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事故物件ダンジョン、再建します!  作者: 雉子鳥幸太郎


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7/9

扉の向こう

――翌日の夕方、大原ダンジョン前。


あれから俺と美場は大慌てで準備を進めた。


契約に関しては俺も賛成だ。

事故物件再生スキームには夢がある。


この調子でいけば5000万なんて数年でペイできる勢い……。

しかし、それにはきりちゃんの力も借りなくてはならない。


そう、俺達はチームなのだ。

リスクは俺が請け負い、美場が采配を振り、きりちゃんがプレイヤーとして動く。この形は理想的に思えた。


かなり悩んでいたきりちゃんだったが、

「案件管理、契約、スポンサー対応、切り抜き管理、税金。配信って、伸びてからが地獄なんやで」という美場の殺し文句が決まった。


もちろん、騙すわけじゃない。

ちゃんと俺が裏方として責任を持って対応するつもりだ。


こうしてきりちゃんが正式にチームのメンバーとなり、今回の大原ダンジョンの内見配信がチーム初仕事となるわけだが……。


    *  *  *


駅から徒歩二分。

古びた石造りの入口には、まだ『立ち入り禁止』の黄色テープが貼られている。配信開始前なのに、コメント待機欄が異常な勢いで流れていた。


『おてて膝のうえ』

『きりちゃぁあぁぁああん‼‼』

『公開前ってマジ?』

『絶対やばいやつじゃん』

『また泣く?』

『まもるっち』


「うぅ……プレッシャーが……」


きりちゃんがスマホを握りしめて震えている。

その横で、美場は仲介のだるま不動産の営業と話していた。


三十前後くらいの、清潔感のある爽やか系。

細身だがスーツの上からでも体幹がしっかりしているのがわかる。

たぶんクッソモテるタイプだな……。


「いやぁ~、本当に助かります」

「いえいえ、こちらこそ」

美場が営業スマイルで笑う。


「じゃあ、軽く回していこか?」

声をかけると、きりちゃんが小さく頷いた。


画面にきりちゃんが映し出された。

一気にコメント欄が活気づく。


『きたああああーーーーっ!!!』

『きりちゃあああん!!』

『待ってた!』

『今日もかわよ』


「こんばんは……どうも、きりおんです。きょ、今日は、なんと未公開……あ、えっと……一般公開前のダンジョンを内見させていただけるということで、わたしも気合いがはいってます……はい」


『気合いはいってねぇーww』

『テンション下がってるしw』


ふいに美場が営業に話を振った。


「でも、お兄さん。正直この物件、きりちゃんと相性ええと思いません?」

「えっ⁉」


突然振られた営業マンが固まった。


「男的にどうです? きりちゃん」

「――ぶっ⁉」


きりちゃんが吹き出す。


営業マンはめちゃくちゃ困った顔をしたあと、

「……あり、ですね」と小さく言った。


『正直不動産で草』

『即答じゃん』

『営業なのに本音漏れてるw』

『わかる』

『きりちゃんかわいいもんな』


コメント欄が爆速で流れる。


「ちょ、ス……スタッフさんっ!」

「ええやん盛り上がっとるし」


美場はケラケラ笑っていた。

営業マンも、もう苦笑いするしかない感じだ。


「ちなみに彼女さんとかいらっしゃいます?」

「えっ、いや……」


『スタッフの尋問始まって草』

『事故物件より怖い』

『営業マン逃げて』


営業マンが完全にタジタジになっている。

美場は獲物を見つけた猫みたいな顔で笑った。


「いやぁでも、ありですか。ウチのきりちゃんも喜びます」

「あ、いや……どうも」

営業マンが照れくさそうに何度も頭を下げた。


「ちなみに、どの辺が?」

「えっ⁉」


『詰めるなwww』

『圧迫面接で草』

『不動産屋が事故物件になってる』


営業マンは観念したように、ちらっときりちゃんを見る。


「……守ってあげたくなる感じ、ですかね」


「っ~~~~⁉」

きりちゃんは顔を真っ赤にしたまま、その場にうずくまっていた。


『かわいい』

『営業マンわかってるな』

『これがプロ』

『案件成約です』

『同接2.8万』

『3万いきそう』

『営業マン人気で草』


画面右上の数字が、また跳ねた。


美場がニヤっと笑い、

「見てみぃねこやしき。需要の塊やん」と、俺に囁く。


こいつ……。

完全にコメント欄の回し方わかってやがる……。


    *  *  *


――大原ダンジョン内部。


ひんやりとした空気が肌を撫でる。

石造りの通路、壁には古びた松明台が並ぶ。

床には長い年月をかけて削れたような擦り跡が残っていた。


「うわぁ……雰囲気あるなぁ……」

俺が思わず呟くと、コメント欄も盛り上がっていた。


『ガチ遺跡じゃん!』

『これ未公開なのやばくね?』

『普通に行きたいわ』

『雰囲気◎』

『きりちゃんびびってる?』


「び、びびってません……!」


きりちゃんが慌てて否定する。

だが声がちょっと震えていた。


その時、不動産屋の営業マンが補足する。


「こちら、先日……元オーナーさんが亡くなられまして」

「な、亡くなった⁉」

「はい。相続人の方は、ダンジョン経営に興味がないそうで、うちが遺産整理案件として預かってる形ですね」


『うわ事故物件感出てきた』

『リアルだなぁ』

『遺産のダンジョンってあるんだ』


「ただ、内部調査が途中で止まってまして……」

「途中で?」

営業マンが少しだけ声を落とす。

「実は元オーナーが亡くなった時……この鍵を握りしめていたそうなんです」

ポケットから古びた鍵を取り出す。鈍い銀色で、やけに装飾が細かい。

「調査員に調べてもらっているんですが、対応する扉がどこにも見当たらなくて……」


「……え?」

きりちゃんが引き攣った顔をする。


『こわ』

『急にホラーになるな』

『その鍵なんなんw』

「まぁ、調査はまだ続いていますので」と営業マンが苦笑した。


てか、なんでホラーな言い方すんだよ……この営業マン。

普通に怖ぇだろ……!


「――きりちゃん、そろそろいこか?」

「えっ、あ、はいっ!」


きりちゃんが慌てて前へ出る。

さっきまでタジタジだったのに、ダンジョンへ入ったせいか少し顔に自信が戻っていた。


「えっと……この辺りは湿気が多いので、ゲジゲージ系が出やすいと思います」


『急に攻略配信始まった』

『そういや元々ガチ勢だったわw』

『解説助かる』


「ゲジゲージは脚力が高いので、狭い通路だと距離を取るのが重要で――」


……カサ。


「……っ」


きりちゃんの肩がぴくりと震えた。


……カサカサ。


壁際の暗闇から、小型のゲジゲージが這い出してくる。


「ひぅっ!?」


『もう怖がってて草』

『反応かわいい』


だが次の瞬間。

きりちゃんは素早く氷の短杖(アイス・ロッド)を抜いた。


「で、でも! ゲジゲージは正面から来るタイプなので、落ち着いて――」


パシュッ!


氷弾が飛ぶ。

見事に命中。


ゲジゲージが床へ落ち、脚を痙攣させた。


「このように遠距離系の武器があると楽ですね」


『うまっ』

『普通に強い』

『ちゃんとしてるやん!』


「……」

きりちゃんがちょっと得意げだ。


だが、その直後だった。


――カサ。

……カサカサカサ。


「……え?」


音がする。


奥の暗闇。

通路のさらに向こう。


……カサカサカサカサカサカサ。


「っ……」

きりちゃんの顔が青ざめた。


次の瞬間。


――ドゴォッ!!


壁が揺れた。


ぬるり、と。

通路の奥から巨大な何かが這い出してくる。


大ゲジゲージだった。

通常種の三倍はある。


『でっっっっか!!!』

『うわあああああ!!』

『ボスサイズで草』

『逃げろぉぉぉ!!』


「……ひっ」


ガサガサガサガサガサッ!!


「い……いやぁぁぁぁあああああああ――――っ!!!」


きりちゃんが全力で逃げ出した。


『悲鳴たすかる』

『ガチで草』

『速ぇwww』

『これが見たかった』


「ちょっ、きりちゃん! カメラカメラ!」

「む、無理ぃぃぃぃっ!!」


半泣きで逃げ回るきりちゃん。

美場と俺と営業マンが追いかける。


コメント欄は完全にお祭り状態だった。


    *  *  *


数分後。


「……はぁ、はぁ……」


きりちゃんは壁に手を付きながら肩で息をしていた。


『生きててよかった』

『涙目で草』

『かわいい』


「す、すみません……取り乱しました……」

「いや、しゃーないしゃーない」


美場はニヤニヤしている。

絶対おもしろがってるな、こいつ。


「で、でも! せっかくなのでちゃんと攻略も……」


きりちゃんは気を取り直したように前へ進む。

すると、通路の角からスライムが現れた。


半透明のゼリー状モンス。

初心者向けだ。


「スライムは核を狙えば――」


パシュッ!


氷弾が中心を撃ち抜く。


スライムは一撃で霧散した。


「この通り、簡単に倒せます!」


『うま』

『普通に有能』

『ちゃんと実力あるんだよな』

『ギャップえぐい』


「えへへ……」


ちょっと安心したように笑う、きりちゃん。

その時だった――。


「そや、きりちゃん」

美場が営業マンをちらっと見る。


「さっきの鍵、きりちゃんに試させてあげてもらえます?」

「あ……そうですね、せっかくですし」


営業マンがきりちゃんへ鍵を差し出した。


「どうぞ」

「えっ、えっ⁉ 私がですか……?」


え、何この流れ……。


『イベント始まった』

『なんだこれw』

『絶対重要アイテムじゃん』


「ほな、合う扉探してみよか?」

美場が楽しそうに笑う。


『天の声容赦ナスw』

『ここのスタッフ鬼か』


「えぇぇ……」


きりちゃんは恐る恐る鍵を受け取った。


    *  *  *


それからしばらくの間……。

きりちゃんはダンジョン内の扉を片っ端から試して回っていた。


「こ、ここも……違う……」


ガチャ。

開かない。


『ハズレ』

『鍵探索配信になってて草』


次の扉。


ガチャガチャ……。


開かない。


「うぅ……なんで私がぁ……」


『がんばれ』

『探しまくってて草』

『かわいい』


「あれ?」


『お?なんだなんだ?』

『見つけた?』


きりちゃんが、崩れた石像の奥に顔を突っ込む。


「あ、こっちに何かありますね……」


『有能w』

『行くな!』

『あぶないよ!』


きりちゃんに続いて俺たちも石像を乗り越え、奥へ入る。


「……これ、じゃないですか?」


ひとつだけ妙に大きな扉があった。


黒ずんだ石扉。

表面には、擦り切れた人型のレリーフが刻まれている。


「……開けてみますね」


きりちゃんがおそるおそる鍵を差し込む。


カチリ。


「――あ」


鍵が回った。


『え』

『開いた?』

『おいおいおい』


ゴゴゴゴゴ……。


重い石扉がゆっくりと開く。


「く、暗いですね……」


奥が見えない。


だが。


――ぬらり、と。


暗闇の奥で、何かが動いた。


『え?』

『なに今の?』

『でかくね?w』

『ちょっと待って』

『うしろうしろうしろ』


「――っ⁉」

きりちゃんの顔が引き攣る。


震えるライトが、暗闇の奥を照らした。

そこにいた()()が、ゆっくりとこちらを向く。


カメラが()()を捉えた瞬間――。

あれほど爆速で流れていたコメント欄が、ピタリと止まった。

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