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第三王女ヴァレンティーナ〜異世界人の子孫にして王国最後の聖女  作者: 帰り花
第一章

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第26話 護衛騎士は心の中で令息を応援する

女性護衛騎士ザネッラ視点


私の問いにヴァレリオ様はすぐ答えた。


「走って逃げるか、剣を持っているなら思いきり振り回して憲兵を蹴散らそうとするのではないでしょうか。それかどこかに隠れるとか」

「そうですね。強盗はそのすべてをやってみることでしょう。ですが他にもありますよ。今回の事件は商店街で起きたようですから、周りには大勢の人がいたはずです。その場合、強盗はどうすると思いますか?」

「あ!誰か弱そうな人を人質にします」

「その通りです。周りに武器を持たぬ民がいれば、人質をとり自分の盾にしてあがこうとするでしょう。そして憲兵は民が人質にとられないよう、人々の安全も確保しつつ強盗を捕らえなくてはいけません。商店街の道は狭いので、知らせを聞いて駆けつけた騎士たちは長い剣を考えなしに振り回せませんし、憲兵の武器は警棒ですから、破れかぶれになった強盗の振り回す剣を防ぐにも苦労することでしょう」

「でも……強盗はきちんと訓練を積んだ騎士や憲兵と比べたら、剣の扱いは素人です」


その通り。

なのだが、このような場合において、きちんと知っておいていただきたい重要なことがある。


「ヴァレリオ様。死ぬ気で立ち向かってくる素人というのは、訓練を積んだ騎士にとっても手強い相手になるのですよ。実際、刃物を手にしてただ一直線に突っ込んできた素人に、大柄で腕の立つ騎士が腹を抉られ命を落としかけた、という事例があるのです。剣の技も何もない素人が、死を恐れずただまっすぐ武器を手に突っ込んでくる、というのは侮れないものなのです」


ヴァレリオ様はまだ納得しきれないのか、メラートにも目を向けた。

メラートは頷いて補足する。


「剣の素人とは、言い換えれば、剣の常識にとらわれない者ということです。そういう者は思いもよらぬ剣の使い方で攻撃をしてくるかもしれませんし、そこにためらいなどないでしょう。だからこそ死に物狂いの素人に油断は禁物なのです」

「常識……油断……」

「どんな相手であっても侮ったり油断をすれば、己の剣は鈍ってしまうものです。どれほど過酷な訓練を積んで剣の腕を上げようとも、その油断が命取りとなってしまうのです。相手が素人かそうでないか、ということより、相手を素人とみて侮る己の心の有り様を戒めることが大切なのです」

「己の心の有り様……」


ヴァレリオ様はつぶやくように言った。

デルフィーナ殿下との手合わせのあと、ヴァレンティーナ殿下が、技だけではなく心の有り様も含めたあなたの剣が見たかったのです、と仰ったことを思い出したのかもしれない。

そして剣の腕が格上のデルフィーナ殿下は一切手抜き、手加減せずヴァレリオ様と手合わせなさったことも。


「わかったような気がします。あの、なんとなく、といった感じですが」


そう言ったヴァレリオ様に私とメラートは頷いた。

今はそれでいい。

きっとヴァレリオ様は我々が話したことを忘れず、折に触れご自分でも考えていくことだろう。



私は話を続けた。


「では騎士や憲兵が怪我を負ったことに話を戻しましょう。彼らは今日の事件で、商店街という狭い場所で、その場に居合わせた民が害されないよう守りながら強盗を捕らえる、という任務を負うことになりました。彼らは決して刃物を持った強盗を侮ることはしませんし、民に危害が及びそうになり、剣や警棒で防ぐに間に合わぬとなれば、己の体を盾にしてでも民を守ろうとするでしょう」

「体を盾に……」

「はい。そしてもうひとつ、今回のような事件において頭に入れておかなくてはならないことがあります。それは事件の場に巻き込まれた民は全員が落ち着いていられるわけではない、ということです。恐ろしさのあまり泣き叫ぶ人もいれば、逃げようと間違った方向へ走り出したり、他の人を押しのけてでも逃げようとしてしまう人もいます。現場の混乱や恐怖心は他の人にも移りやすいのです。そういう人々を守りきり、そして強盗を捕らえる。これは熟練した騎士や憲兵にとっても難しいことなのです。時には切り傷のひとつやふたつ負うことにもなりましょう。ですがそれを怖がっていては任務が果たせないのです」

「……民を守りながら戦うのは難しいのですね」

「はい。ただ、騎士や憲兵はどれほど難しくとも民を守る覚悟を持ち、日々訓練に励んでいるのです。先ほど医務室で見かけた者たちの顔には安堵の色がありました。きっと彼らは今日、民に大きな被害が及ぶことなく強盗を捕らえることができたのだと思います」

「難しいことだったけど、民を守り抜いた、という誇らしい気持ちですか?」

「ええ。きっとそうでしょう。そういう時は傷の痛みも半減してしまうものですよ」


ヴァレリオ様は二度、三度と頷いた。

そして私とメラートに向けてお辞儀をして言った。


「色々教えてくださりありがとうございました」

「お役に立てたのであれば何よりです」


ヴァレリオ様はさらにヴァレンティーナ殿下に向き直り、深々とお辞儀をして言った。


「殿下。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。でもとても勉強になりました。ありがとうございました」


ヴァレンティーナ殿下は嬉しそうな笑顔になって仰った。


「ヴァレリオ。今の話はわたくしにもとても勉強になりました。あなたが疑問を口にしてくれたからです。ありがとう、ヴァレリオ」

「あの、恐縮です」


ヴァレリオ様はまた顔を赤く染めた。



剣を持てば猛々しいが、こうしてみると素直なところもあるヴァレリオ様。

殿下のお側に置くことになってもおかしくはない気がしてきた。

お遊び相手より従者がいいのでは?、という気もする。


侯爵家の令息とはいえ三男だから、ゆくゆくは家を出て独立されることだろうし、剣術も真面目に稽古している様子が伺える。

騎士になる気持ちがあるのなら、騎士団入りして訓練を積み、いずれ近衛隊に、という考えを持っているかもしれない。

近衛隊に入るには確かな剣術の腕が必要なのはもちろん、必ず魔物討伐隊に参加して討伐実績を積む必要があるのだが、ヴァレリオ様なら大丈夫そうだ。

そして王族を守る役目を担う近衛隊の騎士にとっても今お話ししたことは同じように大切なことだとヴァレリオ様なら理解できるだろう。


その腕と勉強熱心なところを生かせば殿下のお側にお仕えできるのではないか?

もちろん王家の意向次第だが、すでにヴァレリオ様はヴァレンティーナ殿下に陥落している。

そしてお二人は気が合うように見受けられた。

ヴァレンティーナ殿下ご自身、ヴァレリオ様を気に入ったようだ。


我々がヴァレンティーナ殿下の執務室に到着する頃には、勝手ながら私はヴァレリオ様を応援したくなっていた。




「ヴァレリオ。この部屋がわたくしの執務室です」


ヴァレンティーナ殿下に促されて執務室に入ったヴァレリオ様は目を見張った。

内装は重厚で落ち着いた雰囲気の部屋。

いかにも執務向きの部屋だが、この部屋の主人は六歳の王女だ、と言われてもなかなかピンとこないかもしれない。


フォンタナ王家の王子王女は公務を始めると同時に王宮に執務室を持つ。

ヴァレンティーナ殿下は五歳で執務室をお持ちになった。

同時期に我々が殿下専属の護衛騎士として任ぜられた。

女性騎士が私ザネッラとパーチ、男性騎士がメラートとロッシの合わせて四名。

以来ほぼ毎朝、後宮へ殿下をお迎えにあがり、公務を終えて後宮に戻られるまで二人一組で交互に護衛任務についている。



執務室に入ると、ヴァレンティーナ殿下の元乳母で今は筆頭侍女として仕えるグレタ様が殿下を出迎えた。


「お帰りなさいませ、殿下」

「ただいま戻りました。グレタ。こちらはわたくしの今日の遊び相手、ヴァレリオです。ヴァレリオ。こちら、わたくしの侍女グレタですわ。元はわたくしの乳母でしたの。今も引き続き侍女として務めてもらっています」


ヴァレリオ様はグレタ様に挨拶をした。


「お初にお目にかかります。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。お会いできて光栄です」

「ヴァレリオ様。こちらこそお会いできて嬉しゅうございます」


グレタ様は穏やかな表情だが、目は鋭くヴァレリオ様を観察している。


今日のヴァレリオ様はいったい何人の方々に挨拶をしたのだろう。

そのたびに相手から観察され、ヴァレンティーナ殿下の側に置いてよいものかどうか見極められている。

考えてみれば六歳の令息にとってはなかなかに気苦労なことだ。



「殿下。医務室に呼ばれたと聞きましたが、いかがでしたか?」

「重傷の患者の対応をしました。今日は魔力をたくさん使ったので、おやつは少し多めにしてくださいね」

「かしこまりました」


殿下がグレタ様と話をしていると、執務室のドアがノックされた。

入ってきたのは専属護衛騎士パーチとロッシだ。

残念ながら護衛任務の交代時刻がやってきた。

まだヴァレンティーナ殿下とヴァレリオ様の様子を拝見したかったが致し方なし。



護衛任務の交代を確認してから、パーチが殿下に報告した。


「ヴァレンティーナ殿下。宮廷魔道士サムエーレ殿より伝言を預かっております。本日は研究室におりますのでいつでもご都合のよろしい時においでください、とのことです」

「あら、ちょうどよかったわ。グレタ。これからわたくしたちはサムエーレの研究室に行ってきます」

「わかりました。お戻りまでには軽食を用意しておきます」

「頼みます。ではヴァレリオ。これから一緒に魔道士たちの研究室に行きましょう」

「はい。お供いたします」


執務室にお戻りになったばかりだが、椅子に座る間もなく今度は研究室へ。

なんとも慌ただしいが、ヴァレンティーナ殿下はいつもこのように行動的だ。



ヴァレリオ様とパーチ、ロッシを従えて執務室を出て行かれるヴァレンティーナ殿下をお見送りし、ヴァレリオ様へ心の中でエールを送り、私とメラートは興味深い出来事満載だった本日の護衛任務を終えた。



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