る。
「あ、記念に一枚撮ってく?」
『スタッフ緊張感ゼロw』
「じゃあ、せっかくなんで営業さんと撮ろか?」
「え? お、俺ですか……?」
営業マンが戸惑いながら自分を指さす。
「ほらほら、ええから並んで」
『おいおい何が始まった?w』
『のんきで草』
『営業マンそこ代われ』
『いいなー』
「いくでー」
ゴーレムを背に、きりちゃんと営業さんが並んでポーズを取る。
「3、2、1――」
カシャッ。
シャッター音が鳴った、その瞬間。
――ゴゴッ……。
「……え?」
ゴーレムの石腕が、ゆっくり持ち上がる。
一拍遅れて、その腕が振り下ろされた。
――ズドンッ!!
巨大な腕が、二人のいた場所へ叩きつけられる。
「ぎぃやあああああーーーーーっ!!!」
「うわぁあああーーー!!」
石片が飛び散った。
『動いたァァァッ!!』
『逃げろぉぉぉーーー!!』
『やばいやばいやばい!!』
『ガチボスじゃん!!』
「みなさん走ってください!! 出口は右です!!」
営業マンが叫ぶ。
「み、右ぃぃぃっ!?」
「こ、こんなの……無理ですぅぅぅ!!」
ゴゴゴゴ……!
ゴーレムが立ち上がる。
石同士が擦れる重低音が、部屋中に響いた。
やべぇ、装備も何もしてねぇのに……!
「お、おい! 何してんだよ!」
スマホの画面に美場の冷静な顔が照らされている。
次の瞬間、配信画面がフッと暗転した。
『えっ』
『は?』
『切るな切るな切るな!!』
『続きぃぃぃ!!』
「おい、美場?」
「続きが気になる状態で切るんが一番伸びるやろ?」
……うわエグいなコイツ。
俺は構わず美場の細い手を掴んだ。
一瞬、美場の目が見開いたように見えた。
「いいから逃げるぞ!」
「う、うん……」
俺たちはゴーレムの部屋を飛び出し、一目散に逃げ帰った。
* * *
――数分後。
美場と入口で待っていると、きりちゃんと営業さんが戻ってきた。
ふたりとも顔面蒼白だな……。
「大丈夫でした?」
「え、ええ……なんとか……」
営業マンがネクタイを緩めながら苦笑する。
「うぅ……死ぬかと思いましたぁ……」
きりちゃんは今にも泣きそうだった。
『アーカイブまだ!?』
『配信切るタイミング天才か?』
『続き気になりすぎるぅぅぅ!!』
『同接4.6万で草』
「いやぁ、ええもん撮れたわ」
美場が満足そうに頷く。
「あそこで切って正解やったな。コメント欄、今ごろ阿鼻叫喚やで」
「……」
俺じゃとても真似できねぇなと感心していた、その時だった――。
「おぉ! すごい!」
営業マンが声を上げ、自分のスマホをこちらへ向けた。
「内見の予約が一気に入りました!」
画面には通知がずらりと並んでいた。
『見学希望』
『動画コラボ希望』
『スポンサー相談』
『現地イベント化可能ですか?』
「え……?」
いったい何の話だと思っていると、美場が普通に答える。
「効果があってよかったです。じゃあ、事前の打ち合わせ通りでええですか?」
「ええ、もちろんですよ! ありがとうございます!」
営業マンは深々と頭を下げた。
「いやぁ、本当に助かりました。また物件が出たら、ぜひ相談させてください」
「ええ、この猫屋敷に連絡もろたら」と、美場が俺に手を向ける。
「わかりました。では、今日はこの辺で――お先に失礼します」
営業マンは何度も頭を下げながら帰っていった。
その背中を見送りながら、俺は首を傾げる。
「……どういうことだ?」
きりちゃんも小首を傾げている。
「ごめんっ!」
美場がパンっ、と両手を合わせた。
「あんな、最初からこれ……プロモ案件やってん」
上目遣いで俺ときりちゃんの顔色をうかがう。
「「……え?」」
「ちゃんと台本があったんよ。ウチと営業さんの間ではな」
「マジかよ……」
「だ、台本……?」
「未公開ダンジョンって話題性あるしな。今回他にもネタ要素があったし……」
美場は指を折って数え始める。
「ツカミで遺産整理やろ? 未調査ダンジョンに謎の鍵で扉探し、最後にボス出現の流れや」
「……」
「い、いや、でもな、台本いうても簡単な流れだけやし、決めてたんは鍵渡すとこまでやで?」
美場が肩をすくめる。
「ゴーレム起動したんは完全にイレギュラーやし」
「「……」」
俺ときりちゃんが美場をじとーっと見つめる。
「あ、あはは……黙っててごめん! この通りや!」
美場が拝むように頭を下げた。
「……で? いくらもらったんだよ。ギャラ出てるんだろ?」
すると美場はゆっくり顔を上げ、ニッと笑って、指を三本立てた。
「えっ、三万円も……⁉」
きりちゃんが目を丸くする。
「きりちゃんごめん、ゼロ少ないわ」
「……え?」
「さ、さんじゅう……っ⁉」
きりちゃんが硬直する。
俺も普通に驚いた。
だが、美場はまだニヤニヤしていた。
「いや、もう一個やで」
「……は?」
「今回の案件料、三百万や」
「「…………はぁぁぁぁぁっ⁉」」
きりちゃんがその場で腰を抜かした。
「さ、さんびゃく……っ!? あ、あわわわ……そ、そんな大金っ……!」
「そら企業案件やしなぁ。それに成功せんかったら、ほぼギャラ無しの取り決めやってん。その分、成功報酬を上げてもろたんよ」
美場はケロッとしている。
「事故物件も、今や立派なエンタメ産業っちゅーことやな」
「怖ぇ時代すぎる……!」
「よぉーし!」
美場がパンッと手を叩く。
「今日は焼き肉や! ぱぁーっと行くでぇ!」
「や、焼き肉っ!?」
さっきまで青ざめていたきりちゃんの目が、一瞬で輝いた。
「いいんですかっ⁉」
「もちろんや。今日の主役はきりちゃんやしな」
「やったぁ!」
ぴょこん、ときりちゃんが跳ねる。
きりちゃんを横目に、俺は小声で美場に尋ねた。
「……おい、きりちゃんの取り分、ちゃんと払うんだよな?」
「当たり前やんか」美場は笑う。
「ただまぁ、あの感じやと……一気に渡したら腰抜かすやろ?」
「……それは、まぁ」
たしかに、今ですら半分パニクってるもんな……。
「落ち着いた頃に、ボーナスって形で渡したらええかなって」
「うん、そうだな」
「美場さーん! 猫屋敷さーん! はやく行きましょー!」
きりちゃんが満面の笑みで手を振っていた。
「はーい」
「今行くよー」
こうして、大原ダンジョンのプロモ案件は大成功を収めた。
後日、本当の額を知ったきりちゃんが泡を吹いてぶっ倒れたのは、また別の話である……。




