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第三王女ヴァレンティーナ〜異世界人の子孫にして王国最後の聖女  作者: 帰り花
第二章

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第3話 買い物を堪能


店主の焦りに気づいたソニアが尋ねました。


「このノートを今日、百冊購入することはかないますか?」

「申し訳ございませんが、このノートは貴族学院の生徒様方が切れ目なく買いに来てくださいますし、追加の入荷予定が十日ほど後でして、百冊となると在庫が心許なくなってしまいます。他のお客様にも行き渡るよう、半分ほどは後日お届けに上がることにさせていただけますれば幸甚に存じます」


店主が汗を拭き拭き、そう言いました。


これはわたくしの買い方が変、いえ、考え至らずでしたわ。


わたくしの我儘で他の方に迷惑をかけ、この店のお得意様を減らすようなことをするのは本意ではありません。

それにお店での買い物というのは欲しい物を全部買ってすぐに持ち帰りできるものだ、と漠然と考えていましたが、こんな風にお店の在庫次第で買える数が制限されることもあるのですね。


これはこれでよい勉強になりました。


わたくしがノートに求めるのは書いた文字や図がずっと読みやすく見やすいままであることです。

インクや鉛筆の汚れはどうしても邪魔に感じますから、普段通りのノートの使い方が優先となり、やはり数は必要です。


大至急必要というわけではありませんが、せっかくここへ足を運び選んだノートですから、少しは買い物の成果として持ち帰りたいですね。



「殿下。如何でしょう。半分の五十冊でもかなりの重さになります。今日お買い求めお持ち帰りになるのは二、三十冊ほどになさっては?」

「ええ、そうですね。今日は三十冊にしましょう」


ソニアの提案でわたくしはそう決めて、ヴァレリオの分も含めて百冊を後日、王宮へ届けてもらうことにしました。

これでノートを切らしてあわててこの店に買いに来た学院の生徒に迷惑をかけずに済みますね。



さあ、ノートはいろいろ試して、納得して、これを買う、と自分で決めました。


ノート一冊だけのことですけれど、いえ実際は百冊以上になりましたけれど、とても楽しかったですわ。


ここまでして物を手に入れる、という経験はしたことがなかったので、達成感まで感じますわ。


それに何から何まですべて順調、というわけではないところも面白く感じられますわ。


買い物という行為って、なんて楽しいのでしょう。



さあ、まだまだわたくしの買い物体験は続きます。


ついノートにばかり気を取られてしまっていたので、他の物を決める前に店内をざっと見て回ることにしました。


他のノートは眺めるだけにし、筆記具が並ぶ一角に足を運びます。

そこには羽根ペン、鉄ペン、鉛筆がたくさん並んでいます。

わたくしが使い慣れているのは羽根ペンですが、学院で使うために持ち運びするとせっかくの美しい羽根を傷めてしまいそうです。


ですから今回は鉄ペンと鉛筆を選ぶことにしましょう。

選んだノートに使うのは主に鉛筆ですが、たまには気分を変えてペンを使いたくなると思いますから。



次にペントレーの並ぶ一角に足を運びます。

様々な装飾が施された美しいペントレーがずらりと並んでいます。

どれも素敵ですが、ふと、小ぶりのペントレーがわたくしの目に留まりました。


銀色で、インク壺が二つ並び、その手前にペンを置く形になっています。

大袈裟な装飾はなく、インク壺の蓋に小鳥の装飾があるだけの小ぶりですっきりした形状に心惹かれました。

学院で生徒が使う机はあまり大きくないようなので、このペントレーなら邪魔にならないでしょう。


もうペントレーはこれで決まりですわ。



次はインクが並ぶ一角に足を運びます。


最初見た時、黒、青、赤のインクがあるだけ、と思いましたが、じっくり見てみるとどれも微妙に色合いが違いました。

黒もほんのり赤みを感じるもの、黄や紫を感じるものと、いろいろあります。

赤も同じように微妙な色の違いが感じられます。

青に至っては濃淡まで様々です。


聞けばこれはインク工房によって製法や材料が異なるため、同じ色でも微妙に色合いが異なってくるのだとか。

もちろん材料や分量、製法はインク工房独自のものなので秘密にされているそうです。

インクが詰められた瓶の形が違うのは、インク工房の違いだったようです。


こうして今まで知らなかったことを知る機会を得るのも買い物の醍醐味ですね。


王宮では書類に使うインクは常に同じ物で統一されていますから、自分で選ぶことはありませんでした。

これほど変化に富んでいるものなのか、と驚くと同時に俄然、興味が湧いてきました。


こうなったら学院で使うインクは完全に自分の好みの色にしましょう。

選ぶためには試筆が必要になりますね。

これは最後にゆっくり試すことにいたしましょう。



ざっと店内を見て回り、どのようなものを買うか方針は決まりました。


「ヴァレリオはどれが一番気になりましたか?」

「鉛筆です」


ヴァレリオが即答しましたので、わたくしたちはペンと鉛筆が並ぶ一角へ戻りました。


まず鉛筆を見ます。

この店が扱う鉛筆は、新しい製法で作られた程よい硬さがあり、しかも黒くくっきり書ける芯が特徴の、最高級品だそうです。

丸い木軸のものと、軸に綺麗な色紙を巻きつけたものがあります。


わたくしとヴァレリオはひたすら木軸の鉛筆を一本一本物色し始めました。

こちらは木目がそのまま現れていますから、一本一本表情が違うので、見るだけでも楽しいのです。


これもまた買い物の醍醐味。


わたくしたちは思う存分、木目の表情を楽しんだあと、選んだ鉛筆十本ずつと芯を削り出すためのナイフを一本ずつ買うことにしました。


本当はもっと買って持ち帰りたいと思いましたが、ノートと同じで他のお客様の迷惑になるかもしれませんしね。

そこはわたくしもきちんと学びました。



さらに鉄ペンも見ます。

鉄ペンは丸い木製の軸にペン先を差し込んで使うもので、ペン先はどれも同じですから、好みの軸を探します。

わたくしは木目が美しい赤みがかった茶色の軸を選びました。



次はペントレーですが、これはもう決まっています。

先ほど見て気に入った小ぶりの銀色のペントレーです。



いよいよ次はインクです。


自分の好みの色にすると決めたわたくしは、先ほど買い取りを約束してさんざん試筆したノートに、今度は青インクで試筆させてもらうことにしました。

ノートは少し黄色みを帯びた紙ですから、黒はともかく、青は実際に書いてみると思っていたのとはちょっと違う、となる可能性がありますからね。



わたくしは色の違いについ、こだわってしまうところがあります。

それはわたくしの目、稀有な目と言われるわたくの目に原因があります。


稀有な目は魔法の属性による魔力の色の違いを見分ける目だ、と言われています。

属性による違い、という言い方は実は曖昧なもので、実際は魔力の色は無数にあります。

わたくしの目はそれを見分けることができますが、それだけではなく、様々な物の色の微妙な違いも見分けられるのです。


ですから、例えば母とわたくしでお揃いのドレスを作るとなると、その布地は必ず同日同時刻同釜で染められたものにしてもらいます。

同じ染料を使っても染める日や時刻が異なると、その布地の色はわたくしの目には微妙に違って見えるので、その微妙なズレが気になり、これはお揃いではないと思ってしまうからです。



常にそういうことを気にするわけではありませんが、今日は完全に自分の好みの色にすると決めましたからこだわることにして、わたくしは店に並ぶ青のインクをすべて試筆してみました。


そして決めたのがほんのり紫を感じる濃いめの青のインクです。

少し黄色みを帯びた紙に書いた文字の色がとても綺麗で気に入ったのです。


店主によると在庫に余裕があるそうなので、それを五瓶買うことにしました。



さあ。

これでわたくしの目当ての物はすべて揃いました。

ヴァレリオも自分の分をすべて決めました。


残るは今日買い求めて持ち帰る分の支払いだけです。

買い物という行為はそこまでして完了ですから、わたくしも本当ならそこまで実体験したいところです。


ただ、わたくしには王女という立場があり、今日はわたくしの侍女ソニアがいます。

ここでわたくしが支払いに手を出すと、ソニアの面目を潰すことになってしまいますから、うずうずする気持ちを堪えて後は任せることにしました。


わたくしの初めての買い物体験はここで完了です。



「殿下。初めての買い物はいかがでしたか?」

「たっぷり楽しみましたわ。買い物を十分に堪能し、完全に満足しました」

「どれを選ぶかいろいろ試されていらっしゃる最中は、とても真剣で集中なさっておいででしたが、同時にとても楽しそうでしたね」

「まあ、そう見えましたか」

「はい。全力で楽しんでいらっしゃるな、とわかりました」

「ええ、全力で楽しみましたわ。始めから終わりまで自分の目と手で確かめどれを買うか決める、という体験は得難いものでした。ヴァレリオは楽しみましたか?」

「はい。私も十分に楽しみました」

「それは重畳。では、次の店へ急ぎましょうか」


今日はもう一軒、別の商店に行くことにしているのです。

もちろん学院入学に備えて、必要な物を手配するためです。


「殿下、まだ時間には余裕がありますから、急がずとも大丈夫です」

「余裕? わたくし、確かめるのにかなり時間をかけましたよ?」

「確かにそうでしたが、殿下は決断なさるのがとても早かったので、その分、予定より時間が余ったのでしょう」


ヴァレリオにそう言われ、ソニアにも確認してみると、確かに予定していた時間より早めに買い物が済んでしまったようです。


「それなら余裕を持って、次の店へ行けますね」



その余裕が良かったのかどうなのか。



わたくしたちは馬車に乗り、次の商店へと出発しました。

わたくしは馬車に乗ってから、買った物の包みをひとつだけ膝の上に乗せて、時折りそっと撫でながら楽しかった時間を思い返し、余韻に浸っていましたが、目的地ではないところで急に馬車が止まり、現実に引き戻されました。


先ほどの商店に行く前にも、進路前方で荷馬車の荷崩れがあって、片付けが済むまで足止めされたというのに、再びの足止めでしょうか。


「今度は何が起きたのかしら」


その答えはすぐに護衛騎士のパーチからもたらされました。


「殿下。進路前方で刃物騒ぎが起きているようです」

「刃物……」



せっかく余韻に浸っていたのに水を差されてしまいましたわ。


それにしても刃物騒ぎとは物騒です。

でも居合わせてしまった以上、知らぬふりもできませんわね。


さて、どうしてくれよう。




いえ、間違いました。

さて、どうしましょうか。



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