第6話 事故多発地点に死亡フラグが立っています
同じ交差点で、何度も繰り返される似たような事故。
偶然にしては不自然な事故の裏には、運命管理局が残したままにしていた「死亡フラグ」がありました。
しかし、原因を削除すれば、過去の事故までなかったことになるかもしれません。
不具合を直すことと、誰かの人生を消さないこと。
第6話、どうぞお楽しみください。
事故が多い場所には、理由がある。
見通しが悪い。
道幅が狭い。
信号の切り替わりが分かりにくい。
交通量に対して、交差点の構造が合っていない。
原因を見つけて改善すれば、事故は減らせる。
少なくとも、神崎悠斗はそう思っていた。
その交差点を見るまでは。
◇
「また同じ場所だ」
朝のニュースを見ながら、悠斗は箸を止めた。
テレビ画面には、住宅街にある小さな交差点が映っている。
横断歩道の端には規制線が張られ、警察官が現場を確認していた。
『昨夜午後十時頃、こちらの交差点で乗用車と自転車が衝突する事故がありました』
幸い、重傷者はいないらしい。
自転車に乗っていた男性は脚に軽いけが。
運転手にもけがはなかった。
それだけなら、地域ニュースで短く扱われて終わる事故だった。
だが悠斗は、その交差点を知っていた。
「先月も、ここで事故があったな」
テレビの前に座っていたアリアが振り返る。
彼女は悠斗の部屋にすっかり馴染んでいた。
床には神界から持ち込んだ白いクッション。
テーブルの上には、人間界で買った菓子。
今では監視役というより、勝手に居候している神様に近い。
「よく覚えていらっしゃいますね」
「ニュースで見た。車とバイクの接触事故だったはずだ」
「偶然ではありませんか?」
「さらにその前もあった気がする」
悠斗はスマートフォンで交差点の地名を検索する。
事故の記事がいくつも表示された。
三週間前。
車とバイクの接触事故。
二か月前。
右折車と歩行者の衝突事故。
四か月前。
自転車の単独転倒を避けようとした車が、電柱へ衝突。
半年前。
夜間に横断歩道を渡っていた男性が、車にはねられて死亡。
「半年で五件」
「交通量の多い場所なのでは?」
アリアが画面をのぞき込む。
「住宅街の交差点だ。幹線道路でもない」
地図を見る限り、特別に複雑な構造ではない。
十字路。
信号機あり。
横断歩道あり。
道幅も極端に狭くない。
「事故の時間は?」
「ほとんど夜だな」
「暗くて見えにくいのでしょうか」
「街灯もある」
記事の写真では、交差点は十分に照らされている。
警察も事故のたびに現場を確認し、注意喚起をしていた。
それでも事故は繰り返されている。
悠斗はGOD REVIEWを開いた。
「また調べるのですか?」
「同じ場所で、似た事故が続きすぎている」
「人間界では、事故多発地点と呼ぶのではありませんか?」
「それは結果につけた名前だ」
「結果?」
「なぜ事故が多いのかは、別に原因がある」
事故が多い場所だから事故が起きる。
それでは説明にならない。
何かが事故を起こしやすくしているから、事故多発地点になるのだ。
悠斗は交差点の住所を入力した。
《関連する運営情報を検索します》
《交通運命管理局》
《対象地域:事故多発地点》
《危険度:高》
《運命事故発生率:通常値の四・八倍》
「神界でも事故多発地点として扱われてる」
「原因も表示されていますか?」
「詳細を開く」
画面を押す。
《事故多発地点として継続監視中》
《過去の事故記録に基づき、事故発生確率を補正》
「……事故記録に基づき?」
悠斗は文章を読み直す。
事故が多いから、事故発生確率を高く補正している。
「おかしくないか?」
「どこがでしょう」
「事故が多い場所として記録した結果、事故が起きやすくなってる」
「過去の傾向を、今後の運命予測に反映しているのでは?」
「予測だけならいい。でも『補正』と書いてある」
悠斗はさらに詳細を開こうとする。
しかし、管理者用の警告が表示された。
《運命タグ情報》
《閲覧には担当神の承認が必要です》
「フェイトに連絡してくれ」
「まだ朝の七時ですが」
「神に勤務時間はあるのか?」
「担当制ですので、一応あります」
「世界の運命を営業時間外に止めるわけじゃないだろ」
「当直の神が対応します」
「フェイト本人に聞きたい」
アリアは気乗りしない様子で通信画面を開いた。
数回の呼び出しのあと、黒髪眼鏡の運命神フェイトが映る。
彼は大量の光る書類を抱えていた。
『今度は何だ』
「挨拶くらいしてください」
アリアが不満そうに言う。
『特級レビュアーからの連絡は、九割以上が改善要求だ。前置きは省略する』
「仕事の理解が早くて助かる」
『嫌味か?』
「東京都内の事故多発地点について確認したい」
悠斗が住所を伝える。
フェイトは空中に管理画面を開き、対象地点を検索した。
『事故多発地点として継続監視中だ』
「事故発生確率を上げてるのはなぜですか?」
『上げているのではない。過去の統計を反映している』
「画面には補正と出ています」
『予測モデルの補正だ』
「事故を起こす側にも影響していますよね?」
フェイトの手が止まる。
『なぜそう思う』
「予測だけなら、現実の事故発生率は変わらない。でも通常値の四・八倍と表示されている」
『その場所は過去に事故が多い。だから将来的にも事故が起こりやすい』
「順序が逆じゃないですか?」
『何?』
「事故が起きやすいから事故多発地点になったんじゃない。事故多発地点という記録を残したから、世界がそれに合わせて事故を起こしている」
フェイトが黙る。
アリアも表情を変えた。
「そのような処理が、本当に可能なのでしょうか」
『運命記録は、未来の確率へ影響する』
「つまり、可能なんですね」
『過去の傾向を維持することで、運命の安定性を確保する仕組みだ』
「安定性のために事故を再現してるのか?」
『同じ結果を意図的に起こしているわけではない』
「でも事故が起こる確率は上がっている」
『確率が上がった結果、事故が――』
「それを再現と言うんです」
フェイトは眼鏡を押し上げる。
表情はいつもどおり冷静だ。
だが返答までに、わずかな間があった。
『現場を確認する必要がある』
「今日行きます」
『私も同行する』
悠斗とアリアは顔を見合わせた。
「運命神が人間界へ?」
『現場確認を要求したのは君だろう』
「珍しいので驚いただけです」
『以前の電車案件で学んだ。管理画面だけでは、君は納得しない』
「いい傾向だな」
『褒められている気がしない』
◇
問題の交差点は、悠斗の自宅から電車で四十分ほどの場所にあった。
昼間に訪れると、ごく普通の住宅街だった。
十字路の角には、小さな公園。
向かいにはコンビニ。
信号機は正常に動いている。
道路の白線も見やすく、見通しも悪くない。
「事故が多い場所には見えませんね」
アリアが交差点を見回す。
「だから不自然なんだ」
悠斗たちの横には、フェイトが立っている。
人間界用の認識阻害を使っているため、周囲の人間には見えていない。
黒い髪。
細い眼鏡。
神界と変わらない黒い服装。
ただし、背後に浮いていた無数の運命線は隠している。
「人間界へ直接来るのは久しぶりだ」
「いつ以来ですか?」
アリアが尋ねる。
「二百三十七年前」
「久しぶりすぎるだろ」
「神にとっては短い」
フェイトは交差点の中央を見つめ、指を動かした。
空間に無数の細い線が浮かぶ。
車。
自転車。
歩行者。
交差点を通過する者たちの運命が、光の線として表示されていた。
ほとんどは交差することなく、正常に通過している。
しかし時折、一本の線が不自然に曲がる。
歩行者が落とし物をする。
運転手が一瞬よそ見をする。
自転車のチェーンが外れる。
信号の変わり目に、複数の線が同時に交差する。
「小さな偶然が、事故につながるよう集まってる」
悠斗が言う。
「通常の運命にも、偶然の重なりは存在する」
「でもここでは多すぎる」
フェイトが運命線を拡大する。
交差点の中心に、赤黒い文字が浮かんでいた。
《重大事故発生地点》
《死亡事故記録あり》
《類似運命誘引:有効》
「類似運命誘引?」
アリアが眉を寄せる。
「過去に発生した重大な出来事と似た条件を、周辺の運命から引き寄せる処理だ」
「どうしてそんな処理が必要なんですか?」
「世界は、記録された事実との整合性を保とうとする」
フェイトは赤黒い文字へ触れた。
「一度大きな事故が起きた場所では、その場所に『危険な交差点』という意味が生まれる。意味が運命に定着すれば、似た出来事を引き寄せやすくなる」
「人間が事故多発地点だと認識しているから?」
「それだけではない。運命管理局の記録にも、同じ意味が保存される」
悠斗はGOD REVIEWの詳細画面を開いた。
運命タグ。
事故発生地点。
危険度補正。
死亡事故記録。
その中に、解除されていないタグが一つあった。
《初回重大事故・再現性確認》
「再現性確認?」
「本来は、最初の事故後に周辺の運命へ問題がないか確認するための一時タグだ」
「一時?」
悠斗はタグの有効期限を見る。
《有効期限:事故発生から七日》
《現在の経過期間:百八十九日》
「半年も残ってるじゃないか」
フェイトの表情が固まる。
タグの処理履歴を開く。
《自動解除:失敗》
《理由:関連記録使用中》
《再試行回数:0》
「解除処理が失敗したあと、誰も確認していない」
悠斗が言う。
「重大事故の件数が多く、個別の解除失敗までは監視対象になっていなかった」
「だから半年間、事故の再現性を確認し続けていた?」
「……そうなる」
タグは、最初の死亡事故と似た条件を意図的に作り出していた。
夜間。
信号の変わり目。
横断歩道。
一瞬の注意不足。
同じ組み合わせを何度も再現し、「本当に事故が起きやすい場所なのか」を確認していた。
事故が起きる。
記録が増える。
事故多発地点として危険度が上がる。
危険度が上がることで、さらに似た事故が引き寄せられる。
「完全にループしてる」
「最初の事故が原因ではありません」
アリアが赤黒いタグを見つめる。
「事故を確認する仕組みが、次の事故を作っていたのですね」
「そういうことだ」
悠斗は交差点の端に立ち、周囲を見る。
ここで半年前、一人の男性が亡くなった。
その事故を記録し、原因を調べるためにつけられたタグ。
だが処理が失敗し、事故だけが繰り返された。
「タグを消せば止まるんですか?」
「理論上は」
フェイトが管理画面を開く。
「今すぐ削除する」
「待ってください」
悠斗が止める。
「何だ」
「そのタグを消したら、過去の事故記録はどうなる?」
「運命タグは過去と未来の整合性を保っている。削除すれば、タグによって発生した事故も再計算される」
「再計算?」
「タグが存在しなかった世界へ修正される可能性がある」
アリアの顔から笑みが消えた。
「それは、これまでの事故が起きなかったことになるという意味ですか?」
「可能性は高い」
悠斗は半年前の死亡事故の記事を開く。
亡くなったのは、四十八歳の会社員。
帰宅途中だった。
家族がいた。
その後の事故でけがをした人たちもいる。
「事故がなかったことになるなら、死んだ人は生き返る?」
「正確には、生き返るのではない」
フェイトが淡々と答える。
「最初から死ななかった歴史へ変更される」
「家族の記憶も?」
「書き換わる」
「事故後に出会った人や、変わった人生も?」
「因果関係に応じて修正される」
悠斗は言葉を失った。
一人の死がなくなる。
それだけを聞けば、良いことのように思える。
だが、その人が亡くなったことで生まれた出来事もある。
家族が引っ越したかもしれない。
仕事を変えたかもしれない。
誰かと出会ったかもしれない。
悲しみから新しい活動を始めた人もいるかもしれない。
事故を消すということは、その後の半年間をすべて別のものへ作り変えることだ。
「前に豪雨を消したときも、同じことをしたんですよね」
悠斗がアリアを見る。
「はい」
「俺の事故は残して、原因だけ変えた」
「影響範囲を最小限にするよう調整されました」
「でも、今回は半年分ある」
「変更される人数も、出来事も、比較になりません」
フェイトは削除画面を閉じた。
「では、どうする。タグを残せば事故は続く」
「事故を起こす機能だけ止められないのか?」
「タグは一つの運命情報だ。一部だけを無効化すると、記録の整合性が崩れる可能性がある」
「記録の意味を変えることは?」
フェイトが悠斗を見る。
「意味?」
「今は『事故が起きる場所』として使われている。そうじゃなくて、『事故が起きたから注意が必要な場所』として残す」
「未来へ事故を引き寄せるのではなく、人間へ危険を知らせる情報へ変換するということですか?」
アリアが尋ねる。
「そうだ。事故そのものを再現する必要はない。過去の記録は残す。でも、その記録を次の事故を防ぐために使う」
フェイトは運命タグを見つめる。
「運命記録を、警告情報へ変換する」
「できないんですか?」
「前例はない」
「できるかどうかを聞いています」
「理論上は可能だ」
「なら、それでお願いします」
フェイトはすぐには答えなかった。
「過去の事故は残る」
「はい」
「亡くなった人も戻らない」
「分かっています」
「人間なら、事故を消したほうがよいと考えるのではないか?」
悠斗は交差点の端に置かれた花を見た。
半年前に亡くなった男性へ、今も誰かが供えているのだろう。
「消してほしいと思う人もいるでしょう」
悠斗は答える。
「でも、その人が生きたことも、家族が悲しんだことも、なかったことにはできない」
「世界を変えれば、誰も悲しまない」
「誰も悲しまなかったことにされるだけです」
フェイトは黙る。
「失敗した記録を消せば、また同じことを繰り返す。だから残すんです」
「事故を教訓にする、と?」
「はい。過去を未来の原因にするんじゃなく、未来を守るための警告にしてください」
アリアが静かにうなずいた。
「私も、その方法がよいと思います」
「神界の記録方式を変えることになる」
フェイトは眼鏡を外し、目元を押さえた。
「また報告書が増える」
「そこですか?」
「重要な問題だ」
「人命より優先しないでください」
「分かっている」
フェイトは眼鏡を戻した。
そして運命タグへ手を伸ばす。
《タグ機能変更》
《類似運命誘引:無効》
《事故再現処理:停止》
《過去記録保持:有効》
《未来警告処理:有効》
承認ボタンを押す。
赤黒かった文字が、柔らかな黄色へ変化した。
《重大事故発生地点》
《通行者への注意喚起》
《運転者の危険認識を一時的に強化》
《行政機関へ改善要望を伝達》
交差点を通る車の速度が、わずかに落ちる。
自転車に乗った男性が、信号の変わり目で無理に進まず停止する。
歩行者が左右をしっかり確認する。
事故を起こす偶然ではなく、事故を防ぐ小さな判断が集まり始めた。
「これで終わりか?」
「神界側の処理は完了した」
フェイトが答える。
「ただし、人間界の構造的な改善も必要だ」
「現場には問題がないんじゃなかったのか?」
「運命タグが事故を引き寄せていたのは事実だ。だが、最初の事故には物理的な原因があった」
フェイトが最初の事故記録を表示する。
夜間。
信号機の光が街路樹の枝で一部見えにくくなっていた。
横断歩道の白線も薄くなっている。
それらが重なり、運転手が歩行者の発見に遅れた。
「原因は最初からあった」
悠斗が言う。
「だが、事故多発地点という記録ばかり見て、現場の改善が後回しになっていた」
「神界も人間界も、同じことをしていたのですね」
アリアが小さくつぶやく。
事故が多い場所だから仕方がない。
そう判断した時点で、原因を探すことをやめていた。
◇
一週間後。
悠斗とアリアは、再び交差点を訪れた。
街路樹の枝は剪定され、信号機が見えやすくなっている。
薄くなっていた横断歩道も、白く塗り直された。
交差点の手前には、新しい標識が設置されていた。
《事故多発地点》
《速度を落としてください》
その下には、過去半年間の事故件数も書かれている。
「事故多発地点という名前は、そのままなのですね」
「そのほうがいい」
「嫌な名前ではありませんか?」
「危険だったことを伝えるための名前なら意味がある」
以前は、事故が多いという記録が事故を呼び寄せていた。
今は同じ言葉が、人々に注意を促している。
記録そのものは変わらない。
使い方が変わったのだ。
GOD REVIEWには、交通運命管理局から改善報告が届いていた。
《事故誘引タグを警告タグへ変更》
《過去の事故記録および関係者の記憶は保持》
《人間界の行政機関へ、設備改善の運命補助を実施》
《変更後七日間、事故発生件数ゼロ》
悠斗はレビュー画面を開く。
★★★★☆
過去を消さず、未来の事故を防ぐ修正を確認しました。
事故多発地点という記録を、事故の再現ではなく注意喚起に使用した点を評価します。
今後、同様の一時タグが解除されず残っていないか、全地域の確認をお願いします。
「最後に仕事を増やしましたね」
アリアが言う。
「ここだけ直して終わりでは、再発防止にならない」
「フェイト様がまた報告書に埋もれます」
「世界の運命を管理する仕事だから仕方ない」
送信する。
すぐに返信が届いた。
《指摘を受理しました》
《全事故関連タグの一斉点検を開始します》
そのあとに、フェイトからの個人的な一文が付いていた。
《次回からは、可能であれば対象範囲を限定してほしい》
「嫌がってるな」
「それでも対応してくださるようです」
悠斗はスマートフォンを閉じた。
信号が青に変わる。
二人は横断歩道を渡る。
交差点の角には、今も花が置かれていた。
過去は変わっていない。
亡くなった人も戻らない。
事故に遭った人の傷も、経験も残っている。
だが、だからこそ次の事故を防ごうとする人がいる。
過去を消すことだけが、修正ではない。
悠斗は初めて、世界を変える力の重さを実感していた。
◇
その夜。
悠斗は自宅で、GOD REVIEWの過去の変更履歴を眺めていた。
豪雨の記録削除。
信号故障の歴史修正。
関係者の記憶変更。
たった一件のレビューで、世界は簡単に書き換えられる。
「アリア」
「はい」
「世界を修正するとき、毎回過去まで変わるのか?」
「変更内容によります」
「誰が、どこまで変えるか決める?」
「担当部署と、自動整合性システムです」
「自動?」
「一つの出来事を変更した場合、矛盾が生まれないよう関連する記録や記憶を自動で調整します」
「その範囲は、事前に分かる?」
アリアは少し考える。
「完全には分かりません」
「完全には?」
「世界には、無数の因果関係があります。一人の行動が別の誰かへ影響し、その人物がさらに別の出来事を起こす。長期間の修正ほど、影響範囲は予測困難になります」
「でも神々は、それを普通にやってる」
「はい」
アリアは迷ったあと、言葉を続けた。
「神界では、現在の問題を解決することが優先されます。修正後の世界に矛盾がなければ、処理は成功と判断されます」
「前の世界がどうだったかは?」
「通常、誰も覚えていません」
悠斗だけが、変更前の世界を記憶できる。
つまり、神々が何かを消しても、ほかの人間は気付かない。
消された人。
変えられた出来事。
失われた選択。
すべてが、最初から存在しなかったことになる。
「怖いですね」
アリアが静かに言った。
「神様が言うのか?」
「これまでは、修正とは正しい状態へ戻すことだと思っていました」
「今は違う?」
「何が正しい状態なのかを決めること自体が、怖いのだと知りました」
悠斗はGOD REVIEWの画面を見る。
五つの星。
簡単に押せる評価ボタン。
だが、その向こうでは世界そのものが動く。
「次からは、もっと慎重に書かないとな」
「レビューを控えるのではなく?」
「問題があるなら書く」
アリアは苦笑した。
「そこは変わらないのですね」
「ただ、直した結果まで考える」
過去を消すのか。
記憶を残すのか。
誰を救い、誰の人生を変えるのか。
不具合報告に必要なのは、発生条件と再現手順だけではない。
修正によって失われるものまで、見なければならない。
悠斗はスマートフォンを伏せる。
窓の外では、車が一台、静かな夜道を走っていった。
その車は交差点の手前で速度を落とし、左右を確認してから進む。
事故は起きない。
それだけのことが、今は少しだけ尊く思えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
事故を繰り返していた原因は、本来すぐに削除されるはずだった運命タグでした。
ただ消すだけなら簡単でも、過去まで書き換えてしまえば、その事故によって変わった人々の記憶や人生まで失われてしまいます。
今回は、原因を消すのではなく、未来の事故を防ぐための警告へ変える方法を選びました。
世界を直すとは、すべてをなかったことにすることではないのかもしれません。
次回、第7話
「祈りが多すぎて処理できません」
毎日届く三兆を超える祈りの中で、本当に助けを求めている声が埋もれていました。




