幡ヶ谷ダンジョン
「はあ……どうやっても足りねぇ……」
俺はダンフリ―で、幡ヶ谷ダンジョンに届いたオファー金額を眺めていた。
今日の時点で、オファーは4件。
どれも口裏を合わせたように230万という提示だった。
「これ、完全に足元見られとるで」
「うぉっ⁉」
突然、後ろから美場がのぞき込んでくる。
「ち、近いんだよ! ほら、もっと離れて」
「嘘やろ? そんなん言われたん生まれて初めてやし……」
美場は考えられないといった感じで顔を振った。
「てか、どう考えても安いよな?」
「そら事故物件扱いやろうしな。強盗入られたダンジョンは、しばらく値段死ぬねん」
「え゛っ……やっぱそうなの?」
「まあウチなら、高値で売れる自信があるけどなぁ?」
試すような目で俺を見る。
むぅ……なんだかんだ言ってもあの『シルバーマンサックス』に採用された女だ。
たしか以前、インフルエンサーを使った物件プロモで結果を出したとか言ってたな。特別なノウハウを知ってんのかも……。
「美、美場さん? そこんとこ、詳しく……」
「あぁ~、喉乾いたわぁ~。この部屋、乾燥してんのかなぁ?」
わざとらしく美場は喉を押さえる。
「あの、ビールでよろしければ……」
「よろしい」と言って、美場は早く出せと言わんばかりに、指をくいくいっと動かした。
俺は冷蔵庫を開け、ラスト一本のラガービールを取り出した。
「……どうぞ」と、片膝を付いてビールを差し出す。
「うむ」
カシュッとためらいなくプルタブを開け、ゴクゴクと喉を鳴らした。
「かぁ――っ……!」
たまらん! みたいに目をぎゅっと瞑る。
「それで……何か方法が?」
美場はニヤッと笑みを浮かべ、
「そいつら全員グルやで」とタブレットに目線を送る。
「えっ⁉」
「裏で価格合わせとんよ。もしくはアカウントが違うだけで中は同じ奴らやねん」
「……たしかに、ありそうな話だけど」
「ま、そんなカスは相手にせんかったらええんよ」
「でも、他に買い手なんて……」
美場が俺の肩に手を置く。
「あんな、ねこやしき。事故物件はな、普通の客に売ろうとするから安なんねん」
「いや、反社とかいやだぞ?」
「ちゃうちゃう、そんなもんウチかて嫌やわ。ええか? 強盗の入ったダンジョンなんて、逆にそれを売りにしてやったらええんや。いまはダイバー配信者も多いやろ? そういう奴らからしたらお宝やで?」
「配信者……ああ、再生数目当てで? でも動画は撮りに来たとしても、物件は買わないだろ?」
「まあ、ふつうはそう考える。でもな、人間っておかしなもんでなぁ、注目さえ集まったら欲しがる奴が出てくんのよ」
「その、ダイバー配信とかで集客するってこと?」
「まあ、ウチらはきっかけだけ作ればええんよ。『日本最悪の事故ダンジョン潜ってみた』みたいな釣りサムネ作って動画拡散すればいけるやろ」
「だれが撮るんだよ?」
「そんなもん、現地調達や」
そう言って、美場はラガービールを飲み干した。
* * *
俺と美場は幡ヶ谷のダンジョンに来ていた。
「いやさ、前よりひどくなってね?」
「そう?」
美場と歩いていると男たちの視線がまぁエグい。
四六時中、あんな目で見られるのはキツいだろうな。
「ほら、さっきのおっさんなんて、わざわざ移動してきたじゃん……」
「そんなもん、いちいち気にしてたら女なんてやっとられんわ。まあ、若いうちのバフみたいなもんや」
「そ、そうか」
なんというか、達観してるというか……。
「とりあえず、中で誰か来るん待とか?」
「うん、わかった」
俺たちはダンジョンの中に入った。
廃墟ビルタイプなので、普通に廃れた雑居ビルみたいなものだ。
入ってすぐにID(ダイバー免許)をかざすセンサーがある。
俺はIDをかざしてドアを開けた。
右手の無人カウンターにデバイスが設置してあり、そこでアイテムや装備を取り出すことができる。クラウドみたいなもんだな。
「へぇ、ちゃんとしてるやん」
「当たり前だろ、粗利60%いってたんだっつーの」
俺はカウンターの奥にある管理室のカギを開けた。
「ここならゆっくり待てるぞ」
「へぇ、すごいやん!」
中にはネットで安く買ったモニターが並び、フロアの様子が映し出されていた。
死角もあるが、大抵はカバーできている。
美場は目を輝かせ、モニター前のゲーミングチェアに陣取った。
俺は予備のパイプ椅子に座る。
「ふーん、誰もおらんかと思たけど、少しは入ってるんやなぁ」
画面にダイブ中のダイバーが映し出されていた。
美場はしばらく画面に見入っていたが、
「なるほどな……だいたい見えてきたで」とほくそ笑む。
「……」
何が見えたんだと思っていると、美場が右隅のモニターに目を向けた。
「んー……」
「どうした?」
何も言わず、スマホを取り出して何やら検索を始める。
「あったあった、こいつやな」
画面をのぞき込むと、覆面を被ったダイバーの配信のようだった。
ふぅん、『きりおんのダンジョン配信』ね……。
「だれそれ?」
「知らん。でも、配信されてんのはここやで?」
「えっ⁉」
見ると詳細の部分に、小さく『幡ヶ谷廃墟ダンジョン』と書かれていた。
「へぇ……なんか嬉しいなぁ」
「何をのんきなこと言うてんねん? こいつ捕まえるで」
「え? いや、捕まえるって……」
「ええから任しとき」
美場はチェアにもたれ、画面を見つめながらニタァっと笑った。




