第2話 泥靴を踏まれるプロたち
「おい、委員長。ちょっと面貸せよ」
翌日の昼休み。俺は他クラスのサッカー部リーダーに連れられ、校舎裏の物置陰に立たされていた。
胸ぐらを強引に掴まれ、古いコンクリートの壁に背中を叩きつけられる。
「お前らのクラス、ビビって誰も逆らわないらしいじゃん。マジ格好悪。おい、これきれいにしとけよ」
男が突き出してきたのは、ドロドロに汚れたサッカーのスパイクだった。
わざと雨上がりのぬかるみを踏んできたらしく、泥と芝生がべっとりとこびりついている。
「これで俺の靴を舐めて磨けって言ってんだよ。バカクラスのパシリ委員長にはお似合いの仕事だろ?」
「ひ、ひぇぇっ! す、すいません、それだけは勘弁してくださいぃ!」
俺は情けない声を上げて、地面に膝を突き、必死に命乞いのポーズを取った。
周囲の不良部員たちが「ギャハハ! マジで惨め!」と大爆笑し、俺の背中を容赦なく蹴り飛ばす。
ドカッ!と鈍い音がして、俺の身体が校舎裏の砂埃のなかに転がった。
(――はい、背部への衝撃、痛覚遮断完了。肋骨、内臓ともに損傷なし。筋肉の連動、踏み込みの角度、すべてにおいてこいつの格闘センスは下の下だな。今の一撃、顎のガードが完全にガラ空きだ)
砂にまみれながら、俺の脳内は凍りつくほど冷徹だった。
インカムから、クラスの近接戦闘プロ(表向きは粗暴なバカ不良ヤンキー)の声が聞こえる。
『……委員長。通信、全部拾ってます。今、物置の裏にいる3人、俺が今から行って5秒で首の骨折っていいすか? うちのボス(委員長)を蹴るとか、ちょっと殺気が抑えらんねえんすけど』
『待て、ヤンキー。こちらのステルス任務(一般人のフリ)を忘れるな。お嬢様の平穏が最優先だ。衣服の汚れは、帰宅後に特殊洗浄すれば問題ない。痛くもないしな』
俺はヘラヘラと気弱な笑みを浮かべながら立ち上がり、泥だらけの体操着のまま、男たちの靴を手際よく雑巾で拭き取り始めた。
「よしよし、従順で結構。じゃあな、バカ委員長。放課後は部室の掃除もやっとけよ」
彼らが大威張りで去っていく後ろ姿を見送りながら、俺は冷たく微笑む。
『――ハッカー、今の3人の網膜データと歩行グラフィック、戦闘癖を詳細に記録。有事の際、最優先で「四肢を切断」するターゲットに指定しろ』
『了解です、委員長。いつでもシステムから彼らの人生を社会的に抹殺できますけど、肉体的な処理は異世界までお預けですね』
靴を蹴られ、泥水をすすらされる屈辱。
一般社会のルールという『首輪』があるから我慢しているが、俺たちの本性を知ったら、こいつらは一体どんな顔をするのだろうか。
*
同じ頃、教室では我が主――一条冷華お嬢様もまた、より直接的な悪意に晒されていた。
「あら、ごめんなさーい。手が滑っちゃったわぁ」
他クラスのいじめっ子女子たちが、お嬢様の机の上に、わざと黒板消しの粉を大量にぶちまけた。
お嬢様の綺麗なオーダーメイドの制服が、真っ白なチョークの粉で汚れていく。
「キャッ……! そ、そんな……ひどいですわ……」
お嬢様はか弱いお嬢様の演技として、机に伏せてシクシクと泣き真似を始める。
いじめっ子たちは「没落寸前のバカ令嬢のくせに、いい気になってるからよ!」と、お嬢様の教科書をバラバラに破り、ゴミ箱へと投げ捨てた。
(――蓮、聞こえる? 今、私の教科書を破ったあの女。実家は一条財閥の傘下企業の平社員の家庭ね。パパに言って、明日までに父親をクビ、実家を破産させて路頭に迷わせることもできるけれど……)
お嬢様のインカムからの声は、完全にドスの利いた、裏社会の女王のそれだった。
『お嬢様、今は学園でのカモフラージュ期間です。どうか御心を平穏に』
(分かっているわ。でも……本当に退屈。このゴミ共を、合法的に、肉塊に変えられる日が待ち遠しいわね)
お嬢様は涙を拭うフリをしながら、瞳の奥に「一条家」特有の、底知れない狂気と殺意をギラつかせていた。
そしてその放課後、全校生徒が集まった体育館で、ついに『その時』が訪れる。
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