扉の向こう
――翌日の夕方、大原ダンジョン前。
あれから俺と美場は大慌てで準備を進めた。
契約に関しては俺も賛成だ。
事故物件再生スキームには夢がある。
この調子でいけば5000万なんて数年でペイできる勢い……。
しかし、それにはきりちゃんの力も借りなくてはならない。
そう、俺達はチームなのだ。
リスクは俺が請け負い、美場が采配を振り、きりちゃんがプレイヤーとして動く。この形は理想的に思えた。
かなり悩んでいたきりちゃんだったが、
「案件管理、契約、スポンサー対応、切り抜き管理、税金。配信って、伸びてからが地獄なんやで」という美場の殺し文句が決まった。
もちろん、騙すわけじゃない。
ちゃんと俺が裏方として責任を持って対応するつもりだ。
こうしてきりちゃんが正式にチームのメンバーとなり、今回の大原ダンジョンの内見配信がチーム初仕事となるわけだが……。
* * *
駅から徒歩二分。
古びた石造りの入口には、まだ『立ち入り禁止』の黄色テープが貼られている。配信開始前なのに、コメント待機欄が異常な勢いで流れていた。
『おてて膝のうえ』
『きりちゃぁあぁぁああん‼‼』
『公開前ってマジ?』
『絶対やばいやつじゃん』
『また泣く?』
『まもるっち』
「うぅ……プレッシャーが……」
きりちゃんがスマホを握りしめて震えている。
その横で、美場は仲介のだるま不動産の営業と話していた。
三十前後くらいの、清潔感のある爽やか系。
細身だがスーツの上からでも体幹がしっかりしているのがわかる。
たぶんクッソモテるタイプだな……。
「いやぁ~、本当に助かります」
「いえいえ、こちらこそ」
美場が営業スマイルで笑う。
「じゃあ、軽く回していこか?」
声をかけると、きりちゃんが小さく頷いた。
画面にきりちゃんが映し出された。
一気にコメント欄が活気づく。
『きたああああーーーーっ!!!』
『きりちゃあああん!!』
『待ってた!』
『今日もかわよ』
「こんばんは……どうも、きりおんです。きょ、今日は、なんと未公開……あ、えっと……一般公開前のダンジョンを内見させていただけるということで、わたしも気合いがはいってます……はい」
『気合いはいってねぇーww』
『テンション下がってるしw』
ふいに美場が営業に話を振った。
「でも、お兄さん。正直この物件、きりちゃんと相性ええと思いません?」
「えっ⁉」
突然振られた営業マンが固まった。
「男的にどうです? きりちゃん」
「――ぶっ⁉」
きりちゃんが吹き出す。
営業マンはめちゃくちゃ困った顔をしたあと、
「……あり、ですね」と小さく言った。
『正直不動産で草』
『即答じゃん』
『営業なのに本音漏れてるw』
『わかる』
『きりちゃんかわいいもんな』
コメント欄が爆速で流れる。
「ちょ、ス……スタッフさんっ!」
「ええやん盛り上がっとるし」
美場はケラケラ笑っていた。
営業マンも、もう苦笑いするしかない感じだ。
「ちなみに彼女さんとかいらっしゃいます?」
「えっ、いや……」
『スタッフの尋問始まって草』
『事故物件より怖い』
『営業マン逃げて』
営業マンが完全にタジタジになっている。
美場は獲物を見つけた猫みたいな顔で笑った。
「いやぁでも、ありですか。ウチのきりちゃんも喜びます」
「あ、いや……どうも」
営業マンが照れくさそうに何度も頭を下げた。
「ちなみに、どの辺が?」
「えっ⁉」
『詰めるなwww』
『圧迫面接で草』
『不動産屋が事故物件になってる』
営業マンは観念したように、ちらっときりちゃんを見る。
「……守ってあげたくなる感じ、ですかね」
「っ~~~~⁉」
きりちゃんは顔を真っ赤にしたまま、その場にうずくまっていた。
『かわいい』
『営業マンわかってるな』
『これがプロ』
『案件成約です』
『同接2.8万』
『3万いきそう』
『営業マン人気で草』
画面右上の数字が、また跳ねた。
美場がニヤっと笑い、
「見てみぃねこやしき。需要の塊やん」と、俺に囁く。
こいつ……。
完全にコメント欄の回し方わかってやがる……。
* * *
――大原ダンジョン内部。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
石造りの通路、壁には古びた松明台が並ぶ。
床には長い年月をかけて削れたような擦り跡が残っていた。
「うわぁ……雰囲気あるなぁ……」
俺が思わず呟くと、コメント欄も盛り上がっていた。
『ガチ遺跡じゃん!』
『これ未公開なのやばくね?』
『普通に行きたいわ』
『雰囲気◎』
『きりちゃんびびってる?』
「び、びびってません……!」
きりちゃんが慌てて否定する。
だが声がちょっと震えていた。
その時、不動産屋の営業マンが補足する。
「こちら、先日……元オーナーさんが亡くなられまして」
「な、亡くなった⁉」
「はい。相続人の方は、ダンジョン経営に興味がないそうで、うちが遺産整理案件として預かってる形ですね」
『うわ事故物件感出てきた』
『リアルだなぁ』
『遺産のダンジョンってあるんだ』
「ただ、内部調査が途中で止まってまして……」
「途中で?」
営業マンが少しだけ声を落とす。
「実は元オーナーが亡くなった時……この鍵を握りしめていたそうなんです」
ポケットから古びた鍵を取り出す。鈍い銀色で、やけに装飾が細かい。
「調査員に調べてもらっているんですが、対応する扉がどこにも見当たらなくて……」
「……え?」
きりちゃんが引き攣った顔をする。
『こわ』
『急にホラーになるな』
『その鍵なんなんw』
「まぁ、調査はまだ続いていますので」と営業マンが苦笑した。
てか、なんでホラーな言い方すんだよ……この営業マン。
普通に怖ぇだろ……!
「――きりちゃん、そろそろいこか?」
「えっ、あ、はいっ!」
きりちゃんが慌てて前へ出る。
さっきまでタジタジだったのに、ダンジョンへ入ったせいか少し顔に自信が戻っていた。
「えっと……この辺りは湿気が多いので、ゲジゲージ系が出やすいと思います」
『急に攻略配信始まった』
『そういや元々ガチ勢だったわw』
『解説助かる』
「ゲジゲージは脚力が高いので、狭い通路だと距離を取るのが重要で――」
……カサ。
「……っ」
きりちゃんの肩がぴくりと震えた。
……カサカサ。
壁際の暗闇から、小型のゲジゲージが這い出してくる。
「ひぅっ!?」
『もう怖がってて草』
『反応かわいい』
だが次の瞬間。
きりちゃんは素早く氷の短杖を抜いた。
「で、でも! ゲジゲージは正面から来るタイプなので、落ち着いて――」
パシュッ!
氷弾が飛ぶ。
見事に命中。
ゲジゲージが床へ落ち、脚を痙攣させた。
「このように遠距離系の武器があると楽ですね」
『うまっ』
『普通に強い』
『ちゃんとしてるやん!』
「……」
きりちゃんがちょっと得意げだ。
だが、その直後だった。
――カサ。
……カサカサカサ。
「……え?」
音がする。
奥の暗闇。
通路のさらに向こう。
……カサカサカサカサカサカサ。
「っ……」
きりちゃんの顔が青ざめた。
次の瞬間。
――ドゴォッ!!
壁が揺れた。
ぬるり、と。
通路の奥から巨大な何かが這い出してくる。
大ゲジゲージだった。
通常種の三倍はある。
『でっっっっか!!!』
『うわあああああ!!』
『ボスサイズで草』
『逃げろぉぉぉ!!』
「……ひっ」
ガサガサガサガサガサッ!!
「い……いやぁぁぁぁあああああああ――――っ!!!」
きりちゃんが全力で逃げ出した。
『悲鳴たすかる』
『ガチで草』
『速ぇwww』
『これが見たかった』
「ちょっ、きりちゃん! カメラカメラ!」
「む、無理ぃぃぃぃっ!!」
半泣きで逃げ回るきりちゃん。
美場と俺と営業マンが追いかける。
コメント欄は完全にお祭り状態だった。
* * *
数分後。
「……はぁ、はぁ……」
きりちゃんは壁に手を付きながら肩で息をしていた。
『生きててよかった』
『涙目で草』
『かわいい』
「す、すみません……取り乱しました……」
「いや、しゃーないしゃーない」
美場はニヤニヤしている。
絶対おもしろがってるな、こいつ。
「で、でも! せっかくなのでちゃんと攻略も……」
きりちゃんは気を取り直したように前へ進む。
すると、通路の角からスライムが現れた。
半透明のゼリー状モンス。
初心者向けだ。
「スライムは核を狙えば――」
パシュッ!
氷弾が中心を撃ち抜く。
スライムは一撃で霧散した。
「この通り、簡単に倒せます!」
『うま』
『普通に有能』
『ちゃんと実力あるんだよな』
『ギャップえぐい』
「えへへ……」
ちょっと安心したように笑う、きりちゃん。
その時だった――。
「そや、きりちゃん」
美場が営業マンをちらっと見る。
「さっきの鍵、きりちゃんに試させてあげてもらえます?」
「あ……そうですね、せっかくですし」
営業マンがきりちゃんへ鍵を差し出した。
「どうぞ」
「えっ、えっ⁉ 私がですか……?」
え、何この流れ……。
『イベント始まった』
『なんだこれw』
『絶対重要アイテムじゃん』
「ほな、合う扉探してみよか?」
美場が楽しそうに笑う。
『天の声容赦ナスw』
『ここのスタッフ鬼か』
「えぇぇ……」
きりちゃんは恐る恐る鍵を受け取った。
* * *
それからしばらくの間……。
きりちゃんはダンジョン内の扉を片っ端から試して回っていた。
「こ、ここも……違う……」
ガチャ。
開かない。
『ハズレ』
『鍵探索配信になってて草』
次の扉。
ガチャガチャ……。
開かない。
「うぅ……なんで私がぁ……」
『がんばれ』
『探しまくってて草』
『かわいい』
「あれ?」
『お?なんだなんだ?』
『見つけた?』
きりちゃんが、崩れた石像の奥に顔を突っ込む。
「あ、こっちに何かありますね……」
『有能w』
『行くな!』
『あぶないよ!』
きりちゃんに続いて俺たちも石像を乗り越え、奥へ入る。
「……これ、じゃないですか?」
ひとつだけ妙に大きな扉があった。
黒ずんだ石扉。
表面には、擦り切れた人型のレリーフが刻まれている。
「……開けてみますね」
きりちゃんがおそるおそる鍵を差し込む。
カチリ。
「――あ」
鍵が回った。
『え』
『開いた?』
『おいおいおい』
ゴゴゴゴゴ……。
重い石扉がゆっくりと開く。
「く、暗いですね……」
奥が見えない。
だが。
――ぬらり、と。
暗闇の奥で、何かが動いた。
『え?』
『なに今の?』
『でかくね?w』
『ちょっと待って』
『うしろうしろうしろ』
「――っ⁉」
きりちゃんの顔が引き攣る。
震えるライトが、暗闇の奥を照らした。
そこにいた何かが、ゆっくりとこちらを向く。
カメラがそれを捉えた瞬間――。
あれほど爆速で流れていたコメント欄が、ピタリと止まった。




