第37話 初めての魔物討伐(9)帰還、そして新たな命
わたくしと母が乗る馬車が王都の正面玄関にあたる大門を潜り抜け、王都内に入りました。
いよいよ帰ってきました。
でも王宮まではまだまだ距離があります。
わたくしは馬車の窓の外に見える王都内の様子に目をやりました。
行きは目に入らなかった王都内の様子が今日はよく見えます。
わたくしたちの馬車が通ると人々が立ち止まったり屋内から出てきては道の脇に並んで礼をとり、子供たちは笑顔で手を振ってくれます。
いつも魔物討伐の遠征は見送りも出迎えもなく淡々と事務的に行って帰ってくるのですが、先を進む馬車は紋章で王室第一騎士団のものとわかりますし、こちらの馬車は周りを騎馬で守る護衛騎士たちがいるので母が乗っていることがわかります。
その護衛騎士たちの凛とした姿はとても目立ちますから、自然と人々はこのように見送ったり出迎えたりしてくれるのです。
しばらくして王宮はもう目の前というところまで来ました。
あともう少しで我が家に到着です。
城の敷地に入ると、討伐隊の一団は王室第一騎士団本部の方へ進みました。
本部の正面玄関前に今は王室第一騎士団副団長となった兄のマヌエル殿下、姉のニコレッタ殿下、そしてヴァレリオが立っています。
先触れがあったのか、わたくしたちを出迎えにきてくださったようです。
母とわたくしが乗る馬車が横付けされ、わたくしたちは馬車を降りました。
こちらを見つめるヴァレリオと目が合います。
とたんにヴァレリオの表情が安堵の色に染まりました。
すぐにも声をかけたいところですが、マヌエル殿下に帰還の挨拶をするのが先です。
母が挨拶をするのに続いてわたくしも殿下の前へ進み出ました。
「ただいま討伐遠征より帰還いたしました」
「ご苦労だった」
短くそう言った殿下はすぐに兄の顔になって言いました。
「思うように働けたか?」
「はい。やるべきこと、やりたいことすべて力を尽くしてやって参りました」
「それは良かった。とにかく無事の帰還に安堵したぞ。兄上も顔を出す予定だったのだがな、子が産まれるのが今日か明日かという状態になり、今は前倒しで必死に仕事を処理している最中だ。陛下へ報告する場にも立ち会えないが、子が産まれたら知らせるから顔を見に来てくれ、という伝言を預かっている」
「まあ!わたくしたち、ちょうどよい時に帰還したのですね」
「そういうことだ」
帰還早々楽しみな話を聞けました。
続いてニコレッタ殿下にも挨拶をします。
「ただいま討伐遠征より帰還いたしました」
「ご苦労さまでした。怪我などしていないでしょうね?」
「おかげさまで怪我ひとつせず乗り切れました」
「自信はつきましたか?」
「はい。討伐においては独り立ちできるという自信がつきました」
「それは重畳……ヴァレンティーナ、無事、元気で帰ってきてくれて嬉しいわ」
「ありがとう、お姉様」
殿下が姉の顔になってわたくしの無事の帰還を喜んでくれました。
やはり案じてくださっていたのでしょう。
姉にも無事な顔を見せることができてわたくしもほっとしました。
そしてヴァレリオと向き合います。
「ただいま戻りました、ヴァレリオ」
「お帰りなさいませ、ヴァレンティーナ殿下」
「約束通り、無事に帰ってきましたよ」
「はい。無事のお戻り、何よりでございます」
ヴァレリオの表情に微かに安堵で泣きだしそうな色が浮かびました。
わたくしもヴァレリオの顔を見て、ようやく家に帰ってきた、という心持ちになりました。
「陛下へ報告を終えたあと、ゆっくり話しましょう。たくさん土産話がありますからね」
「はい。お待ちしております」
その後、母と討伐隊隊長とともに国王陛下の元へ参じ、今回の遠征について報告しました。
よほどの事がない限り陛下に直接報告することはないそうですが、今回はわたくしが初めて参加する遠征ですので、直に報告せよ、と命じられていたのです。
わたくしが浄化の力を問題なく使えたことに陛下はお喜びくださいました。
騎士たちの後方支援や魔物を過度に恐れることなく対応できたことにもお褒めの言葉を頂戴しました。
そして最後に陛下は父の顔になってわたくしを労ってくださいました。
「本当によく力を尽くしたな、ヴァレンティーナ。私はお前をを誇りに思う。何より無事に戻ったこと、安堵したぞ」
「ありがとうございます。これよりわたくしも討伐遠征の戦力となり、さらに力を尽くす所存でございます」
「うむ。お前も此度の遠征を経てさらに成長したようだな。王女としての務め、大儀であった」
「恐れ入ります、陛下」
陛下の御前から下がり、その足でわたくしは王宮の執務室へ向かいました。
一刻も早くヴァレリオとグレタの顔が見たくてたまらなかったのです。
今日はわたくしの護衛騎士ザネッラ、パーチ、メラート、ロッシ四人全員を伴い、執務室へと入ります。
侍女グレタとヴァレリオの出迎えを受け、二人の顔を見たとたん、わたくしは完全に緊張がほどけてくつろいだ気持ちになりました。
グレタはいつものようにたくさんのおやつを準備して待っていてくれました。
日常が戻ってきたとしみじみ感じます。
「お帰りなさいませ、ヴァレンティーナ殿下」
「ただいま帰りました、グレタ。元気にしていましたか?」
「はい。皆変わりなく過ごしておりました……殿下はますます凛々しくなられましたね」
「まあ、そうですか?」
「はい。大きなお仕事を成し遂げられたことが殿下のお顔からはっきりとわかります」
「ありがとう、グレタ。わたくしにとって大きな手応えを掴めた遠征でしたから、そう言ってもらえると嬉しいですよ」
「さあ、殿下。いつものようにおやつを用意しておきましたからお召し上がりください。ヴァレリオ殿と積もるお話もおありでしょう」
「ありがとう。そうしますわ」
そしてわたくしはヴァレリオとたくさん話をしました。
浄化の力のこと、結界を張ったこと、実際の魔物はどうだったか、どのように討伐したのか、食事のこと、転移のこと。
ヴァレリオは首長オオトカゲや牙虎、尾長大猿に興味津々でした。
首長オオトカゲの首は大人四、五人分の背丈をあわせたくらいの長さがある、牙虎の牙はわたくしの背丈より長く湾曲していて先が鋭い、牙だけでなく鋭い爪も使って攻撃してきた、尾長大猿はとても長い尾を持ち、尾を木の枝に巻きつけてこちらの頭上に飛び降りてきたり、ぶら下がって体を四方八方に振りながら噛みつこうとしてきた、といった話をしてあげると、目を輝かせて聞き入っていました。
ザネッラたちからも現地での討伐の様子を聞いて、次回は必ず自分も行く、と思いを新たにしたようです。
でもわたくしがその魔物たちに実際に遭遇したことについては、どうしても心配が拭えないと言います。
行き帰りの道中の無事もずっと心配していたようです。
敵は魔物だけじゃない、人間だって邪な奴らがいつ狙ってくることか、と気が気ではなかったそう。
でもその点については安心させてあげられます。
なんといっても結界を張れる母とわたくしがいるのですから、当然、行きも帰りも討伐隊全員と馬、馬車を守る結界を張って移動したので心配せずとも大丈夫なのです。
一方でヴァレリオはわたくしの留守中、自分の勉強はしっかりやりながら、その他の時間はずっと魔剣術の稽古に励んでいたとのこと。
やはり今回討伐隊に参加できなかったのが堪えたようですね。
ただ次回の参加に間に合うかどうかは微妙なところです。
それでもヴァレリオは諦めないでしょうから、もしかしたら本当に参加を叶えてしまうかもしれませんね。
近いうちにもう一度、今度はわたくしひとりで討伐隊に参加し、そこできちんと結果を出したうえで、わたくしは高位治癒師の称号を賜ることになります。
高位治癒師の称号はベネドリナ王国末期頃から魔力型が全型の人間の呼称として使われるようになりました。
聖女や勇者という呼び方は、そもそもそう呼ばれて搾取されていたわたくしたちの先祖のことを思うと使いにくいものでしたから、わかりやすい治癒魔法を前面に押し出し、男女を問わず使える称号として定めたようです。
この称号は普通の治癒魔法を使う治癒師と聖女の治癒魔法の使い手とを明確に区別するほか、ほぼ万能と言われる聖女の治癒魔法だからこそ個人が独占したり私利私欲で使ってはならぬ、という戒めも含みます。
また、王国のために汚染された森の浄化や魔物討伐に力を尽くすことで、高位治癒師の力は治癒魔法のみにあらずということを示し、単なる名誉職ではなく重い責任も伴うものであるということを示すのです。
この称号を賜るということは、わたくしの魔力型は全型であり、母と同じ聖女の力を持つ、ということが公になるということです。
これは王家からの公式の発表でもありますから、わたくしの立場がより明確になるとともに、負うべき責任がさらに重くなるということです。
でもこれでようやく、わたくしもフォンタナ王家の一員です、と胸を張って言えるようになります。
わたくしならではの仕事が堂々とできるようになるのですから。
ヴァレリオと尽きない話に夢中になっていた最中、慌ただしいノックの音がしました。
それは兄エドアルド殿下からの使いでした。
「エドアルド王太子殿下の第一子が無事お生まれになりました。王子殿下でございます」
この知らせにわたくしの執務室は喜びに沸き立ちました。
さあ、フォンタナ王家にまた新たな命が誕生しました。
初めての魔物討伐を無事終えて帰還したその日に、新たな命の誕生。
喜ばしいことが重なりました。
それはわたくしの高位治癒師への熱意と決意を力強く後押ししてくれたのでした。




