美場という女
『ねこやしきー』
『おーい、かあさんオレだよオレオレー』
「ん……んん……」
いつの間にか眠っていたようだ。
誰かがドアをガンガン叩いている。
しかも、だんだん力が強くなってる……。
「……ちょ、マジ誰だよ⁉ 頭沸いてんのか!」
俺は吐き捨てるように言った後、頭を掻きながらドアを開けた。
「だれ……って、なんだよ?」
「やっと起きたんか? 入るでぇ」
「ちょ、おい! 美場っ!」
亜麻色の髪をなびかせ、自分の家のようにずかずかと入っていくのは、美場 京子。
学生時代からの古い友人だ。
「なんや殺風景やなぁ、そら彼女もできんって」
「うるせぇよ、ったく何しに来たんだよ」
大きめのTシャツにショートパンツ姿の美場はにひぃっと笑い、手に持っていたコンビニの袋を掲げた。
「飲むでぇ」
「えー……俺、寝起きなんだけど……」
「ええやんええやん、真昼間から飲むんがええんやん。ほら、ええからのんで?」
カシュッと缶チューハイを開け、俺に渡す。
「はあ……」
俺はため息をつきながら受け取る。
そして美場が見守る中、ぐいっとチューハイを飲んだ。
「おほー! ええやん! ウチも飲もーっと」
美場がごくごくと喉を鳴らし、
「かっはぁ――――っ!!」とまるでおじさんのような声をあげた。
こいつ見た目だけは良いんだがなぁ。
中身が終わってるわ……残念すぎる。
昔から美場と歩いているところを知人に見られると、必ず紹介してくれと頼まれるんだよな……。そりゃあ、サラサラの亜麻色の髪に、乳もでかけりゃスタイル抜群、顔はインフルエンサーでも通用するレベルとなれば当然か。
紹介した奴らはことごとく逃げていったらしいが……。
「おまえ仕事はどうした? 平日だぞ?」
「ん? 辞めたー」
「辞めたって……おま、あんな大手、二度と採用されねぇぞ⁉」
美場は某大手外資系の不動産投資会社に勤めていた。
「ええよええよ、どうせみーんなこれが目当てなんやから、なぁ?」
といって、両手で自分の胸を鷲掴みにして上下させる。でかっ!
「ばっ、やめろって!」
「なんでぇ~? ほれほれー、ねこやしきも好きやんなぁ?」
「嫌いな男なんていねぇだろ……。でも、お前のは遠慮するわ」
「えぇっ! ねこやしきくん、ひどい……」
急に品を作り泣きそうな顔をする。
「はいはい、そういうのいいから。で、なんで辞めた?」
「やっぱ、ねこやしきには通用せんかぁ~。ぷぅーっ」
意味不明な変顔をした後、美場がチューハイをあおる。
「かぁ~! いや、簡単な話やねん」と、前置き、
「ちょっと愛想ようしたら、もう上司から同僚から掃除のおっちゃんまで、男っちゅう男が告ってきよる。そんなキモい会社で働けるかっちゅう話や!」と、中指を立てた。
「ふぅん……顔が良すぎるのも大変なんだな」
「いやいや、こんくらい港区いきゃいくらでもおんで? だいたい男って手近で済まそうとしすぎやねんな、普通職場で探そうとする? これから何十年も顔合わせて働こうっちゅうのに……イカレとるやろ?」
「まあ、でも好きになったら別じゃねぇの?」
「ハッ、ねこやしきも男やなぁ?」
美場がわざとらしく前屈みになる。
こいつ……わざと見せてきやがって。
「チッ、見せんなやカス。いや、人間なんだからそういうこともあるだろ?」
「まあな、そらあるわ」と、美場は笑いながら体勢を戻した。
「それにしてもどうすんの? たしかタワマンだったよな?」
「あー、引き払った」
「え?」
「だって家賃、会社持ちやもん」
「そっか、ますますもったいねぇな……」
「ま、そういうことやし、当分泊めてもらうで」
「はあぁっ⁉」
「え、嬉しいやろ、ふつう? 美場さんやで?」と、きょとんとした顔で自分を指さす。
「嬉しくねぇわ!」
「なんでねこやしきには、ウチのルックスが通用せえへんのかなぁ……?」
不思議そうに缶チューハイ片手に小首を傾げる。
「あのさ、知ってると思うけど俺、借金で首まわんねぇのよ。もう詰んでんの、わかる?」
「あはははは! 爆・笑!」
美場が笑い転げまわっている。
こ、こいつ……。
「だから、出てけ。お前の相手してる場合じゃねぇのよ」
「いくらだっけ?」
「え?」
「借金」
「驚くなよ? 5000万だ」
美場の目が丸くなる。
「ホンマに? 嘘やろ?」
「嘘ついたって仕方ねぇだろ……」
「でもダンジョン持ってたやん? うぇ~、よっしゃぁ~粗利60%やぁ~うわぁ~ゆうて、壊れたサンプラーみたいに夜な夜な繰り返しとったやん?」
「なんかとてつもなく悪意を感じるが……まあいい。この前、強盗が入ったんだよ。次の物件買おうにも種銭がねぇ。終わりだよ終わり」
俺はチューハイを一気に飲み干し、「ゲァーッ」とやけくそ気味にげっぷをかましてやった。
「……次のダンジョン買えたらいけそ?」
なんだ? 心配してくれてんのか?
雨がふらなきゃいいが……。
「わかんねぇな。うまく軌道に乗ったとしても……返せる気がしねぇ。借金ってなぁ、雪だるまみたいに増えてくんだぜ、はは」
そのままベッドに寝そべり、俺は美場に背中を向けた。
「だからさ……もう、俺のところにくるなよ」
「……」
しんと部屋が静まり返る。
あれ……ノーリアクション?
さすがに重かったか?
気になって、そっと振り向こうとすると美場の顔があった。
「うおぉっ⁉」
慌てて逃げようとするが、美場に両肩を抑えられてしまった。
「え、ちょ……」
馬乗りになったまま、美場が俺を見下ろす。
そして、長い髪を払うようにして片側の耳にかけた。
「ねこやしき、借金……かえそ?」
「は? だから無理っつってんだろ?」
こいつ、ホント顔よすぎだろ……。
「大丈夫、ウチがついてるし」
「お、お前に何ができんだよ」
「んー……コンサル?」と、斜め上を見て首をかしげる。
「ちょ、もういいから、どけよ」
起き上がろうとした瞬間、俺の顔は柔らかい何かに包まれた。
「⁉」
こ、これはもしかして――!!
美場のマシュマロ⁉ や……やわらけぇーっ!!
めっちゃいい匂いする……!
「元気でた?」ニマッと笑う美場。
「……お、おぉん……でた」
俺はバカみたいに何度もうなずく。
すごい……まだ余韻が残ってる……。
「泊まってもええよね?」
「……」
勝ち誇った美場の顔は、悔しいが、たまらなく美しかった。
こうして押し切られた俺は、腐れ縁だった女友達と同居することになる。
――六月の終わりだった。
明日も19時更新です。
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