第1話 再会
今日は何かいいことがありそうですわ!
目覚めた瞬間、わたくしはそう感じました。
そしてすぐに今日の予定を思い出したのです。
「おはよう、マリア。さあ、今日は新しい侍女が来るのでしたね」
わたくしは朝の支度のために寝室に入って来た侍女マリアに開口一番、そう言いました。
マリアは奥向きを取り仕切るわたくしの侍女です。
「おはようございます、殿下。ええ、その通りでございますよ」
「どんな人か、聞いていますか?」
「貴族学院の侍女科を主席で卒業し、王宮に侍女見習いとして入って二年になる年若い者だと聞いております」
「まあ。とても優秀なのですね」
「はい。侍女長様お墨付きで王妃殿下も側妃殿下もお認めになった者だそうですよ」
「それなら間違いなく優秀な人ですわね」
わたくしはマリアに身支度を手伝ってもらいながら、どんな人が来てくれるのか想像を巡らせました。
わたくしの筆頭侍女グレタは、どのような人なのか聞いても教えてくれなかったので、少し気になっていたのです。
わたくしは十四歳になりました。
来年には王立貴族学院に入学することになります。
貴族学院には寮がありますが、警備の都合上、王族が寮に入ることはかないません。
ですからわたくしは毎日馬車で学院に通うことになります。
もちろんわたくしの従者ヴァレリオも一緒です。
護衛は行き帰りの道中だけでなく学院内でもつきますし、侍女もひとり伴うことになっています。
これまではわたくしが公務などで外出する際の供の役目を果たしてくれていたのは侍女のスザンナとイルマでした。
ですが二人とも三十代半ばとなり、他の仕事も忙しいうえさらに外出の供まで、というのが体力的にきつくなってきたため、わたくしの貴族学院入学を機に年若い侍女にその役目を譲ることになったのです。
その侍女がようやく決まり、今日からわたくしの元で働くことになりました。
わたくしは十歳の時、二度、魔物討伐遠征に参加しました。
一度目は母と共に参加し、二度目は母は参加せず、わたくしひとりで浄化や騎士たちの後方支援を担ったのです。
その二度の遠征で恙なく役目を果たした実績をもって、高位治癒師の称号を賜りました。
それ以降公務が増え、それに伴う外出も多くなりました。
すると予定の管理や他所との調整の手間が増えましたし、わたくしのための予算管理も煩雑になりましたし、外出する際に身につけるドレスなども増え、着替えが同日に数回必要になるような日も増えてきました。
いちいち後宮に戻って着替える暇はないので執務室に隣接する私室で着替えをしますが、ドレス一式はすべて後宮で保管、管理していますから、その日その日の予定に合わせてふさわしい物を前もってこちらに用意しておく必要があります。
また、わたくしは毎日頻繁に食事を取る必要がありますから、予定に合わせて昼食や間食を取る時間や内容、量を調整しなくてはなりません。
こういったことにはかなり労力が要りますし、仕事は他にもまだたくさんあります。
今回ようやくひとり年若い侍女が増えることになりましたから、皆の負担を減らせますし、わたくしも安心して動き回れます。
それにしても、わたくしが動くためだけにどれほどの労力が必要となるのか。
わたくしひとりでは実際のところ何もできないのですから、皆に対して感謝の念に堪えません。
王宮の執務室に入り、まず書類仕事を片付けてしまおうと、手を動かし始めてしばらくしてからのことでした。
執務室の扉の外になぜか懐かしい感じがする魔力の気配を感じたのです。
わたくしは思わず顔を上げて扉を見つめました。
その人の魔力量はそれほど多くないようです。
でもなぜか懐かしい感じがします。
どういうことでしょう。
「殿下。どうかなさったのですか?」
わたくしの側で補助をしていたヴァレリオが怪訝そうな顔で聞いてきました。
「いえ……誰かが来たようですわ」
わたくしが言い終わると同時に扉がノックされました。
グレタが対応し、やがてひとりの年若い女性が執務室に入ってきました。
「殿下。本日より専属侍女を務めるソニアが参りました」
「どうぞ、こちらへいらして」
わたくしは席を立ち、執務机の前に回りました。
その女性はわたくしの前に進み出て挨拶をしてくれました。
「ヴァレンティーナ第三王女殿下にご挨拶申し上げます。ソニアと申します。本日より殿下の侍女を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
茶色の髪に茶色の瞳。
誰かを思わせるこの優しい茶色の瞳。
この女性をわたくしは知っている。
この女性の魔力の綺麗な色をわたくしは覚えている。
あの時とても印象に残った人。
あの日の記憶が蘇ってきました。
悔しさを必死に抑え、泣き出しそうになるのを堪えていた人。
そのあと見せてくれた泣き笑いの顔。
決して多くはない魔力量だけど、その魔力は綺麗な色をしているという印象だった人。
あのパーティーに集まった貴族子女の中でもっとも印象に残った人。
わたくしはソニアに向かって口を開きました。
「ソニア? わたくしの三歳の誕生祝いのパーティーで、あのお茶の染み騒ぎで、立派な態度で悔しさを堪えていたソニアですのね?」
ソニアの顔がぱあっと明るく輝きました。
「はい。覚えていてくださったのですね、殿下」
「ええ……ええ、ソニア、お顔をよく見せてください」
「はい」
ソニアはわたくしより少し背が高いので、その顔を見上げます。
茶色の髪にグレタによく似た優しい茶色の瞳。
そしてその瞳は芯の強さも感じさせる。
あの日と何も変わっていません。
「なんて嬉しい驚きでしょう。グレタが詳しく教えてくれなかったのは新しい侍女がソニアだったからなのですね」
「申し訳ございません。殿下」
「わかっていますよ、グレタ。実の娘なのですもの、どれほど優秀でもわたくしに向かって自慢話をするようで気が咎めたのでしょう?」
「殿下、どうかもうご勘弁ください」
どうやらグレタは照れているようです。
きっとソニアのことが誇らしくてたまらないのでしょう。
実の娘ですからソニアが王宮に上がって以降、意識して距離を置いていたはずです。
ソニアが自分だけの頑張りで実力を示すと信じて。
そしてソニアは王妃殿下と母が認めるまでになり、侍女の人事権を持つ侍女長がお墨付きを与えるまでになったのです。
侍女長は王妃殿下の信頼が厚く、偏った贔屓や地位におもねるようなことはせず、きちんと本人の資質や働きを見る人です。
その侍女長のお墨付きを得たとなれば実力は間違いないでしょうし、きっと伸び代も十分にあると判断されたので、わたくしの専属侍女に決まったのでしょう。
ソニアが来てくれて良かった。
わたくしはとても嬉しくなりました。
「ソニア。これからよろしくお願いしますね」
「はい。誠心誠意、務めさせていただきます」
わたくしは先ほどからそわそわしているヴァレリオをソニアに紹介することにしました。
「ソニア。わたくしの従者を紹介しますわ。こちらはヴァレリオ。タルティーニ侯爵家の三男でもう八年ほどわたくしの従者を務めています。わたくしと同い年で、来年から共に貴族学院に通いますの」
ソニアはヴァレリオに向き直って挨拶をしました。
「本日よりヴァレンティーナ殿下の侍女を務めますソニアと申します。よろしくお見知りおきくださいませ」
ヴァレリオもソニアに挨拶をしました。
「ヴァレンティーナ殿下の従者ヴァレリオです。こちらこそよろしくお願いいたします」
「ヴァレリオ。ソニアの実家はブランカ伯爵家です。つまりグレタの娘ですわ。聞くところによると貴族学院の侍女科を主席で卒業したとか」
ソニアは恥ずかしそうに頷きます。
「そして王宮に上がって二年。その働きは侍女長のお墨付きを得たそうですから、グレタの娘だから贔屓されたのではなく、間違いなくソニアが実力を示したため、こうしてわたくしの元に来てくれたのですよ」
「頼もしい方なのですね」
「ええ」
「殿下。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何でしょう」
「その、殿下三歳の誕生祝いパーティーでのお茶の染み騒ぎとは、どのようなことだったのでしょうか」
「それは……あら? そういえば、わたくしも発端が何だったのかは知りませんわ。ソニア。差し支えなければ教えてくれるかしら」
「はい」
ソニアは相手の名前を伏せて、パーティーでのお茶の染み騒ぎのことを語ってくれました。
わたくしも実際に何が起きたのかは見ていなかったので、詳しいことは今日初めて知りました。
そのあとわたくしがソニアにチーズケーキをぜひ食べてと勧めたと言われて、わたくしも思い出しました。
あの時、皆に楽しく過ごしてもらいたいパーティーなのに誰かが悲しんでいる、と感じて探し当てたのがソニアでした。
そしてわたくしはソニアを慰めたいと思ったのでした。
でも招待客がたくさんいるのでソニアひとりに時間をかけ過ぎてもいけない、それならわたくしのお気に入りのチーズケーキを食べてもらおう、きっとおいしくてびっくりして元気になってくれる、と思ったのでした。
ソニアは白くて焼かないチーズケーキにびっくりして、とてもおいしくて、お陰様で元気になりました、と言ってくれました。
それにその時、ヴァレリオの兄ジョエレが声をかけてくれて一緒にチーズケーキを食べたのだ、と聞いてヴァレリオが驚いていました。
ジョエレは兄マヌエル殿下の剣術稽古相手を務めていましたから、きっと兄が差し向けたのでしょう。
聞いてみればあの騒ぎはずいぶん理不尽な言いがかりが発端だったようですから、兄もソニアを気の毒に思い、気落ちしていないか確認させたのでしょう。
そんな風にいくつもの縁が重なって、今日、わたくしの元にソニアが来てくれたのですね。
きっと、あの日、わたくしとソニアの縁が繋がり、それはずっと切れることがなかったのでしょう。
巡り合わせの不思議というものを、わたくしはしみじみと感じたのでした。




