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第三王女ヴァレンティーナ〜異世界人の子孫にして王国最後の聖女  作者: 帰り花
第二章

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第4話 刃物騒ぎと双子


開いた馬車の窓から、進路前方で起きているという刃物騒ぎによる怒鳴り声や金切り声が聞こえてきました。


このような街中で刃物騒ぎとは実に迷惑な話ですが、そこから被害が広がる可能性もありますし、放ってはおけません。

憲兵が来るまでパーチやロッシに対応してもらうか、わたくしの能力が役に立つならそれを使うのでもかまいません。


とにかく被害が広がらぬよう手立てを講じなければ。


わたくしは窓から少し顔を出して前方を見るため、パーチとロッシに馬車の窓の側に近づいてもらい、わたくしを二人の体で隠してもらいました。


「殿下」


ソニアが心配そうな表情でわたくしのその行動を諌めようとしたので、わたくしは笑顔でソニアに頷いて言いました。


「大丈夫ですよ、ソニア。この馬車はわたくしが結界を張り守っていますからね。あのような騒ぎはわたくしたちを狙う陽動作戦という可能性もありますから、どんな時も警戒を怠らないようにしていますの」

「差し出口でした。申し訳ございません」

「ソニアの心配はもっともなことです。謝る必要はありませんよ。わたくしはソニアに心配してもらえて嬉しく思います」


ソニアがほっとした様子を見せたので、わたくしは窓からそっと顔を出して前方を見てみました。



街中の広い道のど真ん中でその騒ぎは起きていました。

一人の女性を守るように背中に庇う男性と、真っ赤な顔で何やら怒鳴りながら刃物を翳す男性が目に入りました。


「この浮気女がっ!」

「うるさい!この飲んだくれが!」

「お前も!他人の女房に手を出しやがって!」

「お前こそ!手前の女房に手を上げるクソ野郎だろうが!」


そんな怒声が聞こえてきます。

女性もなかなか気が強い人のようで、男性に庇ってもらいつつも刃物男に気丈に言い返しています。


「痴話喧嘩、ですかね」


ヴァレリオが呆れたように言いました。


「痴話喧嘩にしても、刃物まで持ち出すとは穏やかではありませんね」

「しかも街の通りのど真ん中ですよ」


その三人を遠巻きに見ている人々が大勢います。

そちらにとばっちりが行ってもいけませんから、早急に対処いたしましょうか。



わたくしは刃物を翳す男をこっそり反転結界内に閉じ込めてしまいました。

今わたくしが張った結界は、刃物など金属の武器による攻撃を防ぐためのもので、それを反転していますから、結界内にいる者が刃物を使って攻撃すると結界がそれを阻み、内側へ攻撃を弾き返してしまうのです。

もちろん目で見えるようなものではありませんから、本人も周りの人々も気づいていないでしょう。



「ロッシ。今、刃物を持った男を反転結界内に閉じ込めました」

「では私が刃物男を押さえておきます」

「ええ、憲兵が来るまでうまく押さえておいてください。結界消去のタイミングはいつもの合図で教えてください」

「はっ!」


ロッシはすぐさま駆け出し、刃物を翳す男の前に剣を構えて立ちました。

わたくしはできるだけ顔を引っ込めつつ、様子を見ます。


刃物男の動きを見ると、口汚く罵りながらロッシに向かって刃物を叩きつけています。

それはことごとく反転結界に阻まれています。

ロッシがうまく刃物男の動きに合わせているので周りは何も気づいていないようですが、肝心の刃物男自身も気づいていないようです。

結界に阻まれるのと、剣で受け止められ弾かれるのでは感覚が違うはずなのですが。



刃物男が目に見えない反転結界とロッシにいいようにあしらわれ、それでも足をもつれさせながら刃物を振り回す姿を見ていると、つい、その滑稽さに笑いが込み上げてきてしまいました。

吹き出しそうになるのをなんとか堪えます。


結界がなければ周りに被害が及ぶ可能性がある状況ですから、わたくしも緊張感を持って見ているのですが、危険と滑稽が同居するおかしさについつい笑ってしまいそうになったのです。


わたくしは怒りを堪えるより笑いを堪える方が苦手です。

不謹慎ですから必死に堪えましたけれど。



それにしても刃物男のあのふらふらした動きは。



「もしかしたら、酔っ払い?」

「どうやらそのようです。ロッシがうまく煽りながらいなしていますから、そろそろへたり込んでしまうでしょう」



パーチが言った通り、それからすぐに刃物男は足元が覚束なくなり、腰が抜けるような形で地面に倒れ込みました。

ロッシの合図でわたくしは結界を消去し、すぐさまロッシが刃物男を取り押さえました。


とりあえずひと安心です。


そこへようやく憲兵たちが駆けつけてきました。

憲兵たちはロッシから引き渡された刃物男を捕縛し、当事者の女性と男性に事情を聞いているようです。


憲兵たちはロッシがわたくしの専属護衛騎士だと知っていますから、あたりを見回してわたくしの乗る馬車に気づき、そっと会釈を送ってきました。

パーチがわたくしの代わりに小さく頷きます。


「単なる痴話喧嘩であれば、これでひと安心ですわね」

「はい。ロッシが戻ってくれば事情も知れるでしょう……おや? 殿下、双子の片割れが来ました」



双子というのは、わたくしの影の役目を務めるジュリオとレジーナです。

二人はこれから先、わたくしの学院生活においてあれこれと役目を担ってくれることになっていますが、今日のようにわたくしが王宮から出て外出する時は、姿を隠しながら付き従ってきます。



二人がわたくしの影を務めることが本決まりになったのはつい先日のことで、すぐ顔を合わせたのですが、少し伸ばした髪を後ろで結び、下町の少年が着るような服を身につけていて背格好までそっくりだったので、名前を聞くまで目の前にいるのは二人の少年だと勘違いしていました。

しかも二人は整った顔立ちもそっくりなら髪の色と瞳の色の茶色もそっくりの色合いなのです。

わたくしの目で見ても同じ色に見えるのですから、初見ではとうてい見分けがつきませんでした。


声なら聞き分けられるだろうと思いましたら、わたくしに挨拶をするジュリオは変声期真っ只中らしく、まだ完全に男性らしい声にはなっていませんし、レジーナも低めの声を出しているうえよく似た声なので、聞き分けるのも困難でした。


ただ、わたくしにはもうひとつの見分け方があります。

魔力の色です。

外見は瓜二つの二人ですが、魔力の色は微妙に違いましたから、わたくしはその色を覚えて二人を見分けられるようになったのです。

やはり主としては、二人をきちんと見分けて名前を呼んであげたいですからね。




今、わたくしの元に来たのはレジーナです。

帽子を目深にかぶり、下町の少年そのものに見える格好をしています。

パーチが通りすがりの少年を呼び止める体でレジーナを手招きし、レジーナはパーチに向かって話しかける体で馬車の中にいるわたくしに報告してきました。


「ご報告申し上げます。話を聞き集めたところ、刃物を持った男はひとつ裏の通りで野菜や果物を商う店の亭主、女はその女房、庇った男は隣の肉屋の亭主とわかりました。刃物男は飲んだくれ、店は女房の愛嬌と客あしらいでもっていると評判、亭主はそれが面白くなく酔っ払っては女房にあれこれ言いがかりをつけるクズ、今日もそれで喧嘩になり、亭主が野菜を切る包丁を持ち出してきたので女房が逃げ、目撃していた肉屋の亭主が間に入ったのがあの騒ぎ、ということです。なお浮気云々は亭主の勝手な思い込みだと周りは噂していました」

「なるほど……ではまさしく痴話喧嘩でそれ以上のことはなさそうですね」

「はい」

「ありがとう、レジーナ。ご苦労でした」


わたくしはソニアが抜かりなく用意してくれた小銭をパーチの手を介してレジーナに渡しました。

レジーナはパーチに話を聞かれ、その駄賃に小銭をもらったという体で受け取り、パーチに向かって礼を言って、少しだけ驚いた顔をわたくしに見せてから姿を消しました。

きっとわたくしがレジーナだと見分けたので驚いたのでしょう。



「痴話喧嘩なら、わたくしたちがこれ以上手を貸す必要も口を出す必要もありませんわね。あとは憲兵に任せましょう。ロッシが戻ったら先を急ぎましょうか」

「承知いたしました」


刃物を振り回した男は処罰されるはずですし、後のことは当事者たちがきちんと向き合い、話し合って解決策を見出せばよいのです。

もはやわたくしたちが関与すべきことは何もありません。



それにしても短い時間でよくこれだけの話を聞き集めてくれました。

ジュリオもどこかにいて共に話を聞き集め、他に怪しい動きがないか見定めていたはずです。

まだ若年とは言え本当に頼りになる双子です。


ソニアもわたくしが言うまでもなく、レジーナの芝居に何が必要かすぐに悟って小銭を用意してくれました。

多過ぎず少な過ぎず、ちょうど子供が屋台で飲み物かお菓子を買えるだけの小銭です。

それもジュリオの分も含めて二人分。

こちらも流石としか言いようがありません。




楽しかった初めての買い物の余韻に浸っていたところへ水を差してきた刃物騒ぎでしたが、双子やソニアの優秀な一面をこうして見ることができたのですから、腹立たしいことばかりで終わらずに済みました。


刃物男はわたくしの張った反転結界に翻弄されて滑稽な姿を晒すことになり、それで少しばかり溜飲も下がりました。


騒ぎで足止めされた時間もそれほど長くありませんでしたから、これでよし、としておきましょう。



わたくしはすっきりと気分を変え、ロッシが戻ってくるとすぐにわたくしたちは次の商店へと出発したのでした。



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