第14話 恋の行方
「殿下。お耳汚しとなりますが、ご報告申し上げます。つい先程女子生徒二人が、ヴァレンティーナ殿下とフェリックス殿下の従者レオン様との恋の行方について話をしているのを耳にしました。少なくとも一部の女子生徒の間ではそのような話が密かに噂されているものと思われます」
「……………………は?」
ソニアの報告にわたくしは思わず間の抜けた反応をしてしまいました。
わたくしとレオン殿の恋?
空耳?
「今、わたくしとレオン殿の恋と聞こえたような気がしますが、わたくしの空耳かしら?」
「いえ、誠に遺憾ながら空耳ではありません」
「……………………え?」
こんなに現実味の無い話は聞いたことがありません。
わたくしという人間から遥かにかけ離れた別世界の絵空事。
お芝居よりもっと現実味のない話ですから、まったくピンときません。
そもそもなぜレオン殿?
フェリックス殿下と顔が合った時でさえ、側近くにいるレオン殿の顔には目を向けることすらしていませんのに。
ソニアによると、渡り廊下を歩いていた時、女子生徒の密やかな話し声が外から聞こえてきて、その話の中に急にわたくしの名前が出てきたので、そっと柱の陰に立ち止まり耳を澄ませてみたのだそうです。
その時聞こえてきたのがこのような会話だったとのこと。
「…………様から聞きましたけど、近頃何度もヴァレンティーナ殿下と目が合うようになってきたのですって。ほんの一瞬目と目が合うだけでも幸せだと言ってらしたそうよ。あ、もちろん、これはここだけの話よ?」
「もちろんわかっているわ」
「フェリックス殿下のお茶会では、ヴァレンティーナ殿下もレオン様のことを気にしている雰囲気が伝わってきたらしいし、実は密かにお互い思い合っているのかもしれないわね」
「殿下のお側にいる方は美形が多いでしょう? それに髪の色が濃い方ばかりだし。きっと殿下は髪の色が濃い美形がお好きなのよ。レオン様も眼鏡を外すとあの美形だし、フェリックス殿下と違って髪の色は濃い茶色だものね」
「でもヴァレンティーナ殿下とレオン様とでは身分が違うし国も違うから、決して結ばれることはないでしょうね。それでも一度燃え上がった恋心は消せない……切ないわね」
「身分違いの恋だなんて、まるで物語やお芝居のようじゃない?」
「素敵ねぇ」
「でもレオン様はアレよね。もしかするともしかするかもしれないわよ」
「そう言えばそうね。わぁ。そうすると二人の恋の行方はこれからどうなるのかしら」
ソニアは話の内容に驚いてその女子生徒二人の顔をそっと確認してみたところ、二人ともフェリックス殿下の取り巻きの中に時々見る男爵令嬢だったそう。
何がどう素敵なのかさっぱりわかりませんし、完全なる事実無根の与太話。
もうソニアが耳にした部分だけで、その噂とやらの出処が誰かわかってしまいましたけれど。
「クソッ」
急にヴァレリオが小さく吐き捨てました。
「ヴァレリオ。落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられません。こんな不敬な噂を流したのは間違いなくあの偽従者ですよ。しかも何から何まで全てが嘘。殿下を侮辱したも同然の暴挙。この責任はきっちり取ってもらわなくてはなりません」
「もちろんその通りですが、まずは裏取りですよ」
ヴァレリオの怒りは最もなことですが、とにかく今は裏取りすることが先決です。
ジュリオとレジーナからはこのような噂話の報告は受けていませんから、まだ大きく広がってはいないのでしょう。
今日、たまたまソニアの耳に入ったのは幸いなことでした。
「ソニア。お手柄でしたね」
「私はたまたま耳にしただけですから」
「その幸運がわたくしに手を打つ時間をくれたのです。ありがとう、ソニア」
「恐れ入ります」
わたくしはすぐさまジュリオとレジーナに調べさせることにしました。
その二人が数日で掴んできてくれた噂話の内容は纏めるとこのようなものでした。
フェリックス殿下は折に触れヴァレンティーナ殿下ともっとお近づきになりたいとアピールに懸命だが、実はヴァレンティーナ殿下は従者のレオン様に興味があるらしい。
レオン様の言葉の端々にもヴァレンティーナ殿下への思いが溢れている。
その思いが少しずつヴァレンティーナ殿下に届いているようだ。
実はお互い一目惚れだったらしい。
報告を受け、まさかわたくしがこのような三文芝居の登場人物にされているとは、としばらく絶句してしまいました。
また、このような出鱈目な噂話の出処はやはりレオン殿だったことも確かめられました。
レオン殿はフェリックス殿下の取り巻きになっている女子生徒たちの中から数人に目をつけ、殿下が薬草学の授業で不在の間その生徒たちと中庭でお喋りを楽しんでいるが、最近では授業をサボってお喋りに興じていることもある。
その場でそのような出鱈目を女子生徒たちに信じ込ませているようだが、嘘を真実のように語る様が実に手慣れている、とのこと。
しかもそれとは別に、自分はさる高貴な身分の方の落とし胤なのだ、ただ確とした証拠を示せないのでそれを公にできないのがつらい、などと吹き込んでいることもわかったのです。
ジュリオによれば、レオン殿は人を騙すことを何とも思っていない真性の嘘つき、だそう。
今は目をつけた女子生徒たちの口の軽さを期待して様子見をしている最中、まだ狭い範囲で密かに噂になっているだけでフェリックス殿下もご存知ないようだが、さらに噂が広がるのは時間の問題だろう、というのはレジーナの見立て。
「まさかとは思いますが、このような稚拙な手段で外堀を埋めているつもりなのかしら?」
「おそらくそうでしょう」
ヴァレリオが即答しました。
「つまり、わたくしに喧嘩を売っている自覚は無い、ということ?」
「はい。おそらく殿下の心を掴み、自分の正体を明かして大団円、などと夢想しているのでしょう。おめでたい奴ですね。自分の正体を自ら明かせばどうなるかわかっていないのでは?」
「まさか……自分が不法入国者だという自覚が本当に無いということ?」
「こんな下手な手を打って殿下を怒らせるような人間ですよ? きっと自分に都合の良いことしか目に入らないし耳に入らない輩なのでしょう」
眼鏡をかけているせいか、一見、大人しそうで真面目そうに見えるレオン殿ですが、中身は思っていた以上に真っ黒のようです。
ただあまりにも底が浅いように思います。
そもそも他国で、他国の王族であるわたくしに対して、このようなことを仕掛けてくる神経がわかりません。
自国で通じていた手がこちらでも通じるなどと考えているのだとしたら、あまりにも呑気で愚か。
レオン殿の正体について調べている者たちからの報告はいくつか入り始めていますが、先日、兄エドアルド王太子殿下より教えていただいたことがあります。
それは、バラフ王国の商会子息レオンは実在の人物で、フェリックス殿下と共に留学することになっていたのも本当のことだが、本人は今もバラフ王国内にいて自宅に隠れ潜んでいることが確かめられた、しかもレオンの父親である商会長は息子が自宅にいることを周りに隠しているし、夜間などは特に自宅屋敷の警備に神経を尖らせている、というものでした。
つまり、レオン殿が身分を偽り商会子息レオンになりすましてフォンタナ王国へ入国してきたことは確定的。
本物の商会子息レオンとその父親の様子は、誰かから脅されているか誰かに怯えている者の態度そのもの。
そして、レオン殿はわたくしと恋仲であるような噂を流し始めている。
その行き着く先は?
わたくしが嫁ぐことをバラフ王国が狙っているのは本当なのかもしれません。
兄もフェリックス殿下とレオン殿にはくれぐれも気をつけろ、と真顔で言っていました。
レオン殿の動きは唐突に思えますが、本物のレオンは薬草学を学ぶ予定であったこと、それをレオン殿は受講せず、しかも最近では普段の授業まで時折りサボっている、となると、もともと勉強嫌いなので留学生のフリも従者のフリも嫌になって留学を切り上げたくなり、ここに来ていきなり動き出した、ということかもしれません。
つまるところ、早く帰りたくても聖女の力を持つわたくしを陥落させる前に帰国するわけにはいかないし、その手柄をフェリックス殿下に譲るのは業腹、ということでしょうか。
となれば確かめてみたくなるではありませんか。
学院内でわたくしが一人きりになることは決してありません。
普段は側にヴァレリオやソニア、護衛騎士たちがいますし、授業中は教室内に生徒たちがたくさんいますから、いついかなる時もわたくしが一人きりになることはないのです。
そのわたくしが一人きりでいるところを目にしたレオン殿はどうするか。
きっと深く考えもせず、渡りに船とばかりに動くはず。
「こうなったら、わたくしが餌になりましょう」
「餌とは?」
「レオン殿とサシの勝負ですわ」
「サシ?」
「わたくしが嫁ぐことを本当にバラフ王国が狙っているのか、レオン殿の狙いもそれなのか、直接確かめるのです」
「一体何をするおつもりですか?」
「フェリックス殿下が薬草学の授業を受けている時に、わたくしが中庭のベンチに一人きりで座っていたら、レオン殿が食いついてくる可能性は高い、と思いませんこと?」
「「なりません!」」
ヴァレリオとソニアが同時に言いました。
「絶対にダメです」
「どうかお考え直しください」
「ヴァレリオ。ソニア。わたくしは怒っているのですよ。止めても無駄です」
「ですが……」
「大丈夫ですよ。本当に一人きりになるのではありません。入学前にわたくしが作った認識阻害で姿を隠す指輪型の魔道具を皆に身につけてもらい、側にいてもらいますから」
「それでも」
「さらに、結界を張って物理的に近寄らせないようにしますわ。時間も短く済ませます」
ヴァレリオとソニアは顔を見合わせ、そして不承不承といった体でヴァレリオが言いました。
「……わかりました。ですがアレが近づきすぎたら殿下のご命令がなくとも阻止します」
「ええ。頼りにしていますよ」
では準備を整え、早急に取り掛かることにいたしましょう。
なにしろわたくしは本当に怒っているのです。
もはや相手の出方を見てそれから動く、などという悠長なことをする気はかけらもなく、むしろ叩き潰しに行く気満々なわたくしなのです。




