第30話 初めての魔物討伐(2)従者の心配と王女の決意
「今回討伐に向かわれる森は危険な場所だと聞きました。本当に大丈夫なのですか?」
ヴァレリオの心配はまだまだ尽きないようです。
「大丈夫だとは言い切れません。そこは六百年前からずっと汚染されたままの異様な森ですからね。凶暴な魔物もいますし」
「殿下が行かれるような所ではないと思います」
「ヴァレリオ。あなたも知っているでしょう。わたくしが聖女の力を使えることを。わたくしは今回浄化の力を使えるようになる決意でいますし、それはわたくしが果たすべき役割でもあります。いざ魔物討伐となれば、わたくしは騎士たちへ強化付与や回復をかけるなど後方支援する立場ですし、討伐自体は腕の立つ騎士たちの領分です。皆腕は確かなのですから、心配することはありませんよ」
「でも実際に魔物を目にするかもしれません。恐ろしくないのですか?」
「恐ろしいと思いますよ。でも恐怖心はなくせませんし、恐怖心にのまれないよう訓練もしてきました。あとは自分自身を信じるだけです」
「……身の回りのお世話だって必要です。いったい誰がするのですか」
「馬車での道中はザネッラとパーチがしてくれます。それにわたくしだってできる限りのことは自分でしますわ。母は魔物討伐の遠征に慣れていますから、いろいろ教わるつもりですし。討伐拠点にはちょっとした城がありますから、そこでは侍女に世話をしてもらうことになります。そこは森や魔物の監視をするための拠点でもありますから、常に騎士と使用人たちがいますし、食事も睡眠も問題なくとれます。大丈夫ですよ」
「……討伐中におひとりになることはないですよね?」
「もちろんです。ザネッラたちが必ず側にいてくれますよ。そこは徹底します。わたくしも無謀なことはしません」
ヴァレリオはこういったことを知っているはずなのですが、それでも確認せずにはいられないようです。
急に心配性になってしまったのでしょうか。
わたくしはもう子供では……。
あれ?
ちょっと待ってください。
わたくしは聖女の力を持つ者です。
そしてフォンタナ王国の王女です。
与えられた力を使うことも、立場に伴う責任を果たすことも当然のことです。
そこに迷いはありません。
ですが、十歳のわたくしが魔物討伐隊に参加する、ということ自体、普通に考えればあり得ないことですね。
そういう意味ではわたくしはまだ子供と言っていい年齢です。
これはわたくしも失念していました。
ヴァレリオが心配するのも無理はないのですよね。
しかも今回は同行が許されなかったヴァレリオですから、留守の間、わたくしがどこにいて何をしているか、どんな状況にあるか、知るすべがないのです。
ええ、わたくしの考えが足りませんでした。
そうしますと、ヴァレリオのためにわたくしができることは、とにかく無事に帰ってくること。
これに尽きるかもしれません。
ヴァレリオをなぐさめて心配するなと言うのは簡単ですけれど、それはヴァレリオの気持ちを蔑ろにすることになるのでしょう。
ですから、わたくしは必ず無事に帰ってくると約束し、それを果たすことで、ヴァレリオに対する誠意を示すことにいたしましょう。
ヴァレリオが決意を面にあらわにして言いました。
「……次は絶対に連れていっていただきます」
「それまでにもっと魔剣術の腕を磨いて上達すれば一緒にいけるかもしれませんね」
「精進します」
「わたくしも討伐を実際に経験して、その中で何か気づいたことがあれば必ずあなたに伝えましょう。きっと役に立つはずです」
「はい。よろしくお願いいたします」
「ヴァレリオ。わたくしたちは魔力汚染された地域が残り魔物が出続ける限り、これからも何度も浄化と討伐に赴くのです。そしてわたくしの役割とあなたの役割は違いますね。あなたの役割を果たすにはさらなる訓練が必要なことはわかっているでしょう?今回はわたくしを信じて待っていてください。必ず役割を果たして無事にここへ帰ってきますから」
「約束してくださいますか?」
「ええ。約束します。ヴァレリオ」
「……わかりました。殿下の無事のお帰りをお待ちしております」
どうにかヴァレリオは納得してくれたようです。
安心しました。
これでわたくしも心置きなく出発できます。
実は討伐の目的地である汚染された森は常識が当てはまらない異様な森らしいのです。
わたくしはそれを母から詳しく教えられました。
汚染された森は、森そのものも異様ですが、そこにいる魔物も異様なのだそうです。
普通の森に住む魔物は、捕食型の魔物を除き、人間が何かしない限り魔物の方から好んで攻撃してくることはほとんどありません。
攻撃してくるのは、人間が魔物の縄張りを荒らしたり、魔物の好みの動植物を横取りしてしまった、といった場合です。
わざとしたのではなくても、魔物にしてみればそんなことはわからないのですから腹を立て攻撃してくるのです。
ところが汚染された森にいる魔物は総じて攻撃的だそうです。
相手が人間であろうが何であろうが、何もせずとも、気配を感じれば見境なく攻撃してくるのだそうです。
そして汚染された森の魔物は浄化された場所では長く生きられないようなのです。
ですから何かのはずみで森を彷徨い出てしまった魔物は恐慌状態となり、輪をかけて凶暴になります。
また森を浄化すると怒って攻撃するために飛び出してきます。
それを騎士たちが迎え討つのです。
相手がそのような凶暴な魔物ですから、浄化をする時、母もわたくしも油断はできません。
わたくしは生体の魔力が見えますから、おそらく魔物が近づいてくればわかるはずです。
森の遮蔽物は大木や岩石くらいでしょうから、魔物が動けば魔力を目でとらえられると思うのです。
ただ、魔物の移動速度を考えると、防御が間に合わない可能性はあります。
騎士たちの迎撃が間に合わない、となった場合に取れる手段はその場で結界を張ることです。
そのため、魔物の襲来に備え、一瞬で結界を張って防御するための準備をしておく必要があります。
対魔物用の結界を張るには時間がかかるので、事前に準備してあとは発動するだけという状態にしておき、それから浄化に取りかかる、という手順になります。
わたくしは母に教えてもらいながら、対魔物用の結界を張る訓練、そして結界準備の訓練を重ねてきました。
結界は魔素を集め、自分自身の魔力も合わせ、その性質を変容させて作り上げるのですが、手で触れてわかるようなものではないので、その仕組みは?、やり方は?、と問われると説明がむずかしいのです。
サムエーレによると、母とわたくしの中には生まれながらに結界を張るための魔法陣が組み込まれているようなものではないか、だから使いたいと思った時に自然に使えるのだろう、とのこと。
治癒や回復など、聖女の力が使えるということは、総じてそういうことだろう、とも言っていました。
とにかく結界を張ることについては問題ありません。
結界準備しながら複数の魔術を発動する訓練も重ねてきました。
あとは肝心の浄化の力ですが、母は目の前に汚染された対象物がないと浄化の力を使うのは難しい、と言います。
目の前に対象物があれば容易に使えるのだそうです。
ですから、わたくしも同じように、汚染された森の前に立てば、浄化の力を使えるでしょう。
このように、わたくしは魔物討伐へ参加するための準備を入念に整えてきました。
準備は万端です。
心構えもできています。
今回の魔物討伐は、王女のわたくしに求められている役割を果たすための本格的な第一歩となるでしょう。
二年前、長兄エドアルドが王太子となり、翌年、王国の北の守りの要であるシアーノ公爵家長女エルサ様と結婚、もうすぐ子が生まれます。
兄は着実に次期国王としての地盤を固めているのです。
今年、長姉デルフィーナが王国の東の守りの要であるコルレンテ侯爵家と縁を結ぶため嫡男ロランド様へ降嫁し、王家と侯爵家、その影響下にある各家との関係強化に尽力しています。
そして、わたくしもまた兄姉と同じようにフォンタナ王国のために力を尽くして働くのです。




