第13話 熱意と対立
宮廷薬師長セストを講師に招いた特別講義は十日に一度、合計五回に及ぶ規模で行われることが決まりました。
受講希望者たち、そして学院側との調整で講義内容を精査し、どうにか五回におさめたそうで、セストも生徒たちの熱意に応えるため楽しそうに講義の準備をしていたようです。
ティベリオさんとナタリアさんからぜひご一緒に受講を、と誘われたのですが、残念ながらわたくしは公務と重なり、初回の講義を受けることはできませんでした。
その代わり、ティベリオさんとナタリアさんから講義の際の様子を聞かせてもらいましたが、初回から熱い講義になったようです。
セストから示されたお題で生徒同士議論したり、生徒からの質問についてはまず仮説を出させてそれを生徒同士で議論、その後セストから論評され、あるいはある薬草の最新の研究結果についてセストからじっくりと講義があり、といった形で大いに盛り上がったそうです。
発言しなかった生徒は皆無だったらしく、皆セストの講義にどっぷりと浸かった濃い時間となったようで、何よりのことでした。
中でもフェリックス殿下がとても真剣で、質問もよくし、議論にも積極的に加わっていたとのこと。
念のためセストにも講義の際のフェリックス殿下の様子を聞いてみましたが、その返答に驚かされました。
「フェリックス殿下の受講態度は、幼き頃のヴァレンティーナ殿下によく似ておいででしたよ」
「わたくしに?」
「はい。殿下が薬草学を学び始めた頃は、知識に飢えているかの如く恐ろしいほどの勢いで吸収なさっておいででした。基礎的な知識を学び終えても満足せず、もっと深くもっと広く、古い知識だけでなく新しい知見も、と貪欲に学んでいらっしゃいましたね。フェリックス殿下も同様で、薬草について学ぶことに非常に飢えているようです。その様が殿下に実によく似ていますよ」
わたくしは母のようにポーションを作れるようになりたい一心で、薬草の知識を早く自分のものにしようと必死でセストの教えに食らいついていきました。
実のところ薬草の知識がなくても聖女の力があればポーションは作れてしまいます。
薬草に含まれる薬効成分の中には、頑強に保護されているため抽出が難しいものもありますが、全型の魔力を持つ母とわたくしなら難しい手順を踏まずに抽出できます。
また、毒性の強い植物から毒を抽出することも、母とわたくしならその毒に侵されることなくできてしまいます。
ただ、薬草の知識はないけれど、そこに薬草があれば聖女の力でポーションは作れるから、とにかく何でも作ってしまいましょう、というのではあまりにも無責任で危険です。
薬草と毒草の取り違えはあり得ることですし、誰かが悪意を持って意図的に毒草を混ぜてきた場合などは、その者に聖女の力をいいように利用され、こちらは無知につけ込まれた挙げ句、悪事に加担してしまうことになりかねません。
聖女の力が使えるということは、それに伴う責任も重いということ。
わたくしは薬草の知識なくポーションを作ることは無責任だと考え、しっかりと学んできたのです。
その学ぶ様がわたくしとフェリックス殿下はよく似ている?
そうしますと、フェリックス殿下には薬草学を学ぶ明確な目標や意図があるのかもしれません。
個人的な興味を満足させるため、ということだけではないようです。
「バラフ王国は気候風土に恵まれ、希少な薬草が育つ環境もあり、本腰を入れて取り組めばいくらでも薬草栽培で発展していけると思います。フェリックス殿下はそういったことを念頭に置き、真剣に学んでいらっしゃるということかしら」
「フェリックス殿下の質問内容から推して、私もそう推察しております」
「我が国の薬草学がバラフ王国の発展の一助となるなら光栄ですわね」
「はい。フェリックス殿下ならばその大仕事をやり遂げるような気がしますよ」
セストはずいぶんフェリックス殿下を買っているようです。
つまりフェリックス殿下の薬草学への情熱は本物と見てまず間違いない、ということ。
そういえば初めてのお茶会では、薬草学の話になったとたんフェリックス殿下の目が輝きましたわね。
ただ、突っ込んだ話になりかけたら目の輝きが失せて話を微妙に逸らされ誤魔化されてしまいましたけれど。
あれは何だったのでしょうね?
それにティベリオさんの言ではフェリックス殿下は今回に限らず薬草学の授業ではいつも真剣で質問もよくするし、領地での薬草栽培の現状についてもよく聞かれる、とのことでしたわ。
もしかして、そちらの方がフェリックス殿下の素の姿?
普段よく見かける女子生徒たちに囲まれて楽しく過ごしている姿の方が、言うなれば演技?
見せかけの姿?
そういえば……薬草学の授業を受講しているのはフェリックス殿下だけ。
そしてお茶会ではレオン殿が側にいた。
フェリックス殿下の態度は、レオン殿が側にいるか、いないかによって変わる……?
でもなぜそのようなことをする必要が?
なんとも嫌な予感がしてきました。
レオン殿の正体についてはわたくしも色々と考えてみましたが、その中でも最悪の予想が正解だとすれば……。
執務室で書類を手にしながらわたくしが考え込んでいると、ヴァレリオが声をかけてきました。
「殿下。どうかなさったのですか? 手がずっと止まったままですが」
「……実はフェリックス殿下とレオン殿のことを考えていました」
「何か気になることでもおありですか?」
「ええ。フェリックス殿下に対する不遜な態度を隠し切れないレオン殿は、フェリックス殿下と主従関係にはなく、実際は身分が高い方であろうと見ていますが、ヴァレリオはどう思いますか?」
「殿下の仰ることに完全に同意いたします」
「その身分を偽って我が国に入国してきたのなら、レオン殿は我が国から見れば不法入国者、すなわち罪人となってしまうのですよ。そのような危険を冒してまで我が国へ不法入国してくる利点や恩恵などあるものでしょうか? そこが腑に落ちないのです」
わたくしの疑問に、ヴァレリオは呆れた表情になりました。
「殿下。肝心なことが抜け落ちていらっしゃいます。ご自分のことをお忘れです」
「わたくしのこと?」
ヴァレリオは真剣な表情になって続けました。
「殿下は聖女の力を持つお方なのですよ。それは最大の利点であり恩恵そのものではありませんか」
わたくしは呆気に取られました。
「わたくしは領主科所属です。それにわたくしにはヴァレリオという従者がいるのです。身分の高い者なら、それだけでわたくしの将来像を察するのが当然というものではありませんか?」
ヴァレリオは表情を崩さず言いました。
「察するのと、それを受け入れるのとは別です。殿下の心を掴んでしまえば万にひとつもあるだろう、と考える者は必ず出てきます。まだフォンタナ王国とは正式な国交を結んでいないバラフ王国が、殿下を陥落させて嫁いでもらえば楽に国交樹立が叶い、聖女の力も手に入る、などと考えても何ら不思議はありません。フェリックス殿下は国から殿下とうまく縁を結べと言われている可能性がありますし、それがうまくいかなければあの偽従者の出番、という可能性もありますね」
「まあ……」
「殿下。ご自分がどう見られているのか、もう少しご自覚いただきたいです」
「どう、とは?」
ヴァレリオはまた呆れ顔になりました。
「聖女の力を抜きにしても才色兼備の王女というのは引く手あまた、ということです。バラフ王国どころか国内の貴族も殿下の降嫁を狙っている家はまだあると思いますよ」
「フォンタナ王国は初代国王から現国王までの三代で、婚姻と代々の王女の降嫁により国の土台をほぼ固めました。残すは魔力汚染の残る地域の浄化完了後を見据えた守り固めであり、その地域はほとんどが王領。となればわたくしがそこに関わるのは自明の理。どう考えても現時点でわたくしの降嫁はあり得ませんわよ?」
「それでも、です。万にひとつの可能性がある限り諦めることはないでしょう」
「無駄な努力としか言いようがありませんわ」
「確かにその通りですが、国内の貴族はともかく、バラフ王国がそこまで把握できているかどうか、甚だ疑問です。把握しているなら、そもそも偽従者の不法入国疑惑など起こり得ないでしょう。国交を結んでいないということは、罪人の処遇についても何も取り決めが無いわけで、我が国の法に則り一方的に処罰されても文句は言えない勝ち目なしの危険な賭けでしかないことくらいわかるはずですから」
「確かにそうですわね」
「ですから殿下。フェリックス殿下と偽従者殿にはくれぐれもお気をつけください」
「肝に銘じましょう」
これまで薬草栽培に向く気候風土を活かすこともしてこなかったバラフ王国。
つまり上に立つ者が現状維持を良しとして、国の発展には目を瞑ってきたとも言える。
一方でフェリックス殿下の薬草学への熱意は本物。
フェリックス殿下が本気でそこに目を向け手をつけようとしているのなら、殿下の国費留学を後押しする者がいてもおかしくない。
それはきっと現状維持で満足せず、もっと国を発展させるという熱意のある者。
一方で進歩や変化を嫌う者、発展のために責任を負うことを嫌い安易な道を選ぶ者はいつの時代にもいる。
フェリックス殿下とレオン殿の関係はその対立が反映されている?
「まさか、お家騒動を我が国に持ち込んできたのではないでしょうね」
「あり得ますよ」
わたくしのつぶやきにヴァレリオは即座に反応しました。
「こう言ったらなんですが、もしかすると殿下はまた厄介ごとに縋りつかれたのかもしれませんね」
そのようなことは自国内で完結させていただき、わたくしは無関係でいたいものですけれど。
いずれにせよ、レオン殿の正体を探れば、その辺りの事情も、バラフ王国王家の内情もより詳しくわかることでしょう。
今はその報告を待つしかありませんが、面倒な事に巻き込まれそうだという予感はますます強まるばかりです。




