第12話 特別講義
「ヴァレンティーナ殿下。先日お話しいたしました特別講義に関する文書をまとめて参りました」
「まあ、もう揃いましたの?」
「はい。ぜひ目を通していただきたく、よろしくお願いいたします」
「では、早速拝見しますわ」
「ありがとうございます!」
本日最後の授業が終わるやいなや、同じ領主科に所属するパストーリ侯爵令息ティベリオさんとクリオーネ伯爵令嬢ナタリアさんがわたくしの席まで文書の束を抱えてやって来ました。
先日、二人から、宮廷薬師長セスト様をお招きし薬草学の講義をしていただきたいと考えており学院側へ申し入れをするつもりでいる、ついてはヴァレンティーナ殿下からもセスト様に口添えをしていただけませんか、という相談を持ちかけられました。
その際わたくしから注文をつけた物を持ってきてくれたのです。
セストは薬草学の権威で、フォンタナ王国の薬草学における第一人者です。
そしてわたくしの薬草学の師匠でもあります。
セスト自身、学ぶことに貪欲で怠惰を嫌う人なので、その教えを乞う側の本気度を重視します。
ですからわたくしは二人へ、まずはその本気度を示すものを見せて欲しいと頼んでおいたのです。
セストに教えを願う生徒たちの本気度を確認せずに口添えをするのは無責任というものですから。
ベネドリナ王国からフォンタナ王国に至るまで連綿と続いてきた王立貴族学院は、領地経営学科、淑女科、侍女科、普通科というクラス分けもそのままに続いてきました。
ただ現代では学ぶべき知識などがこのクラス分けの範疇を超えて広がってきているため、所属科にかかわらず受講できる選択制の授業が様々用意されています。
現時点で貴族学院はフォンタナ王国最高峰の学舎ですから講師も一流揃い、学ぶ側の意識向上もあり、その相乗効果で授業によっては内容も向上してきていますが、それでも物足りなくなってくる場合があります。
そのため、ぜひ直接講義をしていただきたいと願う人物がいるなら、まとまった賛同者を集めて学院に申し入れをすると、学院がその方と交渉してくれる仕組みも用意されているのです。
王国随一の頭脳、実力者などをお招きして講義をしていただけますし、その謝礼は学院持ちとなりますから、生徒側は当然本気度を示す必要があります。
今日ティベリオさんとナタリアさんが持ってきた文書は、セストを講師として招き、より高度な薬草学を学びたいと願う生徒たちが、セストからどのような事を学びたいのかを具体的に記したものです。
わたくしはさっそく文書に目を通し始めました。
流石に薬草学についてさらに深い知識を学びたいという意欲のある生徒たちばかりですから、その筆跡を見ただけでも意欲と熱意が感じられるものばかり。
一枚一枚じっくりと目を通してみれば、なるほど、これは講師としてセストをぜひ招きたいというのも納得、という深掘りした具体的な内容がびっしりと書かれています。
もちろん全員が自分の名をきちんと署名し、セスト宛に丁寧に書き綴っています。
すべてに目を通し終え皆の熱い思いに感動したわたくしは、ティベリオさんとナタリアさんに請け合いました。
「皆さんの熱意は確かなものですわね。これを読んで確信しましたわ。早速今日か明日にでもわたくしからセストに特別講義を願っておきましょう」
「「ありがとうございます!」」
「この文書もすべて添えて学院へ申し入れするのですね?」
「はい」
「ではセストにも間違いなく皆さんの熱意が伝わりますわ。きっと特別講義は叶うでしょう」
「ありがとうございます!」
「さっそく皆にも伝えます!」
二人は顔を紅潮させて喜んでくれました。
ティベリオさんはパストーリ侯爵家嫡男ですし、ナタリアさんもクリオーネ伯爵家の次期当主になる人です。
パストーリ侯爵領とクリオーネ伯爵領は、ともに薬草栽培に力を入れていて、それが領地の主要な産業となっています。
従って次期領主としては薬草に関して無知でいるわけにはいきませんし、自分たちの代で領地をより発展させるために新しい知識を得たいと思うのも当然のこと。
その近隣でも薬草栽培は盛んで、土地に合った薬草の栽培で各々努力していますし、今回セストに特別講義を願う生徒たちは、その関係者の身内や当事者が多いように見受けられました。
禁忌魔術大暴走後のベネドリナ王国は一時、薬草の入手が困難となりましたし、その後の復興がこれまた大変な難事業でした。
その代わり国をあげて力を注いできたので、今では薬草学においてフォンタナ王国は周辺諸国の中で最先端に立っているのです。
貴族学院で所属科にかかわらず薬草学が学べるようになっているのも我が国ならではのこと。
王家としては、いずれ専門の学舎を設立することも視野に入れています。
わたくしは王宮へ帰り、その足で薬師局を訪ねてみました。
折よくセストが在席していたので、少しだけ時間をもらい、貴族学院での特別講義の依頼が届いたらぜひとも受けて欲しい、と頼みました。
「受講希望者たちはセストから何を学びたいのか具体的に決まっているようです。その思いの丈を綴った文書をひと足先に見せてもらいましたが、その熱意は本物だと感じました。皆、貪欲に学ぼうとしていますし、セストにとっても興味深く、やり甲斐があり、得るものも多い講義になると思います。どうか依頼を受けて欲しいのです」
「殿下がそこまで仰るのであれば、私も受ける方向で検討いたしましょう。ただし、決断は私もその文書を読んでからといたします」
「ええ。もちろん、そうしてください……セスト、その文書はどれも皆の本気度が詰まった熱いものですけれど、実際に読んでみて、セストが特に気になったもの、気に入ったものはどれか、後で教えてもらえますか?」
「わかりました。何か気になることがおありのようですね」
「ええ。薬草学の講義そのもののことではないのですが……」
「では文書を読んだ後、すぐにも殿下へ伝言をお届けいたしましょう」
「ありがとう。よろしくお願いしますね」
「承りました」
セストからの伝言が届いたのは、それから十日ほど後のことでした。
そこにはセストの手でこう書かれていました。
『貴族学院での特別講義の講師をお受けすると決めました。最低でも三日間の講義になるでしょう。なお、寄せられた文書はどれも興味深いものでしたが、その中でも私が最も興味を引かれ気に入ったのは、バラフ王国第二王子フェリックス殿下の書かれた文書です』
「ああ、やはり」
思わずそうつぶやくと、ヴァレリオが聞いてきました。
「やはり、とは?」
「十日ほど前、ティベリオさんとナタリアさんが持ってきた文書がありましたわね」
「はい。殿下がその場ですぐに目を通されていた文書ですね?」
「ええ。あれはセストに薬草学の特別講義をして欲しいと願う生徒たちの思いが綴られたものでしたが、その中で特にわたくしの目を引いたのが、あのフェリックス殿下のものだったのです」
「ぅえ?」
ヴァレリオが思わず変な声を出しましたが、気持ちはわかります。
わたくしも文書を読んでつくづく感心した直後、フェリックス殿下の署名に気づいて驚いたからです。
「そしてそれを読んだセストからの伝言によれば、やはりセストもフェリックス殿下の書かれたものが最も興味を引かれ気に入ったそうです」
「そうですか……。すると、フェリックス殿下の薬草学への興味は本物、ということでしょうか」
「ええ。少なくとも薬草学を本気で学ぶために留学してきたのは間違いなさそうですわね」
フェリックス殿下の従者だというレオン殿の正体を探るのは兄エドアルド王太子殿下が引き受けてくださり、秘密裏に調査がなされている最中です。
レオン殿はバラフ王国の商会の子息という触れ込みで入国してきたのですが、本当にその人物が存在しているのか、あるいは別人のなりすましか、まずはその辺りから調査しているはずです。
ただ、正式な国交の無い他国の人間の調査ですから慎重に進めなくてはなりませんので時間はかかるでしょう。
そしてフェリックス殿下はどのような立場でどこまで関わっているのか。
彼らの思うところはまだ何もわかりませんが、今のところわたくにできることと言ったら、フェリックス殿下との交流を絶やさぬことくらい。
もどかしく思いますが、まずは調査結果を待つよりほかないようです。
態度がどうにもちぐはぐなフェリックス殿下ですが、薬草学に関する情熱は本物だと感じました。
ですから、殿下には薬草学をしっかり学んでいってほしい、と応援する気持ちが湧いてきてしまいました。
ちょっとばかり複雑な気分です。




