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神様レビュー★1「世界の運営が雑すぎます」  作者: 海老崎 伊織
第1章 ★1レビュー、神様に届く
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7/10

第7話 祈りが多すぎて処理できません

 神様は、人間の願いを聞いている。

 子どもの頃、悠斗はそう教えられた。

 困ったときは祈ればいい。

 神様は見ていてくれる。

 必要なら奇跡を起こしてくれる。

 そんな話を、祖母がよくしていた。

 ――だが、その神様にも処理能力の限界があるらしい。

     ◇

「応援要請です!」

 朝六時。

 休日にもかかわらず、アリアが部屋の中を走り回っていた。

 銀髪を揺らしながら、神界の通知画面を抱えている。

「奇跡管理局が人手不足だそうです!」

「休日くらい寝かせてくれ……」

 悠斗は布団の中から片目だけ開けた。

 時計を見る。

 まだ六時を少し過ぎたところだった。

「神界全体へ応援要請が出ています!」

「新人のお前まで呼ばれるのか?」

「レビュー管理部から二名、運命管理局から三名、天候管理局から一名が応援へ向かいます!」

「レインも?」

「『面倒だから行かない』と言って寝ようとしたところを、局長に引きずられて行きました」

「想像できるな」

 悠斗はゆっくり起き上がる。

「奇跡管理局って何をする部署なんだ?」

「人間から神様へ届く祈りを受け付け、必要に応じて奇跡を実施する部署です」

「毎日そんなに忙しいのか?」

 アリアは少し困ったような顔をした。

「件数をご覧になりますか?」

「見る」

 画面を悠斗へ向ける。

 そこに表示されていた数字を見て、悠斗は固まった。

 《本日受付件数》

 《3,842,711,904,112件》

「……桁が分からない」

「約三兆八千億件です」

「一日で?」

「はい」

「人間そんなに祈るのか?」

「無意識の願いも含まれます」

「無意識?」

「『今日も晴れてほしい』『電車に間に合いますように』『お昼は唐揚げがいいな』なども祈りとして受信されます」

「最後は願望だろ」

「神界では同じ分類です」

 悠斗は頭を抱えた。

「全部読むのか?」

「読めません」

「だろうな」

「現在は自動分類です」

 アリアが胸を張る。

 嫌な予感しかしない。

     ◇

 神界・奇跡管理局。

 悠斗は特級レビュアーという立場で、特別に内部見学を許可されていた。

 巨大な白い空間。

 天井も壁も見えないほど広い。

 その中心には、無数の光の粒が流れている。

 一つ一つが、人間の祈りだった。

「きれいですね……」

 アリアが思わず見上げる。

「全部、誰かの願いか」

 光は絶え間なく降り注ぐ。

 毎秒、何百万。

 何千万。

 数え切れないほどの祈りが神界へ届いていた。

「処理班、急いでください!」

「未分類が増えています!」

「海外サーバー……いえ、海外地域から大量流入!」

 神々が慌ただしく走り回る。

 奇跡管理局だけは、他部署とは雰囲気が違った。

 誰も怒鳴らない。

 だが全員、疲れ切っている。

 書類ではなく、光そのものを抱えて運んでいた。

「レビュー管理部より応援です!」

 アリアが受付で名乗る。

 白衣姿の神が振り返った。

「ありがとう! まず分類端末を使って!」

「はい!」

 アリアは光を一つつかみ、分類装置へ入れる。

 画面に文字が表示された。

 《彼女ができますように》

 分類。

 《恋愛》

 処理完了。

 次。

 《テストに受かりますように》

 《学業》

 次。

 《宝くじが当たりますように》

 《金運》

 次。

 《明日会社が休みになりますように》

 《生活》

 ものすごい速度で処理されていく。

「全部これですか?」

 悠斗が尋ねる。

「はい」

 担当神が疲れた笑顔を見せた。

「まず単語を抽出し、カテゴリへ分類します」

「そのあと?」

「優先順位を付けます」

「基準は?」

「願いの種類です」

 画面を見せてもらう。

 《災害》

 優先度S。

 《病気》

 A。

 《恋愛》

 D。

 《金運》

 E。

 《娯楽》

 F。

「単純ですね」

「件数が多すぎるので」

「切実さは?」

「分類対象外です」

 悠斗は眉をひそめた。

「例えば『助けて』は?」

「文脈によります」

 担当神が実演する。

 《推しのライブチケット当ててください! 本当に助けて!》

 《娯楽》

 F。

 《助けてください。息が苦しいです》

 《医療》

 A。

「普通ですね」

「単語だけ見れば」

 担当神がため息をつく。

「問題はこちらです」

 別の祈りを表示する。

 《もう疲れました》

 分類。

 《生活》

 D。

「これだけ?」

「はい」

「本当に?」

「単語上は、生活相談です」

 さらに。

 《今日も誰とも話しませんでした》

 《生活》

 D。

 《このまま消えても誰も困らない》

 《人生》

 C。

「全部、自動分類です」

 担当神の声が重くなる。

「文脈が読めません」

 悠斗は画面を見つめた。

 願いではない。

 助けを求める声だ。

 それなのに、「生活」というカテゴリへ押し込まれている。

「全部読むわけにはいきません」

 担当神が続ける。

「一日三兆件です」

「分かっています」

「だから単語で分類するしかないのです」

「それでも見落とします」

「はい」

 神も、それを理解していた。

     ◇

「問題があります」

 悠斗が言う。

 周囲の神々が振り向く。

「単語だけで判断していますよね」

「現在最速です」

「でも、人間は同じ言葉でも意味が違う」

「全件読むのは不可能です」

 別の神が答えた。

「一件一秒でも十二万年以上かかります」

「だから単語で分類しています」

「その結果、本当に助けが必要な人が埋もれている」

「仕方ありません」

「仕方なくない」

 悠斗は分類画面を操作した。

「緊急性だけじゃ駄目です」

「では?」

「継続期間」

 神々が首をかしげる。

「同じ人が、毎日同じ内容を祈っていたら?」

「……」

「一回だけ『疲れた』と言う人と、半年間毎日『疲れた』と言う人は違います」

 担当神が画面を見つめる。

「履歴は保存されています」

「使ってないんですか?」

「件数が……」

「もう一つ」

 悠斗は続けた。

「周囲への影響」

「影響?」

「その人だけの問題か。家族がいるか。一人暮らしか。近所との関わりはあるか」

「祈りだけでは分かりません」

「ほかの部署の情報を使えば?」

 その場が静まり返る。

「生活管理局」

「運命管理局」

「健康管理局」

「全部情報持ってますよね」

 神々が顔を見合わせる。

「部署が違います」

 一人が答えた。

「共有されていません」

「また縦割りか」

 悠斗は思わず額を押さえた。

「世界を管理してるのに」

「予算が……」

「部署権限が……」

「個人情報が……」

「人間界と変わらないじゃないか!」

 奇跡管理局全体が静かになった。

 アリアが小さく手を挙げる。

「神崎様の案なら……」

「うん?」

「レビュー管理部なら、部署横断検索ができます」

 全員の視線が集まる。

「特級権限限定ですが」

 悠斗はため息をついた。

「また俺か」

     ◇

 三時間後。

 試作システムが完成した。

 検索条件。

 《同一祈願・継続三十日以上》

 《生活変化あり》

 《周囲との接触減少》

 《健康悪化》

 《一人暮らし》

「実行」

 画面が動く。

 三兆件の祈りが、一気に絞り込まれる。

 一億件。

 百二十万件。

 三万件。

 八百件。

 十五件。

 最後に。

 一件だけが赤く光った。

「これです」

 画面を開く。

 七十八歳。

 一人暮らし。

 男性。

 毎日同じ祈り。

 《今日も生きています》

 《誰か来てください》

 《話し相手がほしいです》

 《もう三日、誰とも話していません》

 《寒いです》

 《今日も誰も来ませんでした》

 《大丈夫です》

 《でも少し寂しいです》

 《神様》

 《まだいますか》

 祈りは百四十三日続いていた。

 分類は、ずっと《生活》。

 優先度D。

 誰も読んでいない。

 誰も気付いていない。

 奇跡管理局の神が震える声で言った。

「ずっと……届いていたのですね」

「届いてた」

 悠斗は静かに答える。

「でも処理されなかった」

 アリアが目を潤ませる。

「奇跡を起こしますか?」

「まず現状確認」

 悠斗は言う。

「助け方を間違えるな」

     ◇

 運命管理局。

 生活管理局。

 健康管理局。

 三部署の情報を統合する。

 老人は軽い脱水状態。

 近所付き合いはほぼない。

 家族は遠方。

 最近、郵便受けも数日分たまっている。

「危険です」

 フェイトも珍しく真剣な表情だった。

「あと数日で生命維持に影響する」

「奇跡を使う?」

 アリアが尋ねる。

 悠斗は首を振る。

「まず、人間の助けで届く方法を」

「どういう意味ですか?」

「近所の民生委員」

「新聞配達」

「宅配」

「行政」

「誰かが気付けば助かる」

 奇跡で突然元気にするより、人間社会が機能したほうがいい。

 神は、そのきっかけだけを作ればいい。

 フェイトが運命線を少しだけ動かす。

「新聞配達員が、異変に気付く」

 生活管理局。

「民生委員の訪問予定を一日前倒し」

 奇跡管理局。

「近所の住民へ、『少し気になる』という違和感を付与」

 三つの小さな調整。

 それだけだった。

     ◇

 翌日。

 新聞配達員が郵便受けに新聞を入れようとして止まる。

「……昨日の新聞が残ってる」

 翌週。

 民生委員が訪ねる。

「こんにちはー」

 返事がない。

 警察へ連絡。

 玄関が開く。

 老人は布団で横になっていた。

 意識はある。

 救急車が呼ばれた。

 命に別状はなかった。

     ◇

 奇跡管理局では、小さな拍手が起きていた。

「助かりました」

「奇跡を使わず」

「人間同士で」

 担当神が深く頭を下げる。

「ありがとうございました」

「礼はいいです」

 悠斗は画面を閉じる。

「分類方法を直してください」

「はい」

「単語だけじゃなく」

「継続期間」

「周囲への影響」

「複数部署連携」

 担当神は一つずつ書き留める。

「これから大変ですよ」

「分かっています」

「でも」

 担当神は少し笑った。

「今日みたいに助かる人が増えるなら、そのほうがいいですね」

 悠斗も小さく笑う。

「レビューも同じですよ」

「え?」

「星だけ見ても、本当の問題は分からない」

 アリアがうなずいた。

「祈りもレビューも、人の声ですから」

 その日から奇跡管理局では、新しい分類方式の試験運用が始まった。

 そして神界では、「特級レビュアーがまた部署を一つ改革した」という噂が静かに広がっていた。


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