七 見えぬ落としどころ
日本武尊ことアマノは、1.8倍の銅剣を完全に「もの」にしていた。あの日、朝鮮半島の某国から、100ある倭国の「反女王派」からの要請を受けて派兵された軍の総司令官の頭を兜諸共叩き割って以来、この「大剣」と呼ばれている剣を完全に自分の物にしていた。剣に身体を持って行かれる事も無ければ、身体の重心がズレもしない。
日本武尊は、自分達の前に次に現れる敵を、「大剣」を振りながら考えていた。いや、考えるだけ無駄だ。感じるんだ。隣の半島の某国の顔に思い切り泥を塗りたくったのだから、次に来るのは西方の大陸国である。広い海で隔てられている大陸国が、兵を送り込もうにも難しいだろうが、半島から島伝いにこの国、「邪馬台国」を攻め込むのは、そこまで難しくは無い。
それに、大陸国でもまだまだ争乱が終わっておらず、半島の某国が泣きついてもそれに応える余裕があるのかどうか。文化も文明も、この「倭国」に比べると天と地の差がある。戦になったら、このアマノも、日本武尊も厳しいところがある。
そこを如何にかして、上手く誤魔化すのが、卑弥呼ことツキナ、男の女王の役割である。使者を送る事も考えているらしい。何なら、自分自身が危険な船旅に乗り出そうとしたらしいが、それは側近が止めたらしい。
まぁ良い。まだまだこの倭国は統一されていない。と言う事は、まだまだ戦は続くのだ。この「大剣」の役目はまだまだあると言う事だ。100以上ある倭国の「クニ」の内、「邪馬台国」に参画した「クニ」は、29と言ったところだ。3分の1をこちらの掌中に収めているのだが、過半数まで届くまで気は抜けない。
ツキナ女王こと卑弥呼もまた、同じ事を考えていた。隣の半島からの派兵を退けたのは良い。しかし、1度の敗北ですぐに退くとは思えない。失われた兵と名誉を取り戻す為に、繰り返し派兵を行うだろう。他の倭国の「クニ」も、まだ3分の2がこちらに敵対、もしくは武装中立の立場を取っている。
武力で如何にかするのは、かなりしんどい状況だ。であれば、より大きな国を味方につけるべきだ。西方の大陸、中華と名乗る大陸の国との交流を通して、自分達の「力」を認めさせるべきだ。
ツキナ女王こと卑弥呼は、それでも踏ん切りがなかなかつかない。自分が行きたい、とはもう思わない。大陸国は「魏」と名乗る国に朝貢を行い、その優れた文化や文明、それに自分の国に「泊」をつける目的もある。しかし、自分の代理人として相応しい人間が、思いつかない。交渉下手を寄越せば、手間が増えるばかりで、もしかすれば大規模な侵攻を受けかねない。
ツキナ女王こと卑弥呼は、見世物としての占いや神託は出来るが、それは自分の権威付けとしてやっているのであって、本当に占いや神託が出来るのならば、こっちだって頼りたいところである。
アマノを送るわけにも行かない。この乙女、戦争の天才の戦乙女は、これからも倭国統一の為に戦ってもらわなければならない。合議が必要だ。その方が、占いや神託よりも確かである。
「反女王派」に属する「クニ」もまた合議を開いていた。半島の某国に銅鏡や銅剣、勾玉といった品物を貢ぎ物として送り込んで、ようやく派兵にまでこぎ着けたのに、総大将をたったの1発で斃されて、兵も散々に傷つけられて、這う這うの体で元居た半島に戻ってしまった。
これ以上は、半島に頼る訳には行かない。ましてや、中華の大国に派兵要請なんて出来る筈が無い。連中はそれこそ鏡も剣も宝石も、こちらよりも数段、否、数十段上なのだ。何でそんな格下にそこまでしなければならないのか、と言う話になる。しかも、あの中華の国が認めた戦の天才、アマノこと日本武尊が居る中で、あいつを殺すか、あるいは退けるかしなければ、倭国統一は「邪馬台国」が成し遂げる羽目になる。
このままで良い訳が無い。しかし、派兵はもう無理だ。自分達で戦えないにしても、勝てる見込みは無い。自分達に何が足りないのか。重い空気で満ちた合議の場にて、1人の首長がボロリと口から答えを出す。
「……軍師だ」
軍師。そう、軍師だ。自分達よりも長い歴史と優れた文明・文化を持つ中華に対して、ピンでもキリでも良いから軍師を呼びつけて、中華が認めた戦の天才、アマノに対抗できる軍師を1人、いや、2人でも3人でも良いから、軍師を呼び寄せれば良い。その為ならば、幾らでも朝貢しても高くつく事は無い。
「反女王派」の考えは1つに纏まっていた。中華の国より軍師を呼ぶ。その為に必要な貢ぎ物を大急ぎで用意する。
同じく、朝貢に出向こうとしたツキナ女王こと卑弥呼は、「反女王派」の動きを知って、日本武尊ことアマノへと話をふる。
「良いじゃないの、そいつの頭もかち割れば良い。私が勝てなければ、誰も勝てないでしょう。そうなった場合は、後始末はあなたがするのよ。その覚悟さえ有れば良いのよ、あなたはね」
手に持っている大剣の柄を握り直して、これを上下に素振りする。
「軍師だとしても、武人だとしても、中華から呼びつけられた応援は、この剣の錆にしてやるわ」
中華の国、「魏」の宮殿は突如として現れた倭国の朝貢を見て、今回の貢ぎ物の数と質を見て、今度は何を要求するのか。半島からの報告では、総大将をたったの1撃で斃されて赤っ恥をかいて以後、一兵たりとも派兵しない、と怒り心頭になった半島の某国は、以降派兵を行っていない。
そのタイミングで、この朝貢、まさかこちらの兵をあてにしているのか。冗談じゃ無い。何故に東の島国の争いに、こちらが血を流さなければならないのだ。皇帝は最大限、相手の言う事に警戒しつつ、その要請を聞いた。
「優秀な軍師か、天下無双の武人をお借りしたい」
最悪だ。これなら単なる派兵要請であれば、少しは応じてやらないことも無いが、「優秀な軍師」も、「天下無双の武人」も、存在自体が希少価値のある人間である。どうする、応じるべきか。蹴るべきか。あるいは、「ドベ」の軍師や「ヘタレ」の武人でも寄越して、誤魔化そうか。
結局、皇帝は幾らか考えた末に、「ドベ」とまではいかなくとも、軍師志望の若手を1人と、北方の騎馬民族を相手に幾らか戦った経験のある武人を1人、倭国に送る事に決めていた。別に切り札を渡したわけではないし、こいつらに替わる人間は幾らでもいる。
約2倍の大剣を構えながら、日本武尊ことアマノは、自分が次に打ち据える相手を考えずに感じていた。恐らくは、相当の手練れになるだろう。もうこの倭国には自分と並ぶ戦士は居ないから、中華の国から呼びつけるだろう。それは別に卑怯でも怠慢でも無い。現実的な判断であり、引き算の末に導き出された合理的な判断だ。
問題は、どんな奴が呼びつけられるかだ。もし自分が中華の皇帝であれば、どんな人材を派遣するのか。もし自分であれば、絶対に切り札なんて用いない。まだ無名だけど、訳あって功績の無い人間を送り込むだろう。こんな小さい島国の争いに、デカい大陸の皇帝が、自分の切り札を送り出すなんて有り得ない。
しかし、ものは相対的な話である。もし相手が未熟な人材を送り込んでも、こちらがより未熟であれば負ける。
アマノは、大剣を振るいながら思う。どんな奴が来ても安心できる様に、調練を欠かさずに出来る事をやるだけだ。




