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第三王女ヴァレンティーナ〜異世界人の子孫にして王国最後の聖女  作者: 帰り花
第二章

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第15話 直接対話


学院の中庭にあるベンチに一人で座るわたくしは、誰かがゆっくりと近づいてきて近くに立ち止まったため、膝の上に広げていた黒表紙の本を閉じました。



「これはこれは、ヴァレンティーナ殿下ではありませんか。お一人ですか?」



声をかけてきたのはレオン殿です。

それに対してわたくしは応とも否とも言いません。


ですがレオン殿はわたくしが会話を続けることを許したと勝手に思い込んだようです。



「隣、いいですか?」

「無礼ですよ」

「は? え?」

「なぜわたくしが他国の王子の従者に過ぎない者と同じベンチに座らなくてはならないのです? 弁えなさい。それ以上近づいたら許しませんよ」


わたくしが高飛車に言ってやると、レオン殿はムッとした表情になりましたが、すぐにニヤッと笑って言いました。


「そんなことを仰ると後悔しますよ」


レオン殿は唐突に眼鏡を外して髪をかきあげ、わたくしに素顔を見せつけてきました。

何というか、自分の美貌に自分で酔いしれているような姿です。


自己陶酔が過ぎるようですが、確かに顔立ちはフェリックス殿下に勝るとも劣らぬ美形。


ですが気取り過ぎた態度は興醒めです。



わたくしは冷ややかな視線をレオン殿に向けました。


「それで? 後悔するとは?」

「え?」


わたくしの反応にレオン殿は一瞬言葉を失いましたが、すぐにまたニヤッと笑って言いました。


「殿下は自制心がかなりお強いようだ。いや、照れ隠しがお上手なのかな? 普通なら私の顔を見れば誰もが感心して見惚れるというのに。たまにいるんですよ。私の顔を見て好ましく思ってもその気持ちを素直に出せない女性がね。恥ずかしくて気のあるそぶりを見せたくないと思うのでしょう。地位が高い方ほどその傾向にありますね。でも皆、始めから素直になっておけばよかった、と後悔するんですよ。私は女性にひどく好かれますからね」


いきなり変な方向に饒舌になりましたわね。

こういうのをモテ自慢というのかしら。

しかも初めて喋る相手に対してこれ?


これがレオン殿には普通なのでしょうか。



「それとわたくしに何の関係が?」

「隠さなくてもいいではありませんか。私は殿下のお好みにぴったりでしょう? わかっていますよ。従者殿や赤毛じゃない方の護衛騎士は濃い髪色の美形ですもんね。殿下はご自身のお好みのタイプだから彼らをお側に置いているんでしょう。でも顔立ちもスタイルも私の方が上だと殿下もお思いになるでしょう?」


なんという自信家。

ただし思い込みが激し過ぎて、ひとつも真実を言い当てていません。


ヴァレリオは黒髪、メラートは濃い茶髪で顔立ちは確かに二人とも美形だと言えますが、わたくしの側仕えはわたくしが決めたのではありません。

わたくしにそのような権限はないのですから。

権限があったとしても、好みのタイプだから、などという理由で側仕えを決めるような愚かなことはしません。


一体何が根拠となってそのような発想になるのでしょう。



「好きに考えなさい」


わたくしは鼻で笑ってそう言ってやりましたが、レオン殿はやれやれといったポーズを取って言いました。


「私なら彼らよりもっと殿下を大切にして楽しませてあげられますよ。殿下もご自分の気持ちにもっと素直になったらどうです? 私ともっと仲良くなりたいとお思いでしょう?」

「世迷いごとはおよしなさい」

「でも殿下はここに私と二人きりだというのに、逃げたりしないじゃないですか。私に興味がある証拠ですよね」


これはまた自己肯定感が高過ぎるのでは?


どうやら顔自慢のレオン殿の頭の中では、わたくしがレオン殿に好意を持っていて必ず陥落する、という思い込みが確立してしまっているようです。

わたくしが明確に拒否し、拒絶したとしても、照れ隠しだろう、本心は逆だ、と曲解されるだけのような気がしますわね。


こういうタイプは厄介です。

話が通じる相手ではなさそうですが、一応、二人きりではないことは伝えておきましょうか。



「わたくしがここにいる以上、二人きりということはあり得ませんよ」

「?」


レオン殿は周りに目をやり、あたりを確認しました。

目に見える人影は全く見当たりませんから、レオン殿はわたくしに視線を戻して言いました。


「いや、他に誰もいませんよ。ここには私たち二人しかいませんね。やはり殿下は自制心がお強い。それとも本心と真逆のことを言ってしまう方なのかな?」


そう言ってレオン殿は何か思いついたようにポンと手を叩きました。


「ああ、そうか。殿下は側妃の子で第三王女でしたね。つまり王家での立場は弱いのでしょう。公務もお忙しいようですし、素晴らしい力をお持ちの殿下だ。きっといいようにこき使われているのでしょうね。だから周りには本心を隠しながら生きるしかなかった。違いますか?」


はて。

それはどこの国の第三王女のことでしょうか。


少なくともわたくしのことではありません。

でもレオン殿の頭の中のフォンタナ王国第三王女ヴァレンティーナはそういう可哀想な立場の王女ということになっているようです。

想像力、いえ、妄想力が飛び抜けて豊かな方ですわね。



レオン殿は知ったような顔で続けます。


「どうです? 殿下。もっと自分を認めてくれる強い後ろ盾が欲しいとは思いませんか? 私なら殿下の大きな力になれますよ。実は、本当の私にはそれだけの力があるのです」

「本当の? それはまたどういうことです?」

「私にはまだ周りに隠している秘密があるのですよ」

「秘密?」

「ええ。殿下の心が大きく動くような秘密です。いずれ殿下にはお話ししたいと思っていますが……今はまだ内緒、ということにしておきましょうか。あそこへ私の友人たちがやって来たようですから」


その指し示す方を見ますと、中庭に入って来た女子生徒が三人、誰かを探しているような様子であたりをキョロキョロと見回しています。


「あ、これはしたり。私と殿下が二人きりでいるところを彼女たちに見られてしまったかな?」


レオン殿が急に狡猾な表情になって言いました。

してやったり、という表情です。

わたくしに対して主導権を握ったつもりでいるのでしょうか。


確かに、本当に見られてしまったのなら、わたくしにとってはまったく望ましくない状況ですが。



「あら、お楽しみのお時間のようですわね。では、わたくしは教室へ戻りましょう。皆、これへ」


わたくしがそう言うと、途端にヴァレリオとソニア、ザネッラ、ロッシが姿を現しました。

皆、認識阻害で姿を隠す指輪型の魔道具を身につけて、始めからわたくしの周りにいてくれたのです。

その指輪を外せば姿はすぐに現れます。



何もなかった空間にいきなり人間が現れたように見えたのでしょう。

レオン殿は目を瞬いて驚いています。


「先ほど言いましたでしょう? わたくしがここにいる以上、二人きりということはあり得ません、と」

「あ、いや……でも、彼女たちが目撃していますよ」

「ああ、言い忘れていましたわ。あの方たちにはわたくしの姿、いえ、わたくしたちの姿が見えていません。レオン殿の姿も今はまだ見えていないでしょう」


レオン殿は三人が自分の方へ目を向けたのに、その視線が素通りしていることに気づいたようです。


「え? なぜ?」

「何の対策もせずわたくしがここにいるはずはない、ということですわ。では、ごきげんよう」


わたくしたちは女子生徒たちがいる側とは反対側へと歩き出しました。


そしてレオン殿からわたくしたちが十分に離れた時。



「あ、レオン様!」

「そちらにおいででしたのね」


などと女子生徒たちが口々に言っている声が聞こえました。



振り向いてみると三人の女子生徒がレオン殿の方へと駆け寄っていました。

レオン殿は驚いたのか、わたくしたちが去った方へ振り向き、また驚いています。


もうレオン殿からはわたくしたちの姿が見えなくなっているからでしょう。

でもレオン殿にしてみれば、まだそれほど遠くまで行っていないはずのわたくしを含めた五人の人間が跡形もなく消えてしまったのですから、驚くのも無理はありません。




タネを明かせば、わたくしが手に持っている黒表紙の本は魔道具。

わたくしは開いていたこの本を閉じた時、それを発動させたのです。


この魔道具は一定の範囲内にいる人間を認識阻害で他者の目から隠してくれます。

中庭の植物やベンチなどはそのまま普段通りに見えますから、三人の女子生徒たちが最初にいた位置からは、わたくしたちとレオン殿の姿は見えず、ベンチには誰も座っていないように見えていたことでしょう。


そして魔道具の本を持つわたくしが遠ざかったため、レオン殿は魔道具によって認識阻害で姿を隠せる範囲の外へ出たことになり、彼女たちの目にその姿が見えるようになったのです。


つまり三人の女子生徒は中庭に来てからずっと、一瞬たりともわたくしたちの姿を見ていないのです。




この魔道具は随分前にわたくしが思いつきで作ったものです。

これでレオン殿に悟られることなく二人の姿を他者の目から隠せますから、身を守るために結界を張るのではなく、こちらを使うことにしました。

さらにヴァレリオたちには指輪で姿を隠してわたくしの側にいてもらう、という二重の備えをして獲物を待ち構えていたのです。


生徒に化けたジュリオとレジーナには、中庭へサボりに行くレオン殿の耳に届く所で、ヴァレンティーナ殿下が中庭のベンチにひとりでいるのを見たが珍しいことだ、とひそひそ話をしてもらいました。

こんな手でレオン殿を釣り上げられるか心許なかったのですが、うまく食いついてくれました。




「ヴァレリオ。よくキレずに我慢してくれましたね。立派でしたよ」

「ありがとうございます」


なにしろヴァレリオときたら、レオン殿の物言いに何度も殺気を漲らせていましたからね。


「ただ、レオン殿はヴァレリオの殺気にまったく気づかなかったようですわね」

「あの細身の体と苦労知らずの手を見ればわかります。剣術は齧ったこともないでしょう。守られる一方で生きてきたとしか思えません」

「ええ。おそらくそうでしょうね」



認識阻害で姿を隠しても、鍛えた人間なら隠れている者の気配に気づくものですが、レオン殿はまったく気づかなかったようです。


ソニアは優秀な侍女なので必要とあらば気配を殺すことにも長けていますが、あくまでも侍女であって鍛え上げた騎士ではありませんのに、そのソニアの気配にすら気づかなかった、というのは他人事ながら心配になってしまいます。



自分の身を自分で守る術を持たず、自慢の顔だけが頼り。


それでも困ることなく生きてきたのであれば……。




とにかく、ほんの短い時間でしたが十分な成果は得られました。

早速この成果を兄エドアルド王太子殿下の元へ持ち帰り、指示を仰がねばなりません。


ただ、自分を餌にしたと兄に知れたら、褒められるどころかひどく叱られてしまうと思いますけれど、もちろん後悔はしていません。



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