終われない場所
美場と相談した結果、幡ヶ谷のダンジョンは売り抜けることにした。
最高値を付けていた業者はグレーな感触があったため、二番目の副業サラリーマンに売ることにした。
大手企業にお勤めだとか……。まったく罪悪感がなくて助かる。
最終的な成約額は――1650万となった。
「いっせんろっぴゃくごじゅう……!」
俺は何度も数字を見直した。
つい先週まで230万で足元を見られていたのに。
大原ダンジョンのプロモ報酬と合わせると1800万近くにもなった。
「ウチの実力、わかったやろ?」
美場がドヤ顔で腕を組む。
「……ああ、正直すごいと思う」
「でっしょぉーん?」
うれしそうに鼻を鳴らす。
借金5000万完済には程遠いが……。
でも、これでかなり余裕ができる。
種銭もできた。
「よっしゃあ! 次、行くでぇ!」
美場がタブレットをひったくり、ダンフリーを開く。
「さーて、どれがええかなぁ……。廃墟型もええけど、もう一回遺跡型いってみる? あーん、でも坑道型もおもろそうやしなぁ……ねこやしき! ちょっとこれ見て!」
「……おう」
俺はのぞき込んだ。
「どう思う?」
「まあ、悪くないと思う」
「なんやその反応! もっと食い付いてくれへん?」
美場がタブレットを俺の鼻先に突き付ける。
俺はそれを軽く押しのけた。
「わかったわかった、ちゃんと見てるって」
「ホンマかいな……」
美場はジトっとした目で俺を見た後、また画面に視線を落とした。
「ま、ええわ。あとはきりちゃんとの契約周りも固めなあかんし……次の案件どっから持ってくるかも考えんとな」
独り言のように続ける美場の声が、遠く聞こえた。
画面の中の物件が、なんとなく頭に入ってこない。
坑道型。
廃墟型。
遺跡型。
どれを見ても、頭の奥で何かが引っかかる。
――焼けた壁の、あの臭いを思い出していた。
* * *
「ねこやしき、これとこれ、どっちがええと思う?」
美場が二つの物件を並べて見せてくる。
地下五階の廃工場型と、地下三階の廃病院型だ。
「廃病院の方が話題性はあるよな」
「やっぱそうやんなぁ、きりちゃんとの相性も良さそうやし。でも廃工場の方が規模あって……」
美場がぶつぶつ言いながらスクロールする。
俺は手元のコーヒーを飲んだ。
「……なぁ、ちょっと静かすぎひん?」
タブレットを見たまま、美場が言った。
「え?」
「え、ちゃうわ。ねこやしきのことやで」
美場が俺の顔を見た。
俺は少し戸惑いながら、コーヒーカップを置いた。
「いや、特に、意識してなかったけど……」
「……」
美場はもう一秒だけ俺を見ていたが、すぐに視線を画面へ戻した。
「ま、とりあえず廃病院で話進めてみよか」
「ああ、そうだな」
「……返事が早いねん」
「え?」
「こっちの話や、ほな進めるでー」
美場はそう言ってスマホを取り、電話を掛けながら外へ出て行った。
いつもなら良い足してんなぁと眺めるところだが、今日はなぜか何も思わなかった。
* * *
――立川のワンルーム。
プロモ案件が終わった夜。
霧野仲 海音は、ベッドの上でノートパソコンの画面を凝視していた。
「……ここのカット、長くないかな?」
再生中の動画を止める。
ダンジョン配信者の動画だ。
登録者五十万超えの、いわゆるトップ層。
「でもこのテンポ感、BGMの乗せ方が上手い……」
メモ帳に書き込む。
BGM ── 緊張場面の直前に一瞬無音。
「あと、サムネ……」
別のタブを開く。
再生数百万超えの動画が並んでいた。
文字の大きさ。
色の使い方。
顔写真の位置。
スマホに写真を撮り、並べて比較する。
「うぅ……やっぱり顔でかく使ってるやつの方が強いなぁ……」
眼鏡を外し、眉間を揉む。
コンビニバイトのシフト明け。
大原プロモの報酬が入ったとはいえ、まだバイトを辞めることはできない。
机の上のエナドリは三本目だ。
「……でも」
スマホに保存してある、あの夜の切り抜き動画を開く。
あの夜の同接五万。
流れ続けたコメント。
『元々、きりちゃんが持ってたもんやで』
美場さんの声が、頭の中で再生された。
「私が……」
もう一度、メモ帳を開く。
動画尺は短め。開始30秒が勝負。
効果音、ジャンプカット、リアクション優先。
「うん」
頷いて、画面に向き直る。
目は疲れていたが、手は動いていた。
* * *
深夜一時。
アパートのベランダで、俺はビールの缶を開けた。
夜風を浴びながら、ビールを飲んだ。
「ふぅ……」
眠れなかった。
今日も美場と物件を見た。
いくつか良さそうな候補も出た。
美場は「これいけるで」と目を輝かせていた。
俺もワクワクする気持ちはちゃんとあった。
なのに、ちっとも頭に入ってこない。
ちびちびとビールを飲む。
暗い空に、月が出ていた。
周りの家々の窓の明かりをぼうっと眺める。
「……」
頭の隅に、ずっとある。
あの、焼け跡。
爬虫類系モンスに特化しようと、フロアに溶岩ユニットを設置した。
あれよあれよと燃え移り、ダンジョンビルは全焼――。
購入資金は借金へと変わった。
モンスも召喚したばかりだった……。
ダンジョン内で死んだモンスは、コアに戻るだけだ。それは知ってる。
そういう仕組みだって、頭では理解してる。
モンスはペットなんかじゃねぇ。
「わかってんだよ……」
でも、あの日、決めたのは俺だ。
俺が設置した。
黒焦げになった壁は、まだそのままだ。
「眠れへんの?」
振り向くと、美場がガラス戸から顔を出していた。
大きめのTシャツ姿で、半分眠そうな目をしている。
「……悪い、起こしたか?」
「ううん」
美場はスリッパのまま、ベランダに出てきた。
俺の隣で手すりにもたれ掛かる。
「風邪引くぞ、中入ってろよ」
美場は答えず、俺の手からビールをひったくった。
「お、おい……」
「うまっ……」
空になった缶を俺に突き返す。
「……」
美場は黙ったまま夜空を仰いでいる。
俺はその横顔を一瞥した後、空き缶を見つめながら触っていた。
「ねこやしき」
「ん?」
美場を見ずに答える。
「いまのアンタ……つまらんわ」
「え……」
隣に顔を向けると、美場はもうガラス戸に手をかけていた。
「寝る」
こちらを見ずに、それだけ言って部屋に戻っていった。
「はぁ……」
俺は月を見上げた。
空き缶を指で潰す。
「そっか、俺、つまんねぇのか……」
呟いた声は、夜の空気に溶けた。
* * *
翌朝、俺は美場に声をかけた。
「笹塚、行ってくるよ」
美場はスマホ片手にコーヒーを飲みながら、ちらっと俺を見た。
「ひとりで?」
「ああ、うん」
「……そ、わかった」
それだけ言って、美場はスマホに目を戻す。
理由も聞かないのか。
なんか言ってくれるかと思ったが……まあ、こいつはそういうやつじゃないよな。
「行ってくるわ」
「うん、いてらー」
俺は静かに家のドアを閉めた。
* * *
笹塚のダンジョンは、変わっていなかった。
いや、正確には何も変わりようがない。
あの日から、何も手をつけていないもんな……。
黒ずんだビルの外壁。
割れたまま放置された一階の窓にはスプレーで落書きをされている。
入口に貼られたままの、色褪せた立ち入り禁止のテープ。
「……」
テープをくぐって中に入る。
まだ、焦げた匂いがした。
焼け崩れた受付カウンター、煤で真っ黒になった壁。
溶けて固まったままのデバイスの残骸……。
床を踏むたびに、炭になった木材がぱきりと鳴る。
俺はゆっくりと中を歩いた。
頭の中で、あの日の声が順番に並んでいく。
消防員の、疲れた顔。
『これじゃ、コアは休止状態だねぇ。もう無理だと思うよ?』
警察官の、ぼんやりした相槌。
『なかなか再活性化したって話は聞かないなぁ』
保険屋の、書類を繰りながらの声。
『コアが休止したとなると担保の問題もでてきますし、評価額の計算も変わってきますので』
鑑識の人を質問攻めにしたっけ……。
『ダンクロなんかの大手は、コアの再活性方法を独自で研究してるらしいけど……まあ、企業秘密だろうね』
全員が、遠回しに同じことを言っていた。
終わりだ、と。
「……」
奥まで歩いて止まる。
かつてモンスたちが湧いていた地下へつながる扉。
溶けた金属で塞がっている。
業者を呼んで焼き切らないと無理かもな……。
俺はその扉の前に、しゃがみ込んだ。
腕を膝の上に乗せて、黒焦げの扉を見る。
俺、馬鹿みたいだな。
こんなところに来て、何をしてるんだろう。
美場と事故物件を再生してりゃ、億だって夢じゃ無いってのに……。
「このまま終わりたくねぇんだよなぁ……」
声に出したら、少しだけ楽になった気がした。
「――あ、おったおった」
後ろから声がした。
振り向くと、美場ときりちゃんが立っていた。
美場は手にコンビニの袋をぶら下げている。
きりちゃんは黒マスクにバケットハットで、入口のテープを恐る恐るくぐったところだった。
「……どうしたんだ二人とも?」
「どうしたもこうしたもあらへんやろ……あんだけフラグ立てられたら気になってしゃあないやん」
そう言って美場は、やれやれと言った感じで短く息を吐く。
「まあ、なんで朝からこんなとこ来るか、だいたいわかるしな」
「……」
美場はコンビニ袋から缶コーヒーを取り出して俺に投げた。
俺はそれを受けとめる。
「さんきゅ」
「で? ここに来て何かわかったん?」
俺はぐるっと室内を見回した。
缶コーヒーを開け、一口飲む。
「……お前のお陰で、少し時間ができた」
自然と話し始めていた。
「次へ進みたいと思ってたんだけどな……どうしても、ここの事が気になってさ。さっさと忘れりゃいいのに、バカだと思うだろ?」
「思わへんよ」
即答だった。
「このままさ……このまま、終わりたくねぇんだよな」
俺は頬を指で掻く。
「……やれるだけ、やってみたいんだ」
美場は煤だらけの壁を見回してから、大きくため息をついた。
「はあ~~……ホンマに」
そして、俺を見る。
「そういうとこ、昔から変わらんなぁ?」
「そうかな?」
「そうや、一回言い出したら聞かんやろ。ウチよりたち悪いで」
やれやれと肩を竦める。
でも、どこか嬉しそうに見えた。
その隣できりちゃんが、おずおずと手を挙げた。
「あの……わ、私も何かお手伝いしたいです……っ!」
「きりちゃん……」
「お、お役に立てるかわかんないんですけど……でも、チームなんで!」
照れくさそうに俯く。
「――で」
美場が髪を後ろに払う。
「何からやるん? とりま、コアをどうにかせなあかんのやろ?」
「ああ、活性化できなきゃ、そこで終わりだけどな。一回掘り出してみる必要がある」
「その再活性化ちゅうの? 情報、集めなあかんな」
「美場……手伝ってくれんのか?」
美場がため息をついた。
でも口元が笑っていた。
「何を言うてんの――あたしら、とっくにチームやろ?」
「ですですっ!」
きりちゃんがぐっと両拳を握った。
焦げた壁。
崩れた受付。
煤だらけの床。
可能性はゼロじゃ無い。でも、限りなく低い。
正直、皆を巻き込んでまで、やる意味があるとは思えない。
でも――。
「やろう」
俺は立ち上がってコーヒーを飲み干した。
「見とき、ウチの本気みせたるわ」
「まずは情報収集からですね」
「ああ、頼りにしてる――」
俺は手を伸ばした。
美場がその上に手を置く。
一番上にきりちゃんが手を重ねた。
「やるぞ!」
「「おぉー!」」
「「「あははは!」」」
焦げ跡の残る室内に、笑い声が響く。
こうして、俺……いや、俺たちのダンジョン再建が始まったのだった。
一旦ここで毎日更新はお休みします。
今後、不定期で更新いたします。




