第25話 護衛騎士は令息に教えることになる
女性護衛騎士ザネッラ視点
食堂に慌ただしく入ってきたのはコンチェッタ側妃殿下からの使いだった。
「ヴァレンティーナ殿下にはお食事中のところ、まことに申し訳ありません」
「何事ですか?」
「コンチェッタ側妃殿下より、医務室へ至急来られたし、とのご伝言でございます」
「わかりました。すぐ参ります」
ヴァレンティーナ殿下はそうお答えになり、ヴァレリオ様に尋ねられる。
「ヴァレリオ。あなた、血を見るのは平気ですか?」
「?。はい。大丈夫です」
「ではこれからわたくしと一緒に医務室に行きましょう」
「はい」
コンチェッタ殿下からの呼び出し、ということは、我々が薄々勘づいているあの能力を使われる、ということのはずだ。
何も知らないヴァレリオ様を伴ってよいのだろうか。
思わず差し出がましいことを考えてしまったが、ヴァレンティーナ殿下は私の表情を見て頷かれた。
「ヴァレリオなら大丈夫ですよ」
殿下には私の考えることなどお見通しだったようだ。
私は殿下に頭を下げた。
「では行きましょう。ヴァレリオ。少し早足で行きます」
「はい。お供いたします」
ヴァレリオ様はなぜ医務室に行くのか、などと疑問を口にすることなく殿下に従った。
私とメラートも続く。
我々が医務室に到着すると、中には数人の怪我人がいて、医師の手当てを受けていた。
皆、王都の治安維持を受け持つ騎士や憲兵たちだ。
何か事件でも起きたのだろう。
医師の手当てを受けている者はたいした怪我ではないはずだから心配はいらないのだが。
「ヴァレンティーナ殿下。こちらへおいでください」
奥の部屋から殿下に声がかかる。
そこは重症者の治療にあたる部屋だ。
殿下は急ぎ足で奥の部屋へと入られた。
部屋に入ってみると、診察台に乗せられた憲兵が一人いた。
血まみれの彼は気を失っているようだ。
呼吸は落ち着いているように思えるが、顔色が悪い。
診察台の脇に立つのはコンチェッタ側妃殿下と筆頭医師。
コンチェッタ殿下はドレスの上に白衣を着ていらっしゃる。
多少血が飛んでいるので、最初の治癒はコンチェッタ殿下がなさったのだろう。
「ヴァレンティーナ。あなたの出番ですよ。その白衣を着てこちらへおいでなさい」
「はい」
ヴァレンティーナ殿下は用意されていた白衣をご自分で着用なさった。
「あら、そちらのご令息はどなた?」
「タルティーニ侯爵の三男ヴァレリオです、お母様。今日のわたくしの遊び相手ですの」
「そうでしたか」
「はい。わたくしの判断でここへ連れてきました」
コンチェッタ殿下はヴァレリオ様をちらりと見て仰った。
「挨拶は後にしましょう。今は患者です」
「はい」
ヴァレンティーナ殿下はコンチェッタ殿下の隣りに行き、目線を上げるための踏み台に乗って患者の様子を見始めた。
私とメラートはヴァレリオ様を促して診察台から離れた壁際へ下がった。
ヴァレリオ様はただひたすら目を見開き、ヴァレンティーナ殿下を見つめている。
「この方に何があったのですか?」
「王都の商店街で強盗騒ぎがあったそうです。犯人は二人組。うち一人が短い剣を持っていたそうで、この方はその剣により深手を負いました」
「お母様が治癒なさったのですね」
「ええ。外傷も内臓損傷も治りましたが、出血が酷かったのです」
「わかりました。わたくしが増血いたします」
「今日もひとりでするのですよ」
「はい」
ヴァレンティーナ殿下は真剣な表情になって患者の体に手をかざした。
おそらく体内の状態を魔力で探っているのだろう。
「この方は筋肉も骨もしっかりしています。血の量は全体の一割ほど足りないようです」
ヴァレンティーナ殿下がそう仰ると、コンチェッタ殿下と筆頭医師が同意するように頷いた。
「まず出血した分のうち、三分の一ほどの血をゆっくりと増血いたします」
ヴァレンティーナ殿下はそう仰って再び患者の体に手をかざした。
その両手から柔らかい光が溢れ出す。
それを見たヴァレリオ様が小さく息をのんだ。
ヴァレリオ様も気づいたのだろう。
ヴァレンティーナ殿下はコンチェッタ殿下と同じ聖女の治癒魔法が使えることを。
これは王室第一騎士団内部では公然の秘密となっている。
まだ王家から公式の発表はされていないし、そういう時は我々の対応も見られているはずなので、軽々しく口にすることはしていないが、勘づいている者はじわじわと増えてきているのだ。
ヴァレンティーナ殿下の専属護衛騎士は私とメラートを含め四名いるが、護衛任務中にこのような場面に出くわすことがたまにあるため、皆確信している。
だが殿下がそれを言い出さないのだから、我々も口を閉ざし、知らぬふりを続けている。
我々にとっては殿下の御身の安全と安寧が第一であるから当然のことだ。
それにしてもヴァレンティーナ殿下はよほどヴァレリオ様を気に入ったとみえる。
信頼できる方だと見極められたのかもしれない。
そうでなければここへは連れて来ないだろうから。
そのヴァレリオ様が何か言いたげな顔でこちらに目を向けてきたので、私は小声で言った。
「差し出口とは存じますが、今お考えになったことは口に出されない方がよいでしょう。殿下をお守りするためにも」
はっとしたヴァレリオ様はぐっと口を引き結び、頷いた。
これは見て見ないふりをするべきことだと理解したのだろう。
なかなかよい表情をしている。
殿下が見込んだだけのことはあるようだ。
ゆっくり時間をかけて聖女の治癒魔法を使っていた殿下の手から光が消えた。
ほっと息を吐いて殿下が仰る。
「三分の一ほど増血いたしました。確認お願いいたします」
コンチェッタ殿下が患者に手をかざして魔力で体内の様子を確認し、頷かれた。
続いて筆頭医師が患者の脈をとり、様子を診る。
「顔色が良くなってきましたな。脈もしっかりしています。これならあとは様子見で良さそうです」
「そうですね。もともと体がしっかりした方ですから、あとはこの方自身の自然治癒力に任せた方がよいでしょう」
「そうですな。そういたしましょう」
患者は今夜、医務室に併設されている大部屋へ入院させることが決まり、医師たちが手配に動く。
そしてコンチェッタ殿下はヴァレンティーナ殿下を労われた。
「ヴァレンティーナ。今日もよい治癒ができましたね。ご苦労でした」
「ありがとうございます」
ヴァレンティーナ殿下がようやく表情をゆるめて笑顔になった。
「お母様、あらためてヴァレリオを紹介いたしますわ」
ヴァレンティーナ殿下の言葉でヴァレリオ様がコンチェッタ殿下の前に進み出て挨拶をした。
「コンチェッタ側妃殿下にご挨拶申し上げます。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。高位治癒師であらせられる殿下にお会いできて光栄です」
「ヴァレリオですね。今日はヴァレンティーナの遊び相手を務めてくださるとか。よろしくお願いしますね」
「あの、もったいないお言葉、ありがとうございます」
ヴァレリオ様が頬を染めて言う。
コンチェッタ殿下は優しい表情でヴァレリオ様に頷かれた。
「ヴァレンティーナ、今日はヴァレリオと楽しく過ごしなさい」
「はい」
「さあ、これ以上ここにいては邪魔になりますからね。退出いたしましょう」
医務室から出て、仕事へ戻られるコンチェッタ殿下とわかれ、我々はヴァレンティーナ殿下の執務室へと歩きだした。
「ヴァレリオ。長い時間待たせてしまいましたけれど、退屈しませんでしたか?」
「いいえ、殿下のなさることを拝見していましたから、あっという間でした」
「あの方、かなり血まみれでしたけど、怖くなかったですか?」
「大丈夫です。あの、それより、殿下はお疲れではありませんか?」
「まあ、心配してくださるの?ありがとう、ヴァレリオ」
「……」
顔を赤くして口ごもるヴァレリオ様に殿下が仰る。
「あれはわたくしの修行ですから、全力を尽くしました。疲れはありますけれど、わたくしの回復はとても早いのですよ。大丈夫です」
「安心しました。……あの、殿下。ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「医務室にはあの方以外にも怪我をされた方々がいました。強盗を捕まえるのはそれほど大変なことなのですか?」
「そうですね。ヴァレリオが聞きたいのは、訓練を積んだ騎士や憲兵なのに、騎士でも憲兵でもない強盗ごときになぜ怪我をさせられたのか、ということかしら?」
「はい」
「それは騎士に聞いてみるのが一番ですよ。ザネッラ。ヴァレリオの疑問に答えてあげてください」
「承知いたしました」
お鉢が回ってきた私にヴァレリオ様が顔を向けてきた。
ここは厳しいことも含め、ありのままにお答えすべきであろう。
殿下が見込まれたヴァレリオ様なのだから。
私はヴァレリオ様と目を合わせて言った。
「では強盗の立場になって考えてみましょう。強盗は憲兵に捕らえられるかもしれない、という事態に陥った時、どうやって切り抜けようとすると思いますか?」
ここはやはり、後々のためにも私の説明を聞くだけでなく、ご自分である程度考えていただきたい。
よって、私は質問形式でお答えすることにした。




