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神様レビュー★1「世界の運営が雑すぎます」  作者: 海老崎 伊織
第1章 ★1レビュー、神様に届く
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5/10

第5話 恋愛神、幼なじみを優遇しすぎ問題

悠斗の同僚・佐伯直人は、好意を寄せる女性を食事に誘おうとするたび、なぜか奇妙な邪魔が入っていました。


エレベーター、火災報知器、ハトの大群、そして切れる靴ひも。


調べてみると、その原因は恋愛神キュリア。


どうやら彼女は、「幼なじみこそ最高の恋愛」だと信じているようです。


第5話、どうぞお楽しみください。

 神崎悠斗の同僚、佐伯直人には、最近悩みがあった。

「神崎。ちょっと相談があるんだけど」

 昼休み。

 社員食堂の隅で、直人は深刻そうな顔をしていた。

 悠斗の向かいには直人。

 その隣には、周囲の人間から認識されない銀髪の神、アリアが座っている。

 直人には空席に見えているため、アリアは堂々と悠斗の定食から唐揚げを一つ取った。

「勝手に食べるな」

「え?」

 直人が顔を上げる。

「いや、何でもない」

 悠斗はアリアをにらむ。

 彼女は口元を押さえながら、素知らぬ顔で唐揚げを食べていた。

 神に食事は必要ないらしい。

 だが、味を楽しむことはできるという。

「それで、相談って?」

「ああ」

 直人は声を落とし、社員食堂の入り口を確認した。

「営業部の水野さんっているだろ?」

「水野美咲さん?」

「そう」

 名前を出した瞬間、直人の耳がわずかに赤くなる。

 アリアが悠斗の横で身を乗り出した。

「恋愛相談ですね」

「お前は静かにしてろ」

「また独り言か?」

「気にするな」

 悠斗はアリアを手で追い払いながら、直人へ続きを促した。

「水野さんがどうした?」

「その……今度、食事に誘おうと思ってる」

「誘えばいいだろ」

「簡単に言うなよ」

「連絡先は知ってるんだろ?」

「仕事の連絡はする。雑談もする。たぶん嫌われてはいないと思う」

「なら問題ないじゃないか」

「問題は、誘おうとするたびに何か起きることなんだ」

 悠斗の動きが止まった。

「何か?」

「最初は先週の月曜。帰りのエレベーターで二人きりになったから、誘おうとしたんだ」

「それで?」

「押した階と違う階に止まって、部長が乗ってきた」

「よくあるだろ」

「火曜は給湯室で二人きりになった。話を切り出そうとした瞬間、火災報知器が鳴った」

「火事だったのか?」

「誤作動」

「偶然じゃないか?」

「水曜は会社の前で声をかけようとしたら、突然ハトの大群が降りてきた」

「ハト?」

「木曜は?」

「自動販売機が故障して、缶コーヒーが二十本出てきた」

「それは少しうらやましいな」

「拾ってる間に水野さんは帰った」

 直人は両手で頭を抱えた。

「金曜こそと思ったら、駅前で知らないおばあさんに道を聞かれて、案内してる間に見失った」

「親切にしたならいいだろ」

「そうなんだけどさ!」

 直人は机へ身を乗り出す。

「今日の朝も、声をかけた瞬間に靴ひもが両方切れたんだぞ!」

「両方?」

「同時に」

 さすがに不自然だった。

 悠斗は目の前の直人を観察する。

 疲れた顔をしている。

 恋愛がうまくいかないというより、何かに妨害され続けている人間の顔だ。

「水野さんに、ほかに付き合ってる相手がいる可能性は?」

「いないと思う。それとなく聞いた」

「幼なじみは?」

「え?」

「昔から仲のいい男とか」

「いるらしいけど、関係あるのか?」

 直人は首をかしげる。

「地元に住んでる幼なじみがいるって言ってた。子どもの頃は仲がよかったけど、今は年に一回会うかどうかって」

 悠斗はアリアを見る。

 アリアも、何かに気付いたように表情を変えた。

「神崎様」

「ああ」

「恋愛運命局の関与を確認したほうがよさそうです」

 直人には彼女の声が聞こえない。

 悠斗はスマートフォンを取り出した。

「佐伯。あとで少し調べてみる」

「何を?」

「最近、お前の周りで起きたことを」

「もしかして、呪われてると思う?」

「それより面倒なものかもしれない」

 悠斗はGOD REVIEWを開いた。

     ◇

 午後の業務を終えたあと、悠斗とアリアは会社近くの喫茶店へ入った。

 悠斗だけが注文し、アリアは向かいの席に座る。

 店員には空席に話しかけているように見えるため、最近ではスマートフォンの通話画面を表示してごまかすようにしていた。

「恋愛運命局で、佐伯直人と水野美咲を検索してくれ」

「個人の恋愛情報は、高度な機密情報です」

「見られないのか?」

「神崎様の特級権限なら閲覧可能です」

「本当に何でも見られるな、このアプリ」

「悪用は禁止されています」

「その基準は?」

「良識にお任せします」

「一番危ない方式だな」

 アリアが神界権限を使い、二人の名前を入力する。

 画面に、赤や青の線が複雑に絡み合った図が表示された。

 《対象者:佐伯直人》

 《恋愛対象候補:水野美咲》

 《現在好感度:七十二》

 《恋愛イベント進行率:三十一パーセント》

「数字で出るのか」

「人間の感情を完全に数値化したものではありません。恋愛運命局が判断の目安として使う参考値です」

「それでも勝手に見られるのは嫌だな」

 悠斗は画面を下へ送る。

 《進行阻害処理:有効》

「やっぱり何かされてる」

「詳細を開きます」

 《対象イベント:佐伯直人から水野美咲への食事の誘い》

 《阻害理由:非推奨ルート》

 《推奨恋愛対象:高橋真人》

 《関係性:幼なじみ》

 《担当部署:恋愛運命局》

 《承認者:恋愛神キュリア》

「非推奨ルート?」

「恋愛運命局では、人間同士の相性や物語性を判断し、成立を推奨する組み合わせを設定することがあります」

「物語性?」

「はい。幼なじみ、同級生、上司と部下、運命的な再会などです」

「人間の人生を恋愛作品みたいに分類してるのか?」

 アリアは目をそらした。

「恋愛神キュリア様は、人間界の恋愛作品を非常に好まれています」

「嫌な予感しかしない」

 記録をさらに確認する。

 直人が水野を誘おうとした時刻と、阻害処理の履歴が一致していた。

 《月曜日:第三者をエレベーターへ誘導》

 《火曜日:火災報知器を誤作動》

 《水曜日:鳥類を一時的に誘導》

 《木曜日:自動販売機の排出制御を妨害》

 《金曜日:道案内イベントを発生》

 《本日:靴ひもの耐久値を低下》

「靴ひもの耐久値まで管理してるのかよ」

「神界運営は細部まで人間界を支えています」

「今の話で誇るな」

 直人の恋愛がうまく進まないのは、偶然ではなかった。

 恋愛神が望む組み合わせへ誘導するため、意図的に邪魔されている。

「水野さんと幼なじみの相性は?」

 アリアが画面を切り替える。

 《水野美咲から高橋真人への恋愛好感度:十二》

「低いな」

「友人としての好感度は高いですが、恋愛感情はほとんどありません」

「高橋側は?」

 《高橋真人から水野美咲への恋愛好感度:十八》

「両方とも恋愛する気がないじゃないか」

「ですが、幼なじみ補正により、今後上昇する可能性があると判断されています」

「誰が判断した?」

「キュリア様です」

「連絡してくれ」

「また直接ですか?」

「レビューを書く前に事情を聞く」

 アリアは神界への通信を開始した。

 呼び出し音の代わりに、軽快な音楽が流れる。

 画面の中を小さなハートが飛び交う。

「この演出は?」

「恋愛運命局の待機画面です」

「仕事の連絡に必要か?」

 数秒後、画面に一人の少女が映った。

 鮮やかなピンク色の髪。

 髪飾りも、瞳も、衣装も、ほとんどがピンク色。

 背中には小さな白い翼。

 彼女は分厚い本を読みながら、目元を手で拭っていた。

『ううっ……やっぱり幼なじみとの再会は最高……!』

「恋愛神キュリア様」

 アリアが呼びかける。

 キュリアは慌てて本を閉じた。

 表紙には、『十年ぶりに再会した幼なじみが社長になっていました』と書かれている。

『ア、アリアちゃん? 今ちょっと忙しいんだけど』

「本を読んでましたよね?」

『人間の恋愛傾向を研究していたの!』

「それは小説です」

『小説は人間の願望が詰まった貴重な資料よ!』

 キュリアは胸を張る。

 悠斗は画面へ顔を近づけた。

「佐伯直人と水野美咲の恋愛を妨害しているのは、あなたですか?」

『誰?』

「神崎悠斗」

 名前を聞いた瞬間、キュリアの表情が固まった。

『特級レビュアー!?』

「知ってるんですね」

『もちろんよ! 神界で今一番関わりたくない人間として有名だもの!』

「そんな紹介のされ方をしてるのか」

 アリアが視線をそらす。

「キュリア様。質問にお答えください」

『妨害という言い方は正しくないわ。より素敵な恋愛へ導いているの』

「二人とも幼なじみに恋愛感情はない」

『今はね』

「今は?」

『幼なじみという関係には、長い年月を共にした実績があるの。昔の約束、二人だけの思い出、久しぶりの再会――これほど強い恋愛要素はないわ!』

「年に一度会うかどうかだそうですけど」

『だからこそ再会イベントが映えるのよ!』

「本人たちが望んでない」

『本人は、自分の本当の気持ちに気付いていないだけかもしれないわ』

「それをあなたが決めるんですか?」

 キュリアが一瞬だけ黙る。

 だが、すぐに笑顔を戻した。

『恋愛神だもの。人間より恋愛には詳しいわ』

「直人と水野さんは、互いに好意を持っている」

『でも幼なじみじゃない』

「関係ないでしょう」

『関係あるわ! 恋愛運命局の統計では、幼なじみルートは満足度が高いの』

 キュリアが資料を表示する。

 《恋愛成立後の満足度》

 《幼なじみ:八十七パーセント》

 《職場恋愛:七十一パーセント》

 《偶然の出会い:六十八パーセント》

 《紹介:六十二パーセント》

『ほら、数字にも出てる』

「その統計、成立しなかった人は含まれてますか?」

『え?』

「幼なじみを選ばされたけど、うまくいかなかった人。ほかに好きな相手がいた人。そもそも恋愛を望んでなかった人」

 キュリアは資料を操作する。

『成立しなかった恋愛は、イベント未完了として集計対象外よ』

「成功した例だけで満足度を計算してるのか?」

『……そうなるわね』

「その数字に意味あります?」

『あるわよ! 成立した人たちは幸せになってるもの!』

「成立させるために、ほかの選択肢を潰してる」

『物語を盛り上げるためには、障害も必要なの』

「これは物語じゃない。人間の人生です」

 悠斗の声が低くなる。

「人の感情を、勝手に用意した型へ当てはめないでください」

『勝手では――』

「直人は毎日悩んでる。自分に勇気がないせいだと思ってる。でも実際には、あなたが靴ひもを切ったりハトを飛ばしたりしてる」

『ハトは雰囲気づくりにもなるのよ』

「告白を邪魔する雰囲気づくりに何の意味があるんですか」

『幼なじみルートが――』

「本人たちに、そのルートを選ぶ気はない」

 キュリアは不満そうに頬を膨らませた。

『それなら、直人という人の恋愛フラグを解放すればいいのね?』

「ほかの人も同じように妨害してるなら、全部確認してください」

『全部?』

「恋愛運命局が非推奨にしている組み合わせを、本人たちの意思を無視して止めていないか」

 キュリアは背後の画面を見る。

 そこには、無数の恋愛フラグが並んでいた。

 赤い糸で結ばれた人。

 途中で切られた糸。

 灰色にされた候補。

 《非推奨ルート:12,841,522件》

『これを一件ずつ確認するの?』

「少なくとも、自動で妨害するのは止めるべきです」

『そんなことをしたら、恋愛イベントが予定外に発生するわ』

「本人たちが選ぶなら、それでいいでしょう」

『でも、きれいな物語にならないかもしれない』

「人生は、あなたの作品じゃない」

 長い沈黙。

 キュリアは納得していない顔をしている。

 それでも特級レビュアーから正式な指摘を受けた以上、無視はできないらしい。

『……分かったわ』

「本当に?」

『妨害設定を解除する』

「段階的にお願いします」

『どうして?』

「一度に全部変えると影響が分からないからです」

『恋愛フラグを解放するだけよ。危険なことなんて起きないわ』

「前にも同じような台詞を聞いた気がする」

『恋愛は天候や運命とは違うもの』

 キュリアは操作盤へ手を置いた。

『人間が自分の気持ちを伝えられるようになるだけ。むしろ、素晴らしいことでしょう?』

「待ってください。まず対象範囲を――」

『全非推奨ルート、妨害設定解除!』

 キュリアが笑顔で承認ボタンを押した。

 画面中の灰色の糸が、一斉に色を取り戻す。

 悠斗とアリアの声が重なった。

「一度にやるな!」

     ◇

 翌朝。

 悠斗が会社へ到着すると、受付前に人だかりができていた。

「何だ?」

 輪の中心では、若い男性社員が受付の女性へ花束を差し出している。

「入社した日から、ずっと好きでした! 付き合ってください!」

 受付の女性は両手で口を押さえた。

 周囲から歓声が上がる。

「朝から公開告白か」

 悠斗が横を通り抜けようとすると、背後から別の声が聞こえた。

「先輩! 僕と結婚を前提に付き合ってください!」

「ええっ!?」

 今度は廊下。

 さらにエレベーターの前でも、男性が女性へ思いを伝えている。

 会議室の中からも拍手が聞こえた。

「多くないか?」

「恋愛フラグが正常に動作し始めた結果でしょうか」

 アリアは落ち着いて分析している。

「同じ日に集中しすぎだ」

「これまで妨害されていた告白イベントが、一斉に再開されたようです」

「やっぱり段階的にやるべきだっただろ」

 オフィスへ入る。

 自分の席へ向かうまでに、悠斗は三件の告白を目撃した。

「僕と一緒に、毎朝この会社へ来てください!」

「それ、ただの出勤じゃない?」

「退職したあともです!」

「意味分からない!」

 隣の部署では、なぜか二人の男性が同じ女性へ同時に告白していた。

「僕のほうが先に好きになった!」

「気持ちに順番なんて関係ない!」

「二人とも勤務中だから席に戻って!」

 上司の怒鳴り声が響く。

 アリアが感心したように周囲を見回す。

「人間は、これほど多くの恋愛感情を隠していたのですね」

「隠すには理由があるんだよ」

「好きなら伝えたほうがよいのでは?」

「場所とタイミングがある」

 そのとき、社員食堂の方角から歓声が上がった。

「今度は何だ?」

 悠斗たちが向かうと、調理スタッフの男性が、店長へ愛を告げていた。

「あなたの作る日替わり定食を、これからも一番近くで食べたいです!」

「それ告白なのか?」

「食生活の希望では?」

 アリアが首をかしげる。

 会社だけではない。

 昼休みに外へ出ると、町全体が異様な状態になっていた。

 高校の校門前では、数十人の生徒が告白の順番を待っている。

 駅前広場では、花束を持った人々が列を作っていた。

 公園では、高齢の男性が昔の同級生へ思いを伝えている。

 カフェでは店員が常連客へ告白し、注文が止まっていた。

 大型ビジョンでは、街頭広告の代わりに公開告白の映像が流れている。

 SNSの話題も告白一色だった。

 《今日、告白された》

 《ずっと好きだった人に言えた》

 《同時に五人から告白された》

 《会社が告白祭りになって仕事にならない》

 《知らない人から前世で結ばれていたと言われた》

「最後のは恋愛運命局と関係あるのか?」

「前世連携部署との合同イベントかもしれません」

「合同にするな」

 GOD REVIEWを開くと、恋愛運命局のイベント消化率が急上昇していた。

 《未処理告白イベント:前日比マイナス七十二パーセント》

 《恋愛成立件数:過去最高》

 《担当神評価:急上昇》

「キュリアは喜んでそうだな」

「恋愛イベントの処理件数だけを見れば、大成功です」

「処理件数だけならな」

 告白された全員が喜んでいるわけではない。

 断り方が分からず困っている人。

 友人関係を壊したくない人。

 複数人から同時に好意を告げられ、混乱している人。

 恋愛感情を持たない人にまで、用意されていたイベントが押し寄せていた。

 誰かの気持ちを伝えさせることと、幸せにすることは同じではない。

「佐伯は?」

 悠斗は会社へ戻り、直人を探した。

 彼の席は空いている。

「水野さんもいません」

 二人の予定を確認すると、午後から外回りとなっていた。

 悠斗は直人へメッセージを送る。

『大丈夫か?』

 しばらくして返信が届いた。

『今、水野さんと二人』

『今日こそ言う』

 その直後。

『いや待って』

『何か変だ』

『駅前で全員告白してる』

 悠斗はため息をつく。

『周りは気にするな』

『自分の言葉で伝えろ』

 既読になる。

 返事は来ない。

     ◇

 直人と水野美咲は、駅前の広場にいた。

 外回りの帰り。

 周囲では、いたるところで告白が行われている。

 花束を差し出す人。

 ひざまずく人。

 泣きながら抱き合う人。

 断られて地面へ崩れ落ちる人。

 異様な光景だった。

「今日、何かのイベントでしたっけ?」

 美咲が戸惑ったように周囲を見る。

「いや、違うと思う」

 直人の心臓は、朝からずっと速く動いている。

 何度も彼女を食事に誘おうとした。

 しかし、そのたびに奇妙な偶然に邪魔された。

 今日も何か起きるのではないか。

 そう思うと、言葉が出なかった。

 だが今は、邪魔が入らない。

 むしろ町全体が「告白しろ」と背中を押しているようだった。

「水野さん」

「はい?」

「このあと……時間ある?」

 ようやく言えた。

 美咲は少し驚いたあと、腕時計を確認する。

「ありますけど」

「よかったら、一緒に食事に行かない?」

 喉が乾く。

 返事を待つ数秒が、ひどく長く感じられた。

 美咲は柔らかく笑った。

「いいですよ」

「本当に?」

「佐伯さん、前から誘おうとしてましたよね?」

「気付いてた?」

「毎回、何か起きてましたから」

 直人は顔を赤くする。

「実は、ずっと話したいことがあって」

「食事のときに聞きます」

「いや、今言う」

 周囲では大勢が告白している。

 それでも直人は、自分の言葉で伝えようと決めた。

「水野さんのことが好きです」

 美咲の目が見開かれる。

「すぐに付き合ってほしいとは言わない。まずは、もっと二人で話したい」

 美咲は少しの間、直人を見つめた。

 やがて、頬を赤くしながらうなずく。

「私も、佐伯さんのことをもっと知りたいと思ってました」

 直人はその場で拳を握った。

「よしっ!」

「声、大きいです」

「ごめん!」

 二人は笑い合う。

 その瞬間、どこからともなく小さなハート型の光が舞った。

「今の何ですか?」

「演出でしょうか」

 直人たちは知らない。

 神界でキュリアが、二人の恋愛イベント成立を確認して拍手していることを。

     ◇

「大成功よ!」

 恋愛運命局。

 無数のピンク色の画面に、人間界で発生した告白イベントが映っていた。

 キュリアは満面の笑みを浮かべている。

「恋愛成立件数、過去最高!」

「未処理イベントも大幅に減少しました!」

「キュリア様の評価も上昇しています!」

 部下の神々から拍手が起きる。

 画面上では、恋愛イベント消化率が勢いよく上がっていた。

 八十一パーセント。

 八十七パーセント。

 九十パーセント。

「見なさい! これが自由な恋愛の力よ!」

 キュリアは得意げに胸を張る。

「人間たちも、気持ちを伝えられて幸せになっているわ!」

「本当にそうでしょうか」

 背後から聞こえた声に、キュリアの動きが止まった。

 大型画面に、悠斗とアリアの通信映像が表示される。

『特級レビュアーからの通信です』

「ど、どうして直接つながるのよ!」

「告白イベントを一斉に解放しましたね?」

 悠斗が尋ねる。

「望みどおり、妨害を解除しただけよ」

「段階的にと言いました」

「恋愛は勢いが大事なの!」

「会社も学校も、告白ばかりで機能しなくなっています」

「でも成立件数は増えたわ」

「成立しなかった人は?」

 キュリアの笑顔が少し崩れる。

「告白を断って、気まずくなった人。望んでいない相手から何度も告白された人。恋愛そのものを望んでいないのに、イベントを発生させられた人」

「気持ちを伝えられたことには意味が――」

「伝える側だけの話です」

 悠斗は画面へ、恋愛運命局に届いたレビューを表示した。

 《友人から告白され、以前の関係に戻れません》

 《職場の上司に好意を伝えられ、断りづらいです》

 《複数人から同時に告白され、怖くなりました》

 《恋愛したいと思っていないのに、周りが勝手に期待しています》

 高評価だけではない。

 大量の困惑と不満も届いている。

「佐伯さんの告白は成功しました」

 アリアが報告する。

 キュリアの表情が明るくなる。

「ほら! やっぱり成功しているじゃない!」

「それは本人が、自分の意思で伝えたからです」

「私がフラグを解放したからでしょう?」

「邪魔をしなくなっただけです」

 悠斗ははっきりと言った。

「あなたが恋愛を成立させたんじゃない。二人が自分で選んだんです」

「同じことよ」

「違います」

 悠斗はGOD REVIEWの投稿画面を開く。

 評価は二つ。

 ★★☆☆☆

幼なじみを優遇するため、本人たちが望む恋愛を妨害していました。

妨害解除後も、未処理イベントを一斉に発生させたことで、多数の混乱が起きています。

恋愛の成立件数ではなく、当事者の意思と、その後の関係を確認してください。

 最後の一文を入力する。

人間の恋愛を、イベント消化率で見ないでください。

「そんなに低いの?」

 キュリアは不満そうに言う。

「一つじゃないだけ、改善した点は評価しています」

「告白はたくさん成功したのに」

「数が多ければ成功じゃない」

「でも、イベント消化率は過去最高よ?」

「それが問題だと言っています」

 悠斗は送信ボタンを押した。

 恋愛運命局に警報が鳴る。

 《特級レビューを受信しました》

 《恋愛成立後の追跡調査を要求します》

 《当事者の満足度および心理的負担を評価項目へ追加してください》

 キュリアは画面を見上げる。

「成立後の追跡……?」

「今までしてなかったんですか?」

「告白が成功した時点で、恋愛イベントは完了よ」

「付き合い始めてからのほうが長いでしょう」

「……そうなの?」

 悠斗は頭を抱えた。

「恋愛神なのに、そこを知らないのか」

「恋が始まる瞬間が一番きれいなのよ!」

「その後も人間の人生は続きます」

 キュリアは画面に並ぶ人間たちを見る。

 告白が成功し、笑顔で歩き出す二人。

 断られ、気まずそうに離れていく友人同士。

 複数人に囲まれ、困惑する女性。

 恋人になったものの、何を話せばいいか分からず沈黙する男女。

 今までは、成立の文字が表示された時点で画面を閉じていた。

 その先を見ようとしたことはなかった。

「……恋愛って、始まったら終わりじゃないのね」

「当たり前です」

「面倒ね」

「レインと同じことを言うな」

 キュリアは頬を膨らませる。

 それでも、恋愛イベント消化率の画面を閉じた。

 代わりに、新しい管理項目を開く。

 《成立後の関係》

 《当事者の意思確認》

 《心理的負担》

 《関係変化への同意》

「全部確認するの?」

「恋愛神の仕事でしょう」

「すごく大変そう」

「人間の人生を勝手に操作するよりはましです」

 キュリアはため息をつく。

「特級レビュアーって、本当に夢がない」

「人の人生を娯楽にするよりいい」

「でも、佐伯直人と水野美咲の恋愛は、いい感じだったでしょう?」

「それは認めます」

「★を一つ増やして」

「しばらく様子を見ます」

「厳しい!」

 通信が切れる。

     ◇

 翌日。

 恋愛フラグの一斉解放は停止され、町は普段の落ち着きを取り戻していた。

 会社でも、前日の大量告白について誰もが気まずそうにしている。

 成功した人。

 失敗した人。

 告白したことを後悔している人。

 それでも、それぞれの関係は少しずつ動き始めていた。

「神崎!」

 出社した悠斗へ、直人が駆け寄ってくる。

「昨日、水野さんと食事に行った」

「そうか」

「来週も二人で出かけることになった」

「よかったな」

「ありがとう」

「俺は何もしてない」

「でも、背中を押してくれただろ」

「最後に決めたのはお前だ」

 直人は照れくさそうに笑う。

「そうだな」

 その様子を、アリアが隣で見ていた。

「神崎様」

「何だ?」

「恋愛運命局の記録では、お二人のイベントは『仮成立』となっています」

「仮?」

「交際へ発展するかは、まだ決まっていないそうです」

「それでいいんだよ」

「結果が未確定なのに?」

「二人で決めていけばいい」

 アリアは不思議そうに首をかしげる。

 神界では、運命は先に結果を決め、それに向かって人間を動かすものだった。

 しかし悠斗は、結果が決まっていないことを問題だと思っていない。

「うまくいかない可能性もあります」

「あるだろうな」

「それでも、自由に選ばせるのですか?」

「恋愛って、そういうものじゃないか?」

 アリアは少し考えたあと、直人と美咲の運命記録を開いた。

 二人を結ぶ糸は、赤でも灰色でもない。

 淡い色のまま、ゆっくり伸びている。

 どこへつながるのかは、まだ神にも分からない。

「未確定のほうが、きれいに見えることもあるのですね」

 アリアがつぶやく。

「キュリアには言うなよ。余計な演出を追加される」

 その瞬間。

 会社の窓の外を、ハート形の雲が流れていった。

 悠斗とアリアは同時に空を見上げる。

「……あれは?」

「キュリア様の演出です」

「まだ懲りてないな」

 悠斗がGOD REVIEWを開く。

 神界の恋愛運命局で、キュリアの悲鳴が響いた。

「待って! 雲くらいいいでしょう!?」

 人間の恋愛を巡る神とレビュアーの戦いは、まだ始まったばかりだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本人たちの気持ちよりも、人気のある恋愛パターンを優先していたキュリア。


妨害を一斉に解除した結果、今度は町中が告白会場になってしまいました。


恋愛は成立した時点で終わりではなく、その後も人間の人生は続いていきます。


神様が用意した理想の物語より、本人たちが自分で選んだ関係のほうが大切なのかもしれません。


次回、第6話

「事故多発地点に死亡フラグが立っています」


同じ交差点で事故が繰り返される原因は、過去の事故を記録した運命タグにありました。

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