きりおんの場合
「……はぁ」
帰宅した私は、玄関のドアに背中を預けたまま深くため息を吐いた。
霧野仲 海音、18才――。
立川のワンルーム六畳で一人暮らし。
机の上にはコンビニバイトで買った配信用機材と、飲みかけのエナドリ缶。
あとはベッドと洋服ラックがひとつだけ。
私は眼鏡を外してベッドへ倒れ込んだ。
「もう、最悪……」
思い出すのは、あの女の人。
――才能ないやつの努力論が一番悲惨やねん。
「うぅ……」
ぐさぁ……っと、まだ心に刺さってる。
なんなのあの人……。
やたら綺麗な人だったけど……初対面であそこまで言う?
私は枕に顔を埋め、じたばた暴れた。
「でも……図星なんだよなぁ」
ぽつりと呟いた。
配信歴二年。
登録者三千。
平均同接三十前後。
動画編集も頑張った。
機材も揃えた。
攻略情報だってかなり調べてる。
なのに……伸びない。
コメント欄には、たまに、
『声ちょっと女っぽい?』
『喋り固くね?』
『もっとリアクション欲しい』
なんてコメントが流れるだけ。
私は実力派で行きたかった。
女配信者としてじゃなく、ちゃんとダイバーとして評価されたかった。
だから覆面も被った。
声も低くした。
見た目で判断されたくなかったから。
「……なのに」
脳裏に、あの女の人のニヤけた顔が浮かぶ。
――アンタは守ってあげたい側や。
「ぅぅぅぅ……」
否定したい。
めちゃんこ悔しいっ!
でも……。
再生数二百三十回の現実が、私を容赦なくぶん殴ってくる。
ため息交じりに、スマホを手に取った。
画面には、あの女の人……美場さんから送られてきたメッセージが。
<明日二十時現地集合よろ)
<あ、眼鏡忘れんといてね)
「……」
その下には、例のサムネ画像。
【眼鏡っ子清楚系爆乳ダイバー、日本史上最恐の事故物件ダンジョンでガチ号泣⁉】
「誰が爆乳よ……」
思わず呟いたあと、私は自分の胸元を見下ろした。
……いや、まあ。
否定はできないけど。
「うぅ……」
私は再び枕へ顔を埋めた。
* * *
――翌日、夜二十時。
辺りはすっかり暗くなっている。
すっぽかそうかと思ったのに、来てしまった……!
「きりちゃん、怖がっていこうなー」
「む、無理ですってぇ……」
「大丈夫大丈夫、視聴者なんて雰囲気で見とるんやから」
幡ヶ谷ダンジョンの前。
私は黒マスクに眼鏡、リボンタイのついた大人しめのワンピースという姿で立っていた。
いつもの覆面がないだけで……めちゃくちゃ恥ずかしい!
顔がスースーするし、もはや私服だし……。
私、何やってんだろ……。
「はい、いくでー。配信、スタートぉ!」
え、いきなり⁉ 私はあわあわしてしまう。
「あ、えっと……」
美場さんがニヤニヤしながらスマホを向ける。
『うお、サムネ詐欺かと思ったらガチやん』
『眼鏡かわよ』
『胸でっか!』
『サムネから来ました』
『事故物件ってここ?』
『幡ヶ谷のタタキ入ったとこか?』
「っ⁉」
開始十秒でコメントが流れ始めた。
え、コ、コメント⁉ なにこれ⁉
昨日までと全然違う――!
「ほらきりちゃん、挨拶挨拶ぅ」
「え、あ、は、はいっ!」
私は慌ててカメラへ向き直る。
「こ、こんばんは……きりおんです……。きょ、今日は、その……幡ヶ谷の事故物件ダンジョンに……挑戦したいと思います……」
『声かわいい』
『めっちゃビビってて草』
『守りてぇ……』
『こんな子が事故物件行くの?』
コメントが止まらない。
同接は、すでに三百を超えていた。
「きとるでぇ?」
美場さんが、隣の猫屋敷さんに画面を見せている。
「う、うそでしょ……」
私は何度も画面を確認した。
見たことのない数字にドキドキしながら、ダンジョンへ入った。
薄暗い廃墟フロア……。
無造作に置かれた床板の廃材が軋む。
遠くから響く鳥のようなモンスの鳴き声。
『うわ雰囲気ある』
『ここマジでヤバいとこじゃね?』
『タタキの噂聞いたことあるよ』
『きりちゃん逃げて』
「ひぅっ……!」
後ろで物音がした瞬間、びくーんっと身体が硬直する。
しかも本気で悲鳴を上げてしまった。
どうしよう、フルフェイスがないとホントに怖い……。
『えっろwww』
『ガチ悲鳴で草』
『守護りたいこの笑顔』
『登録した』
『お、同接1000超えたぞ』
「せ、せん……⁉」
思わず足を止める。
嘘でしょ……。
昨日まで三十だったのに?
私は呆然とコメント欄を見つめた。
美場さんが一瞬私からカメラを外し、小声で耳打ちした。
「元々、きりちゃんが持ってたもんやで」
「わ、私が……?」
『おすすめから来ました』
『この子めっちゃいい!』
『雰囲気神』
『なんで今まで埋もれてた?』
『事故物件と相性良すぎるw』
コメント欄が流れ続ける。
その時だった。
カサカサカサカサッ……!!
「ひゃあわあぁっ⁉」
壁から飛び出してきたゲジゲージに、私は情けない悲鳴をあげた。
『草』
『悲鳴たすかる』
『かわいい』
『守護らねば……』
『スパチャ:5000円 無理しないで!』
「えっ⁉」
突如飛んできたピンク色のスパチャに、頭が真っ白になる。
え、ちょ、ちょっと待って。
ご、五千円……?
『スパチャ:10000円 応援してます』
『スパチャ:3000円 頑張れ』
「え、え、えっ⁉」
なんで――!?
私はただ怖がってるだけなのに……!
混乱している間にも、同接はどんどん増えていく。
千五百。
二千八百。
三千――。
「な、なんでこんなに伸びてるのぉっ⁉」
半泣きで叫ぶ。
『推すわ』
『揺れてるww』
『撮ってんの誰?』
『ずっと見てられる』
『登録した』
「うぅぅ……」
視界が滲む。
すると、私にスマホを向ける美場さんがウインクをした。
「ほらな? 言うたやろ?」
* * *
――数時間後。
配信を終えたきりちゃんは、呆然とスマホの画面を見つめていた。
「す、すごい……」
登録者は一晩で一万を突破か。
そりゃあ驚くだろうな……。
切り抜き動画はSNSで拡散されまくっている。
『事故物件で泣きながら探索する眼鏡っ子ダイバー』として、トレンド入りまでしていた。
「やった……やったぁ……!」
きりちゃんが、スマホを抱きしめている。
どや顔の美場が俺の肩に腕を乗せてきた。
「ねこやしきぃ、見たかウチの実力を! 同接五万やで五万!」
「たしかに、やべぇわ……美場、おまえすげぇよ」
俺まで興奮していた。
これだけ人が来れば、スポンサーだって付くかもしれない……!
客足が戻ったら、幡ヶ谷を立て直せる!
「よっしゃぁ! これで客が戻って――」
「何言うてんの?」
「……え?」
「いまや、ねこやしき」
獲物を見つけた肉食獣みたいな目だった。
「いま、この瞬間に売り抜けるんや」
美場の言葉に、俺ときりちゃんは思わず顔を見合わせた。




