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第十一話:復讐の階段は、紅に染まる

 帝都の中心、王宮裏門。

 真夜中の静寂を破るように、一人の女が歩みを進めていた。


 アメリア・シェリル。

 かつて貴族としてこの場所に出入りしていた日々から幾年。

 今、彼女は暗殺者として、この地に“最後の用”を果たすため戻ってきた。


 夜会服を模した、艶やかな深紅のロングドレス。

 裾には黒のレースがひそやかに揺れ、

 内側には細工された仕込み刃が左右に一本ずつ。


 背中は大胆に開いているが、その背中には“刻印”が浮かぶ。

 ――かつて《クロウ》のエースだった証。


 髪はゆるくまとめ、耳元に揺れるのは亡き母が遺した真珠のイヤリング。


 そして今夜もまた、儀式のようにスカートを軽く摘み――


 「ごきげんよう。汚いごみのお掃除に参りました」


 彼女が王宮に忍び込むことは容易かった。

 かつてすべての出入りを把握していた屋敷。

 警備の裏を知り尽くした者にとって、もはや“我が家”に等しい。


 向かう先は――東の塔。

 宰相補佐ルドルフ・エーベルハルトの私室。


 エーベルハルトは一人でワインを口にしていた。

 背の高い男。蒼い瞳は冷たく、皺一つない顔には老獪さが滲む。


 「来ると思っていたよ、アメリア嬢。

 ――君の父には、本当にお世話になった。だからこそ、排除した」


 「そう。父の功績を奪い、自分の手柄にした。

 貴方のような“寄生虫”が、この帝国を蝕んでいるのよ」


 「では、君がこの手で正すというのかね? 一人の“亡霊”が」


 アメリアは応じず、静かに歩み寄る。

 足音はまるで、祝福された婚礼のように優雅で――

 しかしその足元には、殺意が沁みていた。


 エーベルハルトの傍らに立つ秘書が剣を抜いた。

 だがその刃が振るわれる前に、アメリアのナイフが喉元に届く。


 秘書は一言も発さずに倒れ、紅の絨毯に血が滲んだ。


 エーベルハルトは、なお余裕を崩さず言った。


 「君は自分の手を血で汚して、何になるつもりだ? 復讐を果たしたところで、虚しいだけだ」


 「違うわ。

 私は“復讐のために刃を振るってきた”と思っていた――

 けれど、違ったの」


 アメリアは静かに言う。


 「私が本当にしたかったのは、“守ること”。

 家族を失い、身分を奪われた私が、それでも大切だと思えた人たちがいる。

 彼らを守るために、貴方を消す必要があるの」


 エーベルハルトの顔が、初めてわずかに歪んだ。


 「君は、誰にも支配されず、自らの意思で動いているのか……」


 「そう。私はもう、誰の“駒”でもない」


 次の瞬間、エーベルハルトが机の下のスイッチを押す――

 が、何も起こらない。


 「――!? どういう……」

 「その緊急警報装置、ニーナ婆に細工してもらったわ。

 貴方の“安全装置”は、もう作動しない」


 アメリアは一歩ずつ近づく。


 「命乞いをするなら、今が最後のチャンスよ?」


 エーベルハルトは――ふっと笑った。


 「命乞いなどしないさ。だが君に“後悔”を与える種は、撒いておいた」


 「……なに?」


 「ヴァレンタインの弟――レオン。君の“希望”だった彼も、

 今は私の“道具”だ」


 アメリアの表情が変わる。


 「嘘よ……彼はそんな……!」


 「ならば確かめるといい。“君の手”で。

 さあ、どうする? 正義の暗殺者よ。

 希望まで手にかけてみせるか?」


 アメリアは迷いなく、ナイフをエーベルハルトの胸に突き立てた。

 男は抵抗する間もなく、その場に崩れ落ちる。


 「私が選ぶのは、真実。たとえ、その先に何が待っていようと」


 夜明けが近づく。


 王宮の裏門から、ひとりの女が無言で出ていった。

 手には血の跡。

 背には、数え切れない過去と、これから向き合う“誰か”への想い。


 ――帝都の空に、再び火の気配が立ちのぼる。

 革命か、粛清か。それとも、ただの“掃除”か。


 その答えは、次の一手に委ねられていた。

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