ある呪われた少年の独白
番外編です。
とある呪われた少年のお話
ソレは黒い虫のように見えた。
不思議なことに俺にしか見えないソレは、人の言葉を喋った。
愚痴や独り言めいた呟きから、明確な意思を持った願い事、命令、懇願…。
人の欲望が剥き出しのソレを俺は醜いとしか思えなかった。
だから、ソレが自分に向かってきたとき、容赦なく「返す」ことを選んだ
誰に習うでもなく、俺にはそのやり方が分かったから。
それが、女の子のちゃちなおまじない程度の術でも、羽虫がまとわりつくように好意を囁き続けるソレは俺にとっては迷惑以外の何物でもなかったから。
「返し」た結果、ソレの主がどうなるかなんて自業自得だ。
ただ、「返す」のもそれなりに気力体力を消耗するから、俺はできるだけ当たり障りなく、女の子の好意を受け流すようになった。恨まれないよう、過剰な好意を寄せられないよう、女の子の顔色を見て、適度にいい人を演じる。
それでも中には諦めのよくない子もいて、しつこく纏わりつかれて、周囲には彼女だと吹聴され、困っていた頃、ソレが現れた。
今までに見たどんなおまじないや呪いよりも強く、グロテスクな虫。
ソレは俺ではなく、彼女モドキの女の子にとり憑いていた。
体調を崩し、入院したと聞いて、お見舞いに行くと、異常なほどに怯えられ「も、もう迷惑かけたりしないから…。」と別れ話を切り出された。付き合った覚えはなかったけど。
俺と彼女が別れたと噂が流れたころ、その子以外にも俺の周りにいた女の子が次々不運に見舞われたり、精神的に不安定になって喧嘩が勃発したりするようになった。
俺は元凶を探すことにした。正直女の子たちがどうなろうが知ったことじゃないけど、変な噂の的になるのは御免だったし、いつ呪いの矛先が俺に向くか分からなかったから。
呪いの主を探すのは簡単だ。呪われている子の中から弱めの呪詛を選んで「返す」。
そうして見つけた呪いの主はクールな才媛と評判のクラス委員長サマだった。
呪詛の目的を探るためにさりげなく、慎重に近づいた。
恋人という立場に落ち着いて、分かったのは、彼女が自分の能力に無自覚なこと、今までの呪いでだいぶ心身ともに蝕まれているということだった。
そしてそれを癒す術が俺にも彼女にもないことだった。
俺は他人にかけられた呪詛は返せるけど、自分で人を呪うことはできないし、呪詛の主自身を清める方法も知らない。彼女はそもそも術者の自覚がないし、呪い自体無意識にやってるから、防ぎようがない。
俺にできるのはせいぜい彼女が誰かを妬んだりしないように、良い彼氏を演じることだった。
そうして、半年は平和に過ぎた。
彼女は美人だったし、面倒見がいい性格で同級生からも慕われている。要領よくサボるのが趣味の俺に対しても、何くれとなく世話を焼き、俺も彼女が望むように、それに甘えた。
でも、それも長くは続かなかった。
元々が歪な関係だ。彼女は俺のことが好きみたいだけど俺は違ったし、彼女もそれに気づいてる。それでも、現状を維持しようと空まわる彼女の心は次第に不安定になっていった。
無意識の呪詛は目標すら定まらず彼女の周りに垂れ流されて、彼女自身を更に蝕んだ。
次第に壊れていく彼女を見ていられなくて、俺は別れを切り出した。
「呪ってやるから。」
彼女は真黒な目に濁った光を浮かべてそう叫んだ。俺はそれに背を向けて彼女を置いて立ち去った。
途端に背中に焼け付くような痛みと衝撃がぶつかってきた。その場で気絶しなかったことを褒めてほしい。
呪いの力を自覚していない彼女に意識的に俺を呪わせるにはなるべく冷たく振るしか思いつかなかった。
あとは返す時の要領で、完全にはじかないように俺から呪いだけを切り離す。
これでひとまずこの黒い怨念の塊を彼女から引き剥がしたから、しばらくは持つだろう。
宙に浮いた呪詛の塊をどうするか…。これの始末については俺にもお手上げだ。
正直なところ放り出してしまいたい。彼女の呪いも俺は返すことができるし、俺自身がどうこうなるってことはない。人を呪わば穴二つ、結局は呪った人間の自業自得だ。
でも、ソレをやれば、確実に彼女の命に係わるとわかって、ソレができるほどの覚悟は俺にはなかった。
幸い、怨念とともに負の感情が一時的に引き離された彼女は心の安定を取り戻したかに見える。
でもそれは仮初の平和で、俺の手にある呪詛は破裂を待つ風船のように膨らみ続けている。
誰か、これを清められる凄腕の霊能力者とかいないだろうか。
そんな風に思っていた俺の耳に飛び込んできた噂。
一年にネットで噂の霊能力者がいるらしい。
試に会ってみよう。そう思って、探して、声をかけたその子は、霊感ゼロの普通の女の子だった。
他にも軽い後日談とか考えてたんですが、PC壊れたりしてる間に記憶が風化してしまって…。思い出せたら新規で書くかもです。




