第33話 初めての魔物討伐(5)浄化と魔物
わたくしたちは第二予定地へ移動してきました。
汚染された森の浄化は外側からじわじわと削り取るように進めていますので、母が浄化した場所から横へ移動してきたのです。
隊長の指示で討伐準備が整い、全員が配置につきました。
ザネッラたちがわたくしの近くで守りを固めてくれています。
わたくしは母と隊長に向かって言いました。
「浄化を始めます」
わたくしは深呼吸して、汚染された森に向かい両手を伸ばしました。
森の浄化を願うと、わたくしの手から強く明るい金色に輝く光が出て目の前の森を照らし、包み込み始めました。
浄化の光はやはり金色の中に無数の色を含んでいます。
わたくしは先ほどの母の浄化と同じくらいの魔力量で浄化の光を放っています。
初めは何の手応えも感じませんが、わたくしは確信をもって浄化の光を放ち続けます。
しばらくすると目の前の森のあらゆるものに浄化の光が溶け込み始めたことがわかりました。
手応えを感じながら浄化の光を放ち続けると、汚染された森は少しずつ黒味が薄れだしました。
母が浄化した時と同じように、その色味は濃い灰色へ、薄い灰色へと変化していきます。
やがて草木の輪郭が浮かび上がってきました。
その色も本来の色を取り戻してきました。
あともう少し。
油断せず浄化の光を放ち続けます。
暗かった森に陽の光が差し込み、明るくなってきました。
草木も花も完全に本来の色を取り戻しました。
その途端、木も草も花もすべてが微かに身じろぎしたような手応えを感じました。
これが浄化完了の合図なのでしょう。
自然にわたくしの放つ浄化の光が止まりました。
草木は蘇り、花々は誇らしげに咲き、倒木は倒木のままですがそこには若い芽が顔を覗かせています。
まるで六百年間止まっていた時が動き出したかのようです。
もしかすると魔力汚染とは植物を枯らすのではなく、時間を止め、生死をも止めてしまうことなのかもしれません。
植物たちは成長できないまま、あるいは種を飛ばして次なる命を生み出すこともできないまま、あるいは朽ちて次の命の糧になるはずなのにそれもできないまま、身じろぎひとつできず、ただそこにあるだけ。
生きているのかも死んでいるのかもわからないまま、ただそこにあるだけ。
その状態で六百年。
これをどんな言葉で形容したらよいのかわかりません。
最初に汚染された森を見た時に、禍々しい何かが浄化された森を侵食しようとあがいている、という解釈をしたのは間違いでした。
きっとそれは六百年積み重なってきた植物たちの思いのようなもの。
途方に暮れ、絶望し、それでもあがいて救いを求めて手を伸ばしていたのだと思い直しました。
頭の片すみでそのようなことを考えながら、わたくしは油断せず辺りの気配に注意を払っています。
討伐隊の皆も同様です。
先ほどの浄化の後に魔物は出ませんでしたが、今回は出るかもしれません。
これまでに魔物がいっさい出ず浄化だけして帰ってきた、という討伐遠征は一度もなかったそうですから、そろそろ出てもおかしくないのです。
まだ辺りは静まり返っています。
が、突然、近くの木に止まっていた鳥が羽ばたき、飛び去りました。
同時にわたくしは遠くに怪しげな魔力の気配を感じました。
魔物であればその魔力を見ることができるはず、と思い目を凝らしますが、何も見えません。
と、突然その魔力の威圧感がものすごい勢いでこちらへ迫ってきました。
何かが来る。
わたくしは咄嗟に叫びました。
「結界を張ります!」
準備しておいた対魔物用の結界を張ったとたん、巨大な生き物の顔が目の前に現れました。
同時にわたくしの体が誰かに抱き抱えられ後ろへ飛びました。
「殿下!失礼いたします!」
ザネッラがわたくしを守ってくれたのです。
パーチ、メラート、ロッシはすでに剣を構えてわたくしたちの前に出ていました。
その巨大な生き物は長い首を突き出して口を大きく開け、鋭い歯を剥き出しにしてこちらに襲いかかってきましたが、それを結界が阻みます。
ギャアアアアア!!!!!
その生き物は恐ろしい大音量の鳴き声を上げ、再びこちらに襲いかかってきました。
何度も結界に顔を突っ込むように攻撃してきます。
よく見ると、その生き物は木と木の間から長い首を伸ばしています。
体はその後ろにあるのでしょう。
はっきり見えませんが、緑と茶色のまだら模様の巨体の持ち主のようです。
隊長が鋭く命令を下しました。
「総員、攻撃準備!」
討伐隊の皆が素早く動き、剣や弓を構えました。
続けて隊長がわたくしに言いました。
「ヴァレンティーナ殿下。あの魔物は首長オオトカゲです。我々が何度も討伐してきた魔物ですから対処はお任せください。殿下はこのあと私の合図で結界を消していただけますか。その瞬間、我々が魔物に総攻撃をかけますので」
「わかりました」
「では殿下はコンチェッタ殿下と共に後方にお下がりいただき、私が『消去』と叫ぶのを合図として結界を消してください」
「消去、ですね。わかりました」
わたくしは頷き、母がいる所まで下がりました。
ザネッラたちが周囲を固めてくれます。
隊長はそれを確認すると魔物へ視線を戻しました。
「準備!」
魔物が長い首をいったん引いた瞬間。
「消去!」
わたくしは結界を消しました。
同時に騎士たちが飛び出していきました。
いつの間にか周辺の木の上に登っていた騎士たちが魔物へ矢を射掛けます。
その矢が数本、再び首を伸ばしてきた魔物の長い首に刺さり、それが障害となって、魔物は木と木の間から首を引くことができなくなりました。
ギョアアアアア!!!!!
耳をつんざくような大音量の鳴き声が響きわたります。
騎士たちが魔物を攻撃する間、わたくしは魔物の魔力を見ようと必死で目を凝らしました。
なぜわたくしの目で魔力が見えなかったのか。
魔物には必ずその体内に大きな魔力の塊があるはずなのに。
必死に木と木の間に見える魔物の体を見るうちに、ようやくわかってきました。
その魔物の体内の魔力は人間のものとは違いました。
人間の魔力の場合、体内にある時は淡く光りゆらゆら揺らぐぼんやりとした白っぽい霞のような状態です。
もちろん人によって微かに違う色が混ざっていますが、総じて明るいところは共通しています。
ところがこの魔物の魔力の色は黒いのです。
時折りほんの少し赤黒い筋が混ざるような異様な色合いです。
その異様な色合いのものが体内で揺らめいているので、ようやくそれが魔力なのだとわかりました。
だから魔物がどす黒い森の中にいる時には、その魔力が見えなかったのです。
これは予想外でした。
でもそれがわかったことで、目の前にいるこの魔物は全身に魔力を巡らせ身体強化しているらしいことがわかりました。
騎士たちに身体強化や回復をかけている母に、それを伝えようと思った時、すでにタイミングを見計らっていたのか、母が魔物に身体弱化をかけました。
それが効いて魔物が全身に巡らせていた魔力が急に力を失って消える様がはっきりと見えました。
「お母様。あの魔物は身体強化しているように見えましたが、弱化が効いています」
「それは重畳。隊長!魔物に弱化をかけました!」
「よーし!畳みかけろ!」
そして騎士たちの怒涛の攻撃に魔物は討伐されました。
魔物が地面に伏し倒れ身動きしなくなってようやく、わたくしの体の震えは止まりました。
今の今まで気づいていませんでしたが、わたくしは初めて見る生きた魔物に恐怖心を抱いたのです。
そのため体が震えていたのです。
でもわたくしには結界消去の役目と魔物の魔力を目でとらえたいという明確な目標がありましたから、どうにか気を張っていられたのでしょう。
母がわたくしに微笑みかけてくださいました。
「ヴァレンティーナ。立派に役目を果たしましたね。わたくしはあなたを誇りに思いますよ」
「ありがとうございます、お母様」
わたくしはようやくほっとしました。
母が少し声を落として聞いてきました。
「ヴァレンティーナ、魔物の魔力が見えましたか?」
「はい」
「では、詳しいことは後ほど聞かせてもらいましょう」
「はい……お母様はあの魔物が身体強化していることを知っていたのですか?」
「いいえ。ただ首長オオトカゲは火を吹いたり風や水を使った攻撃をしてこないので、魔力を身体強化に使っているかもしれない、とは思っていたのですよ。確信したのはあなたのお陰ですよ、ヴァレンティーナ」
母のその言葉に、わたくしはようやく自分の役目をしっかり果たせたという実感が湧いてきたのでした。




