第10話 留学生
「あ! ヴァレンティーナ殿下見つけた!」
え? 見つけた?
その素頓狂な大声に驚いたわたくしは、思わず足を止めました。
わたくしが王立貴族学院に入学して二十日ほど経ちました。
入学前の慌ただしさから一転、学院での生活はとても平穏でした。
今この瞬間までは。
ここは貴族学院の廊下。
その大声は廊下の向こう側からわたくしたちがいる方へ歩いてきた男子生徒が発したものです。
すぐさまわたくしの護衛騎士メラートが前に出て盾になってくれました。
ヴァレリオと護衛騎士ザネッラも体勢を整えてわたくしの守りを固めてくれます。
ソニアも緊張感を持って備えています。
その男子生徒は金髪碧眼で細身の体つき。
側近くには茶髪碧眼の眼鏡をかけた男子生徒がいて、さらに二人の後ろを囲むように女子生徒が三人います。
三人の女子生徒は本学院の生徒だとすぐわかりましたが、二人の男子生徒はわたくしがまだ一度も顔を見たことがない生徒です。
このような物言いをする者なのですから、間違いなく親の身分が高いのでしょう。
となれば、おそらくこの二人はバラフ王国からの留学生、第二王子フェリックス殿下と、殿下の従者レオン殿と見て間違いなさそうです。
わたくしと同学年にバラフ王国から二人の留学生がやって来るということは聞いていました。
二人は兄エドアルド王太子殿下の元へ挨拶をしにやって来たそうですが、わたくしは魔物討伐遠征が長引き帰還が遅れたため、二人とは掛け違い、貴族学院入学前に顔合わせはしていませんでした。
いずれ学院で顔を合わせたならその時に簡単に挨拶でも、と思っていましたが、このような声掛けはまったくもって予想外でした。
なにしろ第一声が、見つけた! ですからね。
メラートがわたくしの盾となったことで、フェリックス殿下らしき男子生徒はその場に立ち止まりましたが、臆せず悪びれもせず平気な顔でちょっと頭を傾げ、メラートの体の脇から覗くようにして、わたくしに挨拶をしてきました。
「失礼いたしました。初めてお目にかかります。私は本学院へ留学して参りましたバラフ王国第二王子フェリックスです。こちらは私の従者レオン。ようやく麗しきヴァレンティーナ第三王女殿下に直にお目にかかることができ、大変光栄です。ぜひとも殿下とはこの学院生活で親交を深めたいと願っていますよ。これからよろしくご指導ください」
ペラペラと調子良く大袈裟な言葉遣いで挨拶してきたフェリックス殿下。
にこやかに流暢にフォンタナ王国の公用語アヌマーム語を喋っています。
アヌマーム語もバラフ王国の公用語も大陸アヌムの古代語アヌミル語が元になっていますので、お互いの公用語で喋りあってもおおよそ通じますから交流には困りませんが、そのあたりは流石に王子殿下らしくきちんとしていますね。
ただ、ずいぶん軽調子で馴れ馴れしい響きのある喋り方が気になります。
よく見ればフェリックス殿下はなかなかの美形です。
そして金髪碧眼の王子様とくれば女性にはさぞかしモテることでしょう。
口も上手そうです。
このような喋り方もこれまでは周りに受け入れられてきたのでしょうね。
体つきはわたくしから見ると細すぎるような気がします。
指は細長く、手もきれいですから、剣術はあまりなさっていないように思われます。
従者のレオン殿も同じような体つきで細身なのが気になりますね。
とにかく向こうから名乗られた以上、わたくしも挨拶を返さねばなりません。
「メラート、ありがとう」
「はっ」
メラートが退き、わたくしはフェリックス殿下に挨拶をしました。
「フォンタナ王国第三王女ヴァレンティーナです。こちらこそフェリックス殿下にお会いできて嬉しゅうございます。あらためまして、フォンタナ王国へようこそいらっしゃいました。殿下におかれましては学院生活を満喫していらっしゃるご様子、何よりのこととお喜び申し上げますわ」
フェリックス殿下は目を瞬き、ほんの一瞬固まってからヴァレリオの方へ目をやり、口を開きました。
「そちらにおわすは殿下の従者殿と心得ますが、ご紹介願えますか?」
「ええ。こちらはわたくしの従者、ヴァレリオ・タルティーニです」
ヴァレリオはフェリックス殿下にきちんとお辞儀をしました。
「従者殿はなかなかの美形ですね。殿下ご自慢の従者殿とお見受けしますが」
「ええ、頭脳も剣の腕もどこへ出しても恥ずかしくないとても頼りになる自慢の従者ですわ」
フェリックス殿下はヴァレリオの顔立ちが美形であることをわざわざ強調しましたが、それはわたくしが重視するところではありませんし、側にいる者の顔立ちを自慢にして他に誇るような真似などしたくもありません。
フェリックス殿下とレオン殿についても、興味を持つとしたらその外見ではなく中身の方ですの。
と、わたくしは腹の中で付け加えました。
わたくしが顔立ちについては触れずに返したのが予想外だったのか、フェリックス殿下は再度、目を瞬いて固まり、それから口を開きました。
「すると殿下と同じく従者殿も領主科所属ですか?」
「ええ、その通りですわ。殿下とは所属科が異なりますから、なかなか授業でご一緒できないのは残念ですわね」
「え、いや、共通科目がありますよね? ダンスや教養の授業でご一緒できることもあろうかと思います」
「あら、ごめんあそばせ。わたくしとヴァレリオはすでに試験を受け、ダンスとマナーは授業免除されておりますの。残念ながらご一緒できそうな授業はごくわずかとなりそうですわ」
「そう……なのですか? ではいずれ昼食やお茶など、ぜひご一緒させていただきたいですね。お互いの国のことなど殿下と心ゆくまで語り合いたいと思います。私たちは立場が似た者同士ですからきっと気が合いますよ」
「わたくし、ひとつのことをどこまでも深く語り合うことを好みますの。そのような語らいができるのならば大歓迎ですわ」
再再度、フェリックス殿下は目を瞬いて固まり、そしてすぐ気を取り直して口を開きました。
「私も領主科に所属すればよかったように思いますよ」
「どの科に所属していようと、本学院では本人のやる気次第でいくらでも学びを広げ、深めていくことができますわ。そのための仕組みがいくつも用意されています。せっかく我が国へ留学なさったのですから、ぜひそういった仕組みを存分に有効活用なさり、さらにご自分の世界を広げていかれますように、と願っております。では殿下。わたくし所用があり少々急いでおりますので、これで失礼いたしますわ」
「え? ああ、廊下での長話は失礼でしたね。ではまたいずれお目にかかりましょう」
「ごきげんよう」
わたくしは道をあけてくれたフェリックス殿下に軽くお辞儀をして歩き出しました。
それにしてもフェリックス殿下はクセの強そうなお方ですわね。
従者のレオン殿はフェリックス殿下の物言いに何ら反応せず、大人し過ぎる方のようですし……。
立場が似た者同士というのはわたくしも殿下も側妃の子であることを言ったのでしょう。
わざわざその点を強調したということは、バラフ王国での立ち位置に苦労しているのかもしれません。
確か第三王子は正妃の子で、生まれたのが殿下より三ヶ月ほど遅いだけの同い年だったはずですから。
ただ、側妃の子という立場にある者の苦労を互いに慰め合えると思っての言葉だとしたら、それはお門違いですけれど。
バラフ王国はフォンタナ王国西側の山脈を隔てたさらに向こう側にある国で、土地は富み、作物もよく育つ暮らしやすい国だそうですが、国外に向けて売れるような特産品に乏しい国でもあります。
フォンタナ王国にとって特に旨みがないため、バラフ王国とはまだ正式に国交を結んでいません。
フェリックス殿下はフォンタナ王国のことをよく知って少しでも縁が結べたら、という理由で留学してきたそうです。
そのため、気軽に動けるよう、国賓級の扱いはいらないと言ってきたとのこと。
実際、王都内にいくつかある貴族向けの屋敷をひとつ借りて、バラフ王国から連れてきた家臣たちと住まい、そこから毎日馬車で学院まで通学してきているようです。
わたくしとヴァレリオは領地経営学科、通称領主科に所属していますが、フェリックス殿下は普通科に所属しましたから、どこまで本気で勉強する気なのか少々疑問。
先ほども女子生徒を引き連れていて、そういった面での学院生活は満喫しているようですが。
しばらく押し黙っていたヴァレリオが急に不快を滲ませた口調で言いました。
「下心満載でしたね」
「どちらかというと広く浅く女子生徒たちとの親交を楽しみたいお方、という印象でしたわ」
「あの外見と身分があれば叶うでしょうが、殿下をそういう女子生徒たちと同列に並べようとしたのは不快です」
「とは言えまったく交流しないというのも不自然ですわね。軽く釘を刺しておきましたから、今後どう出てくるか様子見しつつ、適切な距離感で交流を図ることにしましょう」
「はい」
今日の印象だけで判断するのは早計に過ぎますから、もう少し殿下の為人を知る必要があるでしょうが、気が重くなってきました。
ただ気になるのが、先ほどのやり取りで、なぜか漠然とした違和感を覚えたこと。
何に違和感を覚えたのかはっきりとはわからず、もどかしいのですが、少なくともこの感覚を見過ごすことはできません。
そのためにもある程度の交流はした方がよいでしょう。
あまり気乗りはしませんが、他国の王族を蔑ろにするわけにもいきませんし。
そしてこれから先、鬼が出るか蛇が出るか。
とにかく何かが起こりそうな気がしてきました。
どうやらわたくしの平穏な学院生活は早くもここに終わりを告げたようです。




