第17話 フェリックスの事情
「すでに見抜かれていたのですね」
フェリックス殿下は脱力したような調子で言いました。
「ええ。初めて殿下にお会いした時に違和感を感じ、その後のお茶会でレオン殿は従者などではないと気づきました」
「そんなに早く……?」
「レオン殿の態度はわたくしたちから見ればあからさまでわかりやすかったのですよ」
「……不敬な噂話を流していたこともご存知ですか?」
「ええ。おそらくフェリックス殿下よりわたくしたちの方が早く把握していたと思いますわ。ですからわたくし、中庭にレオン殿を誘き寄せて為人と何を狙っているのかを見極めることにしたのです」
「え? 直に話されたのですか?」
「あら、ご存知なかったんですの?」
「……」
フェリックス殿下は絶句しています。
「その場にはわたくしの従者に侍女、護衛騎士が控えていましたが、レオン殿の目にはわたくししか見えないように細工しましたから、饒舌に喋りまくってくれましたの。お陰で正体を見破ることができました」
フェリックス殿下はいたたまれないといった表情になりました。
「あの……相当無礼なことを申し上げたのでは?」
「ええ、そうですわね。これまで直接話したこともなかったわたくしに対していきなり話しかけてきただけでなく、ベンチに座るわたくしの隣に座ってもいいか、などとためらいもせずに言ってきましたし、わたくしが側妃の子で第三王女であるから、と見下したうえ、立場が弱いはず、などと決めつけていましたわね」
「……」
フェリックス殿下は顔を青くしています。
「……すると、弟の狙いなどとうに見抜かれていらっしゃる?」
「ええ。後ろ盾が欲しくないか、自分にはそれだけの力がある、などと言ってきましたから」
「弟の無礼をどうか、どうかお許しください」
「まあ。殿下が気になさることなどありませんのよ? こちらとしては饒舌な弟君のお陰で調査が大いに捗る有益な情報が得られたのですから」
「調査、ですか?」
「ええ。もちろん不法入国してきた者の正体と入国目的を曖昧なままにしておくわけにはいきませんからね」
「不法……そうですね」
フェリックス殿下は触れられたくない傷口が傷んだかのような表情を浮かべました。
「フェリックス殿下。安心なさってください。今この時、あちらにいるのはあくまでも殿下の従者レオン殿。今はそうしておいた方がお互いのためですわ。わたくしたちは魔物討伐遠征の真っ最中。余計な仕事は増やしたくありませんの」
レオン殿の正体が明らかになってしまうと、罪人に対する対処が必要になってしまいますから、今は余計なことはお互い口にせず、この場だけのことにしておきたいのです。
もちろん時がくればそれ相応の処分がなされますけれど。
フェリックス殿下もそれがわかったようです。
「今はまだお見逃しいただける、ということですね。お気遣いありがとうございます」
ただし、わたくしは無条件で知らぬふりをして差し上げるつもりはありません。
「その代わり、と言っては何ですが、お聞きしたいことがありますの。フェリックス殿下。あなたはなぜ弟君に対してそのように弱腰なのですか? なぜ暴走を許したままにしているのですか?」
「それは……」
フェリックス殿下は急に泣きそうな表情を浮かべました。
「恥を忍んで申し上げます。今、私は側妃である母とレオンの生殺与奪権を弟たちに握られてしまっているのです。私とレオンは一緒にこちらへ入国する予定でしたが、レオン直筆の手紙で準備の都合があり出発が遅れる旨連絡をもらい、私だけ先に入国しました。ところが遅れてやって来たのは弟たち。しかも商会子息レオンを名乗って入国して来たと聞き、血の気が引く思いがしました。手紙は間違いなくレオンが書いたものでしたから、弟に脅されて書かされたことは想像に難くなく、また弟だけの考えでこのようなことはできませんから、その……」
「弟君のお母上が関わっていらっしゃるのですね?」
口籠る殿下にわたくしは助け舟を出しました。
その辺りの事情はすでに把握していますので。
「はい。その通りです。ですから私は身動きが取れなくなってしまいました。私の母も弟の母からずっと憎まれ目の敵にされていますから、私が下手な手を打てば二人の命が危うくなることはわかり切っています。唯一頼りにできる兄と連絡を取りたくても私が送る手紙は必ず検閲されますから、その場で握りつぶされ兄には届かないでしょう。連れてきた家臣たちも弟たちに行動を見張られていますから下手に動かせませんし、その命を危険に晒すことなどしたくありません。結局、私の唯一の望みは兄が弟の不在に気づき動いてくれること、それしかなかったのです。ヴァレンティーナ殿下と直にお会いするまでは」
「わたくしと?」
「はい。学院内で初めてお会いした時、私はヴァレンティーナ殿下の存在感に圧倒されてしまいました。同時に、殿下は弟の外面に騙されて陥落してしまうような世間知らずの王女などではない、弟などは殿下の足元にも及ばぬ小物に過ぎぬ、と確信したのです。そして、弟の危うい行動を敢えて黙認し続けていればもしかしたら殿下は何かに気づいてくださるかもしれない、と考えてしまったのです。兄は王太子になったばかりで多忙を極めており、弟の不在はその母の手によって完全に隠されているはずですから気づくまでには相当時間がかかるだろうと諦めていました。ですがヴァレンティーナ殿下が気づいてくださったらもっと早く事態が動くかもしれない、と思ってしまったのです。そこで弟の我儘に私は何も言えない弱腰の状態を続け、弟の暴走を黙認し続けることにしました」
そう言い募ったフェリックス殿下の表情には必死な思いが滲んでいます。
おそらく不法入国の共犯者と疑われることは覚悟のうえ。
だが弟の暴走は弟自身の首をどんどん締めていく。
そして、弟の好きにさせて邪魔をせず暴走を黙認し続けていれば、やがてわたくしが何かに気づいて動くかもしれない……。
やはりフェリックス殿下はしつこく、図太く、粘り強いお方です。
言ってしまえばわたくしは殿下に利用されたようなもの。
正直に言って気分は良くありませんが、わたくしも必要とあらば使えるものは何でも使うでしょうから、それを咎める気にはなれません。
「フェリックス殿下。もうひとつお聞きします。殿下が薬草学を本気で学ぶために留学なさったことに疑問の余地はありませんが、弟君とそのお母上はそれを曲解し、弟君は殿下の邪魔をし成果を横取りするため我が国へやって来た、と見るのは間違っていますか?」
「いえ、ご明察の通りでございます。私の留学先がフォンタナ王国だと知った弟とその母は、私の留学目的が殿下を手に入れることであって薬草学の勉強は単なる口実だと思い込み、それを阻止して横取りするためにこの国へやって来ました。そこまで一足飛びに曲解されるとは思いもよらぬことでしたが、こちらで合流して開口一番、弟の口から宣戦布告され、余計なことをすれば私の母となりすましを知るレオンの命がどうなっても知らないぞ、と脅されました。弟の言葉はすなわち弟の母の言葉と同義ですから、おそらく私の母とレオンも私の命をネタに脅され、その動きは今も見張られていることでしょう」
「そうですか。おおよその事情はわかりました。勝手の違う他国にいては、殿下おひとりの力ではどうにもならず、ずいぶん歯痒い思いをなさったことでしょう。お察し申し上げますわ」
「おわかりいただき、ありがたく存じます」
バラフ王国第三王子レオナード。
フェリックス殿下より三ヶ月ほど遅く生まれた同い年の弟。
それがレオン殿の正体です。
また、バラフ王国の内情も今はほぼ把握できています。
わたくしがレオン殿と直に話した後、兄エドアルド王太子殿下からはひどく叱られましたが、その甲斐あって調査はそこから一気に進んだのです。
バラフ王国は現状維持を望む国王、正妃、第三王子の陣営と、国の発展を願い動いている王太子、第二王子、側妃陣営に割れている。
正妃は国の維持も発展も頭になく、常に自分のことだけを考えている傲慢で後先考えぬ暴君であり、第二王子のフォンタナ王国留学を機に聖女の力を持つわたくしに目をつけ、手に入れて自分のために働かせ、さらに多くの権力と金を手に入れようと画策している。
そして自分の思い通りに動かない王太子を厭い、側妃の子である第二王子はいないものとして扱い、第三王子のみを溺愛。
王太子が信頼しているのは母が同じ第三王子ではなく第二王子の方で、薬草学を学ばせるため国費留学を後押しした。
実務面で無能な正妃に代わり、裏で実質的に王妃の仕事を担っている側妃は国の将来を憂えており、事なかれ主義で正妃の暴走を制御できない国王を見限り、密かに王太子に協力している。
今フェリックス殿下から聞いたことも合わせると、おおよそこのような内情です。
そして、正妃の考えは我が国にとって決して受け入れられず、見過ごせないものです。
かつて聖女や勇者と呼ばれた人々が受けた扱いがどのようなものであったか。
それを知る我がフォンタナ王家の総意は当然、聖女の力を私利私欲のために使おうとわたくしを狙う正妃の邪な欲望など完膚なきまでに叩き潰してくれる、となるに決まっています。
バラフ王国のお家騒動は、正妃がわたくしに手を出そうと目論み動き出した時点で、我が国にとっても無関係の余所事ではなくなってしまったのです。
調査の結果それが判明した瞬間から、不法入国者である第三王子は我が国にとって貴重な手駒となりました。
言うなれば我が国にとってもっとも効果的で利がある使い方を熟考中の手駒。
ですから監視が強化されているのです。
とにかくフェリックス殿下は動きたくても動けない状況に陥っていたことはよくわかりました。
それならば。
殿下の荷を少しばかり軽くして差し上げ、この城へ押しかけてきた者たちを追い払うために、ひとつだけ、この先に希望が持てる手がかりを殿下にお教えすることにいたしましょう。
「フェリックス殿下。いずれにせよ、こちらで本日の宿を提供することは不可能ですから、あなた方には直ちにお帰りいただかなくてはなりません」
「はい。わかっております」
「その代わり、殿下にはちょっとしたお土産を差し上げましょう。それを励みにして弟君共々お帰りくださいまし」
「お土産……?」
「わたくしの兄、王太子エドアルドは、先日こう呟いていましたわ。バラフ王国の 王太子に 恩を売る、と」
「王太子に……恩を売る……?」
フェリックス殿下は考え込み、わたくしはその表情を見守りました。




