第16話 押しかけてきた一行
「ヴァレンティーナ殿下。先ほどバラフ王国第二王子フェリックス殿下御一行が城門前に到着なさった由、ご報告申し上げます」
「……城門? まさかわたくしたちが今から帰ろうとしている城の城門ということですか?」
「はい。フェリックス殿下が従者や護衛騎士などあわせて十名ほどを引き連れて到着なさり、殿下にお目にかかりたいと申され、今この瞬間、その城門前に陣取っていらっしゃるのです」
城の使いから至急の報告を受けたわたくしは、しばし言葉に詰まりました。
今、わたくしは魔物討伐遠征の一日目を終え、討伐拠点の城へ戻る馬車の中にいます。
貴族学院は第一学期が終わり、今は長期休暇に入っています。
わたくしはその長期休暇に合わせて魔物討伐遠征の予定を組んでおり、休暇に入ってすぐ、魔物討伐隊の一員としてアンジェロ領の討伐拠点の城までやって来たのです。
そう。
わたくしは魔物討伐遠征の真っ最中。
それなのに場違いな者たちがこの地まで押しかけてきたというのです。
長期休暇に入る前、フェリックス殿下から、休暇中はどこへ遊びに行かれるのですか、と聞かれ、わたくしは公務が忙しく遊んでいる暇はありません、とお答えしておいたのですが。
初日の浄化と魔物討伐を順調に終え、早く城へ帰って疲れた体を休めたい、明日以降の準備もしなくては、とまだ慌ただしい気分でいる時に、招いてもいない客が来訪した、などと聞かされてはたまったものではありません。
いったい何を考えているのでしょう。
「間違いなくフェリックス殿下なのですか?」
「その確証はないため、城門内には入れず、外でお待ちいただいております」
「そうですか……フェリックス殿下御一行の装備はどのようなものでしたか?」
「いかにも物見遊山といった軽装に見えました」
「わかりました。では至急城へ戻り、家令にはわたくしたちが帰るまで決して一行を城門内へ入れてはならぬ、と伝えなさい」
「かしこまりました」
城の使いが駆け戻っていくのを見送り、わたくしは考えを巡らせました。
国賓扱いは不要と言ってきたのはフェリックス殿下の方ですから、遠征真っ最中のわたくしがお相手をして差し上げる義理はありませんし、そのような暇もありませんから、有無を言わさずお帰り願うしかありません。
まったく非常識にも程があります。
物見遊山気分で討伐拠点の城に押しかけて来られては迷惑以外の何ものでもありません。
このような地へ前触れもなく押しかけてくる方に非があるのですから、追い返しても問題はないでしょう。
ただ従者を名乗るレオン殿がいるのなら、素直に帰らないかもしれない、という懸念があります。
おそらく、押しかけて来た元凶はフェリックス殿下ではなくレオン殿の方。
わたくしがレオン殿と直接話して以降、レオン殿の監視は強化されており、他者の目がない時は明らかにフェリックス殿下の方がレオン殿から格下扱いされていることが判明しています。
そしてわたくしの態度をレオン殿が曲解したままであることもわかっているのです。
つまりレオン殿は、押しかけてしまえばわたくしが当然受け入れてくれる、と思い込んでいる可能性大。
ですが、もちろん城への受け入れを許可するなどあり得ないことです。
曲解されている以上、わたくしは二度とレオン殿と接触はしない。
言葉を交わすなど以ての外。
同じ城内で過ごすことなどあり得ないのですから。
そして繰り返しますが今は魔物討伐遠征の真っ最中。
城には大勢の討伐隊員たちがいて、城の使用人たちは彼らの世話で手一杯。
討伐遠征中は人手を増やしているものの、他国の王子一行を迎え入れてもてなす余裕は皆無です。
騎士たちに余計な警護の手間をかけさせるような余裕も皆無です。
それにこの城はもともと外敵を見張り攻撃を防ぐための砦でしたので、多少手を入れ改装もしていますが、客を招き泊めるための部屋や設備はありません。
ここはどう考えても早々にお帰り願うしかありません。
ほんの一時の立ち寄りもお断りいたしましょう。
そう決めたわたくしは、再び城へ向けて馬車を走らせる前に討伐隊隊長を呼び、事情を話したうえで、隊全体へ城門へ入る時よそ者を紛れ込ませないよう周知してもらいました。
わたくしたちが討伐拠点の城へ帰りつきますと、先に到着していた討伐隊員たちは城門の両脇に盾となるように控えてくれていて、その向こう側にフェリックス殿下御一行がいるようです。
お陰でわたくしの馬車は騎馬のヴァレリオ、ザネッラ、パーチ、メラート、ロッシに守られてすんなり城門内へ入ることができました。
その際ヴァレリオたちが馬上からフェリックス殿下とレオン殿の姿を確認しています。
討伐隊全員が城門内に入ると門番がすぐに城門を閉めます。
フェリックス殿下御一行の中から数人が鉄扉に取り付いてきたようですが、今は無視。
まず城の家令から一部始終を聞いてみると、フェリックス殿下御一行はいきなり城門前にやって来て、わたくしに会いたいと言ってきただけでなく、本日の宿を所望したい、などと要求してきたとのこと。
「つまり、宿泊の手配もせずにやって来て、宿がないからこの城に泊めてくれ、と言っているのですか?」
「はい、その通りでございます」
「図々しいこと。今は遠征の真っ最中なのですから、たとえ宿がなくとも他国の王子殿下御一行を魔物討伐拠点のこの城に泊めることはできません。有り体に言えば邪魔です。討伐に差し支えます。そう言って追い返しなさい」
「かしこまりました。もし本当にお困りのようであれば、引き返して近くの街の宿屋に部屋を探すよう進言致しておきます。勝手がわからぬということであれば、誰かに案内させるよう手配致します」
「ええ、そうしてください」
「王宮への報告はどう致しますか?」
「王太子殿下へ至急報告してください。この忙しい時に手数をかけてしまいますが、頼みましたよ」
「承りました」
どうやら始めからこの城に泊まるつもりで押しかけてきたようですわね。
図々しいにもほどがあります。
呆れ果てながらも、わたくしたちはいったん城の中へ入りました。
ところが。
結局、フェリックス殿下御一行はまったくあきらめませんでした。
戻ってきた家令によると、従者が一方的に捲し立てるばかりで、こちらの話がまったく通じなかったとか。
「あちらには話がまったく通じませんし、こちらの話を聞く気も無いようです。もしも宿に部屋が取れなければフェリックス殿下に迷惑をかけることになるのだ、バラフ王国の王子を宿無しにするつもりか、などと申されまして。こちらに何の責任も無いことですが、あちらの従者にはそれがわからぬ様子。だからここに泊めてくれと言っているのだ、ヴァレンティーナ殿下なら必ず許してくださるはずだ、早く取り告げ、などと無礼な要求をしてくるのです」
「その従者は己の無能を棚に上げてそんなことを言っているのですか?」
「はい。その通りでございます。また気になりますのが、家臣団は二つに割れているように思われますことで」
「二つとは?」
「フェリックス殿下のお側に固まっている家臣たちと、騒がしい従者にくっついている家臣たちです。従者派は傲慢で話を聞かない、フェリックス殿下派は一様に青ざめた顔で押し黙ったまま、といった具合でして」
フェリックス殿下とレオン殿の格の違いがそのまま家臣の態度に顕著に現れているということでしょうか。
自分たちに非があるとわかっているのがフェリックス殿下たち、それがわからず状況を甘く見て調子に乗っているのがレオン殿たち。
フェリックス殿下はレオン殿の暴走を止めることができない。
そしてレオン殿は再びわたくしを怒らせる愚行をしでかした。
仕方がありません。
このままでは埒があかないようですから、わたくしが出ることにいたしましょう。
ただし直接話すのはフェリックス殿下だけとするため、わたくは書状を認め、家令に預けました。
それはフェリックス殿下とその腹心の家臣一名のみ城門内へ入ることを許可、レオン殿とそちら寄りの家臣は許可せず、この書状はフェリックス殿下のみが読み、読み終えたら家令へ返すように、といった内容のものです。
わたくしは討伐時の汚れがついた騎士服のまま、家令とヴァレリオ、ザネッラ、パーチ、メラート、ロッシと共に城の外へ出ました。
憤りを込めてブーツの靴音を高く響かせながら歩き、城門からある程度距離を置いたところで立ち止まりました。
そこからは家令だけが城門前まで歩みを進めます。
「主よりフェリックス殿下へのご伝言がございますので、お渡し致したく存じます」
家令が書状を掲げてそう言うと、レオン殿と数人の家臣が文句を言ったようですが、フェリックス殿下が彼らを制して閉まったままの城門越しにそれを受け取りました。
殿下は書状を開き素早く一読し、頷くとすぐに書状を家令に返し、家臣を一人呼び寄せて家令に言いました。
「この者と私でヴァレンティーナ殿下にお目にかかりたく存じます」
「かしこまりました」
家令の指示で門番が城門を少し開き、フェリックス殿下と家臣一人が城門内に入ると、門番は素早く城門を閉じました。
レオン殿が自分も入れろとゴネていますが、フェリックス殿下は構わず、そのまま家令に案内されてわたくしたちのいる方へ歩いてきます。
わたくしは厳しい表情を崩さず、まっすぐフェリックス殿下を見据えました。
そして立ち止まったフェリックス殿下が口を開く前に、冷ややかな口調で言いました。
「フェリックス殿下。単刀直入に言わせていただきます。あなた方はわたくたちの命懸けの仕事場に土足でズカズカ踏み込んできたのです。これが怒らずにいられましょうか。このこと、おわかりいただけますね?」
「はい。殿下が魔物討伐のため、この地へ出向かれたことは存じております。お怒りもごもっともなことだと痛感しております」
「でしたらなぜ宿泊の手配もなしにこの地へ押しかけてくるような真似をなさったのですか?」
「それは……」
「先ほども家令より伝えたはずです。わたくしたちは魔物討伐遠征の真っ最中。物見遊山でここに来られた方々のお相手などしている暇も余裕もありません」
「はい……わかっております」
歯切れの悪いフェリックス殿下に、わたくしは突きつけました。
「フェリックス殿下。弟君の暴走を止めるのは、ここでは殿下しかおられないのですよ」
わたくしの言葉にフェリックス殿下の顔は驚き、焦り、諦め、悲しみの混じった複雑な表情へと変わりました。




