第34話 初めての魔物討伐(6)異様な魔物
ほっとしたわたくしは、辺りの様子にようやく目が向きました。
魔物との攻防で、浄化された森の木々や草花が傷つき、踏み荒らされてしまっています。
やっとのことで六百年の眠りから覚めたのに。
胸が痛んだわたくしは、考えることなく動いていました。
両手を伸ばして広範囲に治癒魔法をかけます。
再び木や草や花が生き生きと立ち上がりました。
できる限り長く生きて欲しいと願いながら見つめていると、母がわたくしの隣に立ち、言いました。
「あなたの気持ちはよくわかりますよ。蘇ったとたんにあの惨状ですからね。何かせずにはいられなかったのでしょう?」
「はい。その通りです」
「ただ、わたくしたちにできるのはここまでです。あとは植物自身の生命力に任せましょう」
「はい。手を出しすぎてはいけないということですね」
「ええ……さあ、ヴァレンティーナ。次の作業が待っていますよ」
「はい!」
討伐した魔物、首長オオトカゲの死体は、まず最初に母が浄化しました。
この魔物の血は人間にとって猛毒となる成分を含んでいるので、それを無毒化するのです。
それから魔物の死体はある程度開けた場所へと運ばれました。
体内の核、つまり魔物が体内に持つ魔石を取り出す解体処理がそこで行われるのです。
ところが。
「隊長。やはり核はありません」
「そうか。こいつもか」
解体処理していた騎士と隊長の会話の内容は信じがたいものでした。
核がない?
どういうことなのでしょう。
母の顔を見上げると、頷いて教えてくださいました。
「なぜかこの汚染された森にいる魔物は核を持たないのですよ」
「でも魔力はありました」
「ええ。ただ解体してどれほど探してみても、この汚染された森の魔物に核が見つかったことは一度もないのです」
不思議なことがあるものです。
わたくしは、この魔物の体の中心部あたりに核があるようだ、と思っていました。
そこを中心にして黒い魔力が体中を巡っているように見えたからです。
黒い魔力の動きはとても見にくかったので、わたくしの勘違いかもしれませんけれど。
「側妃になってから、折に触れ昔の討伐記録を調べていますが、今のところ核がない魔物についての記述は見当たりません」
「ミカ様の本でもそのような記述はありませんでしたね」
「ええ。もしかするとこの辺り特有の現象かもしれないと、わたくしは思っています」
「お母様。わたくしも討伐記録を調べるお手伝いをいたします」
「ええ、浄化と討伐は長丁場の仕事になりますから、腰を据えて一緒に調べましょう」
さて、次は母が魔物の死体の処理をします。
「ヴァレンティーナ、よく見てしっかりと覚えるのですよ」
「はい!」
母は淡々と作業を始めました。
「反転結界」
魔物の体を結界で覆います。
「火葬」
魔物の体が火魔法により黒焦げになるまで焼かれます。
すべての作業は結界の中で行われるので、周りに飛び火する心配はありません。
「鎮魂」
黒焦げになった塊が水魔法で鎮火されます。
最後に残ったのは大きな盤一杯分ほどの灰だけです。
骨一本見あたりません。
「浄化」
血に含まれる毒は無毒化していますが、他にも何があるかわからないので、念には念を入れ、最後にもう一度浄化するのです。
「結界消去」
これで一連の処理が終わりました。
残った灰は浄化しているので、そのまま土に埋めるそうです。
母が一連の処理過程を言葉にしながら見せてくださいましたから、やり方は完全に覚えました。
次はわたくしも同じ作業ができます。
おそらく次回の討伐からはわたくしと母が交代で赴くことになるでしょう。
聖女の力を持つ全型の人間は今、わたくしと母しかいませんから、何かあって共倒れとなるような事態を避けなくてはいけません。
ですから今回、わたくしはあらゆることを母からきちんと学びとり、独り立ちするのです。
「本日の予定完了!これより拠点に帰還する!」
隊長の声が終わりを告げました。
討伐一日目の予定はすべて完了です。
わたくしたちは森の中を通って馬を休ませている拠点へ戻りました。
討伐はまだ明日以降も続きますから、早々に引き上げます。
城への戻りも来た時と同じように母とわたくしは一緒の馬車に乗り、母の護衛騎士とわたくしの護衛騎士が騎乗で馬車を守りながらの帰途となりました。
馬車の中でわたくしと母は今日の浄化や討伐について話をしました。
二人きりでないと大っぴらに話せないことがたくさんありますから、馬車の中はうってつけなのです。
「ヴァレンティーナ。浄化の力は自信を持って使えるようになりましたか?」
「はい。もう何も不安はありません」
「魔力量も問題ありませんね?」
「はい。今から別の場所を同じくらいの範囲浄化しなさい、と言われても問題なくできます」
「では浄化の後、魔物が出ても次は騎士たちの後方支援ができますね?」
「はい。今日はお母様にお任せしてしまって申し訳ありませんでした」
「いいえ、謝ることではありませんよ。もともと今日はわたくしがするつもりでいたのですから。あなたは今日が初めての魔物との対峙でしたのに、あの場面で震え上がって動けなくなることもなく結界を張り、魔物が身体強化しているようだと見極めたのですから大したものです。上出来ですよ」
母にそう言ってもらえるととても嬉しくなってしまいます。
「ところでヴァレンティーナ。あの首長オオトカゲの魔力はどのような色でしたか?」
「黒い色をしていました。その中に時折り赤黒い筋が見えましたが、とにかく全体的に黒い色でした」
「たしか人間の魔力はあなたの目には淡く光って見えるのでしたね」
「はい。以前サムエーレに聞いてみたところ、やはり人間の魔力も魔物の魔力も体内にある時はほんのり光っているように見える、と言っていました。ですから魔物の魔力も人間のものとそれほど変わらないはずだと思っていたのですけれど」
「実際はあの首長オオトカゲの魔力は黒かったのですね」
「はい。それも光が感じられない黒い色ですから、汚染された森の奥深くにいる時は魔物の魔力は周りと馴染んでしまって見えませんでした。魔力の気配は感じられましたけれど」
「なるほど。だから躊躇なく結界を張ったのですね」
「はい。間に合ってほっとしました」
「きちんと準備してきた成果ですよ」
「ありがとうございます」
母は思案顔になって言いました。
「それにしても黒い魔力とは……昔の記録にも見たことがありませんね。見逃したのか、調べが不足しているのか……それともここ特有の現象なのか……気になります」
「異世界人の聖女ビアンカ様は稀有な目の持ち主でした。ビアンカ様が書き残されたものはないのですか?」
「ええ。何も残されていません。ただビアンカ様もミカ様の近くに残られた方ですから、そういう魔物を見ていたらミカ様と情報を共有したと思うのですよ。ミカ様に対して隠す必要はありませんからね。それが聖女のための本やミカ様の私的な覚書にも書き残されていない、ということは、その頃にはいなかったのかもしれません。あるいは目撃されなかっただけなのか……」
どう考えてもここの汚染された森にいる魔物は異様です。
核がなく、魔力は黒い。
予想外のことばかりです。
しばらく考え込んでいた母が言葉を続けました。
「ここの汚染された森はあなたも見た通り、陽の光が差し込まず、どす黒く視界が効かない森です」
「はい」
「昔の討伐資料に残る記述では、汚染された森は一様に薄暗いが、まったく視界が効かないというわけではない、という状態だったようです。そこにいた魔物たちは魔力汚染により狂化してしまい、森から出てきては暴れまわり、時には人間を襲っていたようですが、ここの汚染された森にいる魔物はその頃よりさらに凶暴になっているようなのですよ」
「さらに凶暴なのですか?」
「ええ。ここの魔物は人間だけでなく獲物としない生き物まで、動くものならなんでも見境なく襲います。目につくものすべてを破壊しなくては気が済まないように思えるほど見境がないのです。結界に阻まれても絶対に攻撃を止めません。目の前に動くものがいる限りずっと攻撃し続けるのです」
「それは、とても異様です」
「ええ。ここは魔力汚染がもっとも酷い地域だったことを差し引いて考えても、森の状態も魔物も異様です。とは言え、森は浄化できますからね。あなたも浄化の力を使えるようになりましたから、これから先、浄化はもっと捗ることでしょう。ただ魔物のことはわからないことばかりです。浄化の終わりが見えてきても、魔物については油断できません」
「わかりました。わたくしも心しておきます」
母は急に明るい笑みを浮かべて言いました。
「浄化が進めば今はわからないことも色々と判明してくるかもしれません。今日もあなたのお陰で魔物の黒い魔力のことがわかりましたからね。それに、わたくしとあなたの代で浄化を完了させることは十分可能だと思いますよ」
「浄化の終わりが見えてきているのですね?」
「ええ。今日のあなたの働きを見て確信しました。隊長も言っていましたよ。浄化の終わりがぐっと近づいてきたと」
「わたくし、精一杯、力を尽くします」
「皆で力を合わせてやっていきましょう」
「はい!」
魔力汚染の浄化の完了はフォンタナ一族の悲願です。
それがようやく見えてきたのです。
もしかすると、母とわたくしが同時代に聖女の力を持って生まれてきたのは、浄化を確実に完了させるためなのかもしれません。
そう思うと、この大仕事を必ず成し遂げようという熱い気持ちが沸々と湧いてきたのでした。




